担当授業のこととか,なんかそういった話題。

主に自分の身の回りのことと担当講義に関する話題。時々,寒いギャグ。

<読書感想文1011>確率論と私

2010-12-29 00:06:40 | 
伊藤清,確率論と私,岩波書店,2010.


日本が生んだ世界的数学者・伊藤清氏の書き残した文章をまとめた本である。
一ヵ月前に読み終えて図書館に返却してしまい,いま手元になく,メモもとらなかったので,内容を詳しく紹介することはできない。特に印象に残ったことだけを書き残しておく。

「忘れられない言葉」という冒頭のエッセイで,『哲学』という言葉の意味を「言海」という辞書で調べたというエピソードが紹介されているが,奇しくも最近,ちくま学芸文庫から出ている「言海」を購入していたので,調べてみたところ,著者がそのエッセイで述べている通り,著者がイメージしていたのとは違う意味が書かれていた。

これも日本が世界に誇る数学者の一人である高木貞治氏の講義を受けたときの思い出が語られているが,高木氏が体を使ってフレネ=セレーの公式を解説したというくだりは,ベクトル解析の授業のよい参考になった。

著者は数学だけでなく物理学にも深い興味を持っており,数学の美に強い憧れを抱く反面,数学の応用面も非常に大事にしていたようで,そのことをことあるごとに強調している。

付録に,著者が,その名を冠した「伊藤の確率微分方程式」あるいは「伊藤積分」と呼ばれるものに到達するまでの思考の道筋が詳しく述べられており,その一文は数学の研究の仕方に関する貴重な資料であるといえよう。

著者が受賞したさまざまな賞の受賞スピーチの原稿や,弔辞なども多く採録されているが,それらは非常に読みやすい見事な文章であり,文章を書くときのお手本になるだろう。

確率論は二十世紀初頭にコルモゴロフが創始した測度論的確率論が登場して初めてまっとうな数学として認知されるに至ったようであるが,現代確率論の創成に多大な寄与をなしたパイオニアとしての,確率論研究に対する動機や熱い想いが随所で語られており,読む人に大きな励みを与えてくれる。


読後感は,あたかも一陣の爽やかな風が胸中を吹き過ぎていったかのようであった。

確固たる信念に基づいて偉大な仕事を成し遂げた人の言葉というのは,読み手を元気にしてくれるものだと改めて実感した。


※ 三重県の「三重」の名の由来を本書で初めて知った。
※※ 著者が上京する際,友人に一読を薦められたという『三四郎』をもう一度読み返したくなった。
コメント
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