カトマンズから昔は三ヶ月の行程だったというルクラ(2840m)にセスナ機で45分で到着。
4000~6000mの山と峡谷の間を縫うようにして飛ぶセスナが、たった一本まっすぐに伸びる滑走路に無事着陸した時は、私を含めた乗客16名が一斉に「やった~!」「ブラボ~!」と拍手をしました
ルクラは登山者のエベレスト・トレッキングの起点となる村。多くの登山者はここからエベレスト街道を4~5日かけて歩き、 標高3440mのナムチェ村に到着します。
私は持病の腰痛を回避するため、ヘリコプターで3750mのシャンポチェまで登って、徒歩でナムチェまで下りることにしました。ここで高所順応のために宿泊滞在です。
*シャンポチェでヘリから降りたけど呼吸ができなくて立ち止まる私です
このナムチェは高所順応するトレッカーが連泊するために、また、標高が高いところから降りてきた人にとっては、文明社会に戻ってきたことを感じさせる村です。
*眼下に見えるのがナムチェの村。屋根が色とりどりできれいです。
最初に訪れるのが村の東の丘にある国立公園博物館。私が登った日は天気がよかったのでここからエベレストのてっぺんが見えました。
この「エベレスト」は英語名で、本来ネパール語では「サガルマータ」と呼ばれます。中国名ですと「チョモランム」です。なぜ「エベレスト」と呼ばれるかというと、イギリス人の測量士だった人―ジョージ・エベレストにちなんで名付けたからだそうです。
さて、このナムチェはとっても活気のある村で、登山用品から食べ物、日用雑貨までなんでも手にはいります。週に一回は「ナムチェバザール」といって大きな市が開かれます。
道はもちろん舗装されていませんので、石畳あり、岩がごろごろしていたりしていますし、アップダウンが激しいですが、人々は大人から子どもまで平気で歩いたり走ったり。おまけに、急にヤク(Yak)やゾッキョ(ヤクと牛の交配種)が荷物を担いで集団で現れますので、ぼーっと歩いておれません。もっと気をつけなくては行けないのが、彼らの「糞」 道のいたるところに落ちています。
私のガイドさんはこれを「マウンテン・チョコレート」と呼んでいました
ただ、これが臭くない。犬や馬だったら強烈な匂いですが、ヤクたちの糞は集めて乾かして燃料にするのだそうです。それでも踏まないように歩くにはちょっとしたリズムとスキルの習得が必要でした。
*ガイドのマヘンドラさんと。日本語ペラペラです。名前を何回も間違えるので、「前田でいいですよ」と言われてしまいました この写真は真面目な顔をしていますが、彼のユーモアにどれだけ助けられたか・・・
夕方、宿についてからは、とにかく身体を暖めないといけないと、チキンスープやガーリックスープを飲みました。地元の人たちもガーリックやジンジャー(しょうが)を料理によく使うそうです。
日本のように「暖かい宿」が当たり前ですと、かなり寒さを感じます。お風呂もシャワーもありませんし、あったとしてもとてもシャワーなんぞ浴びる気になりません。暖炉の火は夜にならないとつけません。しんしんと冷えてきます。
ベッドの上にシュラフ(寝袋)をひいて、フリースの帽子をかぶり、手袋をして潜り込みました。ありがたかったのは、なんと「湯たんぽ」を貸していただけたことです。
窓から見えるコンデ峰(6187m)は本当に美しかったです。
次回はいよいよエベレストをご紹介します。
4000~6000mの山と峡谷の間を縫うようにして飛ぶセスナが、たった一本まっすぐに伸びる滑走路に無事着陸した時は、私を含めた乗客16名が一斉に「やった~!」「ブラボ~!」と拍手をしました
ルクラは登山者のエベレスト・トレッキングの起点となる村。多くの登山者はここからエベレスト街道を4~5日かけて歩き、 標高3440mのナムチェ村に到着します。
私は持病の腰痛を回避するため、ヘリコプターで3750mのシャンポチェまで登って、徒歩でナムチェまで下りることにしました。ここで高所順応のために宿泊滞在です。
*シャンポチェでヘリから降りたけど呼吸ができなくて立ち止まる私です
このナムチェは高所順応するトレッカーが連泊するために、また、標高が高いところから降りてきた人にとっては、文明社会に戻ってきたことを感じさせる村です。
*眼下に見えるのがナムチェの村。屋根が色とりどりできれいです。
最初に訪れるのが村の東の丘にある国立公園博物館。私が登った日は天気がよかったのでここからエベレストのてっぺんが見えました。
この「エベレスト」は英語名で、本来ネパール語では「サガルマータ」と呼ばれます。中国名ですと「チョモランム」です。なぜ「エベレスト」と呼ばれるかというと、イギリス人の測量士だった人―ジョージ・エベレストにちなんで名付けたからだそうです。
さて、このナムチェはとっても活気のある村で、登山用品から食べ物、日用雑貨までなんでも手にはいります。週に一回は「ナムチェバザール」といって大きな市が開かれます。
道はもちろん舗装されていませんので、石畳あり、岩がごろごろしていたりしていますし、アップダウンが激しいですが、人々は大人から子どもまで平気で歩いたり走ったり。おまけに、急にヤク(Yak)やゾッキョ(ヤクと牛の交配種)が荷物を担いで集団で現れますので、ぼーっと歩いておれません。もっと気をつけなくては行けないのが、彼らの「糞」 道のいたるところに落ちています。
私のガイドさんはこれを「マウンテン・チョコレート」と呼んでいました
ただ、これが臭くない。犬や馬だったら強烈な匂いですが、ヤクたちの糞は集めて乾かして燃料にするのだそうです。それでも踏まないように歩くにはちょっとしたリズムとスキルの習得が必要でした。
*ガイドのマヘンドラさんと。日本語ペラペラです。名前を何回も間違えるので、「前田でいいですよ」と言われてしまいました この写真は真面目な顔をしていますが、彼のユーモアにどれだけ助けられたか・・・
夕方、宿についてからは、とにかく身体を暖めないといけないと、チキンスープやガーリックスープを飲みました。地元の人たちもガーリックやジンジャー(しょうが)を料理によく使うそうです。
日本のように「暖かい宿」が当たり前ですと、かなり寒さを感じます。お風呂もシャワーもありませんし、あったとしてもとてもシャワーなんぞ浴びる気になりません。暖炉の火は夜にならないとつけません。しんしんと冷えてきます。
ベッドの上にシュラフ(寝袋)をひいて、フリースの帽子をかぶり、手袋をして潜り込みました。ありがたかったのは、なんと「湯たんぽ」を貸していただけたことです。
窓から見えるコンデ峰(6187m)は本当に美しかったです。
次回はいよいよエベレストをご紹介します。