英語と子育て

英語を通して子どもたちの夢をサポートするブログです

子どもの「興味」を育てよう

2010-11-27 | 子育て
少し前のことですが、尖閣諸島問題がニュースを賑わせていた頃、新聞を読んでいた私は隣でご飯を食べている次男に「ねえねえ、どう思う?」と聞いたところ彼はこう答えました。

 「興味ないな

 その一言を聞いて、これはまずいと思いました。

 今の若者は「関係ない」とか「関心がない」とか「興味ない」とよく言う、と何かで読みましたが、「息子よ、おまえもか・・・」と思ったのです。

 地球に住んでいて、同じ地球でおこっていることが自分に「関係ない」はずがありません。

 私  「どんな問題か知ってる?」
 息子 「知らない、興味ないもん」

 おいおい、違うでしょ。情報を知った上で、これには「興味ない」というのならいざ知らず、知りもしないのにどうして「興味ない」と結論づけるのか?私には理解できません。

 私  「あのさ、知らないのにどうしてそんなこといえるの?」
 息子 「うーん だって関心ないもん」
 私  「同じ地球でおこっているんだから、関心をもちなさい あなた、そのままではつまらない人間になるよ」
 息子 「・・・・(しばらく考えて)わかった、関心もつようにする」

 結局その時は私が事件の内容を説明し、彼なりに考えを話して終わりました。

 それから、親として考えました。長男は大学で国際関係学を専攻し、年に2回一ヶ月の日程でタイに開発協力のボランティアに出かけています。この長男と次男の差はなんなのか?

 思い起こすと長男は読書が好きで、本だけでなく「朝日こども新聞」「中学生新聞」を購読して読んでました。次男も低学年までは読書をしていましたが、それから漫画に移行して、とんと活字を読まなくなりました。テレビのニュースは私たちとかろうじて見ているものの、情報量に格段の差があることに気がつきました。

 世の中が情報にあふれていても、それを取り込む力が次男にはないのかもしれません。

 それからは、私が毎日の新聞から記事をピックアップして読ませ、意見を交換するようにしています。幸い我が家は子どもたちが小さい頃から夕食は家族そろってとるようにして、いろんなことを話してきましたので、この時間がチャンスです。

 「ねえ、これ読んでみて。おもしろいよ」と声をかければ「どれどれ?」と読みます。そしてそこから自分の考えを確認し、お互いにシェアし、会話も広がります。

 まわりの大人が情報のアンテナをはって、子どもたちと向き合って供給していけば、彼らの「興味」を育てることができるかもしれません。興味が育っていけば、きっと自分の意見も持てるようになると期待しています。

バイオリンと英語

2010-11-26 | 言語獲得
長男は生後3ヶ月でアトピー性皮膚炎と診断されました。四六時中身体が痒いので、この子は集中力がつかないのではないかと、とても心配しました

 集中力をつけるのに何かいい方法はないかと考えていた時に友人から勧められたのが「スズキメソード」のバイオリンでした。
 
 「スズキメソード」というのはヴァイオリニスト鈴木鎮一氏が音楽を通して人間を育てることを目的とした教育法で、バイオリンをただ弾くことが目的ではありません。とにかく本物の音楽をたくさん聴いて身体で理解し心を育てていくというものです。ですから楽譜が読めない幼児でも始められるのです。これは文字が読めなくても母語をマスターしていく過程と同じです。アメリカにもたくさん教室があります。

 さて、4歳になった長男をレッスンに連れていくと、やってみたいといいました 最初は箱バイオリンといって、空箱と定規で作ったバイオリンをあごで挟んで持ってまっすぐ立ち、鉛筆を弓にみたてて手に持ち、構えるというところからレッスンが始まるのですが、それとは別に始めた頃からとにかくどこででもバイオリンの練習曲を聴きました。

 車に乗っている時はもちろん、リビングにいる時はいつもテープやMDがかかっていました。とにかく聴いて耳で覚えるのです。中学生になると通学中もウォークマンで聴いて曲を覚えていました。「好きな音楽は?」と聞かれると「ドボルザーク」と答えて、友達が引いたそうです

 バイオリンを持ったらその音がでるところに指を押さえるのですから(というか指が勝手にその音を探して動いているように見える)、ちょっとした狂いも自分でわかるようになります。おかげで一緒に聴いている私もバイオリン曲に詳しくなりました。

 この「耳で覚える」というのは言語獲得のプロセスと全く同じです。本物の音をたくさん聞いて、自分でその音を作り出していく―調音していくわけです。ですから幼児から本物の音に触れていると、その後口からでてくる音も本物なのです。

 この「スズキメソード」のもうひとつの特徴は親子で取り組むことです。レッスンにはもちろん同席しますし、家庭練習では母親は「お母さん先生」と呼ばれ、子どもと一緒に学んでいきます。これは相当きついことです。毎日コツコツ何かやるということは、大人でも大変なことですが、子どもならなおさら・・・おまけに親子で。息子の年齢が高くなってくると「音があってる、あってない」で喧嘩になることもありました。でも今思いますと、こうした時間が息子との一対一で向き合う凝縮した、そして充実した時間でした

 結局この長男は大学受験ギリギリまでバイオリンを弾いていました 学校の試験前でも試験中でもレッスンを休むことはありませんでした。試験は前もってスケジュールがわかっているのですから、それにあわせて準備すればいいと言い聞かせてありましたし、本人もだからといってレッスンを「休む」と言ったことはありませんでした。

 大学にはいってからは学生オケにも入り、友人関係を拡大していきました。楽譜はいつの間にか読めるようになっていました。今でも「あれ弾いて」と言うと、暗譜ですらすら弾いています。耳に残っているのでしょう、これには感心します。

 こうしてみると「スズkメソード」のバイオリンも英語学習もよく似ています。まずは小さい頃に本物の音をたくさん聴いて吸収すること。これがその後のアウトプットに繋がるのです。
 


 

継続の力

2010-11-23 | レッスン風景
私のスクールでは小学校クラスから絵本の音読を行っています。2月には全クラスから代表が集まってファイナルコンテストが開かれるのですが、今月は各クラスでリーディングチェックとクラスコンテストを開いています。

 先日、あるクラスを見学に行ったところ、小学校2年生の男の子が表現力豊かに堂々と上手に絵本を読んでいました。よくよくその子を見ると、幼児期、ほとんど声を発しなかった子であることを思い出し、非常に驚きました。

 実は同じような経験があります。

 私のクラスにSくんという男の子がいました。3月生まれで身体も小さく、年中さんから私のクラスに入ってきたのですが、ちょっとしたことで泣いてしまうし、みんなが歌っている時もかすかに口を動かす程度。質問するとわずかに首を振って意思表示をします。

 「いったいこの子はどんな声をしているんだろう」と思ったものです。

 それでも年中・年長と二年通ってきてくれました。小学校にあがる時になってお母さまから相談を受けました。

 「先生、このまま続けていても大丈夫でしょうか?何にも学んでいないようで不安なんです。英語はもうやめたほうがいいでしょうか。」

 確かに私も不安がありました。でもクラスの中では私の言うことを聴いているし、私が英語で言っていることも理解している。Sくんの力を信じたかったのでこう言いました。

 「お母さん、あと半年、待ってください。小学校から内容も変わります。Sくんの力を信じたいです」

 お母さまは「わかりました、先生にお任せします。」とおっしゃられました。

 そしてその後小学生になったSくんは絵本の音読でめきめき力を発揮しました。それまで溜め込んでいた音を一揆に吐き出しているようでした。発音もいいですし、絵本を渡すともう次の週にはそこそこ読めるようになってレッスンにやってきます。

 これには驚きました

 Sくんのなかでカチッと音をたてて何かスイッチがはいったようでした。

 クラスメートも「Sくん、すごーい」と毎回、尊敬のまなざしで見ます。そしておそらくそれがSくんの自信に繋がったのでしょう。小学校では、発言も増え、手をあげて学級委員になったりして活躍し、お母さまも喜ばれていました。

 そのSくん、今は高校の進学校に元気に通っています。中学時代、英語はずっとトップだったそうです。高校の合格知らせを受けた時、お母さまがおっしゃられました。

 「先生、あの時、ほんとにやめなくてよかったわ」

 子どもの学習過程では英語に限らず、必ず波があります。波は大きい時もあるし小さい時もある。小さいからといって、そこでやめてしまうと、次の大きな波を経験することができません。

 ましてや「一生懸命やらないならお金がもったいないからやめるよ」なーんて、子どもを脅迫しないでください 全く効果がないばかりか、やる気を失います。何かやり始めたら、親は先行投資だと思って腹を据えましょう。

 大切なのはゴールを定めたら、親がぶれないこと。

 子どもの力を信じて、続けていけるように励ましサポートすることだと思います。

マナーの違い

2010-11-22 | その他
先日のコラムで「思いやり」について書きました。

 ドアを開けて入る時に次の人のためにドアを支えててあげる・・・これも思いやりのひとつかな、と書きました。書きながら思い出したことがあります。

 私のスクールでは主に外国人講師と日本人講師がペアでレッスンをします。私のスクールの外国人講師は圧倒的に男性が多いのですが、彼らと幼稚園などに出向く際、いつも感心することが2つあります。

  ドアや門は私のためにさっと開けて、お先にどうぞと示してくれる→レデイー・ファーストなんでしょう
  重たい荷物を持っていると「持とうか?」と必ず声をかけてくれる

 かつて何人もの人とペアを組みましたが、ほぼ100%、どの男性講師もこの二点は徹底しています。素晴らしい

 彼らはおそらくそれらが「思いやり」と意識をしておらず、育った国での当たり前のマナーとして実践しているんだと思います。

 レストランに入る時などは、さっさとドアを開けて先にはいっていく夫を見慣れているせいか、彼らの行動にはとても感激しますし、ありがたいなあ、と思います。日米のマナーの違いでしょう。

 それと反対だな、と思うマナーもあります。

 車で人を送った際、日本では送られた人が、車を見送るのが普通ですが、欧米では違うようです。以前、アメリカで送ってくれた人(車)を見送ろうと玄関の前で立っていたら、中に早く入んなさい、といわれました。彼曰く、送った人が無事家にはいるのを見届けるまでがマナーなんだそうです。

 ひょっとしたら送られた私が女性で、送った人が男性だったからかもしれませんが、どんなものでしょうか。性差によって違いがあるのか、今度、外国人講師に聞いてみたいと思います。

 それにしても「レディー・ファースト」っていいですね

 息子たちにもこのマナーはマスターしてほしいです

国境を越える思いやり

2010-11-20 | 子育て
次男は高校1年の夏をまるっと一ヶ月、オレゴン州で過ごしました。ホームステイ先には同じ年のTimくん、数百メートル離れたおうちには男兄弟三人の友人の家庭があり、毎日つるんで遊びまくっていたそうです。

 平日は川で泳ぎ、ビーチを犬と散歩し、お母さんと料理をし、週末は家族友達とキャンプ。毎日が楽しくて仕方なかったそうです。

 帰国後、何が印象に残ったか、聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。

 「一緒に遊んでいるとね、みんながさ、'Toru, are you having fun?'(トオル、楽しんでいるかい?)っていつも聞いてくれるんだ」

 「それにね、ショッピングとか行ってドアを開けるでしょ、そうするとね、前の人は次に僕が入るためにドアを支えてくれるんだよ、感動した

 そして、
 「僕もね、どんな人にもそういう優しい気持ちになれるようになりたい」

 彼がオレゴンで一番学んできたものが「人に対する思いやり」であったことは意外でした。でもそういうことに気がついてくれたことを私は親として嬉しく思いました。また、まわりのみなさんが、遠く日本から来た彼にいい思い出を作ってくれようと心を砕いて接してくれたことに心から感謝しました。

 「思いやり」というのは万国共通なんです。人種も関係ないんですね。


 例えば日常生活でも、狭い道路を車ですれ違う時、ちょっと隅に寄ってもらったら手でありがとう、と挨拶するとか、
 例えば、横断歩道を渡っている時に右折してきた車が止まって待っててくれたら、軽く会釈して足早にわたるとか、
 例えば、病み上がりの人が仕事や学校にでてきたら「もう大丈夫?」って声をかけるとか、
 例えば、重い荷物を持っている人に「持ってあげるよ」と荷物を半分持ってあげるとか、
 例えば、忙しそうにしている人を見たら「何か手伝おうか?」と声をかけるとか・・・・

 子どもたちには、そういうことをさらりとできる人に育ってほしいと願います。

 そのためには私達まわりの大人がこういうことをさらりとできる人になりたいものです。