路隘庵日剰

中年や暮れ方近くの後方凡走

茫漠や何だかイミがわからない

2011年10月29日 | Weblog

 晴天だけれど、寒いなあ。
 なぜかこのところ来客多し。おおむねサムイ話ばかりだけどね。

 昨日の梶井ネタ、結局ふくらまずに終わるけど、パラパラ見てたら梶井の死んだのは昭和7年3月25日らしい。アレ、3月25日って春だよなあ。いちおう寒い日もあるけどたぶん春だよなあ。ワシは今までずうっと梶井は冬に死んだのだとばかり思っていた。おかしいな。だって、三好達治の梶井への悼詩「首途」は「梶井君、地球は冬で・・・」ってヤツだったでしょ。3月の終わりに死んだんなら、「地球は冬で・・・」とは云わんだろう。ほら、「首途」って書いて「かどで」って読むって、その詩で初めて知ったヤツだぜ、おかしいな。ワシ今まで冬の寒い日なんか、ちょっと気取って「梶井君、地球は冬で・・・」ってやってたぜ。

 というわけで、いちおう調べてみましたら、三好達治「首途」は確かに梶井への悼詩でありましたが、内容はぜんぜん違うのでありました。


  真夜中に 格納庫を出た飛行機は
  ひとしきり咳をして 薔薇の花ほど血を吐いて
  梶井君 君はそのまま昇天した
  友よ ああ暫らくのお別れだ・・・おつつけ僕から訪ねよう!
                            三好達治「首途」


                 

 三好達治は昨日の角川文庫『城のある町にて』に回想が転載されていて、記憶に残る梶井の挿話ー・・あるとき梶井からコップに入った美しい葡萄酒を見せられて、しかしそれは喀血したばかりの彼の血であった・・ーは、ここで読んだものだと思い出した。
 この角川版には、三好のほかに相馬庸郎と淀野隆三の解説や萩原朔太郎の回想、年譜や参考文献まで載っていて、とっても編集が丁寧である。定価も180円と安いし。ついでに中島敦『李陵・弟子・名人伝』(昭和55年9月 角川文庫)を見てみると、こちらも口絵写真から注釈、解説二つ、参考文、主要参考文献、年譜、地図と至れりつくせりのカンジで、文芸出版臭が強い。それに装丁が地味。ちょっと今の角川の印象からは程遠い。同じころの講談社文庫あたりと比べても全然地味だな。
 ちなみに奥付をみると、発行者はどちらも角川春樹になっていて、派手に角川商法繰り出す頃の直前くらいか、それともまだ文庫には手がまわっていなかったのか。記憶では、このころくらいにテレビで初めて角川のCM見て、文庫が車のボンネットにぶちまけられたり、泥水の中に叩き込まれたりしていて衝撃だったような・・・。細かいとこは忘れたけれど。

                 

 というわけで、えーと、なんだったっけナ。
 なんだかよくわからなくなりましたが、ともかく、「地球は冬で・・・」
 三好達治ではありませんでした。梶井君、でもなかったし。
 正解は草野心平の中原中也への悼詩でありました。
 ずうっと勘違いしてたわけだ。いつからこんがらがってたのだろう。
 なんともオソマツな記憶である。


  中原よ
  地球は冬で寒くて暗い

  ぢゃ
  さようなら
           草野心平「空間」


 ホント、寒い。

 ぢゃ。






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