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我町の夏祭り・・・

2018-08-04 22:05:25 | 野鳥写真

各彫刻山車は、昼間の休憩時間に各町内の社務所前で撮ったもの・・・

彫刻山車の上に人形が乗っている山車・・・

人形山車の人形部・・・

彫刻山車の上に人形が乗っている・・・

彫刻山車の上に人形が乗っている山車・・・

人形山車の人形部・・・

太鼓の競演・・・(小学校一年生の女の子が叩いていた・・・)

 

人口60万人の大都市の夏祭り・・・(政令指定都市を除くと全国三番目の大都市・・・)

 船橋市と鹿児島市に次ぐ都市(中核都市)の夏祭りが酷暑の夏に、一昨日から三日間の予定で開催されていますが、天下の20号線(甲州街道2~3km)を通行止めにして、各祭りの行事が行われているが、昨日は関東太鼓連合会の太鼓の各団体が炎天下の中、勇ましい音の共演をしていました。

 現在は20号線もバイパスがあり、16号線もバイパスがあるため、通行止めも大した交通混雑はされられるようになっているが、市街地の中で500m程国道20号線と16号線が同じ道路となっているため、以前は交通混雑が常態化していたが、現在では各バイパスが交通混雑を緩和している。

 この暑さから太鼓の競演(16:00~18:00)も2時間繰り下げられ、18:30~の踊り隊による甲州街道を民謡流しをして踊るのは中止となりましたが、祭りの主催者のいい選択ではなかったかと思いました。

 又、夕方からは市内の各町内の彫刻山車と人形山車(年番の9台/19台ある中)と神輿(8基)が甲州街道と、町の中を縦横無尽に練り回ることになるが、人形山車と彫刻山車(ネットでも見られるが、なかなかのもの)も人形が山車の屋根に乗っているものと彫刻が山車の全面に施されている立派な彫刻山車ばかりですので、彫刻山車の夜回りは電飾が配され、お囃子連と子供達のひょっとこ踊りがお囃子に合わせて見られるため、伝統のある祭りなので、一見されても損はないかも知れません。

 自分が祭りが行われている市街地の中心部に行った時には、姉妹都市となっている台湾の高雄市の民族衣装を着けた中学生達の演技が行われようとしていたが、国道(20号線)上の炎天下で行われていたため、直ぐにその場を離れて来ましたが、数年前には台湾の大学(東京芸大のような大学)の学生達が来日し、民族的な音楽や演舞をしていたのを見たことがあった。

 祭りを盛り上げる夜店や商店街の出店も例年よりも多く出展されたと聞いていたが、歩道は人で歩けない状態となっていましたので、人手の方も多いように感じましたが、少々残念なことはこれだけ立派な山車(彫り物がいっぱいの山車)や神輿(珍しい1000貫神輿)が揃っているにも拘らず、あまり市外からのお客さんが来ていないため、主催者側の広報宣伝が行き渡っていないのかも知れない。

 祭りの内情を調べると、山車や神輿を引いたり担いだりする人間が足らないと、我々が住む東京都心から離れた中核都市では若い人が少なくなっていることもあり、市は学園都市(大学は30校近くあるが・・・)となっていても学生達は夏休みで田舎へ戻ってしまうし、主催者側は人集めが大変なことになっているとのことのようである。

 市民なので出来るだけ参加するようにしているが、会場近くまで車で送ってもらい、何時も小さなカメラを持って出掛けて行きますが、あまり撮ることも無いが手ぶらで行くことが出来ないため、重い思いをしています。

 日本版シルクロード(横浜のシルクセンターまでマユの道と言われていた)の起点となっていたこともあり、現在は少なくなってしまったが、戦前戦後まで絹織物の街として栄えていたため、市制も100年を超える東京23区外の一番大きな都市でもあり、今なお市内には都下有数の繁華街を有し、そんな残もあるのか芸子さんの置屋も存在しているなど、大きな町であることは間違いないが、近隣の立川市(人口20万人)が近年発展し続けており、又、神奈川県相模原市(市制約60年、政令指定都市)は人口(75万人)でも大幅に差を付けられているが、特に立川市は同じ中央沿線でも一日の昇降客数が新宿駅や東京駅に次いで三番目と、大型商業施設(伊勢丹・高島屋・ルミネ・ビックカメラ・イケヤ・ららぽーと・ヤマダ電機・ケーズデンキ等々)が続々進出しているため、都下の西部地域(中央沿線沿い)や立川駅周辺の人の流れが全く変わってしまったが、現在は世界一の登山客数の高尾山を除くと、すっかり寂れてしまいましたが、その土地の祭りを見るとかつての隆盛が思い窺える。

 彫刻山車や人形山車だけを見ると、京都の祇園祭りや飛騨高山の高山祭りとそん色ないものなので、祭りを主催される側の若い人達の祭り離れや人口減少の中でどのようにするのか、迷走しているようにしか思えないため、市民としては多少残念なことになっているのではないかと思われる。ずーっと以前は100万人の人出があったらしいが、現在は70万人位と聞いている。

 一昔前までは我々が住む町(学園都市)の方が周辺の地域の何処よりも活気があり、中央沿線でも若い人を集めていたが、保守的な街の商工会や医師会などがブレーキとなり、大型の商業施設や大学病院の出展や進出の妨げになっていたと言われている。

 現在イオンモールの建設予定地(造成も終わって看板も出ているが・・・)の話が経ち切れとなっているようです。西隣の日の出町に「イオンモール日の出」があり、又、東隣の日野市に「イオンモール日野」があるため、共倒れしかねないために企業側の方で計画が大幅に変更となった模様です。

 決断するのが遅くなり、人口20万人のところに進出するよりも人口60万人の大都市に進出する方がいいに決まっているが、何でも揉めてしまい結論が出るのが遅いため、民間企業の店舗出展計画は一つの戦略があり、こんな結果となってしまうのです。

 地元ファーストばかり考えていると、他の地域に大型商業施設が出来てしまい、大手企業の店舗展開(A地域にあると、C地域に進出するが、B地域には進出しない)もあり、空白地帯となってしまうことがあり、そんなことになってしまったのが、我々が住む人口60万もいる大都市と言えるかも知れない。

 伊勢丹や大丸・西武・そごうの各デパートも早くに撤退してしまい、三越が進出する話もおじゃんにさせるなど、悉く大手の進出を拒み続けた結果が、全国三位の人口60万人の大都市にも拘わらず、デパートやイオンモールなどの大型の商業施設一軒ない状況となっている。

 現在は大学病院もあるが、他の地域と比べると大分立ち遅れた感が否めないことになっているので、同じ理由(地元の医師会が強いと言われていたため)からと言われているためですが、元々学園都市構想の都市を目指していた筈なのにおかしいと思いませんか・・。

 二年振りに夏祭りの会場に足を運びましたが、夜店と地元の店舗の売店などの規制を緩めたらしく多く出ていたため、今年の酷暑の中でも多くの祭り見物客が出ていましたが、この日は風があったため多少でも凌ぎ良かったのではと思われた。


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