モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

初期「私小説」論――近松秋江(1)“情痴文学”というレッテルの裏側で

2024年04月11日 | 初期「私小説」論
近松秋江は、日本の近代文学を集結した全集系の本で岩野泡鳴とか正宗白鳥なんかの名前と並んで必ず目に入ってくる小説家だけれど、
明治末期から大正期にかけての文学史においては、なぜかエアポケットに入り込んだような印象があって、なかなか話題には上ってこない作家ではあります。
しかし気にはなる小説家なので、このたび初期私小説を論じるために、読んで見ることにしました。
詠んでみると、これが面白い。
女性をたてて男性を必要以上に卑下する、軟派系の小説ですが、読み込んでいくと実に興味深い手応えを感じさせる文学です。

文学辞典とか人物辞典とかで一般向けに解説されたものでは、「露骨な愛欲生活の描写」とか書かれていて、遊郭の女性とかとの交情をモチーフにした作品が多くて、
大正期あたりの良識派とか有識者には顰蹙を買って、情痴文学だの遊蕩文学だのとレッテルを貼られたりしています。
私が長いこと読まずにいたのは、そういった先入観をもたされてしまったこともあるかもしれません。
しかしそれは表層的な見かけに過ぎなく、秋江自身は至って真面目な文学者であり、歴史や古典芸能や政治経済や世相など多方面にわたって関心を向けて自分の見解を書いているし、
文学自体についても文学史や世界の文学を視野に収めた、傾聴に値する評論・批評文を半生を通して書き続けています。

そういった文章は、1908(明治41)年から読売新聞の文芸欄日曜付録に月に1回書き始め、1942(昭和17)年まで続いた『文壇無駄話』というタイトルのコラム欄に掲載されていました。
秋江の全集では第9巻から第12巻までを満たしていて、明治末から昭和前期にかけての文学史の貴重な資料になっているのではないかと思います。



私もこのブログを書くためにときどき拾い読みをしているのですが、先日は「予の老農主義」と題した文章に出会って、思うところがありました。
そこでは、地方の大地主が製造工場などの会社事業に手を出して失敗し、家屋整理のために他村に所有していた田地を売りに出すと、小作農オ・自作農の小農家がいろいろ金策をして土地を買い戻していく、そしてそうやって私有の土地を少しづつ増やしていくということが話題とされていて、以下の文章に続いていきます。

「そこで、さういう困らない半小作半自作農は、単に農事ばかりでなく、いろいろな土木工事に稼ぎに出たり、またいろんな家内の手内職の副業をしたりして、それによって得た労銀を貯蓄して置き、それを以て田地の売物が出た時に買ふのである。」(大正12年)

こういった叙述のなかの、「会社事業に手を出して失敗」とか「土地を買い戻し」とか「土木工事」とか「手内職の副業」といった言葉が、20世紀初頭の農村地帯に近代的な産業システムがじわじわと浸透していく有り様が感じられ、金銭の貯蓄や土地の買収にといった事柄に人々の心が傾斜していく時代の空気感がそこはかとなく感取されてくるではないですか。
私はこういった様相に、明治の国家体制と経済の施策により地方の自治意識が国家の意思の下に再編統治され、空洞化されていく流れのようなものを想像してしまうのですね。

自治の精神が奪われてしまったということは、地方の生活において、少なくとも次男以下の男性はやること(生き甲斐とすること)がなにもなくて、日々を空しく過ごしていくという境涯に甘んじることになります。
それでは身が持たないので都市に出て労働者としての生活にささやかな幸福を見出していく、あるいは芸術や芸能のスキルを身につけて、他人の目には一見“自由”と映るような人生を歩んでいったりするわけです。
しかし“自治の精神”を奪われているということは、本質的には「何をなすべきか」のヴィジョンが奪われていることには変わりない、と私は考えます。

なすべきことは何であるかが見つからない限りは、当面何をやっていくかといえば「“私”の欲望に従う」ことであり、一部の男性だけに実践可能なことですが、「“女”との遊芸にうつつを抜かす」ことであるかと思います。
かくして、文学の世界においても、明治末期から大正期にかけて“私”小説が勃興し、「“女”が書けなければ一人前の文士とは言えない」という日本文学独特の因襲が醸成され始めたのでした。











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