カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ガラスド の ウチ 1

2018-03-06 | ナツメ ソウセキ
 ガラスド の ウチ

 ナツメ ソウセキ

 1

 ガラスド の ウチ から ソト を みわたす と、 シモヨケ を した バショウ だの、 あかい ミ の なった ウメモドキ の エダ だの、 ブエンリョ に チョクリツ した デンシンバシラ だの が すぐ メ に つく が、 その ホカ に これ と いって かぞえたてる ほど の もの は ほとんど シセン に はいって こない。 ショサイ に いる ワタクシ の ガンカイ は きわめて タンチョウ で そうして また きわめて せまい の で ある。
 そのうえ ワタクシ は キョネン の クレ から カゼ を ひいて ほとんど オモテ へ でず に、 マイニチ この ガラスド の ウチ に ばかり すわって いる ので、 セケン の ヨウス は ちっとも わからない。 ココロモチ が わるい から ドクショ も あまり しない。 ワタクシ は ただ すわったり ねたり して その ヒ その ヒ を おくって いる だけ で ある。
 しかし ワタクシ の アタマ は ときどき うごく。 キブン も タショウ は かわる。 いくら せまい セカイ の ナカ でも せまい なり に ジケン が おこって くる。 それから ちいさい ワタクシ と ひろい ヨノナカ と を カクリ して いる この ガラスド の ウチ へ、 ときどき ヒト が はいって くる。 それ が また ワタクシ に とって は おもいがけない ヒト で、 ワタクシ の おもいがけない こと を いったり したり する。 ワタクシ は キョウミ に みちた メ を もって それら の ヒト を むかえたり おくったり した こと さえ ある。
 ワタクシ は そんな もの を すこし かきつづけて みよう か と おもう。 ワタクシ は そうした シュルイ の モンジ が、 いそがしい ヒト の メ に、 どれほど つまらなく うつる だろう か と ケネン して いる。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で ポッケット から シンブン を だして、 おおきな カツジ だけ に メ を そそいで いる コウドクシャ の マエ に、 ワタクシ の かく よう な カンサン な モンジ を ならべて シメン を うずめて みせる の を はずかしい もの の ヒトツ に かんがえる。 これら の ヒトビト は カジ や、 ドロボウ や、 ヒトゴロシ や、 すべて その ヒ その ヒ の デキゴト の ウチ で、 ジブン が ジュウダイ と おもう ジケン か、 もしくは ジブン の シンケイ を ソウトウ に シゲキ しうる シンラツ な キジ の ホカ には、 シンブン を テ に とる ヒツヨウ を みとめて いない くらい、 ジカン に ヨユウ を もたない の だ から。 ――カレラ は テイリュウジョ で デンシャ を まちあわせる アイダ に、 シンブン を かって、 デンシャ に のって いる アイダ に、 キノウ おこった シャカイ の ヘンカ を しって、 そうして ヤクショ か カイシャ へ ゆきつく と ドウジ に、 ポッケット に おさめた シンブンシ の こと は まるで わすれて しまわなければ ならない ほど いそがしい の だ から。
 ワタクシ は イマ これほど きりつめられた ジカン しか ジユウ に できない ヒトタチ の ケイベツ を おかして かく の で ある。
 キョネン から オウシュウ では おおきな センソウ が はじまって いる。 そうして その センソウ が いつ すむ とも ケントウ が つかない モヨウ で ある。 ニホン でも その センソウ の イチ ショウブブン を ひきうけた。 それ が すむ と コンド は ギカイ が カイサン に なった。 きたる べき ソウセンキョ は セイジカイ の ヒトビト に とって の タイセツ な モンダイ に なって いる。 コメ が やすく なりすぎた ケッカ ノウカ に カネ が はいらない ので、 どこ でも フケイキ だ フケイキ だ と こぼして いる。 ネンチュウ ギョウジ で いえば、 ハル の スモウ が ちかく に はじまろう と して いる。 ようするに ヨノナカ は たいへん タジ で ある。 ガラスド の ウチ に じっと すわって いる ワタクシ なぞ は ちょっと シンブン に カオ が だせない よう な キ が する。 ワタクシ が かけば セイジカ や グンジン や ジツギョウカ や スモウキョウ を おしのけて かく こと に なる。 ワタクシ だけ では とても それほど の タンリョク が でて こない。 ただ ハル に ナニ か かいて みろ と いわれた から、 ジブン イガイ に あまり カンケイ の ない つまらぬ こと を かく の で ある。 それ が いつまで つづく か は、 ワタクシ の フデ の ツゴウ と、 シメン の ヘンシュウ の ツゴウ と で きまる の だ から、 はっきり した ケントウ は イマ つきかねる。

 2

 デンワグチ へ よびだされた から ジュワキ を ミミ へ あてがって ヨウジ を きいて みる と、 ある ザッシシャ の オトコ が、 ワタクシ の シャシン を もらいたい の だ が、 いつ とり に いって いい か ツゴウ を しらして くれろ と いう の で ある。 ワタクシ は 「シャシン は すこし こまります」 と こたえた。
 ワタクシ は この ザッシ と まるで カンケイ を もって いなかった。 それでも カコ 3~4 ネン の アイダ に その 1~2 サツ を テ に した キオク は あった。 ヒト の わらって いる カオ ばかり を たくさん のせる の が その トクショク だ と おもった ホカ に、 イマ は なんにも アタマ に のこって いない。 けれども そこ に わざとらしく わらって いる カオ の オオク が ワタクシ に あたえた フカイ の インショウ は いまだに きえず に いた。 それで ワタクシ は ことわろう と した の で ある。
 ザッシ の オトコ は、 ウドシ の ショウガツ ゴウ だ から ウドシ の ヒト の カオ を ならべたい の だ と いう キボウ を のべた。 ワタクシ は センポウ の いう とおり ウドシ の ウマレ に ソウイ なかった。 それで ワタクシ は こう いった。――
「アナタ の ザッシ へ だす ため に とる シャシン は わらわなくって は いけない の でしょう」
「いえ そんな こと は ありません」 と アイテ は すぐ こたえた。 あたかも ワタクシ が イマ まで その ザッシ の トクショク を ゴカイ して いた ごとく に。
「アタリマエ の カオ で かまいません なら のせて いただいて も よろしゅう ございます」
「いえ それ で ケッコウ で ございます から、 どうぞ」
 ワタクシ は アイテ と キジツ の ヤクソク を した うえ、 デンワ を きった。
 ナカ 1 ニチ おいて ウチアワセ を した ジカン に、 デンワ を かけた オトコ が、 きれい な ヨウフク を きて シャシンキ を たずさえて ワタクシ の ショサイ に はいって きた。 ワタクシ は しばらく その ヒト と カレ の ジュウジ して いる ザッシ に ついて ハナシ を した。 それから シャシン を 2 マイ とって もらった。 1 マイ は ツクエ の マエ に すわって いる ヘイゼイ の スガタ、 1 マイ は さむい ニワサキ の シモ の ウエ に たって いる フツウ の タイド で あった。 ショサイ は コウセン が よく とおらない ので、 キカイ を すえつけて から マグネシア を もした。 その ヒ の もえる すぐ マエ に、 カレ は カオ を ハンブン ばかり ワタクシ の ほう へ だして、 「オヤクソク では ございます が、 すこし どうか わらって いただけますまい か」 と いった。 ワタクシ は その とき とつぜん かすか な コッケイ を かんじた。 しかし ドウジ に バカ な こと を いう オトコ だ と いう キ も した。 ワタクシ は 「これ で いい でしょう」 と いった なり センポウ の チュウモン には とりあわなかった。 カレ が ワタクシ を ニワ の コダチ の マエ に たたして、 レンズ を ワタクシ の ほう へ むけた とき も また マエ と おなじ よう な テイネイ な チョウシ で、 「オヤクソク では ございます が、 すこし どうか……」 と おなじ コトバ を くりかえした。 ワタクシ は マエ より も なお わらう キ に なれなかった。
 それから ヨッカ ばかり たつ と、 カレ は ユウビン で ワタクシ の シャシン を とどけて くれた。 しかし その シャシン は まさしく カレ の チュウモンドオリ に わらって いた の で ある。 その とき ワタクシ は アテ が はずれた ヒト の よう に、 しばらく ジブン の カオ を みつめて いた。 ワタクシ には それ が どうしても テ を いれて わらって いる よう に こしらえた もの と しか みえなかった から で ある。
 ワタクシ は ネン の ため ウチ へ くる 4~5 ニン の モノ に その シャシン を だして みせた。 カレラ は ミンナ ワタクシ と ドウヨウ に、 どうも つくって わらわせた もの らしい と いう カンテイ を くだした。
 ワタクシ は うまれて から コンニチ まで に、 ヒト の マエ で わらいたく も ない のに わらって みせた ケイケン が ナンド と なく ある。 その イツワリ が イマ この シャシンシ の ため に フクシュウ を うけた の かも しれない。
 カレ は キミ の よく ない クショウ を もらして いる ワタクシ の シャシン を おくって くれた けれども、 その シャシン を のせる と いった ザッシ は ついに とどけなかった。

 3

 ワタクシ が H さん から ヘクトー を もらった とき の こと を かんがえる と、 もう いつのまにか 3~4 ネン の ムカシ に なって いる。 なんだか ユメ の よう な ココロモチ も する。
 その とき カレ は まだ チバナレ の した ばかり の コドモ で あった。 H さん の オデシ は カレ を フロシキ に つつんで デンシャ に のせて ウチ まで つれて きて くれた。 ワタクシ は その ヨ カレ を ウラ の モノオキ の スミ に ねかした。 さむく ない よう に ワラ を しいて、 できる だけ イゴコチ の いい ネドコ を こしらえて やった アト、 ワタクシ は モノオキ の ト を しめた。 すると カレ は ヨイ の クチ から なきだした。 ヨナカ には モノオキ の ト を ツメ で かきやぶって ソト へ でよう と した。 カレ は くらい ところ に たった ヒトリ ねる の が さびしかった の だろう、 あくる アサ まで まんじり とも しない ヨウス で あった。
 この フアン は ツギ の バン も つづいた。 その ツギ の バン も つづいた。 ワタクシ は 1 シュウカン あまり かかって、 カレ が あたえられた ワラ の ウエ に ようやく やすらか に ねむる よう に なる まで、 カレ の こと が ヨル に なる と かならず キ に かかった。
 ワタクシ の コドモ は カレ を めずらしがって、 まがなすきがな オモチャ に した。 けれども ナ が ない ので ついに カレ を よぶ こと が できなかった。 ところが いきた もの を アイテ に する カレラ には、 ぜひとも センポウ の ナ を よんで あそぶ ヒツヨウ が あった。 それで カレラ は ワタクシ に むかって イヌ に ナ を つけて くれ と せがみだした。 ワタクシ は とうとう ヘクトー と いう えらい ナ を、 この コドモ たち の ホウユウ に あたえた。
 それ は イリアッド に でて くる トロイ イチ の ユウショウ の ナマエ で あった。 トロイ と ギリシャ と センソウ を した とき、 ヘクトー は ついに アキリス の ため に うたれた。 アキリス は ヘクトー に ころされた ジブン の トモダチ の カタキ を とった の で ある。 アキリス が いかって ギリシャ-ガタ から おどりだした とき に、 シロ の ナカ に にげこまなかった モノ は ヘクトー ヒトリ で あった。 ヘクトー は ミタビ トロイ の ジョウヘキ を めぐって アキリス の ホコサキ を さけた。 アキリス も ミタビ トロイ の ジョウヘキ を めぐって その アト を おいかけた。 そうして シマイ に とうとう ヘクトー を ヤリ で つきころした。 それから カレ の シガイ を ジブン の チャリオット に しばりつけて また トロイ の ジョウヘキ を 3 ド ひきずりまわした。……
 ワタクシ は この イダイ な ナ を、 フロシキヅツミ に して もって きた ちいさい イヌ に あたえた の で ある。 なんにも しらない はず の ウチ の コドモ も、 ハジメ は ヘン な ナ だなあ と いって いた。 しかし じきに なれた。 イヌ も ヘクトー と よばれる たび に、 うれしそう に オ を ふった。 シマイ には さすが の ナ も ジョン とか ジォージ とか いう ヘイボン な ヤソキョウ シンジャ の ナマエ と イチヨウ に、 ごうも クラシカル な ヒビキ を ワタクシ に あたえなく なった。 ドウジ に カレ は しだいに ウチ の モノ から モト ほど チンチョウ されない よう に なった。
 ヘクトー は オオク の イヌ が たいてい かかる ジステンパー と いう ビョウキ の ため に イチジ ニュウイン した こと が ある。 その とき は コドモ が よく ミマイ に いった。 ワタクシ も ミマイ に いった。 ワタクシ の いった とき、 カレ は さも うれしそう に オ を ふって、 なつかしい メ を ワタクシ の ウエ に むけた。 ワタクシ は しゃがんで ワタクシ の カオ を カレ の ソバ へ もって いって、 ミギ の テ で カレ の アタマ を なでて やった。 カレ は その ヘンレイ に ワタクシ の カオ を トコロ きらわず なめよう と して やまなかった。 その とき カレ は ワタクシ の みて いる マエ で、 はじめて イシャ の すすめる ショウリョウ の ギュウニュウ を のんだ。 それまで クビ を かしげて いた イシャ も、 この ブン なら あるいは なおる かも しれない と いった。 ヘクトー は はたして なおった。 そうして ウチ へ かえって きて、 ゲンキ に とびまわった。

 4

 ひならず して、 カレ は 2~3 の トモダチ を こしらえた。 その ウチ で もっとも したしかった の は すぐ マエ の イシャ の ウチ に いる カレ と ドウネンパイ ぐらい の イタズラモノ で あった。 これ は キリスト キョウト に ふさわしい ジョン と いう ナマエ を もって いた が、 その セイシツ は イタンシャ の ヘクトー より も はるか に おとって いた よう で ある。 むやみ に ヒト に かみつく クセ が ある ので、 シマイ には とうとう うちころされて しまった。
 カレ は この アクユウ を ジブン の ニワ に ひきいれて カッテ な ロウゼキ を はたらいて ワタクシ を こまらせた。 カレラ は しきり に キ の ネ を ほって ヨウ も ない のに おおきな アナ を あけて よろこんだ。 きれい な クサバナ の ウエ に わざと ねころんで、 ハナ も クキ も ヨウシャ なく ちらしたり、 たおしたり した。
 ジョン が ころされて から、 ブリョウ な カレ は ヨアソビ ヒルアソビ を おぼえる よう に なった。 サンポ など に でかける とき、 ワタクシ は よく コウバン の ソバ に ヒナタボッコ を して いる カレ を みる こと が あった。 それでも ウチ に さえ いれば、 よく うさんくさい もの に ほえついて みせた。 その ウチ で もっとも モウレツ に カレ の コウゲキ を うけた の は、 ホンジョ ヘン から くる トオ ばかり に なる カクベエジシ の コ で あった。 この コ は いつでも 「こんちわ オイワイ」 と いって はいって くる。 そうして ウチ の モノ から、 パン の カワ と 1 セン ドウカ を もらわない うち は かえらない こと に ヒトリ で きめて いた。 だから ヘクトー が いくら ほえて も にげださなかった。 かえって ヘクトー の ほう が、 ほえながら シッポ を マタ の アイダ に はさんで モノオキ の ほう へ タイキャク する の が レイ に なって いた。 ようするに ヘクトー は ヨワムシ で あった。 そうして ソウコウ から いう と、 ほとんど ノライヌ と えらぶ ところ の ない ほど に ダラク して いた。 それでも カレラ に キョウツウ な ひとなつっこい アイジョウ は いつまでも うしなわず に いた。 ときどき カオ を みあわせる と、 カレ は かならず オ を ふって ワタクシ に とびついて きた。 あるいは カレ の セ を エンリョ なく ワタクシ の カラダ に すりつけた。 ワタクシ は カレ の ドロアシ の ため に、 イフク や ガイトウ を よごした こと が ナンド ある か わからない。
 キョネン の ナツ から アキ へ かけて ビョウキ を した ワタクシ は、 1 カゲツ ばかり の アイダ ついに ヘクトー に あう キカイ を えず に すぎた。 ヤマイ が ようやく おこたって、 トコ の ソト へ でられる よう に なって から、 ワタクシ は はじめて チャノマ の エン に たって カレ の スガタ を ヨイヤミ の ウチ に みとめた。 ワタクシ は すぐ カレ の ナ を よんだ。 しかし イケガキ の ネ に じっと うずくまって いる カレ は、 いくら よんで も すこしも ワタクシ の ナサケ に おうじなかった。 カレ は クビ も うごかさず、 オ も ふらず、 ただ しろい カタマリ の まま カキネ に こびりついてる だけ で あった。 ワタクシ は 1 カゲツ ばかり あわない うち に、 カレ が もう シュジン の コエ を わすれて しまった もの と おもって、 かすか な アイシュウ を かんぜず には いられなかった。
 まだ アキ の ハジメ なので、 どこ の マ の アマド も しめられず に、 ホシ の ヒカリ が あけはなたれた イエ の ナカ から よく みられる バン で あった。 ワタクシ の たって いた チャノマ の エン には、 ウチ の モノ が 2~3 ニン いた。 けれども ワタクシ が ヘクトー の ナマエ を よんで も カレラ は ふりむき も しなかった。 ワタクシ が ヘクトー に わすれられた ごとく に、 カレラ も また ヘクトー の こと を まるで ネントウ に おいて いない よう に おもわれた。
 ワタクシ は だまって ザシキ へ かえって、 そこ に しいて ある フトン の ウエ に ヨコ に なった。 ビョウゴ の ワタクシ は キセツ に フソウトウ な クロハチジョウ の エリ の かかった メイセン の ドテラ を きて いた。 ワタクシ は それ を ぬぐ の が メンドウ だ から、 そのまま アオムケ に ねて、 テ を ムネ の ウエ で くみあわせた なり だまって テンジョウ を みつめて いた。

 5

 あくる アサ ショサイ の エン に たって、 ハツアキ の ニワ の オモテ を みわたした とき、 ワタクシ は ぐうぜん また カレ の しろい スガタ を コケ の ウエ に みとめた。 ワタクシ は ユウベ の シツボウ を くりかえす の が イヤサ に、 わざと カレ の ナ を よばなかった。 けれども たった なり じっと カレ の ヨウス を みまもらず には いられなかった。 カレ は タチキ の ネガタ に すえつけた イシ の チョウズバチ の ナカ に クビ を つきこんで、 そこ に たまって いる アマミズ を ぴちゃぴちゃ のんで いた。
 この チョウズバチ は いつ ダレ が もって きた とも しれず、 ウラニワ の スミ に ころがって いた の を、 ひっこした トウジ ウエキヤ に めいじて イマ の イチ に うつさせた ロッカクガタ の もの で、 その コロ は コケ が イチメン に はえて、 ソクメン に きざみつけた モンジ も まったく よめない よう に なって いた。 しかし ワタクシ には うつす マエ イチド はっきり と それ を よんだ キオク が あった。 そうして その キオク が モンジ と して アタマ に のこらない で、 ヘン な カンジョウ と して いまだに ムネ の ナカ を オウライ して いた。 そこ には テラ と ホトケ と ムジョウ の ニオイ が ただよって いた。
 ヘクトー は ゲンキ なさそう に シッポ を たれて、 ワタクシ の ほう へ セナカ を むけて いた。 チョウズバチ を はなれた とき、 ワタクシ は カレ の クチ から ながれる ヨダレ を みた。
「どうか して やらない と いけない。 ビョウキ だ から」 と いって、 ワタクシ は カンゴフ を かえりみた。 ワタクシ は その とき まだ カンゴフ を つかって いた の で ある。
 ワタクシ は ツギ の ヒ も トクサ の ナカ に ねて いる カレ を ヒトメ みた。 そうして おなじ コトバ を カンゴフ に くりかえした。 しかし ヘクトー は それ イライ スガタ を かくした ぎり ふたたび ウチ へ かえって こなかった。
「イシャ へ つれて ゆこう と おもって、 さがした けれども どこ にも おりません」
 ウチ の モノ は こう いって ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は だまって いた。 しかし ハラ の ナカ では カレ を もらいうけた トウジ の こと さえ おもいおこされた。 トドケショ を だす とき、 シュルイ と いう シタ へ アイノコ と かいたり、 イロ と いう ジ の シタ へ アカマダラ と かいた コッケイ も かすか に ムネ に うかんだ。
 カレ が いなく なって ヤク 1 シュウカン も たった と おもう コロ、 1~2 チョウ へだたった ある ヒト の イエ から ゲジョ が ツカイ に きた。 その ヒト の ニワ に ある イケ の ナカ に イヌ の シガイ が ういて いる から ひきあげて クビワ を あらためて みる と、 ワタクシ の イエ の ナマエ が ほりつけて あった ので、 しらせ に きた と いう の で ある。 ゲジョ は 「こちら で うめて おきましょう か」 と たずねた。 ワタクシ は すぐ クルマヤ を やって カレ を ひきとらせた。
 ワタクシ は ゲジョ を わざわざ よこして くれた ウチ が どこ に ある か しらなかった。 ただ ワタクシ の コドモ の ジブン から おぼえて いる ふるい テラ の ソバ だろう と ばかり かんがえて いた。 それ は ヤマガ ソコウ の ハカ の ある テラ で、 サンモン の テマエ に、 キュウバク ジダイ の キネン の よう に、 ふるい エノキ が 1 ポン たって いる の が、 ワタクシ の ショサイ の キタ の エン から あまた の ヤネ を こして よく みえた。
 クルマヤ は ムシロ の ナカ に ヘクトー の シガイ を くるんで かえって きた。 ワタクシ は わざと それ に ちかづかなかった。 シラキ の ちいさい ボヒョウ を かって こさして、 それ へ 「アキカゼ の きこえぬ ツチ に うめて やりぬ」 と いう イック を かいた。 ワタクシ は それ を ウチ の モノ に わたして、 ヘクトー の ねむって いる ツチ の ウエ に たてさせた。 カレ の ハカ は ネコ の ハカ から ヒガシキタ に あたって、 ほぼ 1 ケン ばかり はなれて いる が、 ワタクシ の ショサイ の、 さむい ヒ の てらない キタガワ の エン に でて、 ガラスド の ウチ から、 シモ に あらされた ウラニワ を のぞく と、 フタツ とも よく みえる。 もう うすぐろく くちかけた ネコ の に くらべる と、 ヘクトー の は まだ なまなましく ひかって いる。 しかし まもなく フタツ とも おなじ イロ に ふるびて、 おなじく ヒト の メ に つかなく なる だろう。

 6

 ワタクシ は その オンナ に ゼンゴ 4~5 カイ あった。
 はじめて たずねられた とき ワタクシ は ルス で あった。 トリツギ の モノ が ショウカイジョウ を もって くる よう に チュウイ したら、 カノジョ は べつに そんな もの を もらう ところ が ない と いって かえって いった そう で ある。
 それから 1 ニチ ほど たって、 オンナ は テガミ で じかに ワタクシ の ツゴウ を キキアワセ に きた。 その テガミ の フウトウ から、 ワタクシ は オンナ が つい メ と ハナ の アイダ に すんで いる こと を しった。 ワタクシ は すぐ ヘンジ を かいて メンカイビ を シテイ して やった。
 オンナ は ヤクソク の ジカン を たがえず きた。 ミツガシワ の モン の ついた ハデ な イロ の チリメン の ハオリ を きて いる の が、 いちばん サキ に ワタクシ の メ に うつった。 オンナ は ワタクシ の かいた もの を たいてい よんで いる らしかった。 それで ハナシ は おおく そちら の ホウメン へ ばかり のびて いった。 しかし ジブン の チョサク に ついて ショケン の ヒト から サンジ ばかり うけて いる の は、 ありがたい よう で はなはだ こそばゆい もの で ある。 ジツ を いう と ワタクシ は ヘキエキ した。
 1 シュウカン おいて オンナ は ふたたび きた。 そうして ワタクシ の サクブツ を また ほめて くれた。 けれども ワタクシ の ココロ は むしろ そういう ワダイ を さけたがって いた。 3 ド-メ に きた とき、 オンナ は ナニ か に カンゲキ した もの と みえて、 タモト から ハンケチ を だして、 しきり に ナミダ を ぬぐった。 そうして ワタクシ に ジブン の これまで ケイカ して きた かなしい レキシ を かいて くれない か と たのんだ。 しかし その ハナシ を きかない ワタクシ には なんと いう ヘンジ も あたえられなかった。 ワタクシ は オンナ に むかって、 よし かく に した ところ で メイワク を かんずる ヒト が でて き は しない か と きいて みた。 オンナ は ぞんがい はっきり した クチョウ で、 ジツミョウ さえ ださなければ かまわない と こたえた。 それで ワタクシ は とにかく カノジョ の ケイレキ を きく ため に、 とくに ジカン を こしらえた。
 すると その ヒ に なって、 オンナ は ワタクシ に あいたい と いう ベツ の オンナ の ヒト を つれて きて、 レイ の ハナシ は この ツギ に のばして もらいたい と いった。 ワタクシ には もとより カノジョ の イヤク を せめる キ は なかった。 フタリ を アイテ に セケンバナシ を して わかれた。
 カノジョ が サイゴ に ワタクシ の ショサイ に すわった の は その ツギ の ヒ の バン で あった。 カノジョ は ジブン の マエ に おかれた キリ の テアブリ の ハイ を、 シンチュウ の ヒバシ で つっつきながら、 かなしい ミノウエバナシ を はじめる マエ、 だまって いる ワタクシ に こう いった。
「コノアイダ は コウフン して ワタクシ の こと を かいて いただきたい よう に もうしあげました が、 それ は ヤメ に いたします。 ただ センセイ に きいて いただく だけ に して おきます から、 どうか その おつもり で……」
 ワタクシ は それ に たいして こう こたえた。
「アナタ の キョダク を えない イジョウ は、 たとい どんな に かきたい コトガラ が でて きて も けっして かく キヅカイ は ありません から ゴアンシン なさい」
 ワタクシ が ジュウブン な ホショウ を オンナ に あたえた ので、 オンナ は それでは と いって、 カノジョ の 7~8 ネン マエ から の ケイレキ を はなしはじめた。 ワタクシ は もくねん と して オンナ の カオ を みまもって いた。 しかし オンナ は おおく メ を ふせて ヒバチ の ナカ ばかり ながめて いた。 そうして きれい な ユビ で、 シンチュウ の ヒバシ を にぎって は、 ハイ の ナカ へ つきさした。
 ときどき フ に おちない ところ が でて くる と、 ワタクシ は オンナ に むかって みじかい シツモン を かけた。 オンナ は タンカン に また ワタクシ の ナットク できる よう に コタエ を した。 しかし タイテイ は ジブン ヒトリ で クチ を きいて いた ので、 ワタクシ は むしろ モクゾウ の よう に じっと して いる だけ で あった。
 やがて オンナ の ホオ は ほてって あかく なった。 オシロイ を つけて いない せい か、 その ほてった ホオ の イロ が いちじるしく ワタクシ の メ に ついた。 ウツムキ に なって いる ので、 たくさん ある くろい カミノケ も しぜん ワタクシ の チュウイ を ひく タネ に なった。

 7

 オンナ の コクハク は きいて いる ワタクシ を いきぐるしく した くらい に ヒツウ を きわめた もの で あった。 カノジョ は ワタクシ に むかって こんな シツモン を かけた。――
「もし センセイ が ショウセツ を おかき に なる バアイ には、 その オンナ の シマツ を どう なさいます か」
 ワタクシ は ヘントウ に きゅうした。
「オンナ の しぬ ほう が いい と おおもい に なります か、 それとも いきて いる よう に おかき に なります か」
 ワタクシ は どちら に でも かける と こたえて、 あんに オンナ の ケシキ を うかがった。 オンナ は もっと はっきり した アイサツ を ワタクシ から ヨウキュウ する よう に みえた。 ワタクシ は しかたなし に こう こたえた。――
「いきる と いう こと を ニンゲン の チュウシンテン と して かんがえれば、 ソノママ に して いて さしつかえない でしょう。 しかし うつくしい もの や けだかい もの を イチギ に おいて ニンゲン を ヒョウカ すれば、 モンダイ が ちがって くる かも しれません」
「センセイ は どちら を おえらび に なります か」
 ワタクシ は また チュウチョ した。 だまって オンナ の いう こと を きいて いる より ホカ に シカタ が なかった。
「ワタクシ は イマ もって いる この うつくしい ココロモチ が、 ジカン と いう もの の ため に だんだん うすれて ゆく の が こわくって たまらない の です。 この キオク が きえて しまって、 ただ まんぜん と タマシイ の ヌケガラ の よう に いきて いる ミライ を ソウゾウ する と、 それ が クツウ で クツウ で おそろしくって たまらない の です」
 ワタクシ は オンナ が イマ ひろい セカイ の ナカ に たった ヒトリ たって、 イッスン も ミウゴキ の できない イチ に いる こと を しって いた。 そうして それ が ワタクシ の チカラ で どう する わけ にも いかない ほど に、 せっぱつまった キョウグウ で ある こと も しって いた。 ワタクシ は テ の ツケヨウ の ない ヒト の クツウ を ボウカン する イチ に たたせられて じっと して いた。
 ワタクシ は フクヤク の ジカン を はかる ため、 キャク の マエ も はばからず つねに タモトドケイ を ザブトン の ワキ に おく クセ を もって いた。
「もう 11 ジ だ から おかえりなさい」 と ワタクシ は シマイ に オンナ に いった。 オンナ は いや な カオ も せず に たちあがった。 ワタクシ は また 「ヨ が ふけた から おくって いって あげましょう」 と いって、 オンナ と ともに クツヌギ に おりた。
 その とき うつくしい ツキ が しずか な ヨ を のこる くまなく てらして いた。 オウライ へ でる と、 ひっそり した ツチ の ウエ に ひびく ゲタ の オト は まるで きこえなかった。 ワタクシ は フトコロデ を した まま ボウシ も かぶらず に、 オンナ の アト に ついて いった。 マガリカド の ところ で オンナ は ちょっと エシャク して、 「センセイ に おくって いただいて は もったいのう ございます」 と いった。 「もったいない わけ が ありません。 おなじ ニンゲン です」 と ワタクシ は こたえた。
 ツギ の マガリカド へ きた とき オンナ は 「センセイ に おくって いただく の は コウエイ で ございます」 と また いった。 ワタクシ は 「ホントウ に コウエイ と おもいます か」 と マジメ に たずねた。 オンナ は カンタン に 「おもいます」 と はっきり こたえた。 ワタクシ は 「そんなら しなず に いきて いらっしゃい」 と いった。 ワタクシ は オンナ が この コトバ を どう カイシャク した か しらない。 ワタクシ は それから 1 チョウ ばかり いって、 また ウチ の ほう へ ひきかえした の で ある。
 むせっぽい よう な くるしい ハナシ を きかされた ワタクシ は、 その ヨ かえって ニンゲン-らしい いい ココロモチ を ヒサシブリ に ケイケン した。 そうして それ が たっとい ブンゲイジョウ の サクブツ を よんだ アト の キブン と おなじ もの だ と いう こと に キ が ついた。 ユウラクザ や テイゲキ へ いって トクイ に なって いた ジブン の カコ の カゲボウシ が なんとなく あさましく かんぜられた。

 8

 フユカイ に みちた ジンセイ を とぼとぼ たどりつつ ある ワタクシ は、 ジブン の いつか イチド トウチャク しなければ ならない シ と いう キョウチ に ついて つねに かんがえて いる。 そうして その シ と いう もの を セイ より は ラク な もの だ と ばかり しんじて いる。 ある とき は それ を ニンゲン と して たっしうる サイジョウ シコウ の ジョウタイ だ と おもう こと も ある。
「シ は セイ より も たっとい」
 こういう コトバ が チカゴロ では たえず ワタクシ の ムネ を オウライ する よう に なった。
 しかし ゲンザイ の ワタクシ は イマ マノアタリ に いきて いる。 ワタクシ の フボ、 ワタクシ の ソフボ、 ワタクシ の ソウソフボ、 それから ジュンジ に さかのぼって、 100 ネン、 200 ネン、 ないし センネン マンネン の アイダ に ジュンチ された シュウカン を、 ワタクシ イチダイ で ゲダツ する こと が できない ので、 ワタクシ は いぜん と して この セイ に シュウジャク して いる の で ある。
 だから ワタクシ の ヒト に あたえる ジョゴン は どうしても この セイ の ゆるす ハンイナイ に おいて しなければ すまない よう に おもう。 どういう ふう に いきて ゆく か と いう せまい クイキ の ナカ で ばかり、 ワタクシ は ジンルイ の 1 ニン と して タ の ジンルイ の 1 ニン に むかわなければ ならない と おもう。 すでに セイ の ナカ に カツドウ する ジブン を みとめ、 また その セイ の ナカ に コキュウ する タニン を みとめる イジョウ は、 タガイ の コンポンギ は いかに くるしくて も いかに みにくくて も この セイ の ウエ に おかれた もの と カイシャク する の が アタリマエ で ある から。
「もし いきて いる の が クツウ なら しんだら いい でしょう」
 こうした コトバ は、 どんな に なさけなく ヨ を かんずる ヒト の クチ から も ききえない だろう。 イシャ など は やすらか な ネムリ に おもむこう と する ビョウニン に、 わざと チュウシャ の ハリ を たてて、 カンジャ の クツウ を イッコク でも のばす クフウ を こらして いる。 こんな ゴウモン に ちかい ショサ が、 ニンゲン の トクギ と して ゆるされて いる の を みて も、 いかに ねづよく ワレワレ が セイ の イチジ に シュウジャク して いる か が わかる。 ワタクシ は ついに その ヒト に シ を すすめる こと が できなかった。
 その ヒト は とても カイフク の ミコミ の つかない ほど ふかく ジブン の ムネ を きずつけられて いた。 ドウジ に その キズ が フツウ の ヒト の ケイケン に ない よう な うつくしい オモイデ の タネ と なって その ヒト の オモテ を かがやかして いた。
 カノジョ は その うつくしい もの を ホウセキ の ごとく ダイジ に エイキュウ カノジョ の ムネ の オク に だきしめて いたがった。 フコウ に して、 その うつくしい もの は とり も なおさず カノジョ を シ イジョウ に くるしめる テキズ ソノモノ で あった。 フタツ の もの は カミ の ウラオモテ の ごとく とうてい ひきはなせない の で ある。
 ワタクシ は カノジョ に むかって、 スベテ を いやす 「トキ」 の ナガレ に したがって くだされ と いった。 カノジョ は もし そう したら この タイセツ な キオク が しだいに はげて ゆく だろう と なげいた。
 コウヘイ な 「トキ」 は ダイジ な タカラモノ を カノジョ の テ から うばう カワリ に、 その キズグチ も しだいに リョウジ して くれる の で ある。 はげしい セイ の カンキ を ユメ の よう に ぼかして しまう と ドウジ に、 イマ の カンキ に ともなう なまなましい クツウ も とりのける シュダン を おこたらない の で ある。
 ワタクシ は ふかい レンアイ に ねざして いる ネツレツ な キオク を とりあげて も、 カノジョ の キズグチ から したたる チシオ を 「トキ」 に ぬぐわしめよう と した。 いくら ヘイボン でも いきて ゆく ほう が しぬ より も ワタクシ から みた カノジョ には テキトウ だった から で ある。
 かくして つねに セイ より も シ を たっとい と しんじて いる ワタクシ の キボウ と ジョゴン は、 ついに この フユカイ に みちた セイ と いう もの を チョウエツ する こと が できなかった。 しかも ワタクシ には それ が ジッコウジョウ に おける ジブン を、 ボンヨウ な シゼン シュギシャ と して ショウコ-だてた よう に みえて ならなかった。 ワタクシ は イマ でも ハンシン ハンギ の メ で じっと ジブン の ココロ を ながめて いる。

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