カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

フユ の ヒ

2014-02-19 | カジイ モトジロウ
 フユ の ヒ

 カジイ モトジロウ

 1

 キセツ は トウジ に マ も なかった。 タカシ の マド から は、 ジバン の ひくい イエイエ の ニワ や カドベ に たって いる キギ の ハ が、 1 ニチ ごと はがれて ゆく サマ が みえた。
 ゴンゴンゴマ は ロウバ の ホウハツ の よう に なって しまい、 シモ に うつくしく やけた サクラ の サイゴ の ハ が なくなり、 ケヤキ が カゼ に かさかさ ミ を ふるわす ごと に かくれて いた フウケイ の ブブン が あらわれて きた。
 もう アカトキ の モズ も こなく なった。 そして ある ヒ、 ビョウブ の よう に たちならんだ ケヤキ の キ へ ナマリイロ の ムクドリ が ナンビャッパ と しれず おりた コロ から、 だんだん シモ は するどく なって きた。
 フユ に なって タカシ の ハイ は いたんだ。 オチバ が ふりたまって いる イドバタ の シックイ へ、 センメン の とき はく タン は、 キミドリイロ から にぶい チ の イロ を だす よう に なり、 ときに それ は おどろく ほど あざやか な クレナイ に さえた。 タカシ が マガリ 2 カイ の 4 ジョウ ハン で トコ を はなれる ジブン には、 シュフ の アサ の センタク は とうに すんで いて、 シックイ は かわいて しまって いる。 その ウエ へ おちた タン は ミズ を かけて も はなれない。 タカシ は キンギョ の コ でも つまむ よう に して それ を ドカン の クチ へ もって ゆく の で ある。 カレ は チ の タン を みて も もう なんの シゲキ でも なくなって いた。 が、 レイチョウ な クウキ の ソコ に さえざえ と した ヒトカタマリ の イロドリ は、 なぜか いつも じっと みつめず には いられなかった。
 タカシ は コノゴロ いきる ネツイ を まるで かんじなく なって いた。 イチニチ イチニチ が カレ を ひきずって いた。 そして ウチ に すむ べき ところ を なくした タマシイ は、 つねに ガイカイ へ のがれよう のがれよう と あせって いた。 ――ヒル は ヘヤ の マド を ひらいて モウジン の よう に ソト の フウケイ を みつめる。 ヨル は ヘヤ の ソト の モノオト や テツビン の オト に ロウシャ の よう な ミミ を すます。
 トウジ に ちかづいて ゆく 11 ガツ の もろい ヒザシ は、 しかし、 カレ が トコ を でて 1 ジカン とは たたない マド の ソト で、 どの ヒ も どの ヒ も きえかかって ゆく の で あった。 かげって しまった テイチ には、 カレ の すんで いる イエ の トウエイ さえ ぼっして しまって いる。 それ を みる と タカシ の ココロ には ボクジュウ の よう な カイコン や イラダタシサ が ひろがって ゆく の だった。 ヒナタ は わずか に テイチ を へだてた、 ハイイロ の ヨウフウ の モクゾウ カオク に とどまって いて、 その ジコク、 それ は ナニ か かなしげ に、 とおい チヘイ へ おちて ゆく イリヒ を ながめて いる か の よう に みえた。
 フユビ は ユウビンウケ の ナカ へ まで さしこむ。 ロジョウ の どんな ちいさな イシツブ も ヒトツヒトツ カゲ を もって いて、 みて いる と、 それ が みな エジプト の ピラミッド の よう な コロッサール な カナシミ を うかべて いる。 ――テイチ を へだてた ヨウカン には、 その ジコク、 ならんだ アオギリ の ユウレイ の よう な カゲ が うつって いた。 コウジツセイ を もった、 モヤシ の よう に あおじろい タカシ の ショクシュ は、 しらずしらず その ハイイロ した モクゾウ カオク の ほう へ のびて いって、 そこ に しみこんだ フシギ な カゲ の アト を なでる の で あった。 カレ は マイニチ それ が きえて しまう まで の ジカン を クウキョ な ココロ で マド を ひらいて いた。
 テンボウ の ホクグウ を ささえて いる カシ の ナミキ は、 ある ヒ は、 その コウテツ の よう な ダンセイ で しない おどりながら、 カゼ を ゆりおろして きた。 ヨウボウ を かえた テイチ には かさこさ と カレハ が ガイコツ の オドリ を ならした。
 そんな とき アオギリ の カゲ は いまにも けされそう にも みえた。 もう ヒナタ とは おもえない そこ に、 キ の せい ほど の カゲ が まだ のこって いる。 そして それ は コガラシ に おわれて、 サバク の よう な、 そこ では カゲ の いきて いる セカイ の トオク へ、 だんだん スガタ を かきけして ゆく の で あった。
 タカシ は それ を みおわる と、 ゼツボウ に にた カンジョウ で マド を とざし に かかる。 もう ヨル を よぶ ばかり の コガラシ に ミミ を すまして いる と、 ある とき は まだ デンキ も こない どこ か トオク で ガラスド の くだけおちる オト が して いた。

 2

 タカシ は ハハ から の テガミ を うけとった。
「ノブコ を なくして から チチウエ は すっかり おいこんで おしまい に なった。 オマエ の カラダ も フツウ の カラダ では ない の だ から タイセツ に して ください。 もう コノウエ の クロウ は ワタシタチ も したく ない。
 ワタシ は コノゴロ ヨナカ ナニ か に おどろいた よう に メ が さめる。 アタマ は オマエ の こと が キガカリ なの だ。 いくら かんがえまい と して も ダメ です。 ワタシ は ナン-ジカン も ねむれません」
 タカシ は それ を よんで ある カンガエ に せいぜん と した。 ヒトビト の ねしずまった ヨル を こえて、 カレ と カレ の ハハ が たがいに タガイ を なやみくるしんで いる。 そんな とき、 カレ の シンゾウ に うった フキツ な ハクドウ が、 どうして ハハ を めざまさない と いいきれよう。
 タカシ の オトウト は セキツイ カリエス で しんだ。 そして イモウト の ノブコ も ヨウツイ カリエス で、 イシ を うしなった フウケイ の ナカ を しんで いった。 そこ では、 タクサン の ムシ が 1 ピキ の しにかけて いる ムシ の シュウイ に あつまって かなしんだり ないたり して いた。 そして カレラ の フタリ とも が、 ツチ に かえる マエ の 1 ネン-カン を よこたわって いた、 しろい ツチ の セッコウ の トコ から おろされた の で ある。
 ――どうして イシャ は 「イマ の 1 ネン は ノチ の 10 ネン だ」 なんて いう の だろう。
 タカシ は そう いわれた とき ジブン の ウチ に おこった なぜか バツ の わるい よう な カンジョウ を おもいだしながら かんがえた。
 ――まるで ジブン が その 10 ネン で トウタツ しなければ ならない リソウ でも もって いる か の よう に。 どうして あと ナンネン たてば しぬ とは いわない の だろう。
 タカシ の アタマ には カレ に しばしば ゲンゼン する イシ を うしなった フウケイ が うかびあがる。
 くらい つめたい セキゾウ の カンガ の たちならんで いる マチ の テイリュウジョ。 そこ で カレ は デンシャ を まって いた。 イエ へ かえろう か にぎやか な マチ へ でよう か、 カレ は まよって いた。 どちら の ケッシン も つかなかった。 そして デンシャ は いくら まって も どちら から も こなかった。 おしつける よう な くらい ケンチク の インエイ、 ハダカ の ナミキ、 まばら な ガイトウ の トウシズ。 ――その トオク の コウサロ には ときどき すぎる スイゾクカン の よう な デンシャ。 フウケイ は にわか に トウセイ を うしなった。 その ナカ で カレ は はげしい メッケイ を かんじた。
 おさない タカシ は ネズミトリ に はいった ネズミ を カワ に つけ に いった。 トウメイ な ミズ の ナカ で ネズミ は サユウ に カナアミ を つたい、 それ は クウキ の ナカ での よう に みえた。 やがて ネズミ は アミメ の ヒトツ へ ハナ を つっこんだ まま うごかなく なった。 しろい アワ が ネズミ の クチ から サイゴ に うかんだ。……
 タカシ は 5~6 ネン マエ は、 ジブン の ビョウキ が ヤクソク して いる シ の マエ には、 ただ あまい カナシミ を まいた だけ で とおりすぎて いた。 そして いつか それ に キ が ついて みる と、 エイヨウ や アンセイ が カレ に シンジュン した、 ビショク に たいする シコウ や アンイツ や キョウダ は、 カレ から いきて ゆこう と する イシ を だんだん に もちさって いた。 しかし カレ は イクド も ココロ を とりなおして セイカツ に むかって いった。 が、 カレ の シサク や コウイ は いつのまにか イツワリ の ヒビキ を たてはじめ、 やがて その ナメラカサ を うしなって ギョウコ した。 と、 カレ の マエ には、 そういった フウケイ が あらわれる の だった。
 ナンニン も の ニンゲン が ある チョウコウ を あらわし ある ケイカ を たどって しんで いった。 それ と おなじ チョウコウ が オマエ に あらわれて いる。
 キンダイ カガク の シト の ヒトリ が、 タカシ に はじめて それ を つげた とき、 カレ の キョヒ する ケンゲン も ない その こと は、 ただ カレ が ばくぜん いみきらって いた その メイショウ ばかり で、 アタマ が それ を うけつけなかった。 もう カレ は それ を キョヒ しない。 しろい ツチ の セッコウ の トコ は カレ が くろい ツチ に かえる まで の ナンネン か の ため に ヨウイ されて いる。 そこ では もう テンテン する こと さえ ゆるされない の だ。
 ヨ が ふけて ヨバン の ゲキタク の オト が きこえだす と、 タカシ は インウツ な ココロ の ソコ で つぶやいた。
「おやすみなさい、 オカアサン」
 ゲキタク の オト は サカ や ヤシキ の おおい タカシ の イエ の アタリ を、 ビミョウ に かわって ゆく ハンキョウ の グアイ で、 それ が とおって ゆく サキザキ を ホウフツ させた。 ハイ の きしむ オト だ と おもって いた はるか な イヌ の トオボエ。 ――タカシ には ヨバン が みえる。 ハハ の ネスガタ が みえる。 もっと もっと インウツ な ココロ の ソコ で カレ は また つぶやく。
「おやすみなさい、 オカアサン」

 3

 タカシ は ソウジ を すました ヘヤ の マド を あけはなち、 トウ の ネイス に やすんで いた。 と、 じゅっじゅっ と いう ナキゴエ が して カナムグラ の カキ の カゲ に ササナキ の ウグイス が ミエカクレ する の が みえた。
 じゅっ、 じゅっ、 タカシ は カマクビ を もたげて、 クチ で その ナキゴエ を まねながら、 コトリ の ヨウス を みて いた。 ――カレ は ウチ で カナリヤ を かって いた こと が ある。
 うつくしい ゴゼン の ニッコウ が ハ を こぼれて いる。 ササナキ は クチ の ネ に まよわされて は いる が、 そんな バアイ の カナリヤ など の よう に、 キビ な カンジョウ は あらわさなかった。 ショクヨク に こえふとって、 ナニ か かたい チョッキ でも きた よう な カッコウ を して いる。 ――タカシ が マネ を やめる と、 アイソ も なく、 シズエ の アイダ を わたりながら いって しまった。
 テイチ を へだてて、 タニ に のぞんだ ヒアタリ の いい ある カゾク の ニワ が みえた。 キ に かれた チョウセンシバ に あかい フトン が ほして ある。 ――タカシ は いつ に なく ハヤオキ を した ゴゼン に うっとり と した。
 しばらく して カレ は、 ハ が カッショク に かれおちて いる ヤネ に、 ツルモドキ の あかい ミ が つややか に あらわれて いる の を みながら、 イエ の モン を でた。
 カゼ も ない アオゾラ に、 キ に かわりきった イチョウ は、 しずか に カゲ を たたんで やすろうて いた。 しろい ケショウ レンガ を はった ながい ヘイ が、 いかにも すんだ フユ の クウキ を うつして いた。 その シタ を マゴ を おぶった ロウバ が ゆっくり ゆっくり あるいて くる。
 タカシ は ながい サカ を おりて ユウビンキョク へ いった。 ヒ の さしこんで いる ユウビンキョク は たえず トビラ が なり、 ヒトビト は アサ の シンセン な クウキ を まきちらして いた。 タカシ は ながい アイダ こんな クウキ に せっしなかった よう な キ が した。
 カレ は ほそい サカ を ゆっくり ゆっくり のぼった。 サザンカ の ハナ や ヤツデ の ハナ が さいて いた。 タカシ は 12 ガツ に なって も チョウ が いる の に おどろいた。 それ の とんで いった ホウガク には ニッコウ に まかれた アブ の コウテン が いそがしく ゆきこうて いた。
「チホウ の よう な コウフク だ」 と カレ は おもった。 そして うつらうつら ヒダマリ に かがまって いた。 ――やはり その ヒダマリ の すこし はなれた ところ に ちいさい コドモ たち が ナニ か して あそんで いた。 4~5 サイ の ドウジ や ドウジョ たち で あった。
「みて や しない だろう な」 と おもいながら タカシ は あさく ミズ が ながれて いる ドブ の ナカ へ タン を はいた。 そして カレラ の ほう へ ちかづいて いった。 オンナ の コ で あばれて いる の も あった。 オトコ の コ で おとなしく して いる の も あった。 おさない セン が セキボク で ミチ に かかれて いた。 ――タカシ は ふと、 これ は どこ か で みた こと の ある ジョウケイ だ と おもった。 フイ に ココロ が ゆれた。 ゆりさまされた アブ が ぼうばく と した タカシ の カコ へ とびさった。 その うららか な ロウゲツ の ゴゼン へ。
 タカシ の アブ は みつけた。 サザンカ を。 その ハナビラ の こぼれる アタリ に あそんで いる ドウジ たち を。 ――それ は たとえば カレ が ハンシ など を わすれて ガッコウ へ いった とき、 センセイ に コトワリ を いって いそいで ウチ へ とり に かえって くる、 ガッコウ は ジュギョウチュウ の、 ナニ か めずらしい ゴゼン の ミチ で あった。 そんな とき でも なければ かいまみる こと を ゆるされなかった、 せいなる ジコク の アリサマ で あった。 そう おもって みて タカシ は ほほえんだ。

 ゴゴ に なって、 ヒ が イツモ の カクド に かたむく と、 この カンガエ は タカシ を かなしく した。 おさない とき の ふるぼけた シャシン の ナカ に、 のこって いた ヒナタ の よう な ヨワビ が ブッショウ を てらして いた。
 キボウ を もてない モノ が、 どうして ツイオク を いつくしむ こと が できよう。 ミライ に ケサ の よう な アカルサ を おぼえた こと が チカゴロ の ジブン に ある だろう か。 そして ケサ の オモイツキ も なんの こと は ない、 ロシア の キゾク の よう に (ゴゴ 2 ジ-ゴロ の チョウサン) が セイカツ の シュウカン に なって いた と いう こと の いい ショウコ では ない か。――
 カレ は また ながい サカ を おりて ユウビンキョク へ いった。
「ケサ の ハガキ の こと、 カンガエ が かわって やめる こと に した から、 おねがい した こと ゴチュウシ ください」
 ケサ カレ は あたたかい カイガン で フユ を こす こと を おもい、 そこ に すんで いる ユウジン に カシヤ を さがす こと を たのんで やった の だった。
 カレ は はげしい ヒロウ を かんじながら サカ を かえる の に あえいだ。 ゴゼン の ニッコウ の ナカ で しずか に カゲ を たたんで いた イチョウ は、 イチニチ が たたない うち に もう コガラシ が エダ を まばら に して いた。 その オチバ が ヒ を うしなった ミチ の ウエ を あかるく して いる。 カレ は それら の オチバ に ほのか な アイチャク を おぼえた。
 タカシ は イエ の ヨコ の ミチ まで かえって きた。 カレ の イエ から は その コウバイ の ついた ミチ は ガケウエ に なって いる。 ヘヤ から ながめて いる イツモ の フウケイ は、 イマ カレ の ガンゼン で コガラシ に ふきさらされて いた。 クモリゾラ には クモ が あんたん と うごいて いた。 そして その シタ に タカシ は、 まだ デントウ も こない ある イエ の 2 カイ は、 もう ト が とざされて ある の を みた。 ト の キハダ は あらわ に ガイメン に むかって さらされて いた。 ――ある カンドウ で タカシ は そこ に たたずんだ。 カタワラ には カレ の すんで いる ヘヤ が ある。 タカシ は それ を これまで ついぞ ながめた こと の ない あたらしい カンジョウ で ながめはじめた。
 デントウ も こない のに はや トジマリ を した 1 ケン の イエ の 2 カイ―― ト の あらわ な キハダ は、 フイ に タカシ の ココロ を ヨルベ の ない リョジョウ で そめた。
 ――くう もの も もたない。 どこ に とまる アテ も ない。 そして ヒ は くれかかって いる が、 この タコク の マチ は はや ジブン を こばんで いる。――
 それ が ゲンジツ で ある か の よう な アンシュウ が カレ の ココロ を かげって いった。 また そんな キオク が かつて の ジブン に あった よう な、 イッシュ いぶかしい カンビ な キモチ が タカシ を せつなく した。
 なにゆえ そんな クウソウ が おこって くる の か? なにゆえ その クウソウ が かくも ジブン を かなしませ、 また、 かくも したしく ジブン を よぶ の か? そんな こと が タカシ には おぼろげ に わかる よう に おもわれた。
 ニク を あぶる こうばしい ニオイ が ユウジミ の ニオイ に まじって きた。 イチニチ の シゴト を おえた らしい ダイク の よう な ヒト が、 イキ を はく かすか な オト を させながら、 タカシ に すれちがって すたすた と サカ を のぼって いった。
「オレ の ヘヤ は あすこ だ」
 タカシ は そう おもいながら ジブン の ヘヤ に メ を そそいだ。 ハクボ に つつまれて いる その スガタ は、 イマ エーテル の よう に フウケイ に ひろがって ゆく キョム に たいして は、 なんの チカラ でも ない よう に ながめられた。
「オレ が あいした ヘヤ。 オレ が そこ に すむ の を よろこんだ ヘヤ。 あの ナカ には オレ の イッサイ の ショジヒン が―― ふとする と その ヒ その ヒ の セイカツ の カンジョウ まで が ナイゾウ されて いる かも しれない。 ここ から コエ を かければ、 その ユウレイ が あの マド を あけて クビ を さしのべそう な キ さえ する。 が しかし それ も、 ぬぎすてた ヤドヤ の ドテラ が いつしか ジブン ジシン の カラダ を その ナカ に ホウフツ させて くる サヨウ と わずか も ちがった こと は ない では ない か。 あの ムカンカク な ヤネガワラ や マドガラス を こうして じっと みて いる と、 オレ は だんだん ツウコウニン の よう な ココロ に なって くる。 あの ムカンカク な ガイイ は ジサツ しかけて いる ニンゲン を その ナカ に かくして いる とき も やはり あの とおり に ちがいない の だ。 ――と いって、 ジブン は センコク の クウソウ が オレ を よぶ の に したがって このまま ここ を あゆみさる こと も できない。
 はやく デントウ でも くれば よい。 あの マド の スリガラス が きいろい ヒ を にじませれば、 あたえられた イノチ に マンゾク して いる ニンゲン を ヘヤ の ナカ に、 この ツウコウニン の ココロ は ソウゾウ する かも しれない。 その コウフク を しんじる チカラ が おこって くる かも しれない」
 ミチ に たたずんで いる タカシ の ミミ に カイカ の ハシラドケイ の オト が ぼんぼん…… と つたわって きた。 ヘン な もの を きいた、 と おもいながら カレ の アシ は とぼとぼ と サカ を くだって いった。

 4

 ガイロジュ から ツギ には ガイロ から、 カゼ が カレハ を はらって しまった アト は カゼ の オト も かわって いった。 ヨル に なる と マチ の アスファルト は エンピツ で ひからせた よう に いてはじめた。 そんな ヨル を タカシ は ジブン の しずか な マチ から ギンザ へ でかけて いった。 そこ では はなばなしい クリスマス や サイマツ の ウリダシ が はじまって いた。
 トモダチ か コイビト か カゾク か、 ホドウ の ヒト は その ホトンド が ツレ を たずさえて いた。 ツレ の ない ニンゲン の カオ は トモダチ に であう アテ を もって いた。 そして ホントウ に ツレ が なく とも カネ と ケンコウ を もって いる ヒト に、 この ブツヨク の シジョウ が わるい カオ を する はず の もの では ない の で あった。
「ナニ を し に ジブン は ギンザ へ くる の だろう」
 タカシ は ホドウ が はやくも ヒロウ ばかり しか あたえなく なりはじめる と よく そう おもった。 タカシ は そんな とき いつか デンシャ の ナカ で みた ある ショウジョ の カオ を おもいうかべた。
 その ショウジョ は つつましい ビショウ を うかべて カレ の ザセキ の マエ で ツリカワ に さがって いた。 ドテラ の よう に カラダ に そって いない キモノ から 「オネエサン」 の よう な クビ が はえて いた。 その うつくしい カオ は ヒトメ で カノジョ が ナニビョウ だ か を チョッカン させた。 トウキ の よう に しろい ヒフ を かげらせて いる おおい ウブゲ。 ビコウ の マワリ の アカ。
「カノジョ は きっと ビョウショウ から ぬけだして きた もの に ソウイ ない」
 ショウジョ の オモテ を たえず サザナミ の よう に おこって は きえる ビショウ を ながめながら タカシ は そう おもった。 カノジョ が ハナ を かむ よう に して ふきとって いる の は ナニ か。 ハイ を おとした ストーヴ の よう に、 そんな とき カノジョ の カオ には イットキ あざやか な チ が のぼった。
 ジシン の ヒロウ と ともに だんだん イジラシサ を まして ゆく その ムスメ の ゾウ を いだきながら、 ギンザ では タカシ は ジブン の タン を はく の に こまった。 まるで モノ を いう たび クチ から カエル が とびだす グリム オトギバナシ の ムスメ の よう に。
 カレ は そんな とき ヒトリ の オトコ が タン を はいた の を みた こと が ある。 フイ に まずしい ゲタ が でて きて それ を すりつぶした。 が、 それ は アシ が はいて いる ゲタ では なかった。 ロボウ に ゴザ を しいて ブリキ の コマ を うって いる ロウジン が、 さすが に イカリ を うかべながら、 その ゲタ を ゴザ の ハシ の も ヒトツ の ウエ へ かさねる ところ を カレ は みた の で ある。
「みた か」 そんな キモチ で タカシ は ゆきすぎる ヒトビト を ふりかえった。 が、 ダレ も それ を みた ヒト は なさそう だった。 ロウジン の すわって いる ところ は、 それ が オウライ の メ に はいる には あまり に ちかすぎた。 それ で なくて も ロウジン の うって いる ブリキ の コマ は もう イナカ の ダガシヤ で でも チンプ な もの に ちがいなかった。 タカシ は イチド も その オモチャ が うれた の を みた こと が なかった。
「ナニ を し に ジブン は きた の だ」
 カレ は それ が ジブン ジシン への コウジツ の、 コーヒー や バター や パン や フデ を かった アト で、 ときには フンヌ の よう な もの を かんじながら コウカ な フランス コウリョウ を かったり する の だった。 また ときには ロテン が ミセ を たたむ ジコク まで マチカド の レストラン に コシ を かけて いた。 ストーヴ に あたためられ、 ピアノ トリオ に うきたって、 グラス が なり、 ナガシメ が ひかり、 エガオ が わきたって いる レストラン の テンジョウ には、 ものうい フユ の ハエ が イクヒキ も まって いた。 しょざいなく そんな もの まで みて いる の だった。
「ナニ を し に ジブン は きた の だ」
 マチ へ でる と ふきとおる カラッカゼ が もう ヒトアシ を まばら に して いた。 ヨイ の ウチ ヒトビト が つかまされた ビラ の タグイ が フシギ に マチ の ヒトトコロ に ふきためられて いたり、 はいた タン が すぐに こおり、 おちた ゲタ の カナグ に まぎれて しまったり する ヨフケ を、 カレ は けっきょく は イエ へ かえらねば ならない の だった。
「ナニ を し に ジブン は きた の だ」
 それ は カレ の ナカ に のこって いる ふるい セイカツ の カンキョウ に すぎなかった。 やがて ジブン は こなく なる だろう。 タカシ は おもい ヒロウ と ともに それ を かんじた。
 カレ が ヘヤ で カンカク する ヨル は、 サクヤ も イッサクヤ も おそらくは ミョウバン も ない、 ビョウイン の ロウカ の よう に ながく つづいた ヨル だった。 そこ では ふるい セイカツ は シ の よう な クウキ の ナカ で テイシ して いた。 シソウ は ショダナ を うめる カベツチ に しか すぎなかった。 カベ に かかった セイザ ハヤミヒョウ は ゴゼン 3 ジ が 10 ガツ 20 ナンニチ に メモリ を あわせた まま ホコリ を かぶって いた。 よふけて カレ が ベンジョ へ かよう と、 コマド の ソト の ヤネガワラ には ゲッコウ の よう な シモ が おいて いる。 それ を みる とき に だけ カレ の ココロ は ほーっと あかるむ の だった。
 かたい ネドコ は それ を はなれる と ゴゴ に はじまる イチニチ が まって いた。 かたむいた フユ の ヒ が マド の ソト の マノアタリ を ゲントウ の よう に うつしだして いる、 その マイニチ で あった。 そして その フシギ な ヒザシ は だんだん スベテ の もの が カショウ に しか すぎない と いう こと や、 カショウ で ある ゆえ セイシンテキ な ウツクシサ に そめられて いる の だ と いう こと を ロコツ に して くる の だった。 ビワ が ハナ を つけ、 トオク の ヒダマリ から は ダイダイ の ミ が メ を うった。 そして ショトウ の シグレ は もう アラレ と なって ノキ を はしった。
 アラレ は アト から アト へ くろい ヤネガワラ を うって は ころころ ころがった。 トタン ヤネ を うつ オト。 ヤツデ の ハ を はじく オト。 カレクサ に きえる オト。 やがて さぁー と いう それ が セケン に ふって いる オト が きこえだす。 と、 しろい フユ の ヴェイル を やぶって チカク の ヤシキ から は ツル の ナキゴエ が おこった。 タカシ の ココロ も そんな とき には ナニ か シンセン な ヨロコビ が かんじられる の だった。 カレ は マドギワ に よって フウキョウ と いう もの が ソンザイ した ふるい ジダイ の こと を おもった。 しかし それ を ジブン の ミ に あてはめる こと は タカシ には できなかった。

 5

 いつ の ヒマ に か トウジ が すぎた。 そんな ある ヒ タカシ は ながらく よりつかなかった、 イゼン すんで いた マチ の シチテン へ いった。 カネ が きた ので フユ の ガイトウ を だし に でかけた の だった。 が、 いって みる と それ は すでに ながれた アト だった。
「×× どん あれ は イツゴロ だったけ」
「へい」
 しばらく みない アイダ に すっかり おとなびた ショウテンイン が チョウボ を くった。
 タカシ は その コウジョウ が わりあい すらすら でて くる バントウ の カオ が ヘン に みえだした。 ある シュンカン には カレ が ヒジョウ な イイニクサ を おしかくして いって いる よう に みえ、 ある シュンカン には いかにも ヘイキ に いって いる よう に みえた。 カレ は ヒト の ヒョウジョウ を よむ の に これほど とまどった こと は ない と おもった。 イツモ は コウイ の ある セケンバナシ を して くれる バントウ だった。
 タカシ は バントウ の コトバ に よって イクド も カレ が シチテン から ユウビン を うけて いた の を はじめて ゲンジツ に おもいだした。 リュウサン に おかされて いる よう な キモチ の ソコ で、 そんな こと を この バントウ に きかしたら と いう よう な クショウ も かんじながら、 カレ も やはり バントウ の よう な ムカンシン を カオ に よそおって ひととおり それ と イッショ に ショブン された もの を きく と、 カレ は その ミセ を でた。
 1 ピキ の やせおとろえた イヌ が、 シモドケ の ミチバタ で みにくい コシツキ を ふるわせながら、 フン を しよう と して いた。 タカシ は ナニ か ロアクテキ な キモチ に じりじり せまられる の を かんじながら、 ケンオ に たえた その イヌ の カラダツキ を、 おわる まで みて いた。 ながい カエリ の デンシャ の ナカ でも、 カレ は しじゅう ホウカイ に くっしよう と する ジブン を たえて いた。 そして デンシャ を おりて みる と、 イエ を でる とき もって でた はず の コウモリ は―― カレ は もって いなかった。
 アテ も なく デンシャ を おおう と する メ を カレ は ハンシャテキ に そらせた。 おもい ヒロウ を ひきずりながら、 ユウガタ の ミチ を かえって きた。 その ヒ マチ へ でる とき あかい もの を はいた、 それ が ミチバタ の ムクゲ の ネカタ に まだ ひっかかって いた。 タカシ には かすか な ミブルイ が かんじられた。 ――はいた とき には わるい こと を した と しか おもわなかった その あかい イロ に。――
 ユウガタ の ハツネツジ が きて いた。 つめたい アセ が きみわるく ワキノシタ を つたった。 カレ は ハカマ も ぬがぬ ガイシュツ スガタ の まま ぎょうぜん と ヘヤ に すわって いた。
 とつぜん アイクチ の よう な カナシミ が カレ に ふれた。 ツギ から ツギ へ あいする モノ を うしなって いった ハハ の、 ときどき する とぼけた よう な ヒョウジョウ を おもいうかべる と、 カレ は しずか に なきはじめた。
 ユウゲ を したため に カイカ へ おりる コロ は、 カレ の ココロ は もはや レイセイ に かえって いた。 そこ へ トモダチ の オリタ と いう の が たずねて きた。 ショクヨク は なかった。 カレ は すぐ 2 カイ へ あがった。
 オリタ は カベ に かかって いた、 セイザヒョウ を おろして きて しきり に メモリ を うごかして いた。
「よう」
 オリタ は それ には こたえず、
「どう だ。 ユウダイ じゃあ ない か」
 それから カオ を あげよう と しなかった。 タカシ は ふと イキ を のんだ。 カレ には それ が いかに ソウダイ な ナガメ で ある か が しんじられた。
「キュウカ に なった から キョウリ へ かえろう と おもって やって きた」
「もう キュウカ かね。 オレ は コンド は かえらない よ」
「どうして」
「かえりたく ない」
「ウチ から は」
「ウチ へは かえらない と テガミ だした」
「リョコウ でも する の か」
「いや、 そう じゃ ない」
 オリタ は ぎろと タカシ の メ を みかえした まま、 もう その サキ を きかなかった。 が、 トモダチ の ウワサ、 ガッコウ の ハナシ、 キュウカツ の ハナシ は しだいに でて きた。
「コノゴロ ガッコウ じゃあ コウドウ の ヤケアト を こわしてる ん だ。 それ が ね、 ロウドウシャ が ツルハシ を もって ヤケアト の レンガヘキ へ のぼって……」
 その げんに ジブン の のって いる レンガヘキ へ ツルハシ を ふるって いる ロウドウシャ の スガタ を、 オリタ は ミブリ を まぜて えがきだした。
「あと ヒトツキ と いう ところ まで は、 その ウエ に いて ツルハシ を あてて いる。 それから アンゼン な ところ へ うつって ヒトツ ぐゎん と やる ん だ。 すると おおきい やつ が どどーん と おちて くる」
「ふーん。 なかなか おもしろい」
「おもしろい よ。 それで タイヘン な ニンキ だ」
 タカシ ら は ハナシ を して いる と いくらでも チャ を のんだ。 が、 ヘイゼイ ジブン の つかって いる チャワン で しきり に チャ を のむ オリタ を みる と、 その たび カレ は ココロ が ハナシ から それる。 その コウデイ が だんだん おもく タカシ に のしかかって きた。
「キミ は ハイビョウ の チャワン を つかう の が ヘイキ なの かい。 セキ を する たび に バイキン は たくさん とんで いる し。 ――ヘイキ なん だったら エイセイ の カンネン が とぼしい ん だし、 トモダチガイ に こらえて いる ん だったら コドモ みたい な カンショウ シュギ に すぎない と おもう な―― ボク は そう おもう」
 いって しまって タカシ は、 なぜ こんな いや な こと を いった の か と おもった。 オリタ は メ を イチド ぎろと させた まま だまって いた。
「しばらく ダレ も こなかった かい」
「しばらく ダレ も こなかった」
「こない と ひがむ かい」
 コンド は タカシ が だまった。 が、 そんな コトバ で はなしあう の が タカシ には なぜか こころよかった。
「ひがみ は しない。 しかし オレ も コノゴロ は カンガエカタ が すこし ちがって きた」
「そう か」
 タカシ は その ヒ の デキゴト を オリタ に はなした。
「オレ は そんな とき どうしても レイセイ に なれない。 レイセイ と いう もの は ムカンドウ じゃ なくて、 オレ に とって は カンドウ だ。 クツウ だ。 しかし オレ の いきる ミチ は、 その レイセイ で ジブン の ニクタイ や ジブン の セイカツ が ほろびて ゆく の を みて いる こと だ」
「…………」
「ジブン の セイカツ が こわれて しまえば ホントウ の レイセイ は くる と おもう。 ミナソコ の イワ に おちつく コノハ かな……」
「ジョウソウ だね。 ……そう か、 しばらく こなかった な」
「そんな こと。 ……しかし こんな カンガエ は コドク に する な」
「オレ は キミ が その うち に テンチ でも する よう な キ に なる と いい と おもう な。 ショウガツ には かえれ と いって きて も かえらない つもり か」
「かえらない つもり だ」
 めずらしく カゼ の ない しずか な バン だった。 そんな ヨル は カジ も なかった。 フタリ が ハナシ を して いる と、 コガイ には ときどき ちいさい ヨブコ の よう な コエ の もの が ないた。
 11 ジ に なって オリタ は かえって いった。 かえる キワ に カレ は カミイレ の ナカ から ジョウシャ ワリビキケン を 2 マイ、
「ガッコウ へ とり に ゆく の も メンドウ だろう から」 と いって タカシ に わたした。

 6

 ハハ から テガミ が きた。
 ――オマエ には ナニ か かわった こと が ある に ちがいない。 それで ショウガツ ジョウキョウ なさる ツエダ さん に オマエ を みまって いただく こと に した。 その つもり で いなさい。
 かえらない と いう から ハルギ を おくりました。 コトシ は ドウギ を つくって いれて おいた が、 ドウギ は キモノ と ジュバン の アイダ に きる もの です。 じかに きて は いけません。――
 ツエダ と いう の は ハハ の センセイ の シソク で イマ は ダイガク を でて イシャ を して いた。 が、 かつて タカシ には その ヒト に アニ の よう な シボ を もって いた ジダイ が あった。
 タカシ は チカク へ サンポ に でる と、 チカゴロ は ことに ハハ の ゲンカク に であった。 ハハ だ! と おもって それ が み も しらぬ ヒト の カオ で ある とき、 カレ は よく ヘン な こと を おもった。 ――すーっと かわった よう だった。 また ハハ が もう カレ の ヘヤ へ きて すわりこんで いる スガタ が メ に ちらつき、 イエ へ ひきかえしたり した。 が、 きた の は テガミ だった。 そして くる べき ヒト は ツエダ だった。 タカシ の ゲンカク は やんだ。
 マチ を あるく と タカシ は ジブン が ビンカン な スイジュンキ に なって しまった の を かんじた。 カレ は だんだん コキュウ が セッパク して くる ジブン に キ が つく。 そして ふりかえって みる と その ミチ は カレ が しらなかった ほど の ケイシャ を して いる の だった。 カレ は たちどまる と はげしく カタ で イキ を した。 ある せつない カタマリ が ムネ を くだって ゆく まで には、 かならず どう すれば いい の か わからない イキグルシサ を イチド へなければ ならなかった。 それ が しずまる と タカシ は また あるきだした。
 ナニ が カレ を かる の か。 それ は とおい チヘイ へ おちて ゆく タイヨウ の スガタ だった。
 カレ の イチニチ は テイチ を へだてた ハイイロ の ヨウフウ の モクゾウ カオク に、 どの ヒ も どの ヒ も きえて ゆく フユ の ヒ に、 もう たえきる こと が できなく なった。 マド の ソト の フウケイ が しだいに あおざめた クウキ の ナカ へ ぼっして ゆく とき、 それ が すでに タダ の ヒカゲ では なく、 ヨル と なづけられた ヒカゲ だ と いう ジカク に、 カレ の ココロ は フシギ な イラダチ を おぼえて くる の だった。
「あああ おおきな ラクジツ が みたい」
 カレ は イエ を でて とおい テンボウ の きく バショ を さがした。 セイボ の マチ には モチツキ の オト が おこって いた。 ハナヤ の マエ には ウメ と フクジュソウ を あしらった ウエキバチ が ならんで いた。 そんな フウゾクガ は、 マチ が どこ を どう かえって いい か わからなく なりはじめる に つれて、 だんだん うつくしく なった。 ジブン の まだ イチド も ふまなかった ミチ―― そこ では コメ を といで いる オンナ も ケンカ を して いる コドモ も カレ を たちどまらせた。 が、 ミハラシ は どこ へ いって も、 おおきな ヤネ の カゲエ が あり、 ユウヤケゾラ に すんだ コズエ が あった。 その たび、 とおい チヘイ へ おちて ゆく タイヨウ の かくされた スガタ が せつない カレ の ココロ に うつった。
 ヒ の ヒカリ に みちた クウキ は チジョウ を わずか も へだたって いなかった。 カレ の みたされない ガンボウ は、 ときに たかい ヤネ の ウエ へ のぼり、 ソラ へ テ を のばして いる オトコ を ソウゾウ した。 オトコ の ユビ の サキ は その クウキ に ふれて いる。 ――また カレ は スイソ を みたした シャボンダマ が、 あおざめた ヒト と マチ と を ショウテン させながら、 その クウキ の ナカ へ ぱっと ナナイロ に うかびあがる シュンカン を ソウゾウ した。
 あおく すみとおった ソラ では ウキグモ が ツギ から ツギ へ うつくしく もえて いった。 みたされない タカシ の ココロ の オキ にも、 やがて その ヒ は もえうつった。
「こんな に うつくしい とき が、 なぜ こんな に みじかい の だろう」
 カレ は そんな とき ほど はかない キ の する とき は なかった。 もえた クモ は また つぎつぎ に シカイ に なりはじめた。 カレ の アシ は もう すすまなかった。
「あの ソラ を みたして ゆく カゲ は チキュウ の どの ヘン の カゲ に なる かしら。 あすこ の クモ へ ゆかない かぎり キョウ も もう ヒ は みられない」
 にわか に おもい ツカレ が カレ に よりかかる。 しらない マチ の しらない マチカド で、 タカシ の ココロ は もう ふたたび あかるく は ならなかった。

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