ちくま文庫 宮沢賢治全集2を読んだ。
いや正確には、ぱらぱらめくっただけです。
174ページ
その服は
おれの組合から買ってくれたのかい
いやありがたう
すてきななりだ
まるでこれからアフガニスタンへ馬を盗みに行くやうだ
アフガニスタンへ馬を盗みに行くような素敵な服・・・
村上春樹かーーーっ
199ページ
あたたかくくらくおもいもの
ぬるんだ水空気懸垂体
それこそほとんど恋愛自身なのである
なぜなら恋の八十パーセントは
H2Oでなりたって
のこりは酸素と炭酸瓦斯との交流なのだ
(H2Oは化学記号であり、テキストファイルで表現できませんが、2は下半分に書かれる2であります。)
「恋の八十パーセント」というのは、賢治では珍しい表現ではないかと思う。
そもそも「恋」なんて全然、出て来ないので
その八十パーセントもない。
224ページ
一〇四九 基督再臨
風が吹いて
日が暮れかゝり
麦のうねがみな
うるんで見えること
石河原の大小の鍬
まっしろに発火しだした
また労れて死ぬる支那の苦力や
働いたために子を生み悩む農婦たち
また、、、、 の人たちが
みなうつゝとも夢ともわかぬなかに云ふ
おまへらは
わたくしの名を知らぬのか
わたしはエス
おまへらに
ふたゝび
あらはれることをば約したる
神のひとり子エスである
キリスト教と社会主義は抑制されているのだが、時々、出て来る。
230ページ
一〇五三 政治家
あっちもこっちも
ひとさわぎおこして
いっぱい呑みたいやつらばかりだ
羊歯の葉と雲
世界はそんなにつめたく暗い
けれどもまもなく
さういふやつらは
ひとりで腐って
ひとりで雨に流される
あとはしんとした青い羊歯ばかり
そしてそれが人間の石炭紀であったと
どこかの透明な地質学者が記録するであらう
政治家について書かれたものも少ない。
ましてや悪口になっているものは見あたらない。
そういう意味では珍しい。
233ページ
一〇五六 〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕
サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやってくる
ブルジョアジーでもプロレタリアートでも
おほよそ卑怯な下等なやつらは
みんなひとりで日向へ出た蕈のやうに
潰れて流れるその日が来る
やってしまへやってしまへ
酒を呑みたいために尤らしい波瀾を起すやつも
じぶんだけで面白いことをしつくして
人生が砂っ原だなんていふにせ教師も
いつでもきょろきょろひとと自分とくらべるやつらも
そいつらみんなをびしゃびしゃに叩きつけて
その中から卑怯な鬼どもを追ひ払へ
それらをみんな魚や豚につかせてしまへ
はがねを鍛へるやうに新らしい時代は新らしい人間を鍛へる
紺いろした山地の稜をも砕け
銀河をつかって発電所もつくれ
これもなんか悪口みたいだが、なんとなく悲しくなる。
「いつでもきょろきょろひとと自分とくらべるやつら」というのは私のことかもしれない。
ぜひ、びしゃびしゃに叩きつけてほしい。
256ページ
一〇七一 〔わたくしどもは〕
わたくしどもは
ちゃうど一年いっしょに暮しました
その女はやさしく蒼白く
その眼はいつでも何かわたくしのわからない夢を見てゐるやうでした
いっしょになったその夏のある朝
わたくしは町はづれの橋で
村の娘が持って来た花があまり美しかったので
二十銭だけ買ってうちに帰りましたら
妻は空いてゐた金魚の壺にさして
店へ並べて居りました
夕方帰って来ましたら
妻はわたくしの顔を見てふしぎな笑ひやうをしました
見ると食卓にはいろいろな果物や
白い洋皿などまで並べてありますので
どうしたのかとたづねましたら
あの花が今日ひるの間にちゃうど二円に売れたといふのです
……その青い夜の風や星、
すだれや魂を送る火や……
そしてその冬
妻は何の苦しみといふのでもなく
萎れるやうに崩れるやうに一日病んで没くなりました
「恋」も珍しいが「妻」はもっと珍しいのではないかと思う。そういう意味で漱石の対極にある。
ここに出て来る妻は花の化身なのか、その身を犠牲にして食べ物を拵えたのか、
そんなふうにして萎れるように死んでいったのか、
いずれにしても幸福からは程遠い。
302ページ
〔断章六〕
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て
新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンジャーに載って
銀河系空間の外にも至って
更にも透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
衝動のやうにさへ行われる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少なくとも百人の天才がなければならぬ
〔断章七〕
新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
諸君この颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
新しい時代のコペルニクス
新しい時代のダーヴイン
新たな時代のマルクス
彼らが切り開いた時代は過ぎ去ってしまった。
現代の英雄というのは、ジョン・レノンであったり、スティーブ・ジョブズであったりする。
きっと賢治の呼び掛けは、そういうタイプの英雄には届かないだろう。
368ページ
〔降る雨はふるし〕
降る雨はふるし
倒れる稲はたふれる
たとへ百分の一しかない蓋然が
いま眼の前にあらはれて
どういふ結果にならうとも
おれはどこへも遁げられない
……春にはのぞみの列とも見え
恋愛そのものとさへ考へられた
鼠いろしたその雲の群……
もうレーキなどはふり出して
かういふ開花期に
続けて降った百ミリの雨が
どの設計をどう倒すか
眼を大きくして見てあるけ
たくさんのこわばった顔や
非難するはげしい眼に
保険をとっても弁償すると答へてあるけ
生活(農業)に関わるものが増えて来る。
稲が倒れぬよう、凶作にならぬよう、身を擦り減らし、やがて病に倒れる。
あるいは、その顔つきや眼つきに倒れてしまったのかもしれない。
542ページ
〔そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう〕
そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう
わたくしといふのはいったい何だ
何べん考へなおし読みあさり
さうともきゝかうも教へられても
結局まだはっきりしてゐない
わたくしといふのは
[以下空白]
いや正確には、ぱらぱらめくっただけです。
174ページ
その服は
おれの組合から買ってくれたのかい
いやありがたう
すてきななりだ
まるでこれからアフガニスタンへ馬を盗みに行くやうだ
アフガニスタンへ馬を盗みに行くような素敵な服・・・
村上春樹かーーーっ
199ページ
あたたかくくらくおもいもの
ぬるんだ水空気懸垂体
それこそほとんど恋愛自身なのである
なぜなら恋の八十パーセントは
H2Oでなりたって
のこりは酸素と炭酸瓦斯との交流なのだ
(H2Oは化学記号であり、テキストファイルで表現できませんが、2は下半分に書かれる2であります。)
「恋の八十パーセント」というのは、賢治では珍しい表現ではないかと思う。
そもそも「恋」なんて全然、出て来ないので
その八十パーセントもない。
224ページ
一〇四九 基督再臨
風が吹いて
日が暮れかゝり
麦のうねがみな
うるんで見えること
石河原の大小の鍬
まっしろに発火しだした
また労れて死ぬる支那の苦力や
働いたために子を生み悩む農婦たち
また、、、、 の人たちが
みなうつゝとも夢ともわかぬなかに云ふ
おまへらは
わたくしの名を知らぬのか
わたしはエス
おまへらに
ふたゝび
あらはれることをば約したる
神のひとり子エスである
キリスト教と社会主義は抑制されているのだが、時々、出て来る。
230ページ
一〇五三 政治家
あっちもこっちも
ひとさわぎおこして
いっぱい呑みたいやつらばかりだ
羊歯の葉と雲
世界はそんなにつめたく暗い
けれどもまもなく
さういふやつらは
ひとりで腐って
ひとりで雨に流される
あとはしんとした青い羊歯ばかり
そしてそれが人間の石炭紀であったと
どこかの透明な地質学者が記録するであらう
政治家について書かれたものも少ない。
ましてや悪口になっているものは見あたらない。
そういう意味では珍しい。
233ページ
一〇五六 〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕
サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやってくる
ブルジョアジーでもプロレタリアートでも
おほよそ卑怯な下等なやつらは
みんなひとりで日向へ出た蕈のやうに
潰れて流れるその日が来る
やってしまへやってしまへ
酒を呑みたいために尤らしい波瀾を起すやつも
じぶんだけで面白いことをしつくして
人生が砂っ原だなんていふにせ教師も
いつでもきょろきょろひとと自分とくらべるやつらも
そいつらみんなをびしゃびしゃに叩きつけて
その中から卑怯な鬼どもを追ひ払へ
それらをみんな魚や豚につかせてしまへ
はがねを鍛へるやうに新らしい時代は新らしい人間を鍛へる
紺いろした山地の稜をも砕け
銀河をつかって発電所もつくれ
これもなんか悪口みたいだが、なんとなく悲しくなる。
「いつでもきょろきょろひとと自分とくらべるやつら」というのは私のことかもしれない。
ぜひ、びしゃびしゃに叩きつけてほしい。
256ページ
一〇七一 〔わたくしどもは〕
わたくしどもは
ちゃうど一年いっしょに暮しました
その女はやさしく蒼白く
その眼はいつでも何かわたくしのわからない夢を見てゐるやうでした
いっしょになったその夏のある朝
わたくしは町はづれの橋で
村の娘が持って来た花があまり美しかったので
二十銭だけ買ってうちに帰りましたら
妻は空いてゐた金魚の壺にさして
店へ並べて居りました
夕方帰って来ましたら
妻はわたくしの顔を見てふしぎな笑ひやうをしました
見ると食卓にはいろいろな果物や
白い洋皿などまで並べてありますので
どうしたのかとたづねましたら
あの花が今日ひるの間にちゃうど二円に売れたといふのです
……その青い夜の風や星、
すだれや魂を送る火や……
そしてその冬
妻は何の苦しみといふのでもなく
萎れるやうに崩れるやうに一日病んで没くなりました
「恋」も珍しいが「妻」はもっと珍しいのではないかと思う。そういう意味で漱石の対極にある。
ここに出て来る妻は花の化身なのか、その身を犠牲にして食べ物を拵えたのか、
そんなふうにして萎れるように死んでいったのか、
いずれにしても幸福からは程遠い。
302ページ
〔断章六〕
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て
新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンジャーに載って
銀河系空間の外にも至って
更にも透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
衝動のやうにさへ行われる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少なくとも百人の天才がなければならぬ
〔断章七〕
新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
諸君この颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
新しい時代のコペルニクス
新しい時代のダーヴイン
新たな時代のマルクス
彼らが切り開いた時代は過ぎ去ってしまった。
現代の英雄というのは、ジョン・レノンであったり、スティーブ・ジョブズであったりする。
きっと賢治の呼び掛けは、そういうタイプの英雄には届かないだろう。
368ページ
〔降る雨はふるし〕
降る雨はふるし
倒れる稲はたふれる
たとへ百分の一しかない蓋然が
いま眼の前にあらはれて
どういふ結果にならうとも
おれはどこへも遁げられない
……春にはのぞみの列とも見え
恋愛そのものとさへ考へられた
鼠いろしたその雲の群……
もうレーキなどはふり出して
かういふ開花期に
続けて降った百ミリの雨が
どの設計をどう倒すか
眼を大きくして見てあるけ
たくさんのこわばった顔や
非難するはげしい眼に
保険をとっても弁償すると答へてあるけ
生活(農業)に関わるものが増えて来る。
稲が倒れぬよう、凶作にならぬよう、身を擦り減らし、やがて病に倒れる。
あるいは、その顔つきや眼つきに倒れてしまったのかもしれない。
542ページ
〔そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう〕
そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう
わたくしといふのはいったい何だ
何べん考へなおし読みあさり
さうともきゝかうも教へられても
結局まだはっきりしてゐない
わたくしといふのは
[以下空白]