太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

地震で早く目覚めた朝は

2020-06-04 07:12:20 | 日記

早朝また地震で目が覚めた。震源は隣県で最大震度4であった。収まったのを確認してもう一度寝ようとしたが寝付けなかった。いつもは近所の雨戸を開ける音で目が覚めるのだが1時間早く起きる結果となった。このところ頻発である。地球内部のマントルが対流で動いている上に地殻が乗っているのだから何処かストレスの溜まっているところが崩れたりズレたりして地震が起こることは頭では理解できる。地震の恐怖は家が崩れて下敷きになるかというのは揺れている最中の一瞬のことであるが、実はその想像を絶する巨大なエネルギーが恐ろしい。この大地を揺り動かすエネルギーは計算を超えて理屈の外にある恐怖以外のなにものでもない。風力や太陽光と同じ自然エネルギーと言えなくもないが、ほんの一部でも利用可能なら未来が描けるが残念ながらその技術はない。毎回新鮮な恐怖で慣れることがない。

エネルギーと言う目に見えないものへの恐怖はコロナやコンピューター上のウィルスも似ている。いざ戦うとなると敵を殲滅、圧倒的勝利とはいかない。見えないだけに残党が何処に潜んでいるかわからない。地震だって如何に備えをしても次の場所や規模は推定できない。人間はゆっくりした変化には順応できるようになっているが環境の激変は時として耐え難い。地震もコロナも激変の部類である。有名企業のCMキャッチコピーで「昨日まで世界になかったものを」というのがある。この企業のキャッチはいつも良くできているが人生の出来事の多くは「昨日まではこんな筈じゃなかった」という経験の方が多い。

大先輩と話す機会があった。長寿でお元気ではあるが決して平穏無事に過ごしてきたわけではないと思った。少なくとも30年に一度くらいは激変に見舞われた感じだ。都度壁にぶち当たりながら時には正面突破で壁を破壊し、超人的な乗り越え方をしたこともあるようだ。幾つかの壁は迂回したこともうかがえる。自身も振り返って人生という戦いには30年という節目があるように思う。戦いは長いほど順応して行ける。この順応が平穏無事に見えているだけで戦いが無かったわけではない。30、60、90次は人類初の120への挑戦か。今起こっている激変も30年というスパンで考えれば乗り越えられないわけがない。時には迂回せよも教訓か。本当の闘いは次に待っている。



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