平和な時代とはこういうものか。SNSで面白かった話題を紹介する記事がある。原文のままだと「大学のゼミで『いじめをどう伝えるか』というテーマで講義があった。1人1枚白い紙を渡されると。『クシャクシャにしなさい』次に『広げて伸ばしなさい』と指示。最後に『どんなに綺麗に伸ばしてもシワは消えません。これがいじめです』と教授に言われ。広い教室がシーンとなった光景が忘れられない。」とのこと。学生運動の時代のゼミとは大違い。教授は権力の走狗だと思い毎日が緊張の時代が良いとは言えないがあまりにも・・・・。夜寝るときに教授は果たして明日の授業で学生にどう伝えようか。例え話でも言葉だけでは記憶に残らない。そうだ、幼児に何か伝えるときジェスチャーを交えて伝えると効果的だと聞いたことがある。これだと教授は閃いた。皆さんは将来教員を目指しています。イジメ問題で子供達に何か伝えるとき時こんな方法もあります。・・・クシャクシャにしなさい・・・。子供達の心にはこのしわくちゃの紙の映像とともに記憶に残るでしょう、といったところが背景だろうか。まさか大学生が今後社会に出ていじめに加担するかも知れないことを諫めたものではないでしょう。優しい時代の先生とは思うが・・・大学?
一部の中学高校の入学式で注文した制服が届かなかったことに関して有名な教育家の方が「前時代の遺物、制服の廃止を」と言っている。理由も沢山挙げられているが何が最も重要か。殆ど声が上げられないのは、何を着て行くか、貧富の差などない制服はある意味助け舟である。それを自由の束縛とか言うのは余裕のある方で自由はもっと別の場面で使うべきである。着た切りスズメで一番助かるのは親御さんだ。成人式の晴れ着が届かなかった問題の時も経済的に振袖を着ることができない人の声は殆ど取り上げられなかった。裸族が居た。今日は一生に一度少年の成人になる儀式の日だ。運悪く少年は腕に怪我をして包帯をグルグル巻いている。こんな格好では恥ずかしくて儀式に行けないよ。裸族らしく素っ裸でなくちゃと言って親を困らせる。そんな例え話があってもおかしくなかった。
制服の件で助かるとは言わぬ弱者が1割であってもそこに目を向けるのが教育家(?)だと思う。優しい時代の自由は幅が広すぎて理解に苦しむ。SNSは短文なので誤解をされ易いことも事実であるが。
一部の中学高校の入学式で注文した制服が届かなかったことに関して有名な教育家の方が「前時代の遺物、制服の廃止を」と言っている。理由も沢山挙げられているが何が最も重要か。殆ど声が上げられないのは、何を着て行くか、貧富の差などない制服はある意味助け舟である。それを自由の束縛とか言うのは余裕のある方で自由はもっと別の場面で使うべきである。着た切りスズメで一番助かるのは親御さんだ。成人式の晴れ着が届かなかった問題の時も経済的に振袖を着ることができない人の声は殆ど取り上げられなかった。裸族が居た。今日は一生に一度少年の成人になる儀式の日だ。運悪く少年は腕に怪我をして包帯をグルグル巻いている。こんな格好では恥ずかしくて儀式に行けないよ。裸族らしく素っ裸でなくちゃと言って親を困らせる。そんな例え話があってもおかしくなかった。
制服の件で助かるとは言わぬ弱者が1割であってもそこに目を向けるのが教育家(?)だと思う。優しい時代の自由は幅が広すぎて理解に苦しむ。SNSは短文なので誤解をされ易いことも事実であるが。