QHQの独り言

アマチュア無線局JR3QHQが日々思う事を掲載します。

ハム温故知新「昔を語り未来を読む!」

2007年12月04日 18時54分19秒 | アマチュア無線
年末ハムの集いの講演会にパネラーとして参加しました。

私以外では、JA3HXJ JA3AA JA3ATJ JA3AYUさん達がパネラーとして参加、私は、ハムの歴史をあまり知らない若者?としてOMに質問をすると言う位置付けでした。
全体の参加者は、だいたい50名くらいでした。

アマチュア無線の歴史は、ある程度知っていると思っていましたが、今回OMからいろいろ話を聞くとやはり知らないとところが多々あり勉強になりました。

たとえば、JA3AAさんが開局するまでどのような形で申請を出して免許を貰ったかとか、私は、今の近畿総合通信局から貰ったと思っていましたが、東京へ申請を出し、東京から免許を貰っているんですね。
また、免許を貰ったのを確認したのが、電車の中の新聞だったと言う話です。(他人が読んでいる新聞に「アマチュア無線局免許される」と言う記事を偶然見つけたらしい)
当時郵便事情が悪くて、郵便物が届くのが遅かったと言う事らしいです。

また、池田市民文化会館にあるJA3RLは、当時移動局として日本で初めて免許を受けたらしいです。
免許人は、JA3AAさんでいずれJARLが使うだろうと他の人に免許されないうちに開局申請を出したと言う事です。
この当時は、固定と移動は別々のコールサインになっていたようです。
また、コールサインはある程度リクエストできたと言う事です。
その後JA3RLは、JARLの局となりました。TNXです。

と言うような話が聞けました。
日本で初めての記念局JA3XPO(万博)の話も聞けました。
まだまだ色々あるのですが、書ききれません。
知っている方は、ご存知だと思いますが・・・
会場からも多くの質問が出て結構良かったと思います。

当時の事を聞きますと、現在はいかに簡単にアマチュア局を開局できる事かとふと思いました。

で、これからアマチュア無線のたどっていく道はと言いますと、少子化に伴い若いアマチュアが育っていかない、これをどうするかと言う事になってきます。
ここでは、やはり答えは出ませんでした。

第2弾を関ハムで行う事になりそうです。

写真は、撮るのを忘れました。