三部構成の短編集。
最初の一篇「センシニ」の不思議な味わいに、やられる。
あっ、なんだ、これ。人との関わりの糸から漂い出るような、それぞれの人が持つ世界の感触。
「センシニ」は、スペインに亡命しているアルゼンチンの作家と僕との交流を描く短編だ。
懸賞小説を狙う僕は、懸賞を取り続ける作家センシニに手紙を出す。
そのことから二人の間に奇妙な友情が生まれる。連帯感への通路が築かれるというのかもしれない。だが、それは作家のアルゼンチンへの帰国によって途絶える。
そこにある、彼の息子グレゴリオの死の不可解。また、書かれなかった亡命の内実。それらが、小説に奥行きをもたらしている。
グレゴリオはカフカの『変身』の主人公にちなんでつけられた名前であり、そうすると作家が、自身の好きなカフカの登場人物の名をつけたというだけではなく、
この状況の書かれなかった部分を暗示することにもなっている。
主人公の僕が、かすかに興味を寄せた作家の娘ミランダと会うラスト部分の会話文体がいい。
ふいに僕は、二人とも穏やかな気持ちになっていることに気がついた。何か不思議な
理由で、僕たちはこうしてここにいる、そしてこれから先、いろいろなことが、かすか
にではあるが変わろうとしているのだ。世界が本当に動いている気がした。(略)
そして、その声さえも自分のものとは思えなかった。
会話は地の文と同じようにカギ括弧なしで書かれている(訳されている)。二人は互いに相手の声を聞いているのだ。
短編集の表題になっている「通話」は、8ページほどの短い小説。主人公はB。ボラーニョのBとも考えられる、彼がよく使う登場人物。そしてBが恋したX。
BはXに恋をしている。もちろん不幸な恋だ。
こう書き始められる。すべて削がれた小説。
BはXに電話をかける。何故か。Bを好きだから。そして、ある日警官が来る。Xが殺されたのだ。Bは事情を聴取され犯人と疑われる。
釈放されたBはXの兄を訪ね、犯人が誰なのかの可能性を探る。一週間後警察が犯人を捕まえたということを兄はBに電話してくる。という、小説だ。
物語は物語られる一切を封じて8ページだけで終わる。Bは犯人ではないのか。読者は、ここから想像、空想へ向かう。
ただ、人が人と関わる繋がりの痕跡だけは残るのだ。それが生きていることの証となるのかもしれない。「通話」の不可能性も含めて。
そして、死が、明確な死が訪れない不意打ち感が心に宿る。
死とは、それを起こした原因と、犯罪であった場合はその加害者と、そして死の実体といったものが必要なはずなのだ。それが消されている。
外された梯子、通路。そこに滲むように存在する不安。
あっ、この短編の抜群の比喩をひとつ。
蓋の開いた便器は、まるで歯が一本もない歯茎が自分を笑っているように見える。
短編集は、それぞれに趣向を凝らした作品からなっている。この人の長編を読んでみたいと思った。
50歳で死んでしまったボラーニョ。気になる作家になった。
最初の一篇「センシニ」の不思議な味わいに、やられる。
あっ、なんだ、これ。人との関わりの糸から漂い出るような、それぞれの人が持つ世界の感触。
「センシニ」は、スペインに亡命しているアルゼンチンの作家と僕との交流を描く短編だ。
懸賞小説を狙う僕は、懸賞を取り続ける作家センシニに手紙を出す。
そのことから二人の間に奇妙な友情が生まれる。連帯感への通路が築かれるというのかもしれない。だが、それは作家のアルゼンチンへの帰国によって途絶える。
そこにある、彼の息子グレゴリオの死の不可解。また、書かれなかった亡命の内実。それらが、小説に奥行きをもたらしている。
グレゴリオはカフカの『変身』の主人公にちなんでつけられた名前であり、そうすると作家が、自身の好きなカフカの登場人物の名をつけたというだけではなく、
この状況の書かれなかった部分を暗示することにもなっている。
主人公の僕が、かすかに興味を寄せた作家の娘ミランダと会うラスト部分の会話文体がいい。
ふいに僕は、二人とも穏やかな気持ちになっていることに気がついた。何か不思議な
理由で、僕たちはこうしてここにいる、そしてこれから先、いろいろなことが、かすか
にではあるが変わろうとしているのだ。世界が本当に動いている気がした。(略)
そして、その声さえも自分のものとは思えなかった。
会話は地の文と同じようにカギ括弧なしで書かれている(訳されている)。二人は互いに相手の声を聞いているのだ。
短編集の表題になっている「通話」は、8ページほどの短い小説。主人公はB。ボラーニョのBとも考えられる、彼がよく使う登場人物。そしてBが恋したX。
BはXに恋をしている。もちろん不幸な恋だ。
こう書き始められる。すべて削がれた小説。
BはXに電話をかける。何故か。Bを好きだから。そして、ある日警官が来る。Xが殺されたのだ。Bは事情を聴取され犯人と疑われる。
釈放されたBはXの兄を訪ね、犯人が誰なのかの可能性を探る。一週間後警察が犯人を捕まえたということを兄はBに電話してくる。という、小説だ。
物語は物語られる一切を封じて8ページだけで終わる。Bは犯人ではないのか。読者は、ここから想像、空想へ向かう。
ただ、人が人と関わる繋がりの痕跡だけは残るのだ。それが生きていることの証となるのかもしれない。「通話」の不可能性も含めて。
そして、死が、明確な死が訪れない不意打ち感が心に宿る。
死とは、それを起こした原因と、犯罪であった場合はその加害者と、そして死の実体といったものが必要なはずなのだ。それが消されている。
外された梯子、通路。そこに滲むように存在する不安。
あっ、この短編の抜群の比喩をひとつ。
蓋の開いた便器は、まるで歯が一本もない歯茎が自分を笑っているように見える。
短編集は、それぞれに趣向を凝らした作品からなっている。この人の長編を読んでみたいと思った。
50歳で死んでしまったボラーニョ。気になる作家になった。