パオと高床

あこがれの移動と定住

クロード・レヴィ=ストロース『みる きく よむ』竹内信夫訳(みすず書房)

2008-02-15 14:19:31 | 海外・エッセイ・評論
「みる きく よむ」そして、感じ、考える。「思考の快楽」は単に理解の快楽ではない。それを超えて、思考の快楽それ自体に触れる快楽があるのだ。だから、例えば馴染みのないラモーの音楽についてのレヴィ=ストロースの語りに、内容がわかり得ないままでも感心しながらひたれるということになる。言葉のレベルからなかなか、把握しにくかったのは、この本の多くのページが費やされている言葉と音楽の関係であったが、それ自体意味を持たない音がどう構成構造化されていくか。また、和声と旋律の関係についてどういった困難な思考が築かれてきたのかを作者とともに旅できるような心地よさがあった。そう、「旅」=フィールドワークなのかもしれない。場所的なだけではなく、時間の中の、文化の連続の旅なのかもしれない。

あとがきに書かれているように、「みる きく よむ」というのは「視覚と聴覚の前に現れる記号であり、その二つの感覚をつうじて現前する記号を読みとろうとする自身の脳髄に起こる反応を、ポリフォニックな引用をつうじて」作者は「読者に伝えようとする」のだが、様々な引用の中から多面的な見解と普遍性と伝播の分かれ目が滲みだしているように感じた。

芸術の価値やそれが与えた結節点への思考、また、多様な引用が語る人の営みの大きな枠組みなど、ここには当然、人類学的視点が随所にあるようだ。
以下、この本のラストを書くことになるが、実際、「事物への眼差し」という最終章では、とてつもないフィールドワークから引き出された事例の一部から、様々な民族の職能者の役割と地位に触れ、超自然と日常と、芸術と実人生の関係で、「芸術によってつくりだされるこの幻想は、人間的次元を超自然的次元に結びつける絆を証言することを目的としている」や、「その像は実人生と芸術の中間に位置している」など、民族によっての職能者の生み出すものの置かれる位置の違いや共通点を語り出していき、作品がちがった作品を生み出しながら引き継がれるということが「芸術作品が永遠に生き続けるための唯一の手段」だと語る。そして、「どこでもいい、人間の歴史から任意の千年、あるいは二千年を取り去っても、人間の本性に関する私たちの知識は減りもせず増えもしない。」と、学者的峻厳さを見せれば、「唯一失われるものがあるとすれば、それはこれら千年、二千年が生み出した芸術作品だけである。」と芸術を愛する知性の巨人が現れ、この両面が混然として存在する。そしてさらに、「なぜなら、彼らが生み出した作品によってのみ、人間というものは互いに異なっており、さらに存在さえしているのであるから。」と、失われるのが芸術作品であるだけだということの理由を語りながら、「作品だけが、時間の経過のなかで、人間たちのあいだに、何かがたしかに生起したことの証となってくれるのである」と結語する。このラストは、何か感動的であった。ちょっと大げさに言うと、大きな巨大な脳髄がこの星全体を包んでいるような感じがした。

十分に把握できないのが残念だ。しかし、図版があることで、プッサンの絵画への構造分析はスリリングだったし、プルーストや北斎などを置きながら、時間の問題、部分と全体の関係を語り、「このモンタージュ的、コラージュ的技法のゆえに、作品は二重の分節化が生み出したものとなる。二重分節というこの用語は言語学から借用したものだが、この借用は次の点で正当であると私には思われる。つまり、プルーストにおいては、第一次分節の単位自体がすでに文学作品であり、次いでそれらが適当に組み合わされ、配列されて、さらに高次の文学作品を生み出す、という点において。」という視点が、そのまま、プッサンの絵画の個別人物と全体の関係や、北斎のパーツと全体の関係に繋がっていく展開には満足した。「二重分節」という言葉の有効性を感じ取ることもできた。
また、音と色彩についての部分は、ランボーの詩についての考察などが楽しかった。

みる、きく、よむとは、こんなに楽しいのだということと、ものと向き合いながらする思考の冒険のすばらしさを改めて教えてくれた一冊である。それにしても、こんな知性が、うらやましいよ。

それから、カバーの河鍋狂斎の絵がいい。本文中の狂斎の逸話。ポーズをとらせる西洋の画家が理解できない。小鳥は動き回っている。私なら日がな一日小鳥を見ている。すると描きたいと思った姿が見え、描線でスケッチすれば、記憶から取りだせるようになり、小鳥を見なくても再現できるという逸話も面白い。
ひとつひとつのパーツが完成していながら、全体が完成するというプッサンの絵についての絡みで出てくるのだが。



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