言うまでもなく、シクラメンは冬の花である。冬の鉢植えの代表格で、12月末、花屋の店頭をのぞくとシクラメンが花盛りだ。日本で最も多く生産されている鉢植え植物だという。
昔はやった小椋佳作詞・作曲の「シクラメンのかほり」のとおり、「真綿色」、「薄紅色」、「薄紫」色で「清(すが)しく」「まぶしく」「淋しい」。
布施明の歌で聞いた人が多かろう。1975年にヒットだから40年近く前から歌われているわけだ。
歩き仲間と12年12月の例会に森林公園に出かけた。ガイドマップを見たら、この季節、「原種シクラメン」が咲いていた。
中央口を入って、すぐ右手の針葉樹園の一角にあるというので、冬鳥が渡ってきている「山田大沼」を左手に見ながら、ちょっと坂を登ると、狭い場所ながら、落ち葉の下から野生シクラメンが花をのぞかせていた。(写真)
花屋のシクラメンとは比べものにならないほど小さく、高さは10cmぐらい。小さいながら色は歌のとおりだった。
「真綿色」とはあまり聞かないが、白っぽい色のことだろう。綿の花を見れば分かる。
最近、原種シクラメンの人気が高まっている。公園で世話をしている人の話では、これは「ヘデリフォリウム(ツタの葉をした)」というポピュラーな品種で、10年ほど前に植えた。分布が広く、どこでも育つ。アリが種を運ぶというから、柵を越えて広がっていくかもしれない。
原種の花が小さいことは、ランなども同じ。昔、ケニアにいた頃、英国人の愛好者に連れられて、ケニア山に野生ランを探しに出かけた時、勉強させてもらった。ランが樹木に寄生しているのを知ったのもその時だ。
シクラメンにはめったに使われないものの、対照的な二つの和名がある。一つは「篝火(かがりび)花」、もう一つは「豚の饅頭(まんじゅう)」だ。
「篝火花」は、大正三美人の一人と称された九条武子が、「かがり火のような花」と言ったのを聞いた植物学者の牧野富太郎が名づけたとか。よくよく見れば花はかがり火のように見えないこともない。
九条武子は、西本願寺の法主の娘で、才色兼備。歌人で教育者、現京都女子大の創立者でもある。
「豚の饅頭」の方は、牧野富太郎らと並んで日本の植物学草分けの一人、大久保三郎がシクラメンの英国名「sow bread(雌豚のパン)」を、パンを饅頭と訳したことからついた。塊茎にデンプンがあるので、英国では球根が豚のえさになるからだった。
花の名前の付け方は確かに色々ある。花を見るか、球根を見るか。この例は名が極端なほど違うので、思い出すたびおかしくなる
シクラメンは、サクラソウ科シクラメン属の多年草で、中近東や地中海沿岸に原種が自生している。
そう言えば、サクラソウはさいたま市の「市の花」で、荒川の自生地の公園には季節には毎年出かける。
何か埼玉県と縁の深そうな花だなあーと思っていたら、県内ではシクラメンの生産が盛んで、研究所では芳香シクラメンを世界で初めて開発したというから驚いた。
歌には「シクラメンのかほり」とあるのに、園芸種のシクラメンは香りは無いか、きわめて薄いのだそうである。
しかし、この歌のおかげで香りのあるシクラメンを産み出そうと機運が高まり、県の「農業技術研究センター」(熊谷市)は1996年、バイオテクノロジーを使って、園芸種と野生種をかけ合せて「芳香シクラメン」の開発に世界で初めて成功した。
花や株は、普通の園芸種のように大きく、バラとヒアシンスを合わせたような香りがするという。「薄い紫」「濃い紫」「ピンク」の3色で、四季咲きの性質もある。ついで、「サーモンピンク」の「天女の舞」という品種を開発、12年12月21日、県の登録申請が農水省に受理された。
研究センターは15年、日本原子力研究開発機構と共同研究、白の芳香シクラメンも開発、「絹の舞」と名付けた。11月中旬から県内の農家などで販売を始めた
屋外栽培ができるガーデンシクラメンが全国に普及したのも現本庄市からだった。埼玉県は花の県でもある。