ニッポンの農力=コメはよみがえるか 《'09.11.25:日経》
輸出国オランダに学べ
10月半ば,ドイツのケルンで開かれた世界最大級の食品見本市「アヌーガ」。会場に「寿司セット」と書かれた商品が展示された。電子レンジで温めるだけで酢飯になるパック米飯に,のりを付けた。炊飯器のない海外の家庭で手巻きずしを食べてもらおうと,コメ卸最大手の神明が開発した。
原料はみな穂農協から仕入れるコシヒカリを使う。バイヤーから「発売はいつか」との問い合わせが相次いでいる。
神明が初めてコメを輸出したのは昨年。2009年産はパック米飯分を含め330㌧。11年度は1000㌧を輸出する計画だ。援助米などを除いた日本の輸出量は08年で1294㌧と生産量の0.02%にすぎないが,神明の取締役は「主要生産国の輸出余力が低下しており,日本のコメにも活路はある」と言い切る。
有数のコメ生産国インド。干ばつなどの被害で,米農務省は今年の生産量は昨年より1600万㌧少ないとみる。日本の2年分に匹敵する量で,09~10年度に40万㌧の米を輸入する見通し。本格輸入は21年ぶりだ。
シカゴ商品取引所のコメ先物相場は上昇し,年初来安値をつけた3月半ばより3割強高い。アジア各国の輸出制限が,民衆の暴動につながった08年のコメ危機の構図は変わっていない。
農家の意識も変わりつつある。宮城県登米市のコメ農家Gは「ササニシキ」を今年1月,初めて香港へ輸出した。生産した130㌧の3割を輸出にまわした。「コメがさらに国内で余れば輸出が必要になる。今のうちに販路を確保しておきたい」と話す。
輸出を拡大するにはコメの価格を下げる必要がある。ただ,戸別所得補償制度の導入と合わせてコメの生産調整(減反)が緩和されれば,生産量は増え国内の米価も下落する。紙上を外に求めるか否かにかかわらず,生産コストの削減は待ったなしだ。
新たな取り組みも始まっている。成果を上げているのが「直播(ちょくは)栽培」。種籾を苗に育ててから田に植えるのでなく,直接水田に種もみをまく。伝統的な「田植え」を省略することで,作業時間を減らす。
積極的な福井県では,直播に合った専門の農機や水管理,肥料などの各技術を組み合わせてノウハウを体系化し,農家に提供している。南江守生産組合(福井市)では稲作の4割にあたる16.6㌶が直播だ。組合長は「資材や人件費などを含めた生産経費が半減した」。
高知市では10月下旬,夏にコシヒカリを刈り取った水田で農家が今年2度目の収穫作業に追われた。40年ぶりに再開した「二期作」の光景だ。
Nは,「水田や農機をフル活用でき,収入を増やせるのが魅力」と話す。減反政策で封印された二期作が復活したきっかけは「飼料米を作ってほしい」という地元の酪農組合からの要請だった。減反政策がなくなれば,「二期作目を飼料米から主食用米に切り替えたい」と意欲をみせる。狭い農地でも資本効率を高めれば,コスト競争力は高まるはずだ。
主要国の農業政策に詳しい経済協力開発機構(OECD)のシニアエコノミストは,「日本の農業の成長は輸出にかかっている」と指摘する。耕地面積が日本の2割しかないオランダが好例という。酪農や花き栽培が盛んな同国の農産物輸出額は過去5年間で2倍になり,米国に次いで世界第2位だ。
オランダ東部の「フードバレー」と呼ばれる地域には,農業分野で名高いワーヘニンゲン大学を核に研究期間やネスレなどの多国籍企業が集積。1万人以上の科学者が農業技術や品種改良,食品の安全評価などに関する研究に取り組む。同国首相は「大学から企業,企業から農家へ,技術・知識の移転が効率良く進む」と成長の原動力を明かす。
コメが余る日本と,不足する世界。この溝を埋めることが出来れば,日本の稲作は縮小均衡から抜け出せる。