小島と広島と私たち

島爺の倉橋島での農作業と,
広島を中心とした孫たちとのくらし

多人数はおいしい

2009-04-30 23:46:13 | 広島の生活
        優介,お披露目

 30日(木),かみさんは夕食の準備に大わらわ。次男夫婦は病院に義父を見舞ったらしい。しばらくすると母同伴で帰ってきた。先日39.6℃の高熱であった父も落ち着いて一安心。病院では連休で帰省した叔母(かみさんの妹)夫婦とも歓談できたようだ。ほどなく娘家族もやってきて賑やかな夕食となる。

 かみさんの用意した食べ物は,
 チャーハン,きんぴら,筍の煮物,ナスの天ぷら,焼き肉(昨夜の残り物の加工),カレイの煮付け,鰹のたたき(昨夜の残り,私用),
 娘の差し入れは,
 鯛めし,生春巻き,棒々鶏,焼き豚,バーニャカウダ(というもの),

 婿殿が仕事の関係で不在となり淋しいが,娘も年一度のことと無理をして作ってくれたようでどれも皆おいしい。
 何とも賑やかで楽しい食事となった。
  


優介,爺婆に笑顔

2009-04-30 00:08:53 | 孫たち
        5番目の孫,広島に初見参

 28日(水)は,神奈川県に住まいする次男夫婦が帰広するというので,27日は仕事がないのを幸いに住居周辺の除草など。
 既に蚊が来襲しているので,爺婆が喰われるのはともかく,孫を餌食にしてなるものかと北側に植えてある竹(根コブ竹?)の整理。家の彩りにと島から持ち帰って植えた物だが,すっかり定着した。除草していると根が走って小さな筍が散見される。ぼろ家の床を破られてはかなわないからと切除にかかる。
 結局1日半かかって,狭い場所から取り除いた草木は(昨秋取り除いておいた竹も含めて)米袋に8杯ばかり。

 かみさんは仕事の合間に必要最小限の掃除。
浄化槽(我が家はまだ下水道に直結していない)のブロアポンプの取り替え。
障子を張り替えてなんとか体裁を整えて迎えに走る。
 なんと,声をかけると,にこっと笑顔で応えてくれた。
正月に会っていたのを憶えていたのかしら,とかみさんは言うが,生後8ヶ月の孫が,まさか。

 仕事の都合でつきあえないが,帰宅時間は早くなりそうだ。

  


島の畠で

2009-04-27 23:54:51 | 島の生活
        シシ後のタケノコ

4月25日(土)は近くに開店したショッピングセンターに振り回され,
4月26日(日)に帰島。
 山の畠に上ってびっくり。なんと筍が30本もそれ以上も生えている。先週はイノシシに食べられた後はあったが,姿は見えなかったのに既に背丈に達するものもある。

 この畠の竹(孟宗竹)は西隣の竹藪(もとは畠で耕作放棄により竹が繁茂)から侵入したもので,一昨年伐採したところ昨年は笹のようなものに変身,やれやれ無くなるかと思いきや,今年は見事に復活したようだ。
 3月末のこと,南隣の畠(ここも耕作放棄で西からの竹と笹が繁茂)の持ち主が,
「イノシシが飽いたら,残りを貰おう」
等と言っておられたが,なんと竹の強いこと。
 次々に生えてくる筍にイノシシも食傷気味になるのも頷ける。根本の太くおいしい部分を囓りとって残りを放り投げてあるのも数本散見される。土中から頭だけ出したものも数本見えるが,掘りとる気にもなれない。
 さてどうしたものか。
縦横に走っているであろう根を取り除く元気はもう無い。さすれば,防御柵を強化し落ち葉を強いておいしい筍になるようにするしかなかろうと,雑草を除去し耕すことにした。さて,手間のかかることだ。

 27日(月)はトマトの当番を援助されたので,昼前まで菜園場にカボチャ,トウモロコシ,スイカの定植。
 ジャガイモの芽を間引くところまでは手が届かず,午後帰広し,職場に復帰。
  


我が町界隈

2009-04-25 23:56:54 | 広島の生活
        大型ショッピングセンターが開店

 先日,母を病院に迎えに行ったときの帰途の話。
「いよいよ開店ね」
という。29日が開店とばかり思っていたが,25日が近隣住民へのソフト開店だという。両親の家へは車で15分ばかり。その途中徒歩10分足らずの場所に新規に大型ショッピングセンター(SC)が開店する。日程を知らないのは,近くに住む私だけのようだった。

 この地に住み始めて26年余。前の通りは産業道路と呼ばれ,徒歩10~15分圏内に郵便局,法務局,小・中・高等学校,ホームセンター,SC等があって,何かと恵まれていた。ところがここ数年の間に,郵便局,HCが移転し,法務局は撤退した。すぐそばの鉄工場が郊外に転出し,H電鉄の整備工場とM重工業広島機械製作所が閉鎖され,少し離れたコベルコ傘下のY重工業も郊外に移転,地元のSCであるYタウンも5年後には閉鎖されるなどと噂されて随分淋しい思いをしていたものだ。

 今日がそのSC・イオンモール広島祗園店のソフト開店日。朝から雨模様の中を車がひっきりなしに動いている。いや,動くときもあれば,数珠繋ぎでどうにもならないときが多い。かみさんに買い物を頼まれ,仕方なく徒歩で行進。私の買い物はパソコン用のフラッシュメモリー2個(4ギガ=1,000円,2ギガ=500円)と,CD-R(50枚=1,000円)。
 しかし,夜来の飴にもかかわらず,どこからわき出たのかと疑うほど人が多い。車も整備工場跡(6月にHCが出店予定と聞いたがまだ動きはない)の臨時駐車場まで満車という状態。

 夕方母を迎えに出ようとしたが動きがとれない。後で,島根県からはるばる買い物に来られた人もあったとかで,国道183号も随分混んでいたとかみさんの客が言っていたそうだ。母に焼き肉をご馳走になったが,最後に注文した「熱燗」が沸騰していて口に入らなかった。無理もない。アルバイトの若者が電子レンジで“チン”するだけだから加減を知らないのだ。
 笑いながらかみさんが言う。
「酒を飲んだわりに酔わなかったのは,暑くてアルコールが飛んだから?」

 29日から正式に開店するという。朝9時から23時までの営業というから,よほど気をつけないと出入りが不自由になる。かみさんは,
「仕事を止めたら,朝からお邪魔すると光熱費も節約になっていいね」
と,呑気にかまえている。早くそうなって欲しいような欲しくないような・・・。
 ショッピングだけでなく,シネマ鑑賞ルームや,インターネット・パソコンルーム,マージャンルームが設置されればボケ防止にいいなと願うのだが。
 ついでに,あの広さだから,スーパー銭湯も併置されると,言うことはない。
  


花まつり

2009-04-22 23:38:12 | 広島の生活
        花まつり

 4月8日はお釈迦様のお生まれになった日。ゆかりの地・施設では花まつりが催される。
 私の勤める学校は安芸門徒(浄土真宗・本願寺派)によって建てられたから,例に漏れず花まつりが行われる。但し行事などの関係もあってこの時期,今年は4月22日に行われた。
 全校生徒,1時間目のロング・ホーム・ルームの時間にお寺さんの法話を聞き,後別れてお参りする。基本的な行事の終わった生徒は,甘茶をご馳走になる。

 食堂(ここの食事はとてもおいしい)には扁額がかけられており,次のように記されている。
    食事のことば
  食前のことば
   《合掌》
   み仏と,みなさまのおかげにより,
   このご馳走をめぐまれました。
   深くご恩を喜び,ありがたくいただきます。

  食後のことば
   《合掌》
   尊いおめぐみにより,おいしく
   いただきました。
   おかげで,ご馳走さまでした。

 罰当たりの私はこのことばを口にすることはありませんが,生徒と同じように,“いただきます”,“ごちそうさまでした”とは述べます。以前,白木農園だよりで食前・食後に手を合わせるお孫さんの姿をうまく描写された文が載ったことがありましたが,いかつい男子高校生が称号するのもなかなかいいものです。
 今は全くその面影は残っていませんが,3人の子どもが亡くなった私の母の法要の席で,「十二禮のうた」を合唱してくれたときには感激しました。ルンビニ幼稚園に通わせてよかったと思ったものでした。

 今日は旧暦三月二十七日。芭蕉が旅に出た日だそうです。
白木圃場で里芋を植え付けた日は“一粒万倍日”の三日後とかで,よかったよかったと喜んだものです。以前はどこの家庭にも一つくらいは日めくりの暦があって,様々な情報が満載されていました。今は12ヶ月一枚のカレンダ-など,味気なくなったものです。
 今日は「アース・ディー(地球の日)」などと書き込める日めくりが欲しい。
 
 広島カープ,久し振りの勝ち星。これもお釈迦様のお導きでしょうか?。明日も勝って勝率5割への復帰を祈りたい。
  


ごちそうさま

2009-04-20 06:49:48 | 島の生活
        すっごいね!

 久し振りに来た孫の第一声だった。
どれがと聞いたら,これがと一番長いのを掴んだ。
太さには気が付かなかったらしい。
 かみさんが夏みかんでつくったマーマレードを届けたところ,舅の誕生日祝いに出かけていたようでその帰途寄ってくれた。

 19日(日)は,島への帰路JA支店で野菜の苗を購入し,怠惰な気持ちを振り払ったが,途中渋滞もあり家に着いたときは5時をまわっていた。
 昨年茗荷を除去した場所に植えることにしたが,耕耘機をかけたせいか,一面に,なんだっけ,筑紫の親が広がっている。
 きれいな場所にはナスとカラーピーマン,そうそう,スギナの残った場所には穴をあけてカボチャを植えた。時間がないからとりあえず,だ。
 
 今年はアスパラガスが気持ちいい。収穫したのがこの写真。
お礼に牛糞をやり,上に籾殻をかけておいた。収穫する前にやっておきたかったが,私のすることはどうも後先になってしまう。
 作業が終わったときにかみさんから電話でどこにいるのか,と,今夜の予定を聞いてきた。翌日はトマトの作業があるので帰らざるを得ない。7時半だった。
 そうです,今から作業です。

  


行事の重なった週末

2009-04-19 23:55:51 | 農業塾OB会
        広島はもう夏!

 17日(金)は,職場の歓送迎会。
よく分からないのが参加体制。今回も12人の離退任者のうち参加は3名。一般参加も全職員の1/3。
こういう職場は珍しいので,どうして,と聞いたら,それぞれ事情があるから・・・ともっともな返答。
 引き続き非常勤で勤務するとしても,人生一度の大きな節目,長年過ごした職場の人たちや,お世話になったその人に,ありがとうございました,お世話になりましたと言って当然と思うのだが・・・。

 そんなことを考えていたらまたやってしまった。
わざわざ30分も待って,自宅まで徒歩1分のバスを選んだのに,目が覚めたら見知らぬ土地。散々歩いてタクシーを求めて帰る羽目になった。

 18日(土)は農業塾OB会総会。普通ならここから島に帰るところだが,そうはいかない。翌日は白木農園の作業日。「19日は食育の日」というありがたい講演を聴いたら,(作業はいくらでもあるのに)疲れてしまって何もしないでぐうたらぐうたらしていた。

 19日(日)は白木農園で里芋の植え付け。前回の小麦の作業日に休んで今回も,というわけにはいかないので参加。
 小麦も順調に生育している。作業終了後,ジャガイモの除草と追肥。
 暑いと思ったら,勿論夏日。広島県北広島町では新記録で(昨年より3日早い)真夏日(気温30℃以上)を観測したという。
諸々の作業を済ませて島に帰る。
 音戸ノ瀬戸では,皐が3分から8分咲き。

 夏の到来は早そうだ。水不足にならなければいいが・・・
  

何とも腑に落ちない話-2

2009-04-18 23:55:03 | 広島の生活

        嫌な連絡2件-2

 17日(金),T社に連絡をしたところ,幸いに電話を受けた社員(女性)とつながって,彼女の言うには,
「○△(私の姓名)というものだが,軽トラックの車検通知が届いた。正式にはハガキを持参するが,とりあえず25日に車検を受けたい」
という事だったらしい。
T社は25日に仮予約の手続きをした。その後もう一度電話あり,
「ハガキは持参しなくてもいいか?よければ25日に」
それで結構と言うことで予定を入れたが,○に該当する顧客は我が家だけで,○□に該当する妻の車は昨年車検を受けている。そこで念のため婿殿に連絡し,私に問い合わせがあったということらしい。

 何とも念の入った車検契約で,放っていたら私もT社も代車保証や人員配置で損害を受けるところだった。私の軽トラックはこの2月に車検を受けたことを伝えて,25日の予約はキャンセルしていただいた。
 ちなみに,電話をかけてきたのは男性で,暗い感じの声であったという。

 ビールの方はかみさんが電話したが,
「こちらのミスでした」
ということで,どうも要領を得なかったらしい。
 16日の夜の会話では,あれだろうか,という1件の引っかかりはあったが,憶測だけで決められない。
 
 ただ,私が軽トラックを使っている事を知っていて,トラックのメーカーはDであるのにあえてT社に車検の連絡をしたことでこの(犯)人はごく限られた人物になる。
 T社もD社も我が家から数百㍍の距離にある。D社製の軽トラックを(軽を製造していない)T社で車検を,と推測した頭脳の持ち主は,そのように推測する材料を持っていた強者ということになる。
しかし,そのように判断できる材料を持っている人は限定される。知りすぎたことが墓穴を掘ることを彼は気付いていない。しばらく様子を見よう。
 直接の被害は生じなかったものの,何とも嫌-な事件(?)だ。 


何とも腑に落ちない話

2009-04-16 23:17:41 | 広島の生活
        嫌な連絡2件

 15日(水)昼前,婿殿から職場に電話あり。
軽トラックの車検のことでT社に電話したかとの問い。
車検は既に2月に済ませたことを伝えると,
確かそうですよね,と,腑に落ちない様子。
前の軽トラックの車検がこの時期だったからかな,と,無理矢理納得。

 帰宅してこの話をすると,T社から自宅に電話があったという。
「ご主人から軽トラックの車検の電話があったらしいが,状況を・・・」
車検は済ませたはずだがと言うと,そうですかと,納得しないままに切れて,どうもその後婿殿に問い合わせたらしい。
変な話だと,その夜は済ませた。

 食事をしていて急に想い出して,かみさんが言う。
昨日,ビールが届けられたという。
注文していませんがと答えると,そうですかと,持ち帰ったという。
 後で出入りの業者に尋ねると,配達のものがいないので分からないと答えたという。
 昨夜話さなかったのは,2つの話がつながらないからで,今日も店が暇で,どうもおかしいと思い至ったようだ。

 振り返れば,かみさんの車はT社に出すが,前のも今のも軽トラックについてはT社とは関係ない。
前の軽トラはTの傍系会社であったが,T社とは無関係。そのことで知ったのかとつい思ったのだが・・・。
 ビールはいつもの業者かと尋ねたが,どうもはっきりしない。
急いで配達してくれたのか,いつもの車と違っていたようだという。

 どうもこの話はクサイ。
人にうらやまれるような暮らしも,(人柄がいいとはいえないが)恨まれるような事もしていない。
 あす,T社と酒屋さんに連絡をとってみようと思う。
 



ちょっと良い記事(はなし)

2009-04-14 22:35:09 | 私見
        育て盲導犬 受刑者とともに

 官民が共同運営するPFI方式の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」で13日,受刑者が盲導犬候補の子犬を育てる日本初の強制プログラムがスタートした(14日,朝日,毎日)。

 記事にちょっとした違いはあるが,
生後2ヶ月のレトリバー3頭が,(全受刑者520人のうち)希望者の中から選ばれた
  朝日:12人が4人1組で
  毎日:3人に
手渡され,満1歳になるまで寝食を共にして育てられるという。
 子犬は隣接する日本盲導犬訓練センターから提供されたという。

 私は犬が好きで飼いたいのだが,前に愛犬“レオ”を死なせたこともあり,飼うとしても,こちらが先に逝くことを考えるとなかなか口に出せない。
 お互いに,つれあいに腹を立てさせられることは多いが,腹を立てさせる犬はまずいない。犬は,つれあいのえぐった傷口を拭い,落ち込んだ気持ちを癒してくれる。犬は眺めるだけで気持ちを癒してくれる何かを持っている。

 盲導犬が欲しい視覚障害者は約7800人とされるが,国内に約千頭しかいない。子犬のときに飼育して人への信頼を養うボランティア「パピーウオーカー」の役割を受刑者が担うことで,更正教育と盲導犬育成の一石二鳥を狙う(朝日)。

 このプログラム,成功するものと信じて疑わない。ここ数年高齢の受刑者が増加しているという。これを機会に全国の受刑者施設,だけでなく,特に少年院等にも導入して貰いたいと願う。私も参加したいと思いながら,別れのときを想像すると声が出ない。

 それにしても,ときには隣の住民が“ワン”と言ってくれると,随分と気持ちが和むように思うのだが・・・。