昼まで雨だったけど晴れましたね。
やっぱり雨より晴れがいい。
気分がスッキリします。
景色も最高で良い気分。





サイクリング行きたいと思う今日この頃。
自転車買おうかな。
シーカヤックもしたいと思う今日この頃。
カヤック買おうかな。
さぁ、あと一ヶ月で桜の季節ですよ。
花見の計画立てなければ。
昼まで雨だったけど晴れましたね。
やっぱり雨より晴れがいい。
気分がスッキリします。
景色も最高で良い気分。





サイクリング行きたいと思う今日この頃。
自転車買おうかな。
シーカヤックもしたいと思う今日この頃。
カヤック買おうかな。
さぁ、あと一ヶ月で桜の季節ですよ。
花見の計画立てなければ。
つけ麺
ラーメン
僕イケメン
島のユアーズで唐々亭のつけ麺を発見っ!!

ユアーズ、ナイスチョイス
広島おった時は飲みに行ってからのシメはつけ麺でした
久々に食いたい!!!
ひろしま雪合戦in高野に大崎上島チームで行ったときの動画をアップしました!
武義君は試合終了3秒前に張り切って投げすぎてアウトになっています。
そのシーンをスローモーションで見て、笑ってあげてください(爆)
来年も女子アナに会いに雪合戦行くぞーーーー!!


遂に、
遂に、、、
遂にワシんちにやってきたぞ。
あのハイスタが!!
11年ぶりの再会!!
感動、感激!!
今夜は家でパーティーナイトだっ!!!
I won't forget
when you said to me"stay gold"
I won't forget
always in my heart"stay gold"
そう、あの頃の青春は金ピカのままだ!!!!

大崎上島に伝わるそれはそれは恐〜〜い伝説。
その名も“七人殺し”。
その伝説はいくつか有り、
「一家七人の家族を全員、残虐に殺した話」
「七人の盗賊が次々に人を殺していった話」
などがある。
そして、その殺された一家、もしくはその盗賊の墓が木江は“空(そら)”という地区にあるのだ。
それがそのお墓。

この画面ではなかなか読み取りにくいかもしれないが、確かに「七人・・・」と書いてある。
肝心の最後の文字が分からないが…
この墓は空という地区の山の中にポツンと一つだけあり、いかにも不気味な雰囲気だった。
別の角度から見ると、

光の加減でこちらの写真の方がはっきりと七人という文字が分かると思う。
このお墓、一体誰の為に、そして何の為に立てられた墓なのか?
我々、取材班は大崎上島の歴史に詳しい大崎は原田にお住まいの郷土史研究家、金原兼夫さんにお話を伺うことにした。
「かねはら かねお」というのは決してギャグではない。
それだけは言っておこう。
本名だ。
金原さんに
「七人殺しという伝説をご存じですか?」
と尋ねると、ゼロコンマ236594144587391467秒で、
「あれはねぇ…」
っと切り返してきた!!!
早いっ!!
なんという早さだ!!!
金原さんは続けた。
「あれは木江の人が勝手に作った伝説なんじゃ。
今から400年前の話になるんじゃけどこの島に中国から伝えられた○○党(何党だったかは忘れた)を信じる七人組がおった。
その党は60日に一回、60年に一回集まる党で、夜な夜な集まっては儀式をやっておった。
それを見た人々は
『60日に一回夜な夜な集まる変な七人組がおる。』
『あれは盗賊じゃ』
と、ウワサをはじめたんじゃ。
それが今度は
『あいつらは七人集まって人殺しをし物資を奪っておる』
というウワサに変わった。
だがその七人は○○党の中ではすごい功績を残しておった。
やがてその七人は全員亡くなった時、七人の功績を称え、○○党の人々は七人に敬意を称し、七人の石碑を作ったそうじゃ。
その石碑には『○○党 七人組』と書かれた。
それを見た人々は今度はその石碑を
“七人殺”
と間違って見て、それが400年という長い年月の中であることないこと様々なウワサになり
『七人殺しをした奴らの墓がある』
と今に伝わったんじゃ。
それが今に伝わる“七人殺し”なんじゃ。」
なるほど!!
そうだったのか!!
400年も前の話が未だに伝えられているとは驚きだ。
金原さんは最後にこう言った。
「あの石碑は400年前のものじゃけん、墓石に金鎚とミノを使って手で掘った。
じぇけん今は文字も薄れて何をかいとるかハッキリは見えん。
400年前にあんな石碑を建てたってことは、その七人組は相当な功績を残した人達だったんだろうと思う。」
400年の時を経て今に伝わる、“七人殺し”。
本当の真実は400年前、60日に一回訪れる闇夜の中に眠っている。
