阿蘇は雪だった
2月23・24日と,以前勤務していた職場の仲間と一泊旅行。12名のところやんごとなき理由で1名欠席につき,11名が2台のレンタカーに分乗。広島から柳川を経由して菊池温泉に宿泊,阿蘇を観光し帰着する日程。
このメンバーは実に気持ちの良い連中で敬老精神にあふれ,2年間のおつきあいであったにもかかわらず,年一度の旅行に毎回私を誘ってくださる。移動はレンタカー。若い人が輪番で運転し,老人は呑んで座っているだけ。今回の世話人はB5判で81頁にも及ぶパンフレットを準備してくれていました。(もっとも,いつもは届くはずの案内“状”が来ず,妻などは「おとうさん,嫌われているんじゃないの」とか,「メンバーに入ってないんじゃないの」と脅すものだから,恐る恐る電話してみると「もちろん参加するものと思って楽しみにしていますよ」との気持ちのいい返事。冊子を作る準備に時間をとられていたようです)
出発後は強風(後で,春一番と聞きました)にあおられながらも無事柳川に到着。御花で昼食。せっかくの『せいろ蒸し』でしたが,なんだか味がもう一つ。まさか中国のウナギではあるまいと言っていましたら,聞きつけたウエイターが「立派な国産・鹿児島産です」って。とはいえ,松濤園を観ながらのビール,後で聞けば3人前用意された‘いそぎんちゃく’を1人で平らげていました。
“川下り”は,水と観光客の少ない今の時期は堀割の清掃時期にあたっていて,一部分を炬燵に当たりながら楽しみました。
百畳敷きの“御座敷梅林”。今を盛りと咲き誇る古梅と松盆栽が見事でしたが,松(黒松)柏の盆栽が無かったのは少し残念でした。
菊池温泉。造りの面白い宿でした。まず,1階から6階までの直通エレベーター,平行移動して別のエレベーターで11階まで。外を眺めて納得しました。窓のそばは山の斜面。夕食は1階まで降りて,別のEVで3階へ。
浴場は6階と1階。6階の大浴場に入って,裸で1階の浴場・露天に行けるということでしたが,億劫で,1階の露天にはEVを利用。露天のお湯がぬるくて閉口しました。ただしお湯は“アルカリ性単純泉”とか,広島近辺では,美又・旭・有福温泉に似たぬったりとしたいいお湯でした。(もっとも,メンバーの1人は「あの中では金城の湯が最も良い」といっていましたから,機会があれば行きたいものです。)
ぬるいのも道理。雪でした。阿蘇の中岳のロープウエイはガスの噴出で運行中止。世話人のOさんは一満数千円分の焼酎を購入しましたが,運行中止は,売店の策略?。かわりに阿蘇火山博物館を見学。
昼食は「山賊旅路」で“だご汁定食”。意地汚くもビールを飲んだら量が多くて若者が“高菜めし”を半分食べてくれました。そういえばあの若者は昨夜行方不明となり,露天に浮いているのではないかと心配させましたが,スナックでもう1人の若者と呑んだ後,ロビーの椅子で熟睡。やおら起きあがった老中に正座させられ説教を受けていました。もう1人?。途中車を止めて,二日酔いに効くからと“ナントカの力(ちから)”というのを老中と呑んでいました。
私?。珍しく夕食も完食。“力(ちから)”も借りることなく,酒と焼酎を少々。カラオケに二曲(?)参加。元気であれば次回が楽しみです。
2月23・24日と,以前勤務していた職場の仲間と一泊旅行。12名のところやんごとなき理由で1名欠席につき,11名が2台のレンタカーに分乗。広島から柳川を経由して菊池温泉に宿泊,阿蘇を観光し帰着する日程。
このメンバーは実に気持ちの良い連中で敬老精神にあふれ,2年間のおつきあいであったにもかかわらず,年一度の旅行に毎回私を誘ってくださる。移動はレンタカー。若い人が輪番で運転し,老人は呑んで座っているだけ。今回の世話人はB5判で81頁にも及ぶパンフレットを準備してくれていました。(もっとも,いつもは届くはずの案内“状”が来ず,妻などは「おとうさん,嫌われているんじゃないの」とか,「メンバーに入ってないんじゃないの」と脅すものだから,恐る恐る電話してみると「もちろん参加するものと思って楽しみにしていますよ」との気持ちのいい返事。冊子を作る準備に時間をとられていたようです)
出発後は強風(後で,春一番と聞きました)にあおられながらも無事柳川に到着。御花で昼食。せっかくの『せいろ蒸し』でしたが,なんだか味がもう一つ。まさか中国のウナギではあるまいと言っていましたら,聞きつけたウエイターが「立派な国産・鹿児島産です」って。とはいえ,松濤園を観ながらのビール,後で聞けば3人前用意された‘いそぎんちゃく’を1人で平らげていました。
“川下り”は,水と観光客の少ない今の時期は堀割の清掃時期にあたっていて,一部分を炬燵に当たりながら楽しみました。
百畳敷きの“御座敷梅林”。今を盛りと咲き誇る古梅と松盆栽が見事でしたが,松(黒松)柏の盆栽が無かったのは少し残念でした。
菊池温泉。造りの面白い宿でした。まず,1階から6階までの直通エレベーター,平行移動して別のエレベーターで11階まで。外を眺めて納得しました。窓のそばは山の斜面。夕食は1階まで降りて,別のEVで3階へ。
浴場は6階と1階。6階の大浴場に入って,裸で1階の浴場・露天に行けるということでしたが,億劫で,1階の露天にはEVを利用。露天のお湯がぬるくて閉口しました。ただしお湯は“アルカリ性単純泉”とか,広島近辺では,美又・旭・有福温泉に似たぬったりとしたいいお湯でした。(もっとも,メンバーの1人は「あの中では金城の湯が最も良い」といっていましたから,機会があれば行きたいものです。)
ぬるいのも道理。雪でした。阿蘇の中岳のロープウエイはガスの噴出で運行中止。世話人のOさんは一満数千円分の焼酎を購入しましたが,運行中止は,売店の策略?。かわりに阿蘇火山博物館を見学。
昼食は「山賊旅路」で“だご汁定食”。意地汚くもビールを飲んだら量が多くて若者が“高菜めし”を半分食べてくれました。そういえばあの若者は昨夜行方不明となり,露天に浮いているのではないかと心配させましたが,スナックでもう1人の若者と呑んだ後,ロビーの椅子で熟睡。やおら起きあがった老中に正座させられ説教を受けていました。もう1人?。途中車を止めて,二日酔いに効くからと“ナントカの力(ちから)”というのを老中と呑んでいました。
私?。珍しく夕食も完食。“力(ちから)”も借りることなく,酒と焼酎を少々。カラオケに二曲(?)参加。元気であれば次回が楽しみです。