小島と広島と私たち

島爺の倉橋島での農作業と,
広島を中心とした孫たちとのくらし

ニッポンの農力-1-1

2010-01-17 23:34:47 | 農業塾OB会
 

日本の就農人口はピークで1454万人(1960年),それが現在は290万人(09年)という。さらにそのほぼ半数が70歳以上だそうだ。【2009.10.23毎日:日本の農業】
 誰も住まない島の家にただ帰るだけではもったいないからと,しばらく放っていた菜園場に,次いで山の畠に手を入れ,農業のまねごとを始めた。ようやく何とか様になりかけたが,特にこの1年は害獣・鳥との闘いに追われた。島の集落も高齢化が進み,耕作放棄された田畑が目立つ。それが獣の恰好の住み処と化している。
 自給率4割では,気象変動で農作物に限らず物価は乱高下する。日本の農業については全く分からない。そんな折,コメを巡る日本の農業についての記事が目に付いた。タイトルは,
 ニッポンの農力=コメはよみがえるか 《'09.11.24:日経》

 補助金漬け 実を結ばず
 一時は幻のコメともいわれた魚沼産のコシヒカリに異変が起きている。
 全農が集荷した2008年産米では初めて売れ残りが出た。今年も低調なら農家の手取りは3年連続減となる可能性もある。
 民主党政権が打ち出すコメ政策の大転換。これまではコメを作らない(=生産調整)農家に補助金を出してきたが,コメ作りそのものを税金で支える仕組みに帰る。しかし赤字を補填してくれるなら,と農家が精を出してもコメの消費は増えるわけではない。
 結果としてコメはさらに余り,米価は一段と下落するとの見方が強い。コスト割れを避けるため,ほとんどの農家が補償を受けるかもしれない,との見方もある。

 税金(補助金)を使った生産調整が導入されたのは1971年。コメ増産の大号令で始まった秋田県大潟村への入植から4年後だ。以来,消費者の利益を置き去りにしたコメ政策は矛盾の悪循環に陥った。
 これまでに投入されて税金は7兆円。778%もの高い関税率をかける保護貿易政策は,消費者から安い輸入米を選ぶ自由を奪ってきた。
 一方,食生活の変化や高齢化などでコメの消費量は減り続け,この30年で3割も減った。需要が減れば価格は下がる。コメ価格センターの平均落札価格(60㎏)は90年の2万814円から08年は1万5159円と27%も安くなった。
 これに対し生産コストはどうか。農水省によると,60㎏のコメを作るための農家の生産費は最新データの08年産米で1万6497円。90年産米の1万9706円より下がったが,落札価格と比べると逆ざやの状態に陥っている。水田を営む販売農家1戸あたりの農業所得は07年,わずか37万2千円。このうち20万円は補助金だ。
 
 いま主食用のコメだけなら国内の水田の6割あれば足りる。残りをどう生かすか。飼料や米粉などの非主食米やコメ以外へ転作する場合の動機づけも補助金が頼りだが,ここでも政策転換が影を落とす。
 岩手県花巻市。ヒエやアワなど日本有数の雑穀生産地を支えてきたのが10㌃あたり4万円程度の転作補助金だ。ところが現政権はこれを1万円に削る方針。雑穀や麦,コメなどを作る農業生産法人「鍋割川ユニオン」社長は「補助金がないとどうにもならない」とこぼす。昨年は約2360万円の赤字を2700万円の補助金で埋めた。
 一方,「ずっと補助金の手厚い事業を選んできた」という同市の農事組合法人「遊新」の組合長は「飼料米の作付けを増やそうと考えている」と話す。非主食米への転作には同8万円の補助金が出る見通しのためだ。政策に翻弄されながら,来年の作付け計画を決める期限が迫る。

 「戸別所得保障制度」がいくら「セーフティネット」(山田農水副大臣)であっても,農家が補助金にあぐらをかいて自助努力を怠っては何の意味もない。
 秋田県北秋田市で35㌶の水田を営む藤岡農産社長は「補助金頼みは長続きしない」と言う。東京にも社員を置き独自の販売ルートを開拓し「黒字になる価格で売り切る自信がある」と言う。
 千葉県香取市でコメを作るT氏は「生産調整のお願いの紙が毎年来るけど,捨てちゃうよ」。生産調整に応じて補助金をもらったことは一度もない。小売店や生協などの販売先を確保しているほか,野菜を収益の柱とするため,補助金をあてにする必要がないという。
 補助金をもらおうがもらうまいが,肝心なのは自立をめざす姿勢だ。