一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

逡巡の沖縄旅行2015・2「鳩間島の常連たち」

2015-08-17 22:02:36 | 旅行記・沖縄編
グフッ――!!
液体が胃を逆流して口中に拡がり、それで目が覚めた。口中にネギがあるのが分かる。それを噛み砕いた。スマホを見たら午前2時半だった。
昨夜はあれからドリンクをしこたま飲み、「緑のたぬき」を食べて寝た。そのオレンジジュースとうどんの汁が、せり上がってきたのだ。肉体的に、参っていたらしい。
ネットカフェに屋根はないので、扇風機の風がガンガン入ってくる。沖縄とは思えない寒さだ。私はブランケットを掛け直すと、また横になった。

13日(木)朝。ここから本格的な観光のはじまりである。
午前8時半過ぎにチェックアウトし、石垣港離島ターミナルに向かう。かつて待合室は、岸壁にある簡素なベンチだけだったのだが、2007年に立派な建物が新造され、石垣市のランドマークとなった。
今日は鳩間島に渡りたいが、その前に「民宿まるだい」に電話をする。ここへの宿泊が主眼だ。
最初はおばちゃんが出たが、途中で娘さんに代わった。
「相部屋になりますけど」
「はあ、何度か泊まったことがあるので、大丈夫です」
「はい、お名前と電話番号を」
「東京の大沢と申します」
「…、将棋の大沢さん?」
私は棋士ではないのだが、とにかく私が私であることが分かったようだ。
八重山観光フェリーのカウンターで、「かりゆし周遊券」を買う。3日間で竹富島、西表島、小浜島、黒島、小浜島、鳩間島航路が乗り放題で、5,800円(他の設定もあり)というスグレモノだ。しかも数年前から安栄観光便との共用が可能になり、一層使い勝手がよくなった。いまや離島巡りに必須の1枚である。
5・6番乗り場へ出ると、左手に具志堅用高の全身銅像があった。2013年暮れに設置されたもので、ボクシングの世界的チャンピオンを讃えているのは言うまでもない。
私は現地で初めて見るが、具志堅用高はトランクス姿でバンザイポーズをしていて、さっきから記念撮影者が後を絶たない。横のベンチに座っていた地元のおじいに、「やっぱりこの像は人気あるんでしょうね」と聞くと、「うん、そうだね」の返事だった。
人が途切れたころ、私は彼をそっと写真に収めた。
09時30分の高速船・サザンキングに乗る。鳩間島へは1日3便が発着し、日帰りさえ可能になったが、昔は週に3回、貨客船が行き来するだけだった。まさに幻の島で、便利になった分、鳩間島の神秘性は薄れてしまった。
高速船は快調に走っているように見えたが、エンジントラブルがあったようだ。操縦士が出てきて、
「エンジントラブルがあって、(船を)乗り換えましょうねー」
と言った。
これってけっこうなトラブルだと思うのだが、沖縄弁で言われると、大した事態でないと錯覚してしまう。
やがて高速船が海上で止まってしまった。こんなところで、マジか…。
ほどなくして助け船が到着し、私たちはそちらへ乗り換える。サザンクロス5号だった。鉄道トラブルで乗り換えを余儀なくされたことは何度かあるが、高速船は初めてである。しかし大きな混乱はなく、乗客も楽しんでいるように見えた。
西表島・上原港に寄る。この便はここを経由するのだ。タイム10分で鳩間島に着いた。現在11時ちょうど。定刻を約15分遅れたが、ここまで遅れを回復したのは立派だ。
2年ぶりの鳩間島は、どこか洗練された感じだった。私は斜面を上り、「まるだい」に入った。
ここまるだいは、鳩間島での定宿で、初めて訪れたのは2000年ごろだったと記憶する。先に述べた貨客船でふらりと訪れた私は、まずは宿を決めようと、当時3つだけあった民宿を訪ねた。しかし2軒に断られ、私は窮地に追い込まれた。残りの1軒で断られたら、宿なしだ。しかも次に来る船は2日後である。見たところ商店すらなく、私は野宿をするしかない。
その時快く泊めてくれたのが、ここまるだいだったのである。その恩を今も感じて、訪ねているのだ。ちなみに宿泊所は現在、10軒以上ある。

右手の部屋にいた先客が、私に挨拶をする。彼らは家族だろうか。
宿の娘さん(といってもけっこうな年齢)に挨拶をして、チェックイン。私の部屋は、さっきの家族?の左の部屋だった。部屋はこの2つだけなので、今回は女子の宿泊はない、ということだ。
私は遺影のご主人に挨拶。そして廊下の先にある冷蔵庫を開ける。ここに水が入ったペットボトルが凍らせてあり、客はそれを持って、島内を巡るのだ。
…が、そのペットボトルがなかった…!! この2年の間に、氷システムが変わってしまったらしい。しかしこの氷ペットボトルをアテにして、石垣で飲料を買わなかった私は大誤算である。鳩間島に自動販売機はあるが割高で、いくら島に愛着はあっても、買う気はしない。
まあよい、とりあえず島内を散歩する。「鳩間簡易郵便局」に向かい、813円の貯金。さらに鳩間小・中学校に挨拶する。
宿に戻ると、同室の男性がいた。しばらくすると、昼になった。この宿は3食付なのだ。食堂のテーブルに着くと、向かいに座った少年が、「どちらから来ました?」
「東京です。あなたは?」
「大阪です」
相部屋ではよくある会話だが、デジャヴだ。
右に若者が座った。その向かいはさっきの中年の男性だ。?? 今日の客はこれだけか。
右の濱田岳似の男性は、名古屋から来たという。ということは、2人は他人か。…あれ? 濱田似の男性には、以前も会ったことがないか? …あれ!? そういえば、向かいの永瀬拓矢六段似の少年にも、会ったことがないか?
聞くと彼らも、私を見た記憶があるという。
整理すると、何と私たち3人は、2年前のこの時期に、まるだいで顔を合わせていた。けっこうな偶然だが、まるだいが好きなら、会うべくして会ったともいえる。それにしても、少年が中学3年生というのにはひっくり返った。
昼食はソーキそば。具がたくさん入っていて、美味い。
ところで宿の娘さんが言うには、先日ここに泊まったご家族が、「大沢さんは来ました?」と聞いたという。
このご家族の顔は忘れてしまったが、奥さんが青森県・酸ヶ湯温泉での艶笑話を面白おかしく話してくれたのが印象に残っている。
「その話があったから、電話で大沢さんて、すぐ分かったのよ」
と娘さん。
またあのご家族にお会いしたいが、私の体力と精神力が持ちそうにない。
(19日につづく)
コメント (2)
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