謙のわがまま日記

マナイゲルをつくる会・手稲会・船橋歩こう会・大和山の参加記録。旅先の感想・記録。その他気楽な手記。

抗癌剤その1

2013年03月29日 | 雑記帳

                    船 橋 市 立 医 療 セ ン タ ー

抗癌剤治療のため、3月18日(月)上の船橋市立医療センターに入院しました。その日はただ、説明を受けて、昼食と夕食を食べただけ。

翌19日に点滴をうけました。点滴(栄養剤)は8時半から始まり11時頃から「吐き気止め」を約20分間点滴、その後で抗癌剤を約10分間点滴投与します。その5分間は医師が立会いました。何事もなく、その後は延々と栄養剤の点滴が約20時間続きました。栄養剤は排尿を促がし、抗癌剤の副作用を出来るだけ抑えるためのものだそうです。

抗癌剤投与は勿論初体験ですが、前日に説明されたような副作用は、点滴がとれるまでなかった。点滴はこの19日だけで、あと20日、21日の2日間はただ食べて寝るだけの生活。副作用としては、発疹、吐き気、疲労感、粘膜炎、食欲不振、下痢、脱毛、便秘、かゆみ、味覚異常、脱水、消化不良、むねやけ、しゃっくり、など沢山示されて心配したが、実際に起こったのは”しゃっくり”が4回出ただけでした。薬が私の体に合っていたのでしょうか。薬も良くなっているのですね、きっと。それで安心して、21日には入浴し、先生の許可を受けて、22日(金)には退院しました。

退院後、家に帰ってからは、眼に力が入らず、体がだるくて、これも副作用の疲労感に当たるのかな~と思っていたが、そうではなかったようです。何もしないから身体がなまったのだろう。4~5日でこれは回復した。胸のあたりが少しかゆくなったが、これも違う。歳取れば皮膚はかゆくなる。前に幾度もあった。退院後1週間は出来るだけ安静にしていましたが、どうもこれは取り越し苦労だったかのも知れません。

29日(金)は退院後の診察にゆきました。診察前に血液を採り、副作用の影響を調べました。その結果は22項目中、21項目が許容範囲内、で、医師の所見は問題なしでした。ここで外出よし、ウオーキングよし、酒よし、カラオケよし のお墨付きを貰った。5月下旬の札幌のクラス会もOKとなりました。

次回の入院は当初の予定より1週間早く4月8日頃の予定です。

今回の結果が良かったとして、あまり油断はしないが、元気に普通の生活を楽しんで行こう。


陽子線治療は・・・

2013年03月13日 | 雑記帳

陽子線治療は受けるまでが、もの凄く大変なことであることが分かった。そもそも陽子線治療を行う病院は全国に7箇所しかない。北から福島県、茨城県、千葉県、静岡県、福井県、兵庫県、鹿児島県にそれぞれ1箇所づつ。東京、大阪、名古屋のような大都市にはない。

医療センターからの紹介状は千葉県柏の国立がんセンター東病院宛のものでした。軽い気持ちで予約をとろうとしたら、とんでもない。先ず、陽子線治療に適合するか否かの診察を受けるまでに4~5週間もかかるという。その先は治療を受けるまでにさらに4週間以上かかるという。また適合可否の診断の予約をとるにもかなり敷居が高く、受付嬢がいろいろ問診をする。陽子線治療には病状に条件があり、それに適合しなければならない。私の場合は不適当とみたのか、そこの教授に電話してから予約をとれという。更にその教授も明日の夕方にならぬと連絡がとれないという。まるで受付をしたくないみたい。あなたは諦めなさいと言っているみたいだった。混んでいるのは分かるが、とにかく頭が高い。相手が悪い。

それで茨城県の筑波大学陽子線医学利用がん研究センターに電話した。ここは柏の国立がんセンターよりはよいが、診察を受けるだけで3~4週間かかるとう。また、がんセンター宛の紹介状では受け付けないという。

それで、少し遠いが南東北がん陽子線治療センターに電話した。ここも筑波大学と同じ返事だったが、ここは、東京大手町に東京クリニックという出先機関があり、そこでは月曜日に限り、陽子線治療の適合可否の診断をするという。そこで、早速そこへ、電話したところ、予約がとれた。しかも、紹介状の宛先は、国立がんセンターのままでもよいという、極めて話の分かる応対でラッキーでした。

喜び勇んで、3月11日10:00に東京クリニックへ行った。綺麗で落ち着いた病院でした。診断の結果は、やはり両肺に見える小さな白点がネックでした。今の状態では不適合ということでしょう。まず、抗癌剤治療から始めよ、ということになった。抗癌剤投与でこの白点に変化があれば、これは転移ということになる。抗癌剤でこの白点が消えれば、陽子線治療が出来るとは言わなかったが、そこに一縷の希望を持ってもいいのではないか?もともとダメもとでぶつかったものだ。

翌12日、その結果を持って、医療センターへ行った。抗癌剤治療は18日から始めよう。但し、空きベッドの関係があるので多少その前後にずれることがある、近く連絡するとのこと。注射をして入院手続きをして帰った。

これで、昨年12月28日疑いが告知されてから、検査や説明が彼我の都合によりのびのびに治療方針が伸びたが、これでようやく決まった。抗癌剤投与は4~5日入院して行う。これを毎月4回繰り返す。退院後どのような体調でいられるかはやってみないと分からない。話しに聞くと、退院後の肺がん患者は元気にゴルフなどやっているようなので、私も元気で暮らせると思う。

 


2月下旬から3月初旬

2013年03月06日 | ウオーキング

船橋歩こう会の総会が終わり、自分のことばかりになった。妹の今後の支援についての打ち合わせが続くなかで、府中市の福祉の充実振りに感心させられる。あさひ苑が中心になってやってくれるが、関係先が多岐にわたるので、まだ少し時間がかかりそうです。

2月25日は、午前中は家内とサンズパソコン教室の展示会に行った。会場はホテル・オータニ幕張2Fの会議場。いつものお馴染みの先生3人が迎えて下さった。生徒の作品が沢山展示されており、中には私の作品もあった。自分の作品を見るのは気持ち良かった。ついでに会場で、骨密度を測定したり、干物などを買って帰る。  夜は月例の旧クラス会があったが、この日は少し疲れていたので、恒例のカラオケはK君に悪いが、行かなかった。

私の方は、一旦、抗癌剤投与を受けることに一時決めたが、その日時打ち合わせ(3月5日)の2日前に 陽子線治療をすすめる知人がいて、打ち合わせのときにその旨打診した。担当医は快く承諾して紹介状と資料を7日に出してくれることになった。行き先は柏の国立がんセンターです。問題は、私の肺癌の現状が陽子線治療に適合するかどうか?先生は無理ではないか、と。  でも、駄目でもともと、の気持ちで受診することにした。結果は、どちらに転んでも一向に構わない。