昨年,「コハイク」というチリ南部のパタゴニア地方都市を訪れた。その際,現地の方に「Dr.AKIO NAKAZAWA という日本人がいた。チリの養殖の発展は彼の貢献無しには語れない」と言われたことを思い出した。この中沢博士は銀ザケ養殖を成功に導いた技術者の一人として長年にわたり貢献し2008年に現地でお亡くなりになった。
また,もう一人,日本のワカサギ研究の第一人者である白石芳一博士もこの地に渡り銀ザケ養殖の先鞭を切った。チリの銀ザケ養殖に一生を捧げる覚悟でチリに渡ったとのこと。残念ながら,赴任した年に56才でチリでお亡くなりになっている。白石博士の功績を偲び博士の名前を冠した「白石ふ化場」が設置され,現在でも銀ザケ養殖の要として稼働している。
他にもJICAをはじめとした日本の機関や企業がチリの銀ザケ養殖に多大なる貢献をしていることが紹介されている。
海外における日本人の貢献は目を見張るものがある。しかし,TPPがはじまると,日本の農林水産業は淘汰される恐れがある。チリの銀ザケ養殖のように,組織的,戦略的な協力体制によって海外の農林水産業はますます発展するであろう。チリの零細漁民は銀ザケ養殖によって収入が約2倍になったという。
一方で我が国の農林水産業はどうだろうか?どれだけ組織的戦略的に取り組まれ,そして取り組もうとしているのであろうか。現状の手法では,地方の零細資本の農林水産業をはじめその関連企業はおそらく海外の戦略に対抗することが難しい。国,県,自治体を挙げて,農林水産物の実効的価値を高めるための戦略的努力が求められる。
その大きな要はそれぞれの地域が一体となって取り組む「教育」である。水産物は生態系サービスの一部である。健全な生態系が維持されることで水産物が漁獲される。また,水産物が漁獲され,消費されることにより健全な生態系を維持することにつながる。健全な生態系を維持するためには,市民教育により地物水産物に対する実効的価値を高めことが必要だ。
例えば,養殖サーモン(だけ)でなく,地物サケ類(シロザケ,サクラマス,カラフトマス,マスノスケなど)を漁獲して流通させ消費することがバランスのとれた健全な生態系を維持することにつながる。
残念ながらチリのパタゴニア地方では,養殖場の設置により赤潮の発生が問題になっている。北半球で言えば,北海道より北の地で赤潮が発生しているだ。考えられない話だ。チリ産銀ザケを消費することは,生態系を破壊することにつながるのだ。東京湾の現状がそうであるように,一度破壊された水圏環境はそう簡単に元に取り戻すことはできない。