Dr. WAKASAGI at HEI-RIVER(閉伊川ワカサギ博士)

森川海をつなぐ学び合いの活動を紹介します

源流から河口をたどるその1 鶴見川

2022-11-26 | 水圏環境教育

鶴見川流域は、バクの形であるこのフレーズを聞いたことがある方はおられるだろうか?鶴見川流域ネットワークの会が唱えているフレーズである。また、流域思考という考え方を提唱している。鶴見川の支流を含めた流域は、源流域の町田市から河口域のある横浜市へと続いている。それらを俯瞰してみると、バクの形に見えるという。たしかに可愛らしい形である。

鶴見川流域ネットワークの会で活動していたという方にもお会いしたことがある。小学生の頃、河口域でカヤックをしていたという。また、流域センターがあって、様々な催しを行っているとか。
鶴見川流域ネットワークの会を立ち上げた方は、河口域で生まれ育ち、外遊びのとき、黒い雲が西の空にかかると町田が来ると叫んだとか。大雨が降ると遊び場の鶴見川に変化が現れたのだろう。鶴見川こよなく愛する彼は、今は鶴見川の源流がある町田にお住まいとのこと。はたして、鶴見川とはどのような特徴を持った川なのか?ぜひ見学をしてみたい、との往年思いが募っていたが、ついに現地を訪問する機会に恵まれた。
まず、武蔵野台地の最西端に位置する青梅市から車で源流に向うことにした。ナビで確認すると、面白いことに多摩川線と相模川を挟まれた小高い場所から、位置していることに気がついた。北を上にして地図を眺めては気づかないことだ。また、源流へと向かう道はかなり古い時代から利用されているのであろう、苔むした石垣が連なっていた。が、さすが東京である。かなり山奥であるはずであるが、しっかりと開発されて大型ショッピングセンターがどっしりとそびえ立っている。
源流が近づいてきたとたん道幅が狭くなり下り坂が急斜面になった。竹林に囲まれてまもなくすると、そこに噴水のようにコンコンと湧き上がる泉が見えてきた。
最初に目にした源流付近の泉。


鶴見川の説明の看板が、色落ちし見づらくなっている。源流域の説明が書かれていた。

こちらが源流はから流れ出る水。
鶴見川の源流周辺はのどかな農村風景が広がる。山に囲まれ水が流れる場所は、河口に流れ出る川の数だけ存在し、そこに人々が古い時代から生活している。特に山がちな島国の日本はこのような場所か全国各地にある。特に東京もそうである。東京都心部は、古川と神田川沿いに集落を作っているのだ。今の山の手の各駅はほぼ川沿にできている。
 
源流付近の田園風景から川沿いに河口へとナビをセットした。河口に近づくにつれて民家や商業施設が増えてきた。ナビを見ないと川の存在に気づきにくい。途中、高速に乗り換える。インフラの整備にどれだけ国費を使ったのだろうか?
高速を降りて鶴見区へ入る。橋の上から河口が見えてきた。閉伊川と同じぐらいの幅だろうか。
遠くに貨物船が見えてきた。日本最大の港を持つ東京港へと向かっているのだろう。
 
 
 












2020.1 孔子廟と孔林の渦巻きの謎を追う かりんとうはなぜ「渦巻き」か? その5

2022-11-15 | 森川海に生きる人びと

孔子廟と孔林の渦巻きの謎を追う  かりんとうはなぜ「渦巻き」か? その5 

中国が海洋教育に力を注ぐ理由

11月20日〜23日にかけて,中国海洋大学の馬勇教授,超宗金准教授,孙絶霞准教授の3名を森川海国際体験交流会のコース(閉伊川源流〜浄土ヶ浜)を案内し【写真①】,日本で初めて中国の海洋教育事情についての講演会を開催した【写真②】。講演会には地元鍬ヶ崎出身の方々や遠く気仙沼から,また宮古市日中友好協会会長にもお越しいただいた。ご参加の皆様に,この場をお借りして御礼申し上げる。

中国では,海洋強国の3大目標「海洋環境保全」,「海洋経済」,「海洋権益」のうち,海洋環境保全を最も重視しており,そのためには海洋教育が一番大事であるという。その最先端を担っているのが,青島にある中国海洋大学だ。中国海洋大学は,国家の方針に従って,中国全土に海洋教育拠点を100箇所設ける使命を委ねられており,2020年に北京に設置して100箇所目を達成するという。とにかく,国家と大学が海洋教育を先導し推進する体制がある。日本では優れた海洋教育人材やプログラムが存在するものの,全体としての勢いに欠ける感がある。神奈川の西海岸など一部の沿岸部は活気あるが,人材流出が止まらない沿岸部も多い。人口流出を食い止め,地方沿岸部の価値意識を高めるためにも,社会的共通資本として国と地方全体が一体となった地域振興を図る日本版シーグラントカレッジプログラムの設置が求められる【写真③】。

孔子廟の渦巻きと縄文人との関係その1 漆器

さて,先月号には,縄文時代の土器や土偶に描かれる渦巻き模様が孔子廟と孔林に数多く描かれていることを記した。渦巻門の意味はなにか?また,縄文人と孔子を結ぶものものは何か?縄文人と孔子の祖先である殷(いん)王朝と密接な関係があるためではないか。という仮説にたどり着いた。ちなみに殷王朝とは,今から3600年前〜3000年前に山東省のお隣の湖南省にあった中国最古の古代国家である。漢字が発明されたのもこの時代。初代の王は天乙という。孔子は天乙の子孫とされている。

まず,縄文人と殷との共通性として,漆器の存在が挙げられる。殷の時代に作られたとされる漆器が殷の遺跡から見つかっているのだ。陶磁器のことを英語でチャイナといい,漆器のことをジャパンということからもわかるように,日本が世界で最も古く9000年前に遡り,北海道の南茅部町の垣ノ島B遺跡から漆工が見つかっている。【写真④】一方,中国の漆器は7000年前までしか遡ることが出来ない。面積率が70%森の国である日本のほうが,漆木が豊富で当然漆器も多いはずだ。では,殷時代に発見された漆器は,日本から持ち込んだものか,それとも中国で作られたものか。もし,日本から持ち込まれたとすれば,どのようにして漆器やその技術を持ち込んだのであろうか。

その2 優秀な船乗りが存在していた?

島根県,福井県,そして千葉県など全国各地から縄文時代の丸木舟が200艇ほど見つかっている。【写真⑤】このことからも船を巧みに操る優れた航海術を持った縄文人がいた可能性がある。宗像(むなかた)という地名にもあるように体に入れ墨をした人々が九州に住み,優れた航海術を持っていたようだ。中国浙江省出身の東京海洋大学の教授によると日本人のことを今でも紋身(もんしん)と呼ぶ習慣があるという。紋身とは体に入れ墨をしている人々のことで,古くから中国と日本を行き来していた優秀な船乗りだ。

これらのことから,航海術を持った縄文人が住んでおり,その人々によって,漆器や漆器の技術が伝播した可能性が高い。

その3 縄文人の特徴

 縄文人は,世界的に見て大変珍しい特別なDNAを持っているという。今の日本人もそのDNAを持ち続けているようだ。そのDNAをD1bという。この遺伝子は,4万年以上前にアフリカから日本にたどり着いた人類が,氷河期終了とともに漁労採集による定住生活によって繁栄し,独自に進化したものだ。農耕による定住で文明が栄えたと義務教育の教科書では学習するが,実は日本人は狩猟(漁労)採集によって定住し繁栄した世界的にも珍しい民族なのである。特に,森を守ることによって川や海を守るという思想は,日本特有である。またその遺伝子や思想を今の日本人が受け継いでいるというのは特筆に値する。そう考えると宮古地方は森川海のつながりが保たれ食料が豊かで美味であり縄文人が何千年定住していた意味がよく理解できる。海の生活に特化した縄文人は,殷は同盟関係を結び,海上交易を盛んに行ったのではないだろうか。

 

その4 タカラガイはどこから来たか?

他に,殷の時代の遺跡から数多くのタカラガイが発掘されている。【写真⑥】大量のタカラガイはどこから持ち込まれたのだろうか。タカラガイは南方系の貝類であるが,沖縄が有力ではないかという。実際に沖縄の伊礼原遺跡にはイモガイやタカラガイの集積が見つかっている。運び役として航海術を持った縄文人が一翼を担っていた可能性が高い。

その5 タカラガイが通貨である理由?

タカラガイは世界最古の通貨であり,殷の時代に漢字が誕生する。財宝や貯蓄といった貝中心の漢字が出来たのは,この時代に始まる。買う,販売,貯金,貢ぐ,財宝,質屋,資源,貯蓄,賄賂,賛,貴,賞,貧,貨,といった宝物に関連する漢字は,すべて貝の字が含まれている。

ではなぜ,タカラガイが通貨のような役割をしたのか?それは,タカラガイが貴重なものとして紹介されたからではないか。貝殻の加工品はお洒落に体を飾るだけでなく,魔除けの意味があるようだ。沖縄県や,山口県では貝殻を魔除けとして玄関に飾る風習が残っている。つまり,海から遠く離れた殷王朝に,魔除けあるいは永遠の命の象徴として貝殻を持ちこんだ可能性がある。日本人は魚食中心であり,その当時から長命であった。不良長寿の薬を求めて日本へ向かった徐福伝説にもつながっていく。

内陸にはない,貴重なものであるから物々交換の対象となり,やがて通貨として使われるようになったのではないか。同時に,タカラガイは巻き貝の一種であり,渦巻き構造を持っている。永遠の命を象徴する渦巻きの意味も伝わったのではないか。

孔子廟,孔林の渦巻き門と縄文の渦巻きの接点は,縄文人が持ち込んだ永遠の命を象徴する巻き貝のタカラガイだ。それが,時代を経て伝承され,孔子廟や孔林の渦巻門につながった。それは,魔除けとしての意味を持ち,永遠の命を表す。

孔子廟や孔林に多数ある渦巻き門。それらは魔除けと永遠の命の象徴である。渦巻きかりんとうには,魔除けと永遠の命を象徴する縄文人の思想が込められているのだ。【写真⑦】

 


Techno Ocean, Kobe, 2010

2022-11-15 | アーカイブ

 

 

Tokyo University of Marine Science and Technology’s

Aquatic and Marine Environmental Literacy Promoting Program

Tsuyoshi SASAKI

Tokyo University of Marine Science and Technology

 

 

 

Abstract - Marine technical education is strongly conducted, but there have not been systemic and systematic engagement to enhance common ideas for oceans. For that reason, many Japanese people now lack knowledge related to the ocean. Tokyo University of Marine Science and Technology publishes Aquatic, Marine Environmental Literacy (AMEL). Not only scientific knowledge, but also traditional and ecological knowledge were built in AMEL. Making AMEL can open comparison with marine science and national science standards. Such a revolution will be extremely meaningful to set up marine science in formal education.

 

  1. INTRODUCTION

 

  Common studies related to marine science have not been conducted in formal school [1], and there have been few relations between formal school and informal education. To conduct marine education, a definition of relation between national educational standards and marine education is required. However, because that has been lacking in the national standards, there have been only insufficient curriculum contents related to studies of the ocean. Actually, it is difficult to carry out marine education.

However, fortunately, marine science includes almost all sciences such as physics, chemistry, biology, geology, and problem-solving study. It is possible to connect those science subjects to study marine education.

  Marine education is difficult for teachers when they teach in outdoor fields because of a lack of technical knowledge. However, cooperation between formal education and informal education such as aquariums and NPOs makes it possible to use local fields for students and to study science subjects comprehensively. As a matter of course, connecting marine education and national standards must be premised on cooperation.

  

  1. FOSTERING OEAN LITERACY

 

  It is a fact that few descriptions about marine science exist in the national standards of grades 1–9 [2]. Almost all science textbooks intended for use in greads 1-9 include few words referring to oceans, with only 3% of words referring to oceans in all books [3]. Because of the lack of consultation criteria for marine education, we have no reference standard related to marine education, and no idea how to agree upon a national education standards for grades 1–12. Consequently, although each marine education program is conducted in each area, we have no idea how to teach marine education in relation to school subjects.

  Many marine researchers are concerned about the lack of marine education. The Oceanographic Society of Japan launched a division dedicated to marine education issues, Society of Marine Architects and Engineers launched a board of marine education, the Information Board of the Japan Society of Fisheries Science promoted fisheries science education for the general public and grade K–12.

  All concerned people including marine science researchers, along with educators, NPOs, aquariums, Suisan high school teachers, other school teachers, and education researchers hope to have a reference standard for marine education to advance marine education in grades 1–12 and the general public, and they must participate in discussions to produce a reference standard for ocean science.

 Producing reference standards might generate the possibility of understanding and studying where the subject is positioned within the framework of marine science or how the subject is applicable to national standards. For that reason, We chose preparation of ocean literacy as reference standards.

 

III. AQUATIC MARINE EMVIRONMENTAL LITERACY PROMTING PROGRAM

 

  Tokyo University of Marine Science and Technology publishes Aquatic Marine Environmental Literacy (AMEL) based on ocean literacy in the US [4]. Not only scientific knowledge, but also traditional and ecological knowledge were built in AMEL [5]. Making AMEL can open comparison with marine science and national educational standards. Such a revolution will be extremely meaningful to set up marine science in formal education.

  With these engagements to establish AMEL, TUMSAT had started new program “AMEL Promoting Program” since 2007 [6]. The major point and purposes of the program is following.

  The program is to develop Aquatic Marine Environmental Education (AMEE) Leader who promote and understand AMEL Study as comprehensive science approach building social consensus regarding preservation of bio-diversity or utilization and management to maintain aquatic marine environment.

  The leader instruct in field work for general public and K-12 based on technical knowledge about aquatic marine environment fostering AMEL built upon education and research of AMEL principle.

  The AMEL program was started in 2007 at TUMSAT, producing new AMEE leaders every year since 2008. The leaders have shown the following five avenues for enhancing aquatic marine environment literacy.

 

  1. Environmental specialists

  [ability to understand a broad variety of technical knowledge and technologies, consider problems logically, and guide others to solutions to problems with reference to the aquatic environment]

 

  1. Generalists

   [ability to understand aquatic phenomena and to apply comprehensive knowledge in fields such as ocean culture]

 

  1. Educators and Communicators

  [ability to communicate AMEL comprehensibly to K–12 students and the general public]

 

  1. Facilitators

  [ability to promote incorporation and coordination with government, industry, and citizens to build a sustainable aquatic marine environment]

 

  1. Experiential learning leaders

  [ability to enlighten the public about the importance of the aquatic marine environment through aquatic marine activity]

 

  Those AMEE leaders who have such excellent abilities are effective as specialists along with those who have high technical knowledge, and generalists who have integrated knowledge related to "aquatic marine environmental literacy" and communicators who can convey information comprehensibly.

  For example, a leader will be capable of becoming a specialist who engages in research at a laboratory, or of becoming a curator, an educator, or a communicator at an aquarium.  A facilitator at the national or local government can work toward consensus building with stakeholders, and might work as a program coordinator or developer in experiential learning program facilities such as 4-H centers and NPOs.

  Flourishing AMEE leaders in formal education and informal education will forge partnerships and aquatic marine environment workshops.

  Our country also aims to establish integrated coastal management for future human resources needed for coastal management.  In these cases, AMEE leaders will fulfill an important role.

 In fact, TUMSAT is the only university that engages in fostering AMEE leaders who have those five special abilities in Japan. Such human resource development is the first trial since our university opened in 1875.

  The Nation Science and Technology Basic Plan also emphasizes the importance of interface roles connecting technical knowledge and the general public as communicators or educators [7]. This qualification of AEE leaders is expected to increase. Other universities have also conducted communication building.

  Creation and development of new industries (e.g. environmental education-oriented tourism) or creation of new value-added jobs based on local communities such as human resources (e.g. communicator, educator, and facilitator) will be necessary in various aspects. Japan, as a technology-oriented nation, has a high level of technology, but the implementation of science and technology generalization and enlightenment is lagging. In Japan, we must engage in producing an active environment for professions such as communicators, facilitators, and educators.

 

  1. OCEAN LITEARCY PARTNERSHIP

 

  The “Ocean Literacy Partnership (OLP)” was established in April 2010 with the aim of generalization and enlightenment of AMEL at the TUMSAT Liaison Center [8].

  The OLP will contribute to education of the nation’s people to have aquatic and marine environmental literacy connected with other educational programs.

  In the future, we plan to establish satellite centers of OLP in regional area. The OLP will connect formal education and informal education facilities such as aquariums, museums, NPOs, research institutes, local government, and local universities. Through these connections, the OLP will also establish systems to enhance AME literacy throughout the country. Furthermore, we will continue to strive to make international connections.

 

  The following items will be developed in future studies.

  1. Marine science will be implemented in formal schools.

 

  1. Formal education and informal education will forge a partnership through ocean literacy.

 

  1. An ocean-literate society will connect ocean educational activists in many communities.

 

  1. Through this OLP, we can inform and maintain our understanding of nature.

 

  1. Through this OLP, we can not only understand our own culture and history in our own living area, but also extend them to countries overseas.

 

  1. Proper research in preparation of these articles will support responsible action.

 

  AMEL program is in an early phase: time and effort are necessary to establish an ocean-literate society. That literacy will fulfill an important role of promoting AMEL society.

 

ACKNOWLEDGEMENTS

  I thank Mr. Shinjiro Kawashita and Dr. Mamoru Inamoto and Dr. Mitsuru Izumi to cooperate to promote this program.

 This AMEL program was supported by Ministry of Education, Culture, Sports, Science, and Technology

 

REFERENCES

 

[1] http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/

   youryou/index.htm, (2010/08/29)

[2] http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/

   youryou/index.htm, (2010/08/29)

[3] Yomiuri shinbun. “Drifting ocean country Nippon 18, few concerns about ocean…” 06.16.2006.

[4] F. Cava, C. Strang, P. Tuddenham. “Science Content and Standards for Ocean Literacy,” A Report on Ocean Literacy. Ocean Literacy Network, pp.1-50,2005.

[5]/http://web.mac.com/hypomesus/site1/DOCUMENTS.html, (2010/08/29)

[6] http://www.kaiyodai.ac.jp/suiken/, (2010/08/29)

[7]/http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kihon/060

   32816/001.htm, (2010/08/29)

[8] http://www.kaiyodai.ac.jp/topics/2101/13746.html, (2010/08/29)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


水圏環境リテラシー教育推進プログラムとは 佐々木剛 , 2007年10月 水産週報 , 1736 , 13 - 19

2022-11-10 | アーカイブ

「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」とは

佐々木剛(東京海洋大学)

1<リテラシーとは何か?>

 「リテラシー」という言葉はあまり耳慣れない言葉である。初めて聞く方も多いだろう。簡単に言えば,一般市民が自立して生きていくための必要最低限の知識・理解のことである。例えば,漢字は小学校から中学校までの間に常用漢字1945字を習得することになっている。もし,常用漢字を習得していないとすると,日常生活で不都合が生じることになる。また,算数の加減乗除ができなければ,買い物ができない。このように,日常生活で支障をきたさないための必要最低限の知識・理解が「リテラシー」である。

 

2<海洋リテラシー=一般市民の海洋理解>

  では,海洋リテラシーとはいったい何であろうか? それは,一般市民が持つべき海洋(河川,湖沼を含む)に関する必要最低限の知識・理解のことである。いわば海洋に特化したリテラシーといえる。しかし,多くの方は次のように思うだろう。「海洋の専門家であれば必要だが,一般市民は海洋の知識や技術がなくても通常の生活ができるではないか。だから,海洋リテラシーは必要ない。」あるいは「魚介類は水産関係者に任せておけば安心だ。むしろ,海洋のことは専門家に任せたほうが無難である。」と。

 

3<海洋リテラシーはなぜ必要なのか?>

 しかし,最近になって水質汚染問題,地球温暖化,水産資源の問題など海洋をめぐる環境の悪化が深刻化している[1]。こうした地球規模の問題は,一般市民一人ひとりの生活と密接に関わっている。しかし,多くの一般市民はそのことを十分把握できていない。なぜなら,海洋に関する理解を深める機会が少ないからである。例えば,義務教育における教科書には海洋に関する記述は3%であるという[2]。また,高等学校のうち0.3%の水産系高校でのみ海洋の教育を扱っているにすぎない。残りの99.7%の高等学校は体系的な海洋の教育は実施されていないのである。こうした状況では,海洋を理解することはとうてい無理だ。そして,海洋の問題を食い止めることはできないだろう。一人ひとりが海洋に興味関心を持ち,海洋を科学的にとらえ,水産資源や海洋環境に配慮する意識を持つための「海洋リテラシー」の普及が今まさに必要なのである。

 

4 <各機関での取り組み>

 では,わが国は本当に一般市民の海洋理解は進んでいないのだろうか?近年,各地域の大学・研究機関,水産高校,NPO法人などにより,様々な体験プログラムが作成され,一般市民や小中高生を対象とした海の教育が盛んに実施されるようになった。その結果,以前に比較して海洋に対する認識が高まってきているといえるだろう。しかし,海洋科学に基づく体系的なプログラムを構築している例は決して多くない。また,海洋科学や水産研究は細分化が進み,深化されているものの,教育・普及を目的とした「海洋リテラシー」に関する研究はほとんど行われていない。ちなみに,文部科学省「高等学校学習指導要領」には,技術者養成を主な目的とする水産教育は存在するものの,一般生徒を対象とした体系的な海洋教育は存在しない。

 

5 <東京海洋大学「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」とは?>

 このような状況下で,東京海洋大学はどのような役割を担っていけばいいのだろうか?その回答一つが,2007年10月から始まる文部科学省現代的ニーズ支援プログラム「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」ある。 [3]

 「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」は,大学のHPに掲載されているがここでは簡単に紹介する。海洋や水産に関わる研究者,教育者,その他多くの関係者により,一般市民にとって必要不可欠な水圏環境リテラシー(以下海洋リテラシーとする)を構築し【1】,この海洋リテラシーに基づいた教育プログラムを作成し,この海洋リテラシーに関する教育を学生に施し【2】,卒業後,学校現場やNPO法人による地域教育において広くリテラシーを普及【3】,将来的に水圏環境教育センターを設置し海洋リテラシー普及のための教育・研究を実施する【4】,というのが本プログラムの内容である。

 

6<アメリカの海洋リテラシー>

 ところで,海外ではどうであろうか?世界第一の海洋面積を誇るアメリカでは,すでに20004年から海洋リテラシーの作成作業が始まっている。海洋リテラシーを作成する経緯について次のように説明している。「すべての学問分野に於いて,海洋や水圏に関する科学はどういうわけか, K-12教育(幼稚園から高校3年生まで)では不十分である。海洋は我々の住んでいる地球の大半を覆い,地球上の生命のほとんどの産みの親であり,天候や気候にも影響を与え,我々の酸素の大半を供給し,多くの人類の食料供給源であることは明らかであるにもかかわらず,このことは事実なのだ。科学教育や地球の将来の健康について危惧を持つ人々は,科学教育の基準や評価についての研究を進めなければならない。」

 このような背景のもと,2004年10月,2週間にわたりナショナルジオグラフィック協会がスポンサーとなり,NOAA,COSEEネットワーク,NMEAに所属する 100名の海洋教育者や研究者がインターネット会議を開催した。この会議は海洋リテラシーのよりよい定義づけをすること,関係諸機関からの提案をもとにした議論のプラットフォームを提供することを目的に招集された。この会議を受け,2005年にカルフォルニア大学のバークレー校でワーキンググループによるミーティングが開催され,これらを経て,海洋リテラシー,海洋の概念の定義づけ,K-12 教育(幼稚園から高校3年生)における海洋科学教育課程一覧表の作成が始まった[4]。

 

7 <海洋リテラシーの定義とは?>

 そして,海洋リテラシーは「私たち人類が海洋から影響を受けていること,そして人類は海洋に影響を与えていることを理解すること。海洋リテラシーを持った人は海洋の仕組みの基本概念を理解し,かつ有効な方法で海洋に関して伝達することができる。そして,海洋やその資源に対し,見識の広い責任ある決定を行うことができる」であると定められた。

 その具体的な内容は7つの大項目と44の小項目から構成されている。すべての海洋リテラシーを持つ人はこれらの必要不可欠な原理を理解すべきであるとしている。以下にその7つの大項目を示す[5]。

最重要原則

1.地球には多くの特徴を兼ね備えた大きな海洋がある。

2.海洋やそこに生きる生物は地球の特徴を形作っている。

3.海洋は天候や気候に大きな影響を与える。

4.海洋のおかげで,地球には生物が生息できる。

5.海洋は多種多様な生物や生態系を支えている。

6.海洋と人間は切っても切れない深い関わりを持っている。

7.海洋の大半は探検されていない。

 これら7つの大項目は,海洋を物理学,気象学,化学,生物学,人文科学など科学的な側面から幅広く捉えられており,人類共通の海洋リテラシーとして十分な内容である。ただし,6は海洋と人間との関わりに関して述べているが,海洋そのものや海洋教育に対する一般市民の認識や考え方は国により異なることが予想される。そのため,国民性をよく理解した上で,それぞれの国に適応したリテラシーを構築する必要があるだろう。

 

8 <アメリカと日本での意識調査>

 そこで,2006年の夏に,国による海洋や海洋教育に対する認識の違いを理解するため,日本とアメリカの海洋教育者(日本では水産高校教員)約70名に対し「海洋や海洋の教育に対する認識」についてアンケート調査をおこなった[6]。

 本調査の結果を簡単に紹介する。海洋の教育の必要性について,10の設問を設けた。調査の結果,「海洋は科学的に解明する必要がある」に関係する項目の得点がアメリカの教育者が日本に比較して高く,その最大の理由として「環境問題が著しいから」と答えた。一方,日本の教育者は「科学的な対象」としてよりも,むしろ「生活を営む場」であり,最大の理由として「食料生産の場」であると答えた。さらに魚食についての設問でも,サカナ,ワカメ,コンブなどのシーフードを積極的に利用するという項目の得点は日本が高かった。アメリカは,海洋を産業とは離れた純粋な学問の対象ととらえ,海洋の環境問題が深刻であると考えるのに対し,日本は生活や食料が重要であると考えている。

なぜそのような違いが生じたのであろうか?1世紀以上にわたり海洋の教育を担っている日本の水産高校では,延縄実習の他,貝類や魚類の養殖,缶詰実習等水産業(海洋の食料産業)に関する授業が中心である。大半の水産高校の教育者が卒業した大学も水産学部が多数を占める。一方,アメリカでは40年ほど前に,環境問題が契機となり,海洋教育を推進するための国の機関「シーグラント」が設置された。現在も,全国各地に海洋教育の専門官が配置され,海洋環境保全のため地域における体系的な海洋教育を実施している。[7]このように,日本とアメリカでは海洋教育の背景が異なっているため,前述のような結果になったものと推測する。

 

9 <海洋リテラシーに基づいた海洋教育>

 しかし,この調査結果は,日本の海洋の教育を決して否定するものではない。むしろ,こうした日本の独自性を世界にピーアールすべきではないか。日本人は,古来より美しい自然に恵まれ,自然から生活の糧を得,自然に感謝しながら生業(なりわい)を営んできた。江戸時代は,ほとんどの資源を無駄にすることのない循環型生活様式であった。明治以降科学教育が導入され百数十年経過しても,日本人が持つ根本的な自然観(海洋に対する考え方)は変わっておらず,(今回の調査結果からすれば)食料生産の場としての海洋が重要なのだ。とはいっても,科学技術が進展し,自然(海洋の)環境に対し圧倒的な負荷を与える結果となった現代社会において,従来の自然観(海洋に対する考え方)に加え,海洋を科学的にとらえ,海洋のしくみや環境問題に国民が関心を高めるための新しい海洋教育すなわち,海洋リテラシーをもとにした教育が必要だ。今後は,こうした日本人の古くからの海洋に対する認識を大切にしながら,日本人に適した海洋リテラシーを構築することが必要だ。

 

10 <おわりに>

 かつて,筆者は水産高校教員時代,保護者にアンケートをとったことがある。水産高校に期待することは?という問いに対し,「私達の仕事の大切さを,多くに人々に理解してもらいたい」という項目が最も高かった。新技術や新商品の開発以上に「多くの人々に伝えてほしい」という期待が大きかった。それ以来,多くの人々に水産の理解を広げることも水産教育の大きな役目の一つと考えるようなった。

 かつて,第1次オイルショックにより日本全体がエネルギー危機に瀕した際,小学生だった私もこまめに電気を消し,できる限り燃料の使用を控えたことを記憶している。現在,海洋環境問題や水産資源の危機が叫ばれてはいるが,あの時のような意識は芽生えていない。これからは,国民一人ひとりが海洋に目を向け,海洋を科学的にとらえるための「海洋リテラシー」を持つことで,地球温暖化や海洋環境問題,水産資源の問題も解決していくものと考えている。そのことが契機となって,海洋や漁業に対する認識が高まり,ひいては水産業の興隆につながっていくものと期待する。[8]

 最後に,執筆の機会を与えていただいた(株)水産社 熊沢弘雄社長に深甚の謝意を表し,海洋リテラシーの普及と水産業界の皆様の今後ますますのご発展を祈念申し上げ,筆を擱く。

 

参考文献

[1]佐々木剛(2007). 日本列島 囲む海が危ない. 世界と日本, 共同通信社, 7月30日号.

[2] 読売新聞(2006). 漂流する海洋日本18 海に国民の関心薄く・・・・ . 6月16日付朝刊.

[3]平成19年度現代GPに採択東京海洋大学

    http://www.kaiyodai.ac.jp/Japanese/gp/GP2007.htm

[4]Francesca Cava et al. (2005).  Science Content and Standards for Ocean Literacy: A Report on Ocean Literacy. Ocean Literacy Network, 50p.

[5]佐々木剛(2007). 海洋リテラシーを高めるには. 楽水. 817, 27-35p. 

       http://www.rakusui.or.jp/book/page_detail.php?bm_id=5709

[6]佐々木剛(2007).海洋科学教育に関する日米比較研究その1—海洋教育者を対象として—. 科学教育研究会研究報告, 21,5,111-115p.

[7] Sea Grant (2000). Fundamentals of a Sea Grant Extension Program. http://www.scse-agrant.org/pdf_files/ext_fundamentals.pdf.59p.

[8] 山川紘(2007). アワビ産業の現状と課題(3)-日常的な組織的密漁の現状と対策-. 漁村, 73(8), 66-73p.

 

 

 

 

 


アメリカにおける海洋リテラシー運動の展開 —海洋リテラシーなしに科学リテラシーはあり得ないー Craig Strang LHS at UCB, 佐々木剛 東京海洋大学(2009)

2022-11-10 | アーカイブ

アメリカにおける海洋リテラシー運動の展開

—海洋リテラシーなしに科学リテラシーはあり得ないー

 

Craig Strang

Associate director of Lawrence Hall of Science

University of California at Berkeley

佐々木剛

東京海洋大学

 

1 はじめに

<日本とアメリカの現状の共通問題>

 日本の海洋科学教育の現状とアメリカの現状は酷似している。それは,海洋に関する内容が小学校において全く扱われないことである。日本も,島国日本,あるいは海国日本といわれながらも,学習指導要領に「海」あるいは「海洋」という言葉は存在しない。アメリカでも同様である。しかし,2005年に海洋リテラシーを作成し全米各地で海洋リテラシー運動が始まった。本稿では,アメリカの海洋教育の現状とそれを打開するための取組,それによってもたらされた成果と今後の実践課題について報告する。

 

2 アメリカの海洋教育の現状と海洋リテラシーの構築

<K—12教育における現状>

 アメリカ合衆国の海洋科学は、小中高校全米科学教育基準、州科学基準、カリキュラムに特異的に存在していない。海洋についての諸概念は小中高校においてほとんど教えられず、海洋問題についての人々の関心の低下を招いている。すべての学問分野において,海や水圏に関する科学はどういうわけか,かつ不思議なことにK-12教育(幼稚園から高校3年生までの教育のこと)では不十分である。海や沿岸に関する概念や総合学習ではまったく教えられておらず,また,まったくカリキュラムや教科書,評価基準の中にも出てこない。海は我々の住んでいる地球の大半を覆い,地球上の生命のほとんどの産みの親であり,天候や気候にも影響を与え,我々の酸素の大半を供給し,多くの人類の食料供給源であることは明らかであるにもかかわらず,上述のことは事実なのだ。もし,海の科学が州や国家の科学基準から排除されることが続くのであれば海洋科学は社会的に取り残され,そしてカリキュラムに取り入れようとする努力は水の泡となってしまう。科学教育や地球の将来の健康について危惧を持つ人々は,科学教育の基準や評価についての研究を進めなければならない。

 

<海洋リテラシー構築のショート・ヒストリー>

 このような状況の中で,海洋科学教育センター(COSEE)、ナショナル・ジオグラフィック協会(National Geographic Society)、アメリカ海洋教育者協会(NMEA)、アメリカ大洋大気局(NOAA)、アメリカ海洋政策委員会、海洋審議会は,オーシャン・リテラシーを増大するために小中高の科学教育に海洋を含めることをしきりに要請してきた。しかし、オーシャン・リテラシーがどういうものであるか、どんな概念が将来の基準の中に含まれるべきかについてコンセンサスが得られなかった。

 科学者と教育者は、彼らが提示する内容に優先順位をつけることにおいて、あるいは、「幅1マイル深さ1インチ」として有名な過度に詰め込まれたアメリカの科学カリキュラムに対し、どのように適合するか決定することにおいて、指標をもたなかった。 

 このような背景のもと,2004年10月,2週間にわたりナショナルジオグラフィック協会がスポンサーとなってNOAA,COSEE,NMEAに所属する 100名の海洋教育者や研究者がインターネット会議を開催した。この会議は海洋リテラシーのよりよい定義づけをすること,関係諸機関からの提案をもとにした議論のプラットフォームを提供することを目的に招集された。この会議を受け,2005年にカルフォルニアのバークレーでワーキンググループによるミーティングが開催され,これらを経て,海洋リテラシー,海の概念の定義づけ,高校生以下の教育における海洋科学教育課程一覧表の作成が行われた。さらに,2006年に「オーシャン・リテラシーの範囲と流れ」の編纂を始めた。その中で、2年生、3~5年生、6~8年生、9~12年生の学年区間を通じた発展的にしっかりした学習進歩においてそれらの原理と概念がどのように形成され、様々な学年においてどの概念が適切かについて、教師、カリキュラム開発者、基準立案者や科学者をどのように導くのかが示された。

 

3海洋リテラシー運動の取組成果と展開

<取組の成果>

 海洋リテラシーを持つことによって,私たちは次のような恩恵を受けることになった。

① 海洋教育者は,多くの重要な科学の学習内容は海洋を実例にして教えることができ,一般科学を教える上での魅力的な内容を提供してくれると常に考えているが,海洋リテラシーの構築により,現在より確かな信念がその仕事を導いてくれることになった。

② 多くの海洋科学の概念は,一般科学を教えるためのより魅力的な実例となること以上の意味があり本質的で重要な要素を含んでいることを再認識できるようになった。それゆえに,海洋リテラシーなしに,科学リテラシーを身につけることはできない。

 例えば,科学改革の動きの中で最も初期に書かれ,また最も影響のある2つの書物Science for All AmericansとBenchmarks for Science Literacyの中にも,科学リテラシーを持つ者は,「自然界に親しみを持ち,その多様性と調和の両方を認識する」としている。また,研究により,海洋は私たちの世界の調和を持続させる重要な役割を担っていることが示されている。

③ 海洋リテラシーによって,地球規模の海洋環境問題を理解することが可能となった。例えば,広大な海洋なしでは,地球は火星のように不毛の地になり,金星のように息苦しい温室のような状態になる。一方,海洋と大気の相互作用はマイナスの影響を与える。空気中の化学合成物質は,発生源から数千kmも離れた北極圏に運ばれ, 海洋で吸収される。それらの汚染物質は,魚やアシカなどを食料とするシロクマのような上位の捕食者の体内で発見される。沿岸域に住んでいるかどうか,魚介類を食べているかどうかに関わらず,人間は海洋に密接に関わっている。

 

<海洋リテラシー運動の広がり>

 海洋科学教育センター(COSEE),アメリカ海洋教育協会(NMEA),アメリカ海洋大気局(NOAA),探求大学(College of Exploration),ナショナルジオグラフィック協会(National Geographic Society),カリフォルニア大学バーレー校ローレンス科学教育研究所(LHS,UCB)によるサポートで実施された海洋リテラシーキャンペーンの影響は,全米の海洋科学者や海洋科学教育者に広範に行き渡った。

① このキャンペーンで発行された資料である『海洋リテラシー:初等中等教育における海洋科学の基本原則』は,多くの会議で提示され,全体協議(CoOL:Conference on Ocean Literacy,June 2006;and the New England Ocean Science Education Collaborative〔NEOSEC〕Ocean Literacy Summit,October 2006)の主題ともなっている。これらの基本原則は,カリフォルニア州全体で行われたメディア活動("Thank You Ocean")や新たな教科書(Life On An Ocean Planet)の開発にも影響を与え、NOAAやアメリカ科学基金(NSF)のような主要な資金提供機関の資金獲得優先権を左右している。

② 現在、カリキュラムの材料や博物館や水族館の展示,プログラム,全米で実施している教員のワークショップは,地域社会が海洋リテラシーを本当に必要なものとみなすことに合意しているという海洋リテラシーの考え方をとりいれて再編成されつつある。

③ それらの数多くの取り組みによって,海洋科学は、科学教育の本流に―或る意味では最前線に―もどってきた。最も大切なことは,海洋リテラシーキャンペーンにより,教育者が海洋科学教育について考えを改めたこと,つまり海洋科学を教えることは,単なる知識の強化ではなく,科学リテラシーにとって必要である、と考えを改めたことである。

 

<海洋リテラシーのマトリックス作成>

 さらに,海洋リテラシーのマトリックスを作成した。このことによって次のような効果を生むことができた。

① 2006年NEOSEC Ocean Literacy Summitにおいて専門家の委員会は,科学リテラシーは,科学教育を集約的に行える場として海洋を利用することによって改善することが可能であり、また改善されるべきであると結論づけた。② 海洋リテラシー(The Essential Principles of Ocean Sciences K-12)は,コンセプト・マトリックスを利用し、全米科学教育基準 (NSES)と連携している。この方法は,既存の科学基準に内容を付加するためではなく,適切な海洋の内容を利用することで,教員が全米科学教育基準をもとに授業に取り組めるようにするために考案された。

③ この連携したマトリックスは,学習の基礎の半分以上が海洋を例に教えることができる、または教えるべきであるということを示している。例として次のものを上げることができる。

・気候の流動性やサイクルの中における海洋の役割について教わらずに気候

について理解することはできない。

・海洋の光合成や化学合成について教わらずに生産性について理解すること

はできない。

・海底の伸張について教わらずにプレートテクトニクスを理解することはで

きない。

・海洋の生態系について教わらずに生物の多様性を理解することはできない。

・海底の等深線図について教わらずに,地理学を理解することはできない。

 

4 海洋リテラシー運動の今後の展開

<海洋リテラシー活動の次なるステップ>

 COSEEやそのパートナーは、海洋リテラシーが広く行き渡った社会を形成していく長い道のりのゴールを目指して,広い視野での評価法や海洋科学の教材の開発を行いながら、NSESや州の科学基準の改訂(日本では学習指導要領)に戦略的に影響を与えていく必要がある。短期的には,海洋リテラシーの原則を改良するための同士が必要である。COSEEは,以下の重要な支援方法の開発を行い,支援することを計画している。

① 州と国の科学教育基準アライメント

 海洋リテラシーのパンフレットにあるマトリックス基準にある各`X`の意味を説明するために海洋リテラシーの基本的な概念と様々な科学基準との関連を詳しく説明したもの

② 初等中等教育のスコープ&シーケンス

 基本的概念が全ての学年区分(K-2,3-5,6-8,9-12) を通してどのように発展し構築されるのかを図に示したもの

③ 教師ガイド

 上記2つの文書にサンプルユニットの概略と海洋リテラシーの概念を教えることの探求活動を含んでいるもの

④  評価教材

 各学年区分のための標準的評価が含まれている;これらのものは発展的なつながりと構造をテストすることができる。

⑤ カリキュラム教材の一覧表

 海洋リテラシーの基本原理と科学基準の概念を関連づけさせるための最も広く使われている教材と全てに関連した指導用教材を含む。

 

<合意形成へのアプローチの必要性>

 海洋リテラシーキャンペーン活動は,短期間で,特筆すべき展開となった。

これは,多くの組織,機関,ネットワークや個人の協力の結果である。指導者は現れたものの,海洋リテラシーには,本部や明確な業務範囲,予算,それを運営する人がいない。社会が海洋リテラシー社会の理想だけでなく,活動のゴールのために必要な困難をも受け入れることが必須である。この「合意形成」へのアプローチが,海洋リテラシー社会の創造というゴールにとって計り知れないほど重要となるであろう。

 

5 まとめ

 以上のように,アメリカの海洋リテラシー運動の実践的取組,その成果,今後の課題を概観したが,このような取組はどのような背景の元に実施されてきたのか?その特徴をまとめてみた。

 その特徴の一つ目として,アメリカ海洋大気局(NOAA) の所管するシーグラントオフィス(SGO),アメリカ海洋教育協会(NMEA),海洋科学教育センター(COSEE)などが一体となって取り組んでいることである。これらの組織は,研究者や教育者らによって提案され組織化されたものである。SGOは,1960年代,海洋汚染が深刻化する中,水産学会スパイハウス会長の「これまで国が実施した中での一番の投資が必要である。それ(宇宙開発)と同じ種類の創造,先行投資は海洋の探求に適用されるべきである」という提言から始まった。NMEAは1070年代,海洋科学は一般科学を教える上での魅力的な内容を提供してくれると考える高校教師らにより設立された。COSEEは,1999年にNSF(全米科学財団)の海洋科学部門の研究者により,研究者に対し一般人への教育の重要性が強調され,その重要性に賛同する研究者や教育者によるワークショップを受け,NFSから支援を受けたかたちで設立するに至った。このように,研究者,教育者の働きかけが多くの同志の賛同を得,ネットワークが構築され,組織的な取組へと発展していった。

 二つ目として,これらの組織に所属している海洋研究者が,K-12教育(高校生以下の教育)や一般人を対象とした教育を重要視していることである。研究と教育との連携を保つことは海洋リテラシー運動を展開する重要な柱である。    

 三つ目の重要な視点は,科学リテラシーを理解するために海洋リテラシーを身につけることが重要であるとしていることである。科学教育を視野に入れることによって,他教科への広がりを得ることができ,より多くの一般市民が必要とする科学リテラシーへと近づくとしている。

 さらに,四つ目の視点として,海洋リテラシー運動が未だ続いていることである。最後に掲げた5つの内容は進行中であり,現在5つのうち2番目に取り組んでいるところである。これも,上述の組織の中で,全米の研究者と教育者の協力によって形作られている。

 最後に,海洋科学の研究・教育における政府の予算措置である。SGEでは上部機関である商務省から,年間約50億円が研究教育活動のために,COSEEではNSFから年間約1億円が教育活動を支援するために投資されている。

 以上のように,アメリカにおける海洋リテラシー運動の背景と特徴をまとめたが,海洋研究者と教育者が組織的に実施ところに大きな特徴があるといえよう。それらを支えているのは,K-12教育における海洋教育を実施する重要性の認識である。日本では,平成19年に海洋基本法が発効し,その中で国民の海洋に対する理解の増大が求められている。海洋リテラシー普及のためには,研究者と教育者が研究と教育の連携の重要性を認識し,政府機関は研究と教育の連携のための体制を整えるための支援策を考えることが求められるであろう。

財団法人新技術振興渡辺記念会 平成19年度科学技術調査研究助成(下期)、交付番号 19-168 期間:平成 20 年 3 月~平成 21 年 2 月 研究報告書 我が国における海洋リテラシーの普及を図るための調査研究 研究代表者 角皆静男 (特定非営利活動法人 海ロマン21 副理事長) (日本海洋学会教育問題研究部会 部会員)

https://www.ur21.net/_wp/wp-content/themes/UR2021/pdf/2009zenpen.cyousakennkyuhoukokushopdf.pdf


里海探偵団が行く!―育てる・調べる海の幸 寺本 潔/佐々木 剛/角田 美枝子【編著】 165p

2022-11-10 | アーカイブ

1アメリカにおける海洋リテラシー教育

<海洋リテラシー=一般市民の海洋理解>

 「リテラシー」という言葉はあまり聞き慣れない言葉である。初めて聞く方も多いだろう。簡単に言えば,一般市民が自立して生きていくための必要最低限の知識・理解のことだ。例えば,漢字は小学校から中学校までの間に常用漢字1945字を習得することになっている。もし,常用漢字を習得していないとすると,日常生活で不都合が生じることになる。また,算数の加減乗除ができなければ,買い物ができない。このように,日常生活で支障をきたさないための必要最低限の知識・理解が「リテラシー」である。

 では,海洋リテラシーとはいったい何であろうか? それは,一般市民が持つべき海洋(河川,湖沼を含む)に関する必要最低限の知識・理解のことである。いわば海洋に特化したリテラシーといえる。

 

<海洋リテラシーはなぜ必要なのか?>

 今まではそれほど海に関したリテラシーはそれほど必要なかったかもしれない。しかし,最近になって水質汚染問題,地球温暖化,水産資源の問題など海洋をめぐる環境の悪化が深刻化している。こうした地球規模の問題は,一般市民一人ひとりの生活と密接に関わっている。しかし,多くの一般市民はそのことを十分把握できていない。なぜなら,海洋に関する理解を深める機会が少ないからである。海洋の問題を食い止めるためには,一人ひとりが海洋に興味関心を持ち,海洋を科学的にとらえ,水産資源や海洋環境に配慮する意識を持つための「海洋リテラシー」の普及が必要だ。

 

<海洋リテラシーの構築>

 こうしたことを受けて,アメリカでは海洋リテラシーを作ろうという声が高まった。海洋リテラシーを構築する経緯について次のように説明している。「すべての学問分野に於いて,海や水圏に関する科学はどういうわけか,かつ不思議なことにK-12教育(幼稚園から高校3年生まで)では不十分である。海や沿岸に関する概念や総合学習ではまったく教えられておらず,また,まったくカリキュラムや教科書,評価基準の中にも出てこない。海は我々の住んでいる地球の大半を覆い,地球上の生命のほとんどの産みの親であり,天候や気候にも影響を与え,我々の酸素の大半を供給し,多くの人類の食料供給源であることは明らかであるにもかかわらず,上述のことは事実なのだ。(中略)もし,海の科学が州や国家の科学基準から排除されることが続くのであれば海洋科学は社会的に取り残され,そしてカリキュラムに取り入れようとする努力は水の泡となってしまう。(中略)科学教育や地球の将来の健康について危惧を持つ人々は,科学教育の基準や評価についての研究を進めなければならない。」

 日本においても,義務教育における教科書には海洋に関する記述は3%であるという。また,高等学校のうち0.3%の水産系高校でのみ海洋の教育を扱っているにすぎない。残りの99.7%の高等学校は体系的な海洋の教育は実施されていないのである。

 

<インターネット会議>

 会議は,インターネット会議の形式を取り,2004年10月,2週間にわたりナショナルジオグラフィック協会がスポンサーとなって100名の海洋教育者や研究者により開催された。この会議は海洋リテラシーのよりよい定義づけをすること,関係諸機関からの提案をもとにした議論のプラットフォームを提供することを目的に実施された。この会議を受け,2005年にカルフォルニアのバークレーでワーキンググループによるミーティングが開催され,これらを経て,海洋リテラシー,海の概念の定義づけ,(K-12 教育における)海洋科学教育課程一覧表の作成が始まった。

 

<アメリカの海洋リテラシー教育の内容>     

 内容として7つの大項目と44の小項目に分けられている。すべての海洋リテラシーを持つ人はこれらの必要不可欠な原理を理解すべきであるとしている。

最重要原則(大項目)

  • 地球には多くの特徴を兼ね備えた大きな海がある。
  • 海やその海に生きる生物は地球の特徴を形作っている。
  • 海は天候や気候に大きな影響を与える。
  • 海のおかげで,地球には生物が生息できる。
  • 海は多種多様な生物や生態系を支えている。
  • 海と人間は切っても切れない深い関わりを持っている。
  • 海の大半は探検されていない。

 

<アメリカの海洋リテラシー教育の特徴>

 海洋リテラシーを作成するというこうしたアメリカの取組は,先進的な取組であるといえる。アメリカにはNMEA(National Marine Educators Association)という組織がある。NMEAは全米の海洋教育に携わっている学校の先生や水族館,大学,研究所などの教育を担当する方々で構成されている。ちなみに,学校の先生はteacherといい,教育に携わる方々はEducatorである。その中でも特に海洋教育に取り組んでいる教育者ををMarine Educatorと呼んでいる。NMEAは,総勢2000人程度の小さな学会であるが,毎年夏に年会が開催され,熱心な議論が繰り広げられる。実際に,NMEAの年会に2006年に参加し,アメリカの海洋教育の様子を伺った。このNMEAの年会では,全米から集まった海洋教育者によって,海洋教育に関するワークショップや実践報告がなされる。これらの実践報告はすべて海洋リテラシーに関連づけられている。アメリカの海洋教育の特徴を一言で言えば,海洋環境を維持するための科学的な海洋を捉える教育と言っていいだろう。

 そうした海洋科学教育を推進するために,組織的な取組が行われている。海洋リテラシーを構築する際にも,100名の研究者や教育者がインターネット会議に参加したが,その大半がこのNMEAに所属している。また,NOAAの組織との一部としてシーグラントがあり,またCOSEEという全米科学財団の支援を受けた組織もあり,これらがネットワークを組み,合衆国全体で組織的な取組を行っている。

 

2 アメリカと日本の認識の違い

<日本とアメリカの教育者の意識の違い>

 アメリカでは海洋リテラシーを構築し,全米の海洋教育に携わる教育者や研究者が海洋教育に熱心に取り組んでいる事がおわかりいただけたかと思う。ところで,アメリカの海洋教育者が魚食に対しどのように考えているのだろうか?アメリカ合衆国全体では国民一人あたりの水産物消費量は日本ほど多くない。確かに,このところ寿司ブームでアメリカでも魚を食べるようになったようである。しかし,アメリカ西海岸の代表的なスーパーマーケットの生鮮売り場を見ても,魚売り場のコーナーはほんの一部を占めるだけで,その中身もサーモンやマグロ,カキなど限られたものである。このように,海とのつきあい方の歴史や利用の仕方が異なれば,当然,海洋に対する認識も異なってくるだろう。海洋認識が異なれば海洋リテラシーに対する考え方も異なってくる。それでは,アメリカと日本での海洋に対する認識は,どのように異なっているのであろうか?

 

<教育者を対象としたアンケート調査>

 そこで,両国の海洋教育に携わる人々にアンケート調査を実施することにした。

① 海洋科学教育(水産も含む)は小中学校や普通高校においても必要である。

②  海に関心を持つことは国民にとって大切なことである。

水産・海洋教育が必要とされる理由は(以下10項目)?

 ③ 人類にとって必要なものだから

 ④ 科学教育の中でも重要だから

 ⑤ 海は食料生産の場だから

 ⑥ 海は様々な資源に恵まれているから

  ⑦ 海は科学的な探求の場であるから

  ⑧ 海はレジャーの場であるから

 ⑨ 海は私たちの人間生活に必要だから

 ⑩ 学問的に興味深いことがあるから

 ⑪ 海洋環境問題が深刻だから

 ⑫ 海はまだ未解明の部分が多いから

       (以上10項目)

⑬ 内陸で生活する人々にとって海の学習は必要ない。

⑭ 魚類等海洋生物を食べることにためらいはない。

⑮ 海藻を食べることにためらいはない。

⑯ 肉よりも魚のほうを好む。

⑰ 私は,常に海から恩恵を受けて生活している。

⑱ 海は命の母であることを実感している。

 アメリカでは,NMEA(全米海洋教育者会議)のメンバーにお願いした。NMEAの年会には,幼稚園から大学ならびに,水族館や博物館で海洋教育に携わっている教職員が集まってくる。対象に大会の一つの催しである「シーフェア」においてアンケート調査を依頼した。アンケート調査は質問紙を用いた対面式調査法で行った。

 日本では,日本には,NMEAのような海洋教育に関する包括的な組織がまだなく,海洋教育者に該当する教育関係者として,全国水産海洋系高等学校教育研究会に参加した教員を対象とすることにした。

 「全くその通りだと思う(4点)」,「そう思う(3点)」,「そう思わない(2点)」,「全くそうは思わない(1点)」,の4段階尺度を用いた。

 

<アンケートの結果>

 日米共に海に関心を持つことは国民にとって大切なことである(図5- ①,②)と考えているが,それはどのような理由からなのだろうか?

 アメリカでは,特に「環境問題は深刻である」(同-⑪)とする項目が最も高い値を示していることもからも,環境問題に対する意識が高いことが伺える。次に,「様々な資源に恵まれている」(同-⑥),「科学的な探求の場である」(同-⑦)と続く。

 

表2 水産・海洋教育に対する意識に関するアンケート項目

 

 これに対し,日本は「海は食料生産の場である」(同-⑤)という項目が最も高く,食料生産の場として最重要視している結果である。

次に「人類にとって必要」(同-③)「様々な資源に恵まれている」(同-⑥)「人間生活に欠かせない」(同-⑨)と続く。「環境問題が深刻である」(同-⑪)「科学的な探求の場である」(同-⑦)とする項目は上位にランクインしていない。また,日本は,「海はレジャーの場である」(同-⑧)という項目の数値が最も低い。

 

<“環境”それとも“生産”か>

 以上の結果から,両者の海洋に対するイメージが浮かび上がってきた。すなわち,アメリカの海洋教育者は,海洋は人類にとってかけがいのないものであり,様々な資源に恵まれているとしながらも,環境問題は深刻化しており,解決の方向を見いだす必要があると同時に,科学的な探求の場として重要視している。あくまで,科学の対象として海洋を見ているといって良いだろう。

 一方,日本は食料生産の場として大変重要であり,人類にとって必要なものであり,様々な資源に恵まれ,生活に欠かせないものであると考えており,レジャーの場ではなく,あくまでも仕事をもたらしてくれる場所として重要視している。アメリカの海=科学,日本の海=生活といったところか?

 

<魚食に対する認識>

 さらに,魚食についてであるが,「海藻を食べる」(同-⑮),「肉より魚を好む」(同-⑯)といった具体的な項目になると,これは,前述の必要性の結果からも明らかな通り,日本は海を食料生産の場として重要視しているからだ。さらに,「海からの恩恵を受けている」(同-⑰)の得点が高く,日本においては海と生活とが密着していることを物語っている。

 「内陸での海洋教育の必要性」(同-⑬)については,両者とも重要であると考えている。日本では,内陸地域は海洋教育が難しいとされるが,経済活動や人間生活による汚染物質や排水は,最終的にすべて海に流れてくるという観点から,海洋教育の機会を作っていくことが重要であろう。

 

<お互いの違いを大切に>

 以上のように,アメリカは環境問題,科学的な学問の対象として海を見ているのに対し,日本は生活の場,食料生産の対象として見ているのである。

ただ,日本の海洋に関する大学教育は,水産学部出身者がほとんどであり,食料生産と関連づけた教育が行われているのも事実である。その結果,水産高校の教員を対象とした場合,このような結果が出るのは当然といえば当然である(ただし,水産系高等学校には水産学部以外にも,商船学部などの出身者も含まれる)。これに対し,アメリカでは,生物学部の中にマリンバイオロジー学科が設置されているように,理学系学部の中に海洋系の学科が置かれている。そして,ここを卒業して海洋教育者や研究者になり,NMEAに所属する。教育者を養成する方法も,日本とアメリカでは大きな違いがあり,それが教育や考え方に大きな影響を及ぼしていると考えられる。

日本の水産教育の歴史をたどれば,100年前,漁業者は200万人を数えていた(アメリカは10万人)。漁民の生活向上のために,国の政策として漁業技術発展のために水産講習所が設立された。一方,時を同じくして,すでにアメリカ東海岸では水質の環境問題が深刻であった。そうした中,MBLが設立された。レーチェル・カーソンは,このMBLで海洋生物学を学んでいる。先ほど述べたシーグラントは,レーチェル・カーソンの著した沈黙の春がきっかけの一つとなっている。時代背景や歴史的背景の違いも,今日の高等教育に影響を与えていると思われる。

 さらに,現代の日本の海洋に対する考え方を決定づけているものは,1万年前から続く,海との関わりであろう。その例は,縄文時代の貝塚に見ることができよう。

長い間,海に関わってきた日本人は海洋資源を巧みに利用して,海と上手に関わってきた。もっと日本独自の海洋文化を世界に向けて発信することが求められるだろう。

一方で,科学的に海洋を捉えていくことも日本人にとっては重要な視点だろう。なぜならば,持続的に生産が可能な海洋環境を維持するためには,国民一人一人の海洋に対する科学的な理解がこれまで以上に必要になってきているからである。

こうした観点を,しっかりと里海学習に取り入れていくことが,これからの重要な課題なのだ。

 

3 アメリカにおける里海学習?の紹介

<サイエンスアカデミー>

 サイエンスアカデミーの活動を紹介しよう。カルフォルニア大学のバークレー校のローレンス科学館で行っているマリンサイエンスアカデミーという,大学が小学校に出向いて海洋教育を実践している出前講座である。アメリカ版の里海学習と言っていいだろうか。しかし,日本と大きな違いがある。それは何か?

 日本との大きな違いの一つは,小学生を対象に大学が主体となって海洋での体験活動を実施していることである。日本では,NPOなどが主体となっているが,このマリンサイエンスアカデミーでは,NSF(全米科学財団)の支援を受けて,大学職員が現場に出向いて体験活動を組織的に指導している。大学職員といっても,研究者ではなく,エデュケーターという立場で勤務する常勤の教育者である。大学がこのような形で教育に力を注いでいるのは,大学が学校教育に直接参加することによって,自分たちの研究の社会的評価が上がるということ,そして教育することによって将来の研究者と育てるという事につながるということが背景にある。

 二つ目はサンフランシスコ近郊のオークランド市にある学校に通う小学生たちは全く海で遊んだことがないことである。日本も,最近は少ないといわれているが,それ以上である。サンフランシスコ周辺は,カルフォルニア海流で冷たく,海水浴ができないと言うことも理由の一つであろう。

 三つ目として,科学の喜びを実感させることに大きなポイントを置いていることである。なぜ,このような海に行ったこともない子ども達がマリンサイエンスアカデミーに参加するのであろうか?その理由は,海はとても未知の世界であり,わくわく,どきどきという体験が,普段海とほとんど関わりのない生活をしている彼らにとって強烈なインパクトを与えるからである。マリンサイエンスアカデミーのねらいなのだ。発見する喜び,感動する喜び,自然を通して体で体験させる。日本でも五感を使ってといわれるが,ちょっとニュアンスが違う。日本は古来より,自然に親しむことで豊かな心をはぐくんできた,そのことが理科の目標として強調される。もちろん,発見する喜び,感動する喜びも同様に強調されるが,今回のアメリカでのイベントでは前者の部分はなく,発見する喜び,感動する喜びが強調される。

 この体験を通して,自分たちで新しい発見をする,すなわち科学をする喜びを実感するのである。この点が,重要である。こうした考え方は,既に50年前からR.カープラスによってラーニングサイクルとして提唱されている。それを長年にわたり実践している。実際に,本日参加協力した大学4年生のアレックスは,小学校の頃,海の体験プログラムを体験し,将来はマリンバイオロジストになりたいと強い希望を抱き,難関を突破してUCBに入学したという。すでにPHD進学を考えているようだ。

 四つ目は,海洋生物を食べないことである。食べると言うことは産業的に利用する,応用すると言うことに繋がる。タコをつかまえて喜々としていたが,日本のように,おいしそう,どうやって食べるという発言は全くなかった。日本では,科学的な喜びと言うよりは,どうやって食べるか?つまりどうやって自然から恵みをいただくかという考えの方が先行する。たとえ,東京湾のある地域で採れた魚でも。

 

<お互いを理解すること>

 これから大切になっていくことは,お互いのこうしたリテラシーの違いを理解し合うことであろう。まず,私たち日本人は,海の発見する喜び感動を通して科学の楽しさ喜びできるだけ多くの人々が体験すること,そして日本の独自の自然観をもっと海外の人々に紹介していくことであろう。このことが,持続可能な社会の実現に繋がっていくのではないだろうか?それがまさに「里海」学習なのだ。

 


教育情報 アメリカの海洋教育--SGEプログラムについて 川下 新次郎, 佐々木 剛 , 2007年12月 国際教育 (13) , 115 - 117

2022-11-10 | アーカイブ

アメリカの海洋教育―SGEプログラムについて―

はじめに

今年(2007年)4月に「海洋基本法」が成立した。同法は、海洋が「人類をはじめとする生物の生命を維持する上で不可欠の要素である」という認識の下に、「海洋の平和的かつ積極的な開発及び利用と海洋環境の保全との調和を図る新たな海洋立国」をめざして、策定された。(同法第1章総則第1条)そしてこの目的を実現するための方法のひとつに、「海洋に関する国民の理解の増進」が掲げられている。(同法第3章基本的施策第28条)具体的には、「学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進」、「海洋法に関する国際連合条約その他の国際約束並びに海洋の持続可能な開発及び利用を実現するための国際的な取組に関する普及啓発」、「海洋に関するレクリエーションの普及」などが挙げられている。

本稿は、これら「海洋基本法」にもみられる、現代社会(わが国及び国際社会)における「海洋教育」研究の必要性にかんがみ、その一環として他国(アメリカ)における海洋教育について考察するものである。以下、先ず海洋を含む環境保護運動の歴史を概観し、それから海洋教育の現状についてみることとする。

 

  • アメリカの環境保護運動の歴史

アメリカの環境保護運動は、自然保護から始まる。1872年、イエロストーンに世界最初の国立公園がつくられる。(わが国では、1934年に瀬戸内海、雲仙、霧島が最初の国立公園に指定されている。)1892年には、自然保護活動の創始者といわれるジョン・ミューアが自然保護団体「シェラ・クラブ」を設立、1936年には環境教育を主な目的とする「全米野生生物連盟」(NWF)、現在全米最大の環境団体、が発足している。戦後、1951年には、貴重生物の生息地や原生的自然を寄付金で買い取りサンクチュアリー(自然保護地)とする活動を行う「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー」(TNC)、現在民間では世界最大の保護地域保有団体、が設立されている。また、生物多様性と生態系の保護を目的とし、たとえば熱帯林や珊瑚礁の保護活動など国際的な活動を展開している「コンサベーション・インターナショナル」(CI)が1987年につくられている。

こうした、自然保護を中心とする環境保護活動に対し、戦後新しい運動が起こる。それは科学文明がもたらした人間や自然に対する脅威を告発するものである。代表的な人物として、農薬、殺虫剤、殺菌剤などの化学物質による自然破壊、健康被害を指摘したレイチェル・カーソン(『沈黙の春』1962年)があげられる。

こうした活動により、環境問題への関心が高まり、1969年に連邦政府の事業に関し環境影響評価書の作成を義務づける「国家環境政策法」が制定され、翌年にはニクソン政権下環境保護庁(EPA)が発足している。(わが国でも、公害関係14法案が審議、可決された1970年の「公害国会」の翌年環境庁が発足している。ただし、いわゆる環境アセスメント法が成立するのは1997年で、OECD諸国の中では最も遅い。)また1970年には第1回目の「地球の日」の催しが全米で行われた。1971年には「アメリカ環境教育学会」が設立された。1978年のニューヨーク州バッファロー市のラブ・カナル地域における化学廃棄物汚染が契機となり、80年には企業に汚染物質の浄化を命じる「包括的環境対策補償責任法」(通称スーパーファンド法)が、カーター政権下成立した。規制緩和と経済活動の自由化を推進する「レーガノミックス」の下で、環境行政は後退するが、それへの反対も強く、1986年にはスーパーファンド法が改正され、工場からの化学物質の量を報告、公表することを定めた「有害化学物質排出目録制度(TRI)」が設けられた。「環境大統領」を自任したブッシュ大統領は、90年に「大気浄化法」(通称マスキー法)を改正し、五大湖周辺の工業地帯から排出される硫黄酸化物による酸性雨対策を強化した。また88年の国内での異常高温現象を契機に地球温暖化問題への関心が高まり、国連の気候変動に関する条約交渉会議の第1回をホワイトハウスで開催することとなったが、産業界への配慮から条約の強制力を緩和する方針を採った。すなわち、「先進国に対して温室効果ガスの排出を2000年までに1990年レベルに戻すことをめざした政策・措置をとることを求める」もので、排出量規制に法的拘束力はなく、努力目標とした。1992年のブラジル、リオでの地球サミットでのこの気候変動枠組み条約には署名したが、同会議でのもうひとつの重要な条約であった生物多様性条約は、技術移転や資金負担への懸念から署名を拒否した。次のクリントン大統領が翌年この条約に署名しているが、しかし97年開催の、2000年以降の排出量規制の取組みを審議した気候変動枠組み条約第3回締約国会議(地球温暖化防止京都会議COP3)の決定、先進国および市場経済移行国全体で2008年から2012年の5年間に1990年に比べ温室効果ガスを少なくとも5%削減する(アメリカは7%、日本は6%)という京都議定書に対しては、共和党が多数を占める議会の反対にあって、批准していない。

このようなアメリカの環境保護運動の歴史に対し、すぐれた自然や貴重な動植物を保護することには積極的であるが、地球環境に大きな影響を与えている、多生産―多消費―多廃棄というアメリカ的生活様式を見直すことに関しては消極的であることが、指摘されている。

 

  • アメリカ海洋教育の展開―海洋基金大学における教育・啓蒙活動SGEに注目して―

 

2-1.海洋基金大学の成立とSGE

 ここでは、アメリカ海洋教育の発展の上で重要な役割を果たした「海洋基金大学」(sea grant colleges)に焦点をあてたい。同大学が成立する契機となったのは、1963年にアメリカ水産学会でのスピルハウスAthelstan Spilhaus教授(ミネソタ大学)の提案による。彼の発案は、農業などの応用科学分野研究を中心とする大学設立のために連邦の土地を各州に供与した19世紀の「土地基金大学制度」(land-grant college system)にならったものである。1966年にはペルClaiborne Pell上院議員(ロードアイランド州選出)とロジャースPaul Rogers下院議員(フロリダ州選出)の提案で「海洋基金大学計画法」が成立する。同大学の管理責任は全米科学財団NSFに委任された。同大学の活動は、教育・研究・広報(extension)からなるが、ここでは、大学の外部に対して広く教育・啓蒙を行う広報活動(sea grant extension program、以下SGEと略)に注目したい。SGEは、継続的かつ組織的に多様な教育過程・技能を用いながら、目標にそった行動変化をもたらす計画的活動と定義される。たとえば東南部海域の小エビトロール漁において、多くの対象外魚が網に掛かり死んでいたが、SGEが中心となり4年間で50%の削減目標をたて、漁獲方法の研究に取り組んでいる。 

全米海洋基金大学プログラムNSGCPは、商務省内の全米海洋気象庁NOAA、海洋気象研究局OAR内の全米海洋基金部NSGOにより管轄されている。

 

2-2.SGEの具体例

 SGEは,先述した全米そしてプエルトリコの沿岸域を含め五大湖や沿岸域の30カ所にある海洋基金大学と密接な関わりを持ちながら発展してきた。SGE職員は,それぞれの地域でSGコミュニケーターや教育者と連携をはかりながら,大学で研究された資源を地域に還元する役割を果たしている。SGE職員は,それぞれの地域ごとに一般市民向けのワークショップ,パンフレット,講義などを提供し,海洋に関する複雑な問題を解決するためにわかりやすく提供するインタープリター的な役割を果たしている。さらに,漁業資源の管理,持続可能な養殖,水質汚染,海洋保全のための規範意識の確立などにも取り組んでいる。現在およそ300人の教育プログラム専門家が五大湖を含む沿岸域で活躍している。今日まで,数千人の専門家が関わってシーグラント活動に貢献してきた。海洋基金は異なる方向からのアプローチを駆使するための特別な技術を持っているSGE専門家の集まりであるということができよう。

 また,SGEの仕事は,短期的な仕事ではなく,長期的継続的な活動であることを強調しておきたい。例えば,元SGE専門家が市長,連邦議会議員,漁船安全プログラム基金設立者など幅広い分野で活躍しているのは,地元地域の大学,工場,組織,政府等と長年の信頼関係を築いていた成果である。

 SGEプログラムの大きな特徴として特筆すべき事は,連邦政府レベル,州政府レベル,地域レベルと組織的な構造を持っており,地域ごとのSGE活動に重点が置かれていることである。例えば,フロリダ海洋基金大学は,フロリダ大学内に州全体のマネジメントを行うマネジメントオフィスがあり,ここには9名のスタッフが常駐している。また,大学教員12名が広報専門家として学内外で活動する。さらにSGE協力研究機関(大学も含む)として,16機関が登録されている。フロリダ州沿岸域36地域のうち,29地域にSGEプログラムを展開する専門職員が常駐している。フロリダ州の最西端の地域エスカンバにはSGEプログラム専門職員としてアンドリュー・ディラー氏が常駐し,海洋環境教育,沿岸域生物のワークショップや大人子ども向けのウミガメ教育を実施している。

 

2-3.海洋基金教育者ネットワーク

 海洋基金教育者ネットワークは,海洋基金教育として重要な役割を果たしており,K-12教育に関連する生徒や教員に限らず,大学教育,大学院教育の他,一般人を対象とした教育においても利用可能である。

 代表的な海洋基金教育者ネットワークとしては,BridgeやCOSEEと呼ばれる海洋基海洋科学教育センターがある。Bridgeはインターネット上で利用可能な数多くの良質な海洋教育教材を公開している。国内外の話題に限らず,地域の海洋科学のトピックスに関連した内容で,有益で正確な情報を盛り込んだ教材が用意され,研究者には教育に関するアウトリーチ活動の接点を提供している。COSEEは,インターネット上にある海洋科学教育センターで1.研究者と教育者とのパートナーシップを推進し, 2.海洋科学教育者に対して良質の教材を広め,3.より科学的な素養を持った人々を生み出すための学際的な伝達手段として海洋教育を推進する,という3つの目標を掲げている。2004年にはCOSEEに所属するメンバーが中心となって,「海洋リテラシー」が構築された。これをもとに全米科学教育スタンダードに対応した教育課程表を作成し,K-12教育における科学教育の推進に力を入れている。海洋リテラシーは,「私たち人類が海から影響を受けていること,そして人類は海に影響を与えていることを理解すること。海洋リテラシーを持った人は海洋の仕組みの基本概念を理解し,かつ有効な方法で海洋に関して伝達することができる。そして,海洋やその資源に対し,見識の広い責任ある決定を行うことができる」としている。内容として7つの大項目と44の小項目に分けられている。すべての海洋リテラシーを持つ人はこれらの必要不可欠な原理を理解すべきであるとしている。7つの大項目としては,1.地球には多くの特徴を兼ね備えた大きな海がある 2.海やその海に生きる生物は地球の特徴を形作っている 3.海は天候や気候に大きな影響を与える 4.海のおかげで,地球には生物が生息できる 5.海は多種多様な生物や生態系を支えている 6.海と人間は切っても切れない深い関わりを持っている 7.海の大半は探検されていない,が掲げられている。これらのリテラシーをもとに,全米海洋教育者会議(MNEA)のメンバーはそれぞれの地域で海洋教育普及活動を実施し,毎年7月に活動報告会にて活動発表とファシリテーションが行われる。

 

おわりに

 アメリカの海洋基金の発足から今日までの海洋教育を概観したが,一言で言えば,現在の海洋教育は,海洋に関する科学的なリテラシーを高める事に大きな主眼が置かれているといってよい。これに対し,日本の海洋教育は水産高等学校を中心とした水産に関する技術者養成といった意味合いが強い。そもそも,教育課程として海洋教育という言葉は存在していない。また,

日本人の海洋に対する考え方は,アメリカ人と異なり科学的に捉えるというよりもむしろ生活の場所や食料生産の場所といったとらえ方をする傾向が見られる。こうしたことは,海洋との関わり方に大きな原因があると考えられよう。そのため,日本人は,乱獲の問題や海洋汚染など海洋環境問題に対して,無頓着過ぎる場面がある。環境技術に関しては世界一流でも,海洋環境教育に関しては遅れているといわざるを得ない。そこで,本学でも来年度から海洋科学に関するリテラシー教育(水圏環境リテラシー教育)をスタートさせることになった。これは,海を科学的に理解し,一般の人々にわかりやすく伝える能力を高めることを目的としている。将来的には,水圏環境教育推進リーダーとして学校現場やNPO等で国民の水圏環境リテラシーを高めるために活躍することが期待される。

 

 

参考文献

  • 松下和夫『環境政治入門』平凡社新書(2000)
  • Fundamentals of a Sea Grant Extension Program
  • NOAA National Sea Grant ; http://www.seagrant.noaa.gov/index.html

佐々木剛(2007). 海洋リテラシーを高めるには,楽水. 817, 27-35. 

        http://www.rakusui.or.jp/book/page_detail.php?bm_id=5709

佐々木剛(2007). 海を読み解く力(リテラシー)のすすめ, 世界と日本, 共同通信社, 3月12日号

佐々木剛(2007). 日本列島囲む海が危ない, 世界と日本, 共同通信社, 7月30日号

 

 


今求められる「水圏環境リテラシー教育」とは? —伝統的「魚食文化」と「科学」のメガネで海を観るー 東京海洋大学 佐々木剛

2022-11-10 | アーカイブ

今求められる「水圏環境リテラシー教育」とは?

—伝統的「魚食文化」と「科学」のメガネで海を観るー

東京海洋大学 佐々木剛

要約

「水圏環境リテラシー」とは水圏環境を総合的に理解する能力である。今年度より,本学では一般市民に対し水圏環境リテラシーを普及し,水圏についての専門的知識に基づいたフィールドワークを指導する「水圏環境教育推進リーダー」を養成する。

「水圏環境リテラシー」に先立ち,一般市民のレディネスとニーズを明らかにするため,平成19年2月〜3月にかけて全国の水圏環境教育の活動状況調査を実施した。それらの活動は大まかに6つのカテゴリーに分けられた。その中で,近年,日本古来の伝統である「魚食」をテーマとし,漁業者が中心となり一般市民を対象とした活動が全国的に盛り上がりを見せている。魚食をテーマとした活動は、ESDを推進する上でも重要である。一方で,科学的に海をとらえていこうとするモニタリング調査に対する認識が低い。モニタリング調査を一般市民が実施していくためには科学的な認識が必要であるが,海の科学について学ぶ機会が少ないのが現状である。そこで,こうした「魚食文化」と「科学」を盛り込んだ「水圏環境リテラシー」を構築し普及することが必要である。

平成20年後期より「水圏環境教育推進リーダー」養成のための新規開設科目がスタートするが,将来的に様々な機関と連携を持ち水圏環境(海洋)教育を推進する「水圏環境教育センター」の役割が期待される。

 

はじめに —水圏環境リテラシーの必要性—

「水圏環境リテラシー」とは水圏環境を総合的に理解する能力である。この水圏環境リテラシーを持つことによりはじめて,人は ①水圏環境の機能についての基本概念を理解し,②その水圏環境の知識を他者に正しく,わかりやすく伝えることができ,③水圏環境やその資源に対し,広い見識に基づく責任ある決定を行うことができる。

しかし,わが国においては,水圏環境維持に不可欠な生物多様性保全や水圏利用・管理についての社会的合意形成などを,複合科学としての水圏環境学的立場から理解し促進できる人材が決定的に不足している。これは,わが国が四方を海に囲まれた海洋国家であるにもかかわらず,国民一人ひとりの海に関する理解が極めて低いことや,海洋・湖沼・河川などの水圏を自然科学と社会科学の両面から把握し,これにかかわるフィールドワークを指導できる教育者・指導者(リーダー)を養成する体系的プログラムが未確立であること等に起因する。

他方,平成19年4月に成立した「海洋基本法」では,「海洋に関する国民の理解の増進」をはかるため,大学等において必要な知識及び能力を有する人材の育成を促すことがうたわれている。本学は,「海洋(河川・湖沼を含む)に対する意識を深化させ,自然環境の望ましい活用方策を提示し,実践する能力を養う」ことを教育目標としている。したがって,水圏環境リテラシーの理念についての教育・研究を進め,その成果をふまえて水圏環境リテラシーを普及し,水圏についての専門的知識に基づいたフィールドワークを指導する「水圏環境教育推進リーダー」を育成するのは本学の社会的責務である。こうした社会的要請を受け、わが国唯一の海洋系総合大学である東京海洋大学は,「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」を立ち上げた。

 

水圏環境リテラシー教育の具体的な内容

水圏環境の専門知識をもつ職業人の育成については,既に本学の各学科における教育・研究において実施してきた。しかし,本プロジェクトが目指す「水圏環境リテラシー」についての学科横断的な教育や,「水圏環境教育推進リーダー」の養成は行われてこなかった。そこで,まず「水圏環境リテラシー」についての広範な調査・研究を行い,既存科目の相互の関連を密にしつつ従来不十分であったところを補い,必要なカリキュラム体系の構築をはかることにした。

 持続可能な水圏環境実現に貢献するのは,潮の干満・潮流などの海洋動態と気象,生物の分布や生態,海水中に含まれる化学物質の分布や挙動など,水圏のさまざまな事象についての一般的理解が欠かせない。さらに水産・海運・海洋性レクリエーションなどを通じて海を利用する人間社会とのかかわりや,これを律する各種国内・国際海洋法規や海洋文化についての包括的な知識も水圏と人間社会との共生関係を理解する上で必要である。さらに水圏環境リテラシーを,小中高生および一般市民を対象に,わかりやすく伝達する能力が求められる。そこで,学科横断的な科目「水圏環境リテラシー学」を新設し,これを軸として,本学で既に開講している関連科目の有機的連関を構築することにした。

 

 

「水圏環境リテラシー」構築のための聞き取り調査

 そこで私たちは,「水圏環境リテラシー」を構築するために学内委員会を組織し大学としての立場からリテラシーとして基礎的な知識を選び出す作業をおこなうとともに,国内においてレディネスとニーズを明らかにするため地域住民や観光客等を対象とする水圏環境教育について調査を実施した。調査期日は平成20年2月〜3月にかけてで,訪問先は,岩手県,福井県,鳥取県,沖縄県とし,地元の水圏環境をフィールドする活動家に聞き取り調査を行った。また,兵庫県では海辺の環境教育フォーラム(海辺の環境教育フォーラム 2008),京都府ではうみと環境教育シンポジウム(沿岸環境関連学会連絡協議会 2008)に参加し,全国から集まった活動家からの活動報告を聴講するとともに参加団体に対して聞き取り調査を実施した。さらに,比較対象としてアメリカ合衆国へ赴き,海洋科学教育に力を入れているカルフォルニア大学バークレー校ならびにモントクレア小学校を訪問し,聞き取り調査ならびに現地視察を行った。

 今回の国内調査で調査した活動事例を海辺の環境教育フォーラムでポスター発表のあったプログラムをもとに水圏環境教育を類型化すると次のようになる(海辺の環境教育フォーラム 2008)。

(1)体験乗船や海洋スポーツ・体験等を通して子供たちの健全育成を図る活動

(2)生物の飼育・触れ合いや海の環境を通して環境意識を高める活動

(3)食をキーワードに環境意識を高めようとする活動

(4)生物,水質,漂着物等のモニタリング調査

(5)教育プロブラムを用いた海洋科学教育

(6)特にテーマを限定しない住民参加型ワークショップ。

 

 以下にそれぞれの例を挙げることとする。

(1)NPO法人によるヨット,カヌー,ダイビング等のマリンスポーツや水産高校の実習船の体験乗船(鳥取県境港市では毎年地元小学生全員が体験乗船)。

(2)兵庫県いえしま自然体験センターにおけるマダコの飼育や,三宅島などにおけるイルカ・クジラとの出会いを通して自然のすばらしさを伝える。

(3)水産高校生が主体となった未利用資源の有効利用,大分県など地元漁師によるたこつぼ漁,海苔,カキ養殖などの体験漁業。

(4)NPO法人や水族館などによる魚類,サンゴ,海性ほ乳類など海洋生物を中心としたモニタリング調査。JEAN事務局等による漂着ゴミの調査ならびに回収ボランティア。

(5)ジャパンMAREセンター等による海洋科学教育プログラム

(6)家島で実施されている「探られる島」プロジェクト。

 ここで,これらの(1)〜(6)活動のうち,(3)食をキーワードに環境意識を高めようとする活動に注目したい。日本の沿岸域には一定の漁業を営む権利と海の環境や資源の保全・管理義務を骨子とした漁業権という設定がある。そうした中,漁業という海を生業とする漁師(海から恵みを享受し,生活と海とが密着している生活者)が,海苔養殖やワカメ養殖等を体験学習として一般市民に提供することが広がっている。このような生活や食に結びつく活動は,参加する子供や大人たちになじみが深く、参加者の心を掴み,地域全体の盛り上がりを見せている。これは,行政の指導によるものでなく,それぞれの活動主体者がそれぞれの地域で自主的におこなっているものである。海での環境教育に携わっている漁師たちが口を揃えていうことは「最初から環境教育をやろうと思ったのでなく,結果的にこうなった。」というものである。「食べ物を通して生活と結びついている海を守る」,「漁業を大切にすれば自然環境を守ることにつながる」,という漁業者や地域住民の願いが活動に結びついているのであろう。こうした取り組みは,日本人の伝統や,魚食,文化に根ざしたものであり,地域性はあるものの「魚食文化」という同じ方向に行き着くようである。

 小林・佐々木(2008)の報告によると,都内小学生の水圏環境問題に対する意識は高く,「人間と東京湾とはどのように関わっているか」という問いに対し,75%以上が自分たちの生活が東京湾に影響を与えており,魚やプランクトンを通して食物連鎖の中でつながっていると答え,食を核に人間生活と東京湾を身近にとらえている。では,なぜ東京湾を大切にしなければいけないのかという問いに対し,魚が食べられなくなったら困るとする回答が40名中5名いた。海を守るということは,食料を生産する場所だから,という発想が都内の小学6年生にも芽生えているのである。

 

モニタリング調査の必要性

 一方で,(4)の環境を守るためのモニタリング調査は,あまり受け入れられていないのが現状である。「調査」という言葉も,地域住民にはなじみのない言葉である(佐々木 2006)。モニタリング調査は,専門家が行うものであり,主催者側にある程度専門的な知識がないとできない。また,ほとんどがボランティアの活動家であり,職業として成り立つことはほぼ難しく,若者が遠のき指導者不足に悩まされているという現状がある(沿岸環境関連学会連絡協議会 2008)。

 モニタリング調査は,海の健康診断のようなものである。定期的に海の様子を科学的にチェックしていく。地球を生き物に例えるならば,海は地球の血液である。海水は,地球全体を数千年かけて循環する。また,暖かい海水は水蒸気となってやがて雲となり,地表に雨を降り注ぎ,川となり,陸地の生き物に生命を与え,さらに,栄養を海に運ぶ。海は天候に大きな影響を与え,我々の日常生活に大きな影響を及ぼす。酸素のほとんどは海で作られ,二酸化炭素の半分は海に吸収される。こうした水の循環の中で私たち人間や動植物が生活し,つながりを持っている。同時に,私たちが流した生活排水も海に吸収されていく。もし,どこかに問題が生じた場合,長い時間をかけて地球全体に広がっていくであろう。手遅れにならないよう,身近な地域で,定期的な健康診断=モニタリング調査を実施することは大切なことなのである。

 このように地球を科学的にとらえ,モニタリング調査を理解し実施していくためには,海洋を体系的に学ぶことで可能となる。これだけ人間と海との関わりが深いと知ってはいっても,残念ながら我々国民は海洋について多く学んでいない(今までは知らなくても問題はなかったかもしれないが・・・)のである。その結果,モニタリング調査に対する認識が高くならないものと思われる。(5)の海洋科学教育は,地域レベルではあまり実施されていないのもその理由である。このことは先ほどの小林・佐々木(2008)のアンケートの中でも伺える。「具体的に環境を守るために何か実行したか」という問いに対し,86%以上が何もしていないと答えている。

 

アメリカの海洋科学教育

  それでは,海洋科学教育に力を入れているアメリカではどうであろうか?平成20年3月に訪問したモントクレア小学校では科学教育の一環として海洋科学教育プログラムが取り入れられていた。モントクレア小学校はカルフォフォルニア大学バークレー校のあるバークレー市隣にあるオークランド市に位置している公立学校である。幼稚園の最年長〜小学校5年生が在籍し1学年は30名程度である。本校は,公立学校でありながら芸術やコンピューター教育,科学教育などの独自カリキュラムがあり,保護者の評価が高い学校である。訪問した当日は,特別カリキュラムの一つオーシャンマンス(海洋月間)であり,全校児童が一ヶ月間にわたり,海(川や湖も含む)に関する学習を実施している最中であった。カルフォルニア大学はローレンス科学館という科学教育を専門に研究するセンターがあって,科学研究をベースに最新の理論をもとにして高校生以下の学習プログラムを開発している。ローレンス科学館のクレッグ・ストラング副館長は海洋科学教育の第一人者であり,海洋科学研究の成果を探求型学習理論(Inquiry Based Learning Method)をもとに約80の海洋科学教育プログラム(MARE: Marine Activity, Resource and Education)を開発し,全米各地で展開している。

モントクレア小学校では,そのうち小学校1年生「ザリガニが教室にやってきた」,小学校2年生「ヤドカリの観察」の授業実践を見学した(大島・佐々木・三浦 2008)。MAREプログラムでは,まずローレンス・ホールからの支援スタッフがデモンストレーション授業を行う。同じクラスに入っていた小学校教員がその後他のクラスで同じ内容の授業を行うというシステムになっている。

 1年生のクラスでは,ザリガニを観察し,体の各部分の名前を覚え,各部分の長さを測って図に書き込むという活動がなされていた。生物観察の活動に,文字を書く言語の学習,比を意識する数的学習がたくみに盛り込まれていた。

 

 

 2年生のデモンストレーションクラスではヤドカリを使って観察を行い,シートの半分に“I observe”として観察内容を書き出し,右半分に“Question”として各自の疑問を書き出すという探求型学習の活動を行っていた。生徒の集中力がきわめて印象的であった。また,先生から先に知識を与えてしまうことは決してなく,生徒が観察したことをまず言わせ,疑問を引き出し,さらに生徒からその答えとなる仮説を引き出すという,学習支援サイクルの学習観に基づいた探求型学習の教育姿勢が徹底されていた。

 

 このように,アメリカにおいては大学と初等教育学校が連携をはかり,海洋科学教育が実施されている。

 

 

アメリカと日本の教育者の意識調査

 こうした海洋科学教育を推進する小中高の教員等が参加する全米海洋教育者協会があり,今年で32周年を迎え,毎年海洋教育に関する成果発表が行われる。アメリカと日本の教育者とでは,どのような意識の違いがあるのであろうか?

 2006年,その研究会に参加しアンケートをとる機会を得た。その後直ちに帰国し全国高等学校水産教育研究会にて同様のアンケートを実施した(Sasaki 2008)。

 図1に示す通り,アメリカの海洋教育者は,海洋は人類にとってかけがいのないものであり,様々な資源に恵まれているとしながらも,環境問題は深刻化しており,解決の方向を見いだす必要があると同時に,探求の場として重要視している。一方,日本は食料生産の場として大変重要であり,生活に欠かせないものであると考えており,レジャーの場でなくあくまでも仕事をもたらしてくれる場所として重要視している。これらの結果は,科学よりも魚食に関する取組が活発であるという国内調査を裏付けるものである。

 以上から,日本での各地の取り組みは伝統的魚食文化の色合いが強い一方で,海洋に対する科学的な知識や認識が不足し,海の健康診断であるモニタリング調査に対する理解が進まない現状にあるといえる。ただ,魚食は古来より日本人が自然をうまく利用してきたという文化の証であり,身近な資源を有効に活用していくという視点からも大切である。生態系サービスの向上という観点からも,ESD(持続可能な発展のための教育10年)を推進する上でも重要な考え方であり,魚食文化や海の利用の考え方を盛り込みながら,科学的な視点で海をとらえるための知識を含めた「水圏環境リテラシー」を構築することが必要である。

 

 

 

「水産・海洋教育に対する意識の比較」に関するアンケート項目

① 海洋科学教育(水産も含む)は小中学校や普通高校においても必要である。

②  海に関心を持つことは国民にとって大切なことである。

● 水産・海洋教育が必要とされる理由は次の通りである。

 ③ 水産・海洋教育は人類にとって必要なものだから。

 ④ 水産・海洋教育は科学教育の中でも重要な学問の一つだから。

 ⑤ 海は食料生産の場として必要だから。

 ⑥ 海は様々な資源に恵まれているから。

  ⑦ 海は科学的な探求の場であるから。

  ⑧ 海はレジャーの場であるから。

 ⑨ 海は私たちの人間生活に欠けがいのないものだから。

 ⑩ 学問的に興味深いことがたくさんあるから。

 ⑪ 海洋環境問題が深刻だから。

 ⑫ 海はまだ未解明の部分が多いから。(以上10項目)

⑬ 内陸で生活する人々にとって海の学習は必要ない。

⑭ 魚類等海洋生物を食べることにためらいはない。

⑮ 海藻を食べることにためらいはない。

⑯ 肉よりも魚のほうを好む。

⑰ 私は,常に海から恩恵を受けて生活している。

⑱ 海は命の母であることを実感している。

 

水圏環境教育推進リーダー育成カリキュラム

 東京海洋大学では,海洋に対するこうした「水圏環境リテラシー」を持つ市民を育てるため,「水圏環境リテラシー教育プログラム」をスタートさせる。後期から「水圏環境リテラシー学」が開講し,水圏環境リテラシーとは何か,環境と社会,環境としての海,海と生態系,海洋資源,食文化としての漁業,沿岸域と私たち生活,水圏環境リテラシーの現在未来といった内容を学ぶ。他に3つの新設科目も含め,「水圏環境リテラシー教育プロブラム」のカリキュラムを以下に示す。

(a)水圏環境に関する専門的な知識と技能

 水圏環境教育推進リーダーが,水圏環境及び生態系に関する幅広い専門的知識の習得を求められることは言うまでもないことである。しかも水圏環境についての専門的知識は,一般的な環境教育の枠組みでは学習しきれない複合的体系を持っている。本学では海洋環境,生物資源,食品科学などの自然科学分野に加えて,海洋資源管理にかかわる海洋政策や海洋文化について,社会科学・人文科学的アプローチをする学科も有し,水圏環境の持つ役割と機能についての専門的知識を学際的に広く学習する(既設科目)。

(b)水圏環境管理をめぐる諸問題を,論理的に考える能力と問題分析能力

 水圏環境の望ましい利用を考えるには,国際社会・地域社会に生じる多様な利用主体が関与する諸問題を分析的・論理的に捉え,問題解決へと導く能力が不可欠である。本学では,「論理的思考能力を開発し,状況に応じた適切な判断力と責任感を持って行動する能力を養う」こと,および「グローバル化した諸課題について理解と認識を深め,21世紀社会におけるリーダーとして求められる実践的指導力を養う」ことを教育目標としており,単に断片的な知識ではなく,学生の思考と分析を活発化する教育プログラム「ケース・メソッド」学習を実施する。

(c)持続可能な水圏環境のため,行政,産業従事者,住民の連携・協働を促進する能力

 環境教育の推進に向けて,多様な主体がそれぞれの特徴を活かして連携・協働しながら持続可能な環境を構築することが提唱されている。水圏環境においても,複数かつ多層における行政機関,漁業,海運業,水産加工業,レジャー産業等の産業従事者,住民および市民団体など多種多様な主体が混在している。しかし総合的な管理は行われておらず,環境の劣化が進行し,健全な生態系の存続が危ぶまれる水圏は数多い。持続可能な水圏環境実現のためには,社会における「水圏環境リテラシー」の普及につとめつつ,水圏環境がおかれている危機的状況に対する認識を喚起し,水圏環境と人間社会との共生にむけて利用者間の連携・協働を促進する能力を養うため「水圏環境コミュニケーション学」(3年次開講),「水圏環境コミュニケーション学実習」(3年次開講)を新設した。

(d)水圏での自然体験活動を通して,水圏環境の重要性を社会に啓発する能力

 環境保全活動・環境教育推進法の基本方針の中には,水圏環境への理解と関心,環境に対する畏敬の念を深めることの重要性が言及され,それを喚起する自然体験型フィールドワークの必要性が明確にうたわれている。また,政府の教育再生会議においても,子どもの徳育充実のために,小学生に対する自然体験教育の充実策が提案されている。このような社会的要請に対し,自然体験型フィールドワークにおける水圏活動の安全性や学習内容の重要性を鑑みながら,知識と経験を兼ね備え,自然や文化の素晴らしさ・価値などを,受講者のレディネスにあわせて判りやすく伝える能力を有した自然体験教育リーダーの役割はことのほか大きい。このようなリーダー養成のために,本学ではフィールドワークにかかわる既開講科目があるが,水圏環境教育推進リーダーがフィールドワークにおいて備えるべき他の専門的知識・技能にかかわる科目「水圏環境リテラシー学実習」(2年次開講)を新設した。

 

水圏環境教育センターの設立を目指して

 本取組では以下の施設を最大限利用することにより,学生に体験的学習活動の場を提供する。

1)本学海洋科学部 2)本学水圏科学フィールド教育研究センター 

3)本学社会連携推進共同研究センター 4)本学練習船 5)本学水産資料館

また,本プロジェクトは水圏環境教育を実践している学外のNPO法人等の諸団体とも連携をはかり,協働的にプログラムを実施し,評価・改善しながら進める体制をとる。

 これらに加え,既に本学で施行している「江戸前ESD学びの環づくり-持続可能な沿岸海洋のための教育」プログラムや,本学社会連携プログラムとして実施している「東京海洋大学フィッシングカレッジ」とも連携し,学内においてより多様で実践的な環境教育プログラムを実施する。(「釣り:フィッシング」は,魚食とモニタリング調査の両方の要素を持つことから,水圏環境リテラシーを普及するツールとして注目される(宮崎・佐々木 2008))。

 将来的には「東京湾の環境に関する実践的教育研究基盤の形成」や他の諸機関との有機的な連携も視野に入れつつ,「水圏環境教育センター」の設置の準備を進めているところである。さらに,アメリカに設置されているシーグラント*(川下・佐々木 2007)のように,全国で活躍する水圏環境教育推進リーダーを支援するためのセンターとして機能していくことが期待される。

(参考)*シーグラントについて

 アメリカ合衆国では連邦政府に「海洋基金部」(SGO:シーグラントオフィス)がおかれ,海洋教育の発展の上で重要な役割を果たしている。さらに,その支部として「海洋基金大学」(シーグラントカレッジ)がある。「海洋基金部」が置かれる契機となったのは,1963年にアメリカ水産学会でのスピルハウスAthelstan Spilhaus教授(ミネソタ大学)の提案による。彼の発案は,農業などの応用科学分野研究を中心とする大学設立のために連邦の土地を各州に供与した19世紀の「土地基金大学制度」(land-grant college system)にならったものである。1966年にはペルClaiborne Pell上院議員(ロードアイランド州選出)とロジャースPaul Rogers下院議員(フロリダ州選出)の提案で「海洋基金大学計画法」が成立する。同大学の管理責任は全米科学財団NSFに委任された。同大学の活動は,教育・研究・広報(extension)からなるが,ここでは,大学の外部に対して広く教育・啓蒙を行う広報活動(sea grant extension program,以下SGEと略)に注目したい。SGEは,継続的かつ組織的に多様な教育過程・技能を用いながら,目標にそった行動変化をもたらす計画的活動と定義される。たとえば東南部海域の小エビトロール漁において,多くの対象外魚が網に掛かり死んでいたが,SGEが中心となり4年間で50%の削減目標をたて,漁獲方法の研究に取り組んでいる。 

全米海洋基金大学プログラムNSGCPは,商務省内の全米海洋気象庁NOAA,海洋気象研究局OAR内の全米海洋基金部NSGOにより管轄されている。

 SGEは先述した全米そしてプエルトリコの沿岸域を含め五大湖や沿岸域の30カ所にある海洋基金大学と密接な関わりを持ちながら発展してきた。SGE職員は,それぞれの地域でSGコミュニケーターや教育者と連携をはかりながら,大学で研究された資源を地域に還元する役割を話している。いわば,複雑な問題を解決するためにわかりやすく提供している役割を持っている。また,それぞれの地域ごとにユーザーに合わせてワークショップ,パンフレット,講義などの形態で提供されている。SGE職員は,漁業資源の管理,持続可能な養殖,水質汚染,海洋保全のための規範意識の確立などに取り組んでいる。現在およそ300人の教育プログラム専門家が五大湖を含む沿岸域で活躍している。今日まで,数千人の専門家が関わってシーグラント活動に貢献してきた。海洋基金は,異なる方向からのアプローチを駆使するための特別な技術を持っているSGE専門家の集まりである。

 SGEの仕事は,連続した時間をかけて,様々な教育的方法を用いながら,行動をデザイン化する活動である。SGEの具体的な仕事例としては,マンツーマンで専門的助言を与えるワークショップ(研究会),会議,実演,ビデオ,ウェブページやラジオショーなどがある。SGEは単発的な仕事ではなく,継続的な活動であることを強調しておきたい。例えば,元SGE専門家が市長や連邦議会銀,漁船安全プログラム基金設立者など幅広い分野で活躍しているのは,大学,工場,組織,政府等と長年の信頼関係を築いていた成果である。

 また,SGEプログラムの大きな特徴として特筆すべき事は,連邦政府レベル,州政府レベル,地域レベルと組織的な構造を持つことである。例えば,フロリダ海洋基金大学は,フロリダ大学内に州全体のマネジメントを行うマネジメントオフィスがあり,ここには9名のスタッフが常駐している。また,大学内外で活躍する12名の広報活動専門家がいる。さらにSGE協力研究機関(大学も含む)として,16機関が登録されている。フロリダ州沿岸域36地域のうち,29地域にSGEプログラムを展開する専門職員が常駐している。例えば,フロリダ州の最西端の地域エスカンバにはSGEプログラム専門職員としてアンドリュー・ディラー氏が常駐し,海洋環境教育,沿岸域生物のワークショップや大人子ども向けのウミガメ教育を実施している。このように,SGEプログラムは,連邦政府レベル,州政府レベル,地域レベルと組織的な構造を持ち海洋教育を実践しているのである。

 

 

引用文献

 

1)沿岸環境関連学会連絡協議会(2008). うみと環境教育. 沿岸環境関連学会連絡協議会第19回ジョイントシンポジウム.1-25.

 

2)海辺の環境教育フォーラム(2008). 第8回海辺の環境教育フォーラム2008inいえしまプログラム,1-12.

 

3)大島弥生・佐々木剛・三浦笙子(2008). カリフォルニア訪問調査報告書. 現代的教育ニーズ取組支援プログラム「水圏環境リテラシー教育推進プログラム」. 3-4.

 

4)川下新次郎・佐々木剛(2007). アメリカの海洋教育-SGEプログラムについて-.    

国際教育,日本国際教育学会紀要. 13, 115-117.

 

5)小林麻理・佐々木剛(2008). 大森ふるさとの浜辺公園を活用した水圏環境教育の有効性,臨床教科教育学会, 2008年5月受理.

 

6)佐々木剛(2006). 遡河回遊型ワカサギ個体群の教材化と野外生態研究. 魚類環境生態学入門, 猿渡敏郎編著, 262-290, 東海大学出版会, 東京.

 

7)Tsuyoshi Sasaki(2008). Results from a Consciousness Survey of Marine Science education; Marine Educators in Japan and the US, Tokyo University of Marine Sci. Tech., 4, 49-56.

 

8)宮崎祐介・佐々木剛(2008). 魚類図鑑の制作は環境教育に有効か?-東京都港区港南におけるcase study-. 水圏環境教育研究誌, 東京海洋大学水圏環境教育学研究室1,53-84.

 

 

今求められる水圏環境リテラシー教育とは-伝統的「魚食文化」と「科学」のメガネで海を観る-.

佐々木剛. , 2008年09月,日本船舶海洋工学会 海洋教育普及推進委員会設立記念フォーラム「日本の海洋教育を考える」予稿集 , 2 - 12


2022/11/09

2022-11-09 | oceanliteracy
13年目となった運河学習。中学校一学年の生徒さん120名が5班に分かれて定点観測を行いました。今回初めて小学5年生の1クラスも加わりました。運河をもっときれいな場所に変えたいと大変熱心に取り組んでいました。