「刑事裁判における被害者の地位が軽すぎる」「刑事裁判のあり方を変えたい」との信念を持ってこの業界に飛び込んだ同期の数人の弁護士に会うたびに、相互に状況を察し、お互いこの点については多くを語らなくなった。ただ、友人の弁護士達も私と似たような経験をして苦しんできたであろうことは、その言葉を聞けばすぐにわかる。
思わぬミスやトラブル、顧客との軋轢、事務所内での人間関係の諍いなどは、当初の理念と無関係に足を引っ張るものではなく、理念倒れという明確な価値判断を突きつけてくる。勉強ばかりしてきた頭でっかちの人間は、減点法の実務で職務過誤の恐怖に晒されると、途端に後ろ向きになる。そこには、「現実の壁」すら存在しない。
以前の事務所では、私は被害者の自宅へ謝罪に伺う役割を買って出ていた。所長から厳しく言い付けられたことは、インターホンで断られたらすぐその場で引き返すこと、電車のICカードの履歴をこまめに印刷すること等である。面会を断られて往復する回数が多くなればなるほど、依頼者への出張日当や実費の請求額が増えるからである。
私はその頃、依頼者から徴収した日当の全額を所長が自分のポケットに入れていたことや、私が持ち帰ったお詫びの菓子折りを所長が自宅ではなく愛人宅に持ち帰ったことに憤慨しつつも、人の不幸で飯を食うビジネスの錬金術に全面的に加担していた。「被害者の絶望に寄り添いたい」との初心を想起するだけの余力はなかった。
(フィクションです。続きます。)