この記事は『犬との生活』“読書の嗜み”、
『街角倶楽部』“ブックカバー -なくてはならないものー”、
『Spicchi*di*Sole』“Coprire con la pellicola”にトラックバック。
本のカバーは、使い始めると手にしっとりと馴染んでくるような気がしますね。この感触も読書の楽しみの一つ。カバーの一部がしおりの役目もしてくれます。
これはハヤカワポケットミステリー用に皮革屋さんで作ってもらったもの。市販品よりずっと安くて良質。しかし僕は、何でもかんでもカバーするカバーリングニンゲンではありませんです。
こういうのとか(ティッシュのケースね)
こういうのは使わないっす(便器のふたカバーね)
そういえば、昔はドアノブにもカバーがついてました。くるくる滑って回しづらかったっけ。
変なトラバが入ってますね~。
これは、もしかして、ブログ荒らしの仕業かにゃ~。
こういう輩は、ズバッと切り捨てて下され。
ハヤトさんて、文庫本にカバー掛けるタイプなんですね。
私は、あまりかけないです。
本屋で掛けてくれる紙のカバーも
たまにしか掛けてもらってない。
でも、最近読むのがさらに遅くなってきたので
やはり掛けてもらったほうがいいかな、
と思うようになりました。
持ち歩いている間に表紙のふちが磨耗するんだもの。
本は大事にしないとね。
私もティッシュも便座の蓋にもカバーはつけませんね。
不必要な感じなんですけど。
日本って何でもカバーつけちゃいますよね。
便座の蓋カバーは外国人が驚きそうですっ。
ブックカバーは癖になるのですよう。手触りが♪
kiyominaさん
一寸いい色だよね(^○^)
椎名誠は、なんでもかんでもカバーするのを「バカカバー」と言っておりました。
黒電話にレースの編物カバー、今では昭和の味わいですねえ♪
皮革屋さんで作ってもらうなんて、さすが、こだわりますねぇ。。
過去記事ですがブックカバーつながりでトラバさせていただきましたm(__)m
カバーどころか、しおりさえ使わずに
でもさすがにページを折るのは雑誌だけで
しおりの代わりに請求書とか絵葉書とか挟まってます。かっこ悪いな・・・。反省。
必要なカバーはもちろんありがたいのですが、
確かに不必要なカバーが多いよね、世の中。
便座カバーはいるけれど、蓋にはカバーはいらないよ。あれは何か意味があるのかしら?
昔々にはテレビにもカバーかけていたよねぇ。
ロマンティ~ック
ラブリィ~
ブックカバーは
本屋さんの包装紙もどき
昔はつけてもらえるものなら「お願いしますっ」
って言っていましたが
最近は資源を大切にしよう感覚なのか「いいですっ」
って言っています
家で読むだけですもの
でも、ハヤトさんのようなブックカバーは
使いまわしもきく価値あるものですね
100均って何でも売ってるんですね。ウチのそばにないので、殆ど行ったことないんです。
albero4さん
僕がブックカバーを使うのは、手触りが好きだからかも。あとね、古本なんか買ったときは、そのまま触るのがイヤなのもあるです。
テレビのカバーってあったねえ。本当に大事にしたかったんだろうなあ。映画館みたい(^○^)
婆さん♪
ラブリィ・レース。編物好きの可愛らしいお年寄りが作ってたりすると、「楽しみなのだからいいな」って気持ちにもなる。
本屋さんでくれる紙カバーは、もったいない気分になりますよね。ずっと使うのならいいのかな。
本は其の儘だと表紙が擦れたり破れたり…するので、文庫も新書も、全てカバー付き。
以前凝っていた時は、例えば漱石と鷗外には此の紙~とか揃えたり、文庫のシリーズ物も揃いの物を用意したりもしていましたな…
今は本棚を眺めると、過去のこだわりも一緒に思い出が…一目瞭然です。
でも、手触りまでは…考慮した事、無かったなぁ!脱帽です。
それともそのときまた新しいの用意するんですか?