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Look To The Sky

フルーティスト大久保はるかのブログです

旅立ちの朝

2025年03月12日 22時00分50秒 | 介護

2025.3.12

 

本日早朝、父が旅立ちました。

 

早朝5時15分ごろ、実家に泊まった妹が父の部屋を覗くと、父は息をしていなかったそうです。連絡を受けた私と、私の家に泊まった弟がかけつけた時、父の手足、背中はまだポカポカしていたので、妹が発見するほんの数分前、あるいは数秒前ぐらいにひとり息を引き取ったのだろうという状況でした。眠っているような穏やかな表情でした。

 

その後、主治医をお呼びし、死亡診断書を書いて頂きました。死亡の原因のところは、『老衰』

 

一週間ぐらい前、父がボソッと言いました。

 

「老衰、したいねぇ。」

 

お父さんの望み、叶ったよ。良かったね。

 

それと、もう一点。これも数日前の話ですが、父が突然言いました。

 

「今日は何日だ?起こったことをちゃんと記録しておいてよ。」

 

私「ちゃんと書いているよ。」

 

父「どこに書いているんだ?」

 

私「パソコンの中だよ。」

 

このような父の遺言によって、身内の死に騒ぎを逐一報告するという、大ばかものの私でしたが、94歳という父の年齢に免じて、どうか皆様、お許しくださいますようお願い申し上げます。

 


どうぞこのまま

2025年03月11日 13時09分25秒 | 介護

2025.3.11

 

朝9時15分、訪問看護師に来ていただきました。

 

今朝の父の血圧は80 。なんとかギリギリ計測できた状態で、今後は計測出来ないかも、と言われました。

 

便が大量、尿が少量出ていました。肛門が開いてきているそうです。

 

その他、呼吸が不安定、など、いよいよカウントダウンがはじまったようです。

 

看護師曰く、この状態から2、3日もつ人もいれば、そうでない人もいる、とのことです。

 

東京で働く弟に連絡したところ、今晩こちらに来ることになりました。

 

父の表情は穏やか。微笑んでいるようにも見えます。至れり尽くせりのケアを喜んでいてくれているのかな、と、勝手に想像。

 

実は昨晩、短時間のけいれんがありました。今後、けいれんが長時間続くようなら、てんかん薬の投与を考えるべきかも、という話が医師から出ています。ただし、てんかん薬は脳にダメージが出やすいので、出来れば使いたくないのですが、とも言われました。

 

父は薬が効きやすい体質なので、ここまできての薬物投与は非常に心配です。

 

どうぞこのまま、自然に旅立っていけますように。

 

 


100ml 飲んだ!

2025年03月09日 14時34分05秒 | 介護

2025.3.9

 

昨日16時ごろ、急に目を覚ました父が「水を飲ませてくれ」と言いました。

 

そして経口補水液100ml を吸い飲みストローでしっかり飲みました。

 

その後、何かのスイッチが入ったようで、独壇場演説もどき(笑)が始まりました。

 

今だ!と思い、「お父さんがしゃべってるよ!早く来て!」と、弟を呼びました。

 

弟「お父さん、こんにちは。○○だよ。」

 

父「おう!」

 

弟の事を見て、しっかり分かっている様子の返事。

 

なんとか父と弟が会話出来るチャンスが出来たことに大感謝。

 

お父さん、ありがとう!

 


身体の大掃除中

2025年03月08日 14時54分38秒 | 介護

2025.3.8

 

朝9時半、訪問看護師による口腔ケアと清拭、着替えを行って頂きました。

 

真に頼もしい存在です。

 

「弟は月曜から仕事で東京に帰らないとならないのですが、正直、今どういった段階なのでしょうか?」

 

と質問すると、おそらく来週の土曜までは厳しいでしょう、とのこと。

 

昨日は一切の水分をとっていないにも関わらず、昨晩の尿量がまあまああったことが不思議だったので質問したら、自然死の場合、まず、尿を全部出しきるところから始まり、そして便が出て、身体の大掃除をしっかりと自分自身で完了してから旅立っていくのだそうです。

 

父、94歳。美しい自然死を目指します。


安全運転でお願いします

2025年03月07日 22時05分13秒 | 介護

2025.3,7

 

今日の父は、お昼前11時半過ぎまでぐっすりと寝ていました。

 

そして起きてから、一切の飲み食いをしなくなりました。

 

昨晩より二回り位小さくなって、会話もままならないようになりました。

 

これでは、週末に来る予定の弟は間に合わないかもしれない、と思い、連絡をしたところ、午後からの会社を休んで駆けつけ、兄弟3人そろうことができました。

 

今日は、母の遺影の前で声を出して祈りました。

 

「お母さん、お父さんのことを安全運転で連れて行ってね。よろしくね。」

 

 

 


今日の父

2025年03月06日 22時58分40秒 | 介護

2025.3.6

 

父は、本日もほとんど飲まず食わずでした。自力で起き上がることが困難になりました。

 

にも関わらず、せん妄のスイッチが入ったときには、「帰ろう」と言って、イスから立ち上がって部屋から出て行こうとする動作をします。

 

転んで腰を痛めたところが回復してきている兆しですが、またしても転倒のリスクが高まりました。

 

医師には、睡眠導入剤の坐薬を勧められました。

 

妹(薬剤師)に薬の成分を調べてもらったところ、かつて母が入院時に処方され、一時、首が座らなくなった(ドロドロになる、と言うそうです)薬と同系列の薬であることが分かったので、待ってもらう事にしました。

 

今日は、妹が来てくれて、2泊するので、私は久しぶりに自分の家で就寝出来ます。

 


急な展開

2025年03月05日 17時46分16秒 | 介護

2025年3月5日

先回の投稿が終り、父の家に行こうと玄関に出たら「ズドーン!」という大きな音が。

 

玄関ドアを開けると、父が庭先で倒れていました。

 

あわてて駆け寄り、「お父さん!!」と声をかけると、

 

「おう!」

 

おう、じゃないよーーー!!

 

雨降りの中、何やってんの!

 

縁側から家に入り、とりあえず数枚の毛布を引きづり出して父にかける。

 

私一人で救助は無理なので、お隣のお宅のピンポンを鳴らして助け舟を求める。

 

事情を話すと、ご主人が「いいですよ」と、速攻でかけつけ、そして慣れた手つきで父を持ち上げ、まず、縁側に座らせ、その後部屋の中へ運び、ベッドの上に座らせてくれました。

 

ご主人曰く、父はベッドがある部屋の掃き出し窓から縁側に出て、外を向いて座っていたところをご帰宅の際に目撃していて、大丈夫かなあ、と思っていたんですよ、とのこと。

 

その後、訪問看護師に来て頂き、処置をしてもらいました。

 

植木鉢を一つ倒して転倒しているのに、目立った外傷がないのは、ほんと、どこまで悪運が強いのか、と感心してしまいます。

 

そんなことがあっての、昨日、今日。

 

食事、水分摂取量が極端に減りました。認知症も進み、せん妄も激しくなりました。当初は転倒のショックかと思われたのですが、今日などは、第一食目が13時、おかゆ30g、梅干し半分。食事や水分摂取を勧めても、拒み、強く勧めると怒ります。そして空に向かって何か一生懸命に語りかけるような時間が増えました。傾眠も一段と激しくなっています。

 

おそらく着地に大きく近づいたのだと思われます。あまりにも急な展開に戸惑い、動揺しました。涙が溢れ出てしまうのは、父が、私の知っている父ではなくなってしまったからなんだと思います。

 

おそらく、これから数日間、一日一日が濃密になっていくことでしょう。

 

ここまで在宅介護で頑張ってきました。しっかりと見送りたいと思っています。

 

 

 


実は

2025年03月03日 18時14分17秒 | 介護

実は、2月28日夜、父がまたしても家の中で転倒しました。目立った外傷はないものの、腰に響いたようで、現在、歩くことが困難となっています。

 

翌日の様子がおかしかったので、訪問看護師に来て頂いたところ、脱水症状を起こしているとのことで、水分のみの点滴を打ち、そこから徐々に回復はしてきています。

 

が、急に食事量が極端に減ったことや、意味不明な言動が増えたことで、介護者として非常に動揺しています。

 

ある意味身内の恥をさらすようなこのような投稿は、なるべくしたくないという気持ちもあるのですが、吐き出すところがないと、不安と恐怖で自分がつぶれそうになる瞬間があります。

 

介護する側のケアも必要、と、仰ってくださる団体もあるようです。まさにそう思います。

 

 


徘徊3回目

2025年02月17日 11時40分13秒 | 介護

2025.2.16

 

昨日は、悠長に徘徊後日談を書いて、めでたしめでたし、と、感慨にふけっている場合ではなかったです。夜19時ごろ、第三回目の徘徊がありました。

 

18時ごろ、「まだお腹が空いていないから、夕飯はもう少し後でいいよ」、と言うので、私は一旦帰宅し、19時にあらためて実家に行ったら、歩行器がなく、父がいませんでした。

 

この度は、くつを両足履いて出かけたし、どのお宅にも迷惑をかけずに無事帰宅させることが出来たので、結果オーライなのですが。

 

ダーリン大久保が発見してくれました。家の近所に急坂があり、その手前で引き返してきたような感じだったみたいです。父は、「○○(弟の名前)を探そうと思って外に出たんだ」というようなことを言っていたようです。しかし帰宅後、私には「あの犬、よく見つかったな。あの犬なんていう名前?」など、やたら「犬」を連発していたのがナゾです。うちは、犬や猫など、ペットは飼ったことがありません。

 

歩行器に付けるべく、GPSキーホルダーを注文しています。「本日発送しました」の連絡が。

 

はよ届いてくれ~(絶叫!!)


後日談

2025年02月16日 17時29分43秒 | 介護

先日の父の徘徊時にお世話になったお宅に、お借りした靴下とサンダルを返しに行こうとしたら、どちらの家か分からなくなってしまい、めちゃくちゃ焦りました。

 

一晩明けた昼間に現場に向かったら、道の記憶と該当の家の外壁の記憶があいまいになってしまっていて、候補の家がなんと3軒も見つかりました(苦笑)。

 

実は名字もお聞きしていなかったんですよ。

 

こうなると、ご夫婦とおばあ様が家族ぐるみで父を保護して下さった、という私の記憶も、怪しくなり・・・実はご家族でなかったりして、とか・・・

 

仕方がないので第一候補の家から順番に尋ねることに。

 

第一候補のお宅のピンポンを押し、インターホン越しに奥様らしき人と騒動のことを話すも、「すみませんが、何のことを仰っているのか全く分かりません」

 

私「そうであれば、私の記憶違いで、お宅違いだと思いますので、お向かいのお宅(第二候補の家)に聞いてみます。大変失礼しました。」

 

そう言った矢先、奥様が玄関先においでになられて、「良かったら○○さん(第二候補の家)に行って、私から聞いてみましょうか?」

 

私「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 

そして、第二候補のお宅の奥様「いやー、うちじゃありません。」

 

私「私も記憶があいまいなのですが、確か、ご夫婦とおばあ様が出られてこられたんですよ。」

 

第一候補の家の奥様「あっ!おばあ様がいらっしゃるお宅なら、この道の一本手前の道の角のお宅で間違いないですよ。案内しますよ。」

 

と、案内されたのが、第三候補の家の門前。

 

私「こちらで間違いないと思います。寒い中、ご案内下さり、ありがとうございました!」

 

そして、無事にサンダルと靴下の返却と、お礼の品をお渡しすることが出来ました。丁度ご主人が御在宅中で、直接お礼を言えて良かったです。

 

しかし、私、あの時は相当パニくっていたんだと思います。記憶の中での自宅からの距離感と実際の距離が全く違っていたのが最大の驚きでした。

 

まあ、実際の距離の方が短かったので、よしとするしかないのですが、今でもどうも腑に落ちないです・・