Look To The Sky

フルーティスト大久保はるかのブログです

明日は

2023年02月08日 21時57分22秒 | Weblog

明日は東京出張レッスンです。

 

「大往生で言う事なしだったし、悲しんでばかりいては母も浮かばれないので、仕事がんばります」など、生徒さんには強がった発言をしていますが、実際は、何か気持ちが落ち着かない状態でして・・・

 

一般的には四十九日法要(今月23日に行います)が終れば喪が明ける、とされているらしく、今はまだ喪中だから、といえばそれまでですが。

 

「お母さん、今日出てこないかな。なんか言わないかな。何かサインくれないかな。」とか、母の幽霊探し(?笑)しようとしちゃったりしてます。

 

で、「いかん、いかん。崇高なところに行こうとしているのに俗世間に引き戻そう、なんてしたら、ダメダメ」とか。

 

「いや、でも、ちょっとだけならさー」とか。

 

そして今日も母は現れず、という日が続いています。


答え合わせ

2023年02月03日 14時56分39秒 | Weblog

母が亡くなって4週間が過ぎた。

 

当時は、遺影を目にする度に涙ぐんでいた私だったが、昨日位から遺影の見え方が変わってきている。

 

実物の母の印象が薄れ、写真の人は自分にとって、とても遠いところにいる人、という感じ。

 

つい最近までは、私たちが母の話をしている時、パキパキ、パキパキ、とあちらこちらから妙な音が聞こえてきて(ラップ現象という?)、あ、お母さん、返事してるな、とか、なんか言ってるな、とか、思ったものだったが、最近は収まってきている。

 

おそらくは、肉体のない自由な世界、誰しもが死んで見ないと分からない世界へ向かっている、もしくは到達したのであろう、と。

 

今、なんとなく、母の看取りについての答え合わせをしているが、この度の母の看取りに関しては、一片の悔いもないことを誇りに思っている自分がいる。


オカルト染みた

2023年01月29日 22時41分55秒 | Weblog

↓オカルト染みた話はまだまだある。

 

母は、長年にわたって牛乳の宅配サービスを利用していた。家の前に専用ボックスを設置して、週に一度、配達してもらうサービス。料金は、毎月一度、直接配達員の人に手渡すシステム。実家では、新聞や、電気、ガス、水道等はすべて父名義であるのに対し、この牛乳の宅配サービスだけは、母名義で加入していたものだった。

 

私達3兄弟が子供の頃は、当時給食に出てきたタイプの、ガラスの牛乳瓶の牛乳をとっていた記憶がある。我々子供が巣立ったあとは、自分のために乳酸菌飲料をとっていて、最後は「グルコサミン&コラーゲン入り」という、市販で言うとヤクルトやジョアのような系統の栄養ドリンクを好んで飲んでいた。

 

その母が1月7日に急死した翌々日、朝ゴミ出しに行って戻った時に気が付いた。

 

玄関前に設置している牛乳専用の宅配ボックスの台座にしていた2つのブロック(レンガのような形状だがより重い)のうち、片方だけがナナメ45度位外側に大きくズレている。

 

「え?変だな。このずれ方。今まで見たことない。葬儀社がドライアイスを運び込みに来た時に当たったのか?」

 

と思うのと同時に、

 

「そうだ、宅配牛乳の解約手続き、やらなきゃ。」

 

そして、次の日の朝。

 

またしても同じようにナナメ45度にブロックだけが大きくズレているのを目にした瞬間、気が付いた。

 

もう、これは絶対、お母さんの仕業だ!

 

なので、今度は声に出して言った。

 

「お母さん、大丈夫だよ。宅配牛乳のことは、ちゃんと私が責任もってやるからさ。」

 

そうして、その次の日からは、ブロックは全く動かなくなった。

 

後日、宅配元に電話をし解約手続きについて聞いたら、宅配ボックスの中にその月の料金を入れておいてくれたら、木曜日の朝早く、箱ごと回収に伺います、とのことだったので、水曜日の夜、そのようにした。

 

そして木曜日、料金を入れておいた封筒だけが郵便受けの中に返されていて、お金の代わりに領収書が入っていたのを父が発見した。

 

この一連のやりとりを実家で確認した後、となりの自分の家に戻り、自分の家の郵便受けを開けた時、何やら白っぽいモワッとしたもの?(煙のような・・)が見え、そこには大きな文字が。

 

「ありがとう」

 

もう、これは、絶対、母からの手紙だ、と直感した。

 

お母さんが、私に、「宅配牛乳のこと、やってくれてありがとう」と、言っているんだ、と。

 

しかし、この調子で、私のやることなすこと、全部お見通しされている(もしくは見張られている?苦笑)のかと思うと、ちょい複雑な心境ではある。


感情が忙しい

2023年01月27日 17時40分35秒 | Weblog

↓今後、父の薬の管理は私が行う事になったため、今まで母の薬一式を入れていた袋の中身を入れ替え、父用にした。

 

処分するため引き取った母の貼り薬は、1月4日の分から残っていて(母は7日に息を引き取る)、それを目にした瞬間、「ああ、もう母の薬の貼替をやる必要はないんだな」と思い、涙が溢れ出た。

 

とりあえず、完全に必要のない外袋などを泣きながらゴミ箱に入れたら、突然、頭の中で母の声が聞こえた(気がする)。

 

「そーんなに泣かないでよ。こっちは重苦しい身体が無くなってせいせいしてるんだから」

 

へっ?あっそ。

 

と思ったら、漫画みたいに涙が引っ込んでしまい、そこでまた改めて泣き笑い。

 

なんだか感情が忙しくて困る。


薬の管理

2023年01月26日 19時03分59秒 | 介護

今朝、となりの実家に行くと、父が混乱していた。

 

母の臨終騒ぎの頃の年明けごろから、一日2回の血圧測定と高血圧の薬を飲むことが難しくなり、サボる結果が続いていたため、久しぶりの再スタートが難しくなっているみたい。

 

  • 血圧の薬
  • 血圧手帳に記録する前段階の自分のメモ書き
  • マメに飲んでいるサプリメント
  • 気が向いた時に飲むサプリメント。

 

これら4つの管理の仕方を忘れてしまったみたいで、その事に対して、ものすごく焦っている様子。

 

とりあえず気持ちを落ち着かせて、その後、私からの提案で、今後、すべての薬の管理、血圧測定は、私と一緒に行うこと、とした。

 

父も認知症が入ってきているのかも?とも思うが、もう少し様子を見てみないことには。

 

 


2023年01月24日 21時38分10秒 | Weblog

今日は父の付添で病院へ。

 

父は、2ヵ月に一度、高血圧の薬をもらうために通っている。

 

今までは一人で通っていたが、母が亡くなり、私がお手すきになったこともあって、この度、初めて付き添うことにした。

 

「お母さんが居なくなったし、これからはお父さんの病院通いにはいつも私が付き添うからね」

 

と言った時から、父は心なしか元気付いた気がする。

 

母が死んだ次の日などは、

 

「もう、お父さんのこと、施設に入れて欲しいね。火の元が心配だ。火事を出すと近所に大迷惑だから。」

 

など弱音を吐いていたのだが。

 

最近では、家で死ぬ気マンマンになってきているような・・(苦笑)


オルガンの響き

2023年01月22日 17時52分20秒 | Weblog

昨日は、生まれて初めて、オルガン曲「トッカータとフーガ 二短調」を生演奏で聴きました。

 

嘉門達夫さんの「チャラリー鼻から牛乳」のオリジナル曲ですよっ・・て古すぎ(笑)

 

で、オルガンの厳かで重厚感ある響きを間近で聞いて思った事。

 

 

目には見えなくとも、在るもの、がある。

 

音は、目に見えない。

 

でも音は、物質として存在しなくとも、今その瞬間、その空間の中に存在している。

 

私達は波動、振動としてそれをキャッチすることが出来る。

 

**

 

母は自宅で亡くなったせいか、実は、家で様々な不思議現象が起きてたりします。

 

「あ、今、この変な音、お母さん、なんか言ったでしょ?」とか「あ、これ、お母さんの仕業でしょう?」とか、色々あります。

 

それらの不思議現象と、「鼻から牛乳曲」(笑)のオルガンの響きが、ものすごく近い処でリンクしているように感じ、涙が溢れ出ました。

 


明日は

2023年01月20日 23時50分00秒 | Weblog

明日は、ダーリン大久保とオーケストラ鑑賞のためコンサートホールへ。

 

このような外出は一体何年振りだろうか。

 

楽しんできます。


いいな、

2023年01月18日 23時05分34秒 | Weblog

母の葬儀から丸2日経ちました。

 

分刻みでめちゃくちゃ忙しいです。

 

葬儀前のバタバタも凄かったけど、葬儀後のバタつきも尋常ではありません。

 

母の遺影の前で思わずつぶやいてしまいました。

 

「いいな、お母さんはそうやって呑気に笑っていられてさぁ」


父は

2023年01月16日 22時54分17秒 | Weblog

本日、母の葬儀が執り行われ、無事お骨になって帰宅したことをご報告いたします。

 

父92歳は、本日から独居老人。

 

早速我が家に電話がかかってきて、「ちょっと、大久保さんに酒を借りたいんだけど」

 

酒を借りるって何よ(苦笑)

 

1人にさせると心配なので、父と3人で晩酌をしました。

 

しかし、これから毎日、四六時中父の面倒をみるわけにもいきません。

 

帰り際に、母の遺骨と遺影の前でお祈りしました。

 

「お母さん、お父さんの事を守ってあげてね」