哲ノート

gentle heart!! ヤサシイココロ・オトナノココロ

これもひとつのカイシャクです。

2014-06-30 23:12:42 | ちょっと気になる
これもひとつのカイシャクです。

戦争・紛争でお互いの国には強弱はあるのだろうだけど、善悪はおたがいの当事国どうしでもわかれるところだ。

でもそのどちらかの国にどのようなかたちであれ支援したとすれば、相手国からはみれば敵対行為とみなされ、戦争・紛争にいわば参加したと見られてもおかしくないと思う。

「国民をまもるため」…なんかキレイすぎないか。まああの人なりに酔ってるんでしょね。


これもひとつのカイシャクです。

ある人ある集団が見方をかえて、それをごり押しで、それがなんでもまかり通るのであれば、

世の中の何もかもが無秩序になる、無秩序であるとみなされてもおかしくない言動・行動だと思う。(数のチカラの怖さを国民は教訓とすることが出来たのが幸いではあるが)


これもひとつのカイシャクです。

国の基盤であり、国の骨幹をなす、国民が生活する上での指針たる憲法が、ある人ある集団だけで勝手にゆがめられることがあってよい事なのか。

国のコンセンサス、国民のコンセンサスをまったく無視する形で「解釈」なんていうオブラートに包みこみ、なにかをたくらんでいるとしかみえない。


これもひとつのカイシャクです。

「平和の党という看板」と「政権にしがみつく」を天秤にかけて「政権にしがみつく」を選択したみっともない「平和の党、看板倒れ」の集団が存在する。

目の前に「政権」というにんじんをチラチラぶら下げられれば…あっ、じつは最初から出来レースでしただってさ。(まあ、ちょっと抵抗すれば…うまい筋書だったこと)


これもひとつのカイシャクです。

「ひみつほごほう」「しゅうだんてきじえいけん」「しゅうだんあんぽ」…なんかジワジワとしかもシズシズと、振り返ったらいつの間にか…この国は変貌していた。


これもひとつのカイシャクです。

「カイシャク」をして、それをまた「カイシャク」すると…そこにあるものは。



今回の「集団的自衛権」という考え方は、ほんとは必要なのかもしれない。おおいに議論する価値があるとは思う。

でもその是非に対しては一方的な説明しかなく、まったく議論の余地も作らず、歴史の積み重ねをいとも簡単に方向を変えてしまうなんてことは。

せめて是非の判断くらいは国民ひとりひとりがすることでしょ。一握りの集団が勝手に変えるという事件が将来に禍根を残さないか。

ある人が「十分審議を重ねた」と堂々と言っているが、これもその人のただのカイシャクであって、周りの人がそれをどう判断するかまでは左右されないし、“堂々とよく言うよね”

政権内部・政権与党に「NO」を言う人がいないのかね。たぶんいるはずだから「NO」と言えないんだろうね(報復が恐いから。信念をかざすよりも自分を守るため)

「執行部に一任」した傀儡与党にも内部から「NO」というコトバが出ているらしいが、すでに「一任」しちゃってるんだから、いまさらながらパフォーマンスにすぎないし。

いよいよ「ファシスト政権」の影がチラチラ見え隠れしてきましたよ。ホント「数のチカラ」で世の中を蹂躙することほど怖いものはない。


国民が総意で決めるべきことなのに、その国民をないがしろにして憲法を蹂躙することがはたして後世の人たちにとって幸いをもたらすことなのか、災いをもたらすことになるのか。

ただ、その時代には「このカイシャクが好きな政治屋」どもがいずれもこの世からいなくなるのは確かなカイシャクではあるが。


今回はすべて「ひとつのカイシャク」ですから…。





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野菜を食べるカレーcampでカレーをいただく

2014-06-29 00:23:12 | 今日のメシ
国立能楽堂を後にして、北参道から代々木駅へ

「メシなに食うかなぁ…」と、いろいろ迷うっちゃう代々木界隈ですが、前から行きたかったところ(いつも混んでんだもんなぁ)

「野菜を食べるカレー camp」さんへ。

「一日分の野菜カレー 完全食セット」をオーダー。

 

厚労省が1日分の摂取量として推奨する350gの野菜がこれでもかっと。(完全食はこれに手羽先が2本とボリューミーですよ)

店先にも“真っ赤な”でっけぇパプリカ、かぼちゃなんかがどっさり並べられていますよ。桃太郎トマトもね。

主役の野菜はタマネギ・パプリカ(赤と黄)・ジャガイモ・サツマイモ・カボチャ・ナス・コーン・キノコ・トマト・などなど、もうわかんねぇや。

あっなかでもトマトがいい感じ、いいアクセントで、これ好き!!

もうこれは「カレーライス」でくくれるものではなく、「野菜」・「カレー」・「ライス」が対等な「1つの料理」だということだぁ。

「カレー」といっても、いままでは「腹を満たせばいい」なんて考えがありましたが、最近はしっかりと「味わう料理」としてココロを満たすものをと、だんだん思考が変わってきました。

ここ「camp」のカレーみたいに“個性”を売り物にしたものに出くわすと、ついついココロひかれちゃうわけですよ。




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仏師・殺生石 -国立能楽堂-

2014-06-28 00:55:55 | 落語・浪曲・講談・演劇・芸能
国立能楽堂で定期的に行われている「能楽鑑賞教室」へ…。

解説書付きのパンフをいただけて、初めての人にも理解しやすい内容に…。

どうしても「能」「狂言」というとなかなか縁がないもので、日本の、世界の文化遺産として保存振興するためにも学校行事の一環として体験することは良いことだと思います。

解説書付きのパンフを手に取ると、意外とむずかしい話ではなく、そんじょそこらにあるような逸話、言い伝えの話で、

あらかじめ「あらすじ」を読んでおけば、ははぁ~んとわかる内容です。

狂言「仏師」は、田舎者が自前でお堂を建立しましたが、仏様がまだいないという事で都に仏像を買いに行くというお話

都で仏師を捜していると、悪智恵をもった“すっぱ”盗人がこれを聞きつけ、仏を彫って差し上げようとたくらむ。

“すっぱ”は自分が仏になりすましたり、仏師になりすましたりをくりかえしてだまし通すという滑稽話(最後にはバレてしまいますが)

二人劇でウイットに富んでいて現代にでも通じるような話です。

なんてこともない話だけど、随所にクスッとしちゃうところがあって、堅苦しいところなく楽しく見ていられます。

能「殺生石」はいきなり能舞台に「岩」らしき張りぼてが登場し、ただの語りだけでなく「劇」って感じで話が進みます。

前半は少々堅苦しく重苦しい雰囲気で進行しますが、石が割れて中から赤毛の妖艶な牝狐が」登場すると、緊張感とともに舞台が華やぎます。

狂言に比べると複雑な内容で、語りも難しいですが、あらかじめ「あらすじ」を熟読していたのでなんとか話にはついて行けます。

狂言・能ともに何度鑑賞しても、そこには新しい発見が生まれ楽しませてくれます。

そのなかでも「狂言」は、日常のさりげない話を題材にした“寸劇”“喜劇”のようで、ホントおもしろく鑑賞させていただきました。

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シンデレラ伝説 -末廣亭 六月下席-

2014-06-27 23:35:48 | 落語・浪曲・講談・演劇・芸能
末廣亭の六月下席は小三治師匠がトリを務めます。

もう亭内は“信者”であふれかえって、平日なのに超満員(二階席もいっぱい。立ち見も出ちゃったりして)

早めに到着したので、いつもの桟敷席へ。

出だしの二ツ目さんは「柳家ろべえ」さん。演目はあとで調べたら「たけのこ」という初聴きのもの。

となりの筍がにょきにょき生えてきていただいちゃおうというたわいもないお話。武士の家だからこそお互いの駆け引きがおもしろみを増します。

このろべえさん、全編を“歯切れのいい”高座で、こりゃあ注目株ですよ。

色物のジャグリングはストレート松浦さん、汗びっしょりで大奮闘したあとは、二ツ目昇進の女流 花ごめさん、俗曲の小菊師匠のつぎには、めずらしく講談が…。

宝井琴調師匠が「いかけ松」を、最近“ごぶさたしちゃっている”講談を末廣亭で聴けるなんてラッキーです。

人気者の歌之介師匠は「勘定板」。「カンジョウ」と「勘定」の勘違いからの爆笑オチ

中入り前は円丈師匠

桃太郎とかグリム童話とか「まくら」で話したのでもしやと思ったら、やはり「シンデレラ伝説」(ひさびさナマで)

「シンデレラ」から「三匹の子豚」「金のオノ銀のオノ」ときて「桃太郎」につながってゆくという奇想天外、新作の真骨頂です。

このあと「夏どろ」「二階ぞめき」なんて演目があって、トリの小三治師匠はごぞんじ「粗忽長屋」

「まくら」は空調のはなし。亭内は超満員でしかも熱気ムンムン。当然冷房が入りますが、ふるい設備なので音がする。師匠いわく「こそこそ話」ができない。

そこで、師匠登場まえに空調を止めていただいたとの事。いわれてみれば、じっくり集中して話を聴いていれば気にならないが、演者からすると話芸ですから音は気になるんでしょうかね。

「粗忽長屋」は相変わらずとぼけた表情と、とぼけた話で終始安心して聴いていられました。 

今夜は“信者”の集まりで亭内は超満員。そんな中色物もいろいろ楽しめ、講談も聴けたし、円丈さんの新作、小三治師匠のまくら話と“たっぷり”と楽しめた末廣亭でした。

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とある「著者50人の本」展 -神奈川近代文学館-

2014-06-26 00:28:18 | ちょっとそこまで。
今回の神奈川近代文学館は「本の装幀」

装幀家 菊池信義氏の展示会

「とある「著者50人の本」展」

本屋さんでの“立ち読み”をかねてなにも目的をもたず書棚をブラブラしているとき、著者名・題名とともに個性的な装幀が目に入ってくる。

もちろん「本の中身」や著者の個性を反映してのものだろうが、1冊の完成された「本」としても重要なインパクトを持つアイテムとなる。

書籍を手に取る読者にとって、1つの選択する要素である「装幀」を実に12000点も手掛けているというのだ。

 

展内は菊池氏が手掛けた書籍が著者ごとに展示されており、書籍の中身というよりは「本をながめる」ような形で見ることが出来る。

著者との関係もそうであろうが、文章までをも当然把握しての、とってもきめ細かい神経を研ぎ澄まさなければならない作業の上完成するもののようだ。

著者と作品ばかりに目が行くのが当たり前ではあるが、1つのデザインとしての「本」という視点でとても興味深いものであった。

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「セイシェルの夕陽」を聴きながら

2014-06-25 01:41:42 | この1曲
またまた湯船で…(突然口ずさむ)

♪♪セイシェルの夕陽が…海に沈んでくわ…♪♪

(すぐ聴きたくなったんで、早々に風呂から上がって…)

CD棚から…(どれだっけなぁ)…あれこれ探して「ユートピア」を発見!!

松田聖子7枚目のアルバム「ユートピア」から「セイシェルの夕陽」 

続いてまたまた戸棚から取り出したLP版だと「ブルーアイランド サイド」の3曲目になります。

LP版をとりだすと、その当時の情景が…。(クルマの中でカセットテープをヘビーリスニングもんですよ)



あらためて聴き直すと、もうある程度歌唱にも安定感が出てきてノリノリの松田聖子がいます。

なんといってもこの「ユートピア」のすごいのは楽曲提供。

杉真理から始まり、来生たかお・「セイシェル…」は大村雅朗・財津和夫・細野晴臣・甲斐よしひろ・呉田軽穂(ユーミン)・上田知華(なつかしい)

まぁ~すげぇこと。10曲ぜんぶ個性アリアリの作曲人が競い合ってる感じ。でも松田聖子の新たなイメージを尊重しての贅沢なてんこ盛りアルバムです。

ジャケットが表している通り、リゾート・南の島・バカンス…がこのアルバムのコンセプト

LP版の「帯タイトル」は「セイシェルの色にそまり、いま こころはあなたへのシンフォニー、聖子。」なんて書いてあります。

その「セイシェル」もそうだけど、ひさびさ聴いた「赤い靴のバレリーナ」(甲斐よしひろ 作曲)なんて涙もんですよ…。


♪♪ ほら、セイシェルの夕陽が 今 海に沈んでくわ 世界のどんな場所で見るよりも 美しい夕焼けよ ♪♪


まだセブもバリもカレドニアでもありません、南の島というイメージ、あこがれは「セイシェル」だったんですよ。


♪♪ ほら、セイシェルの夕陽が 今 海に沈んでくわ 私は熱い紅茶飲みながら 何故かしら涙ぐむ ♪♪

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車窓から-湘南新宿ライン-

2014-06-24 00:30:39 | ちょっとそこまで。
乗り慣れた電車でも、車窓を眺めるのが好きです。

大崎から湘南新宿ラインで横浜まで。

中間車両にあるトイレの横に車窓を楽しめるちょっとしたデッキがあります。

昼下がりの電車ですから、ここからの車窓を独り占め!!

多摩川を渡って変貌著しい小杉の街へ
   


新鶴見の操車場跡を超高速で疾走中
   


鶴見から東海道・京浜東北・京急線と並走。でもあっという間に抜き去ります。
   
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世界報道写真展2014

2014-06-23 01:10:12 | 行ってきました
この時期“写美”東京都写真美術館では恒例の「世界報道写真展」がおこなわれています。

毎年うかがう事で、時代の流れが写真という1つの断面からとらえることが出来ます。(ほんと有意義なもので、毎年同じ時期に行われることも大事なことです)

ことしは…。 

人の営みの中の視線・野生動物の視線・時代の断片を訴える視線。ひと通りめぐり「視線」を感じました。

報道という枠にとらわれずに、さまざまな人間模様、命の営み、一瞬の輝きとドラマをこの展示会は訴えかけます。

1つの「地球」という星の下で、同じ時代を、同じ空の下でのさまざまなドラマをいかに見るものに伝えることができるか…。

写真の1枚1枚が何を見るものに訴えるのか…何度見ても新しい発見・感情を抱くものです。



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じわじわと…ガソリン高

2014-06-22 08:07:04 | 出来事
ガソリンがじわじわと高くなってます。

月に1・2回の給油だけど、「満タン」なんてやっちゃうと、うへぇぇぇなんてわけに。(でも最後には入れなくちゃいけんからなぁ)

イラク問題・ウクライナ問題…いろいろ今後も起こりそう。

昔昔の「80・90円台」なんて時代はこないんだろうなぁ。
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駅弁の楽しみ -ぐるっとバスで京都ツアー-番外-

2014-06-21 00:26:39 | 行ってきました
今回の京都ツアー。行きかえりは新幹線で、いくつになっても“わくわく”しちゃうんですが、やはり楽しみは車窓を楽しみながらの「駅弁」です。

まずは東京駅からは「新幹線50周年記念弁当」

東京・名古屋・大阪で同じ名前ですが中身を変えて販売されています。



東京駅発売弁当はは深川めし、穴子蒲焼きのせ俵ご飯、べったら漬け、わさび昆布 いいだこ煮、お魚ひろうす、玉子焼き 海老フライ、みそかつ…と沿線の食材が。

早朝の東京駅では“駅ナカ”であちらこちらでみやげものと同時に“駅弁”が売られていますが、どこをどう違ったか「なぜ?」というものも。

東京で「米沢ど真ん中弁当」とか「かにめし」とか…なんでというようなものが…マスコミと商業主義の功罪でしょうか、「駅弁の趣旨」からはとんでもないものです。

まるでコンビニ弁当・ほか弁の領域じゃないですか。

駅弁は旅行のおともにするもの、車窓を楽しみながらいただくもんで、これじゃあ“みやげもの弁当”をわざわざ東京駅で買っているようなもんで、わかってるんですかね。

その土地でしか食べられない“めずらしい食材”をその土地で食べられるという喜びを楽しまなければねぇ。

京都からの帰途は「なにわ満載弁当」

これを見てみなさい…コテコテの弁当なんだから。



白飯に「かやくごはん」。その横に「ソース焼きうどん」「たこやき」と粉モンそろい踏み。

牛串カツにねぎ焼き風揚げ物、上品な関西風煮物までついたホントこれぞ“満載弁当”です。

まあごっちゃごっちゃ、なんでも入れちゃえ系ではありますが、これも旅の楽しみ、フタを開けた時の駅弁の楽しみです。

“一点豪華”で“時間を持て余すおばちゃま好み”で“テレビ登場で群がる”ブランド弁当なんていいんです。純粋に車窓を眺めながら、その土地の駅弁をいただければ…。



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