狸便乱亭ノート

抽刀断水水更流 挙杯消愁愁更愁
          (李白)

責任をとるということ(5)

2006-03-18 21:33:21 | 反戦基地
鴻毛の軽さ(2)   角田三郎
 再言するが、敗戦の必至を知悉していた天皇と幕僚が、フィリッピン戦・沖縄戦をただ〝国体護持〟の有利な条件を得るための捨て石とし、さらに広島・長崎の惨禍にまで至ったことの責任は重大である。

天皇制のイデオローグ上杉慎吉の『憲法述義』によれば、「我ガ国ニ於テハ天皇ガ主権者ニマシマストイフコトヲ以テ国体トスル」とか「天皇ガ帝国ノ主権者ニ在マスト云フコトハ千古動カスベカラザル帝国ノ国体デアッテ」「我ガ国体法上天皇ノ意思ハ唯一ナル統治権ニシテ、国家ニ於ケル凡テノ意志ハ之ニ服従ス」とある。

天皇は、統治権を持つ唯一の絶対者として、天皇制を守るために、すべての人々をあの惨苦に引きずりこんだのである。それは、ただ軍隊の大元帥としての命令のみでなく、統治権者の意志だったから、兵士のみでなくすべての民衆が服従を強制させられ、また、その生命を無価値なものとみなされ、自らもみなすように枠づけられていたのである。

 民衆の個々の生命さえ鴻毛の軽きに比されるものだったから、まして、信仰や良心や思想などの価値は一顧もされぬほどのもので、ただ、天皇の意思と命令への服従の死のみが価値あることとされ、その価値をまた天皇が認めて、祭りをすることとしたのだ。だから、靖国の祭りは、天皇が、天皇に忠実だったものを価値ある者と認め、その価値を皆にしらしめるためのものだったのである。

 こんな立派なおやしろに
 神とまつられもったいなさよ
 母は泣けますうれしさに

 こんな歌を歌わされるほど、民衆の生命の価値を見事に無視し切られたことを、私は、天皇と靖国神社に対して、決して忘れようとしない。靖国神社の立派さなど(それも明治神宮に比して比較しようもなく劣れるものだが)、そこに死んだ人々の価値に対して無に等しい。『靖国神社の歌』は、また歌っている。

 宮柱太く燦たり
ああ大君のぬかずき給う
栄光の宮 靖国神社

 大体、自民党にしろ靖国当局にしろ、エリザベス女王来日の時にその参拝をねがったような事大主義がある。根本的な差別観がある。女王や天皇の参拝が〝栄光〟であると考えることの裏側に、民衆の生命を〝鴻毛の軽き〟に比した思想がピッタリと一体になっている。表敬法案の思想構造もそうしたものでしかない。

まして、天皇は、法的には無答責とされるかも知れないが、どう考えても戦争犯罪者の第一人者である。侵略戦争の大元帥であり、天皇制を守るために遅疑しゅんじゅんとして大量死をうんだ当人である。『天皇制を問い続ける』(わたつみ会編)の中の、老医師の遺文〝日本国天皇に申す〟には、こう書いてあった。

「私は日本国天皇に申したい。貴方は何故に責任を取らないのか。取ろうとしないのか。あなたが……摂政時代から約数十年間というもの、一切合財の日本の政治が、全く無知盲目の裡に行われたというのか。あなたも軍服を着ていた日本の軍隊において『上官の命令は朕が命令と心得よ』という1条ゆえに、どれだけ無数の無理弾圧の悲劇があったろうか。それらすべてを知らぬ、存ぜぬ、責任は全くないというのか。

もし然りとするならば、この世の一切の道徳も責任も皆無泡沫の如きものではなかろうか。諸外国のことはいざ知らず、少なくとも我が国において、天皇あなたの無責任破廉恥が、戦後日本国民の道徳的無秩序頽廃に寄与していること絶大なりと明治生まれの私は確信している。……(中略)

天皇あなたは深くあなたの過去半世紀にわたって、あなたの名においてなしてきた、及び、あなた自身がなすべきであってなさなかった不作為の罪にたいして、深く反省して天皇の座を、あなたのお子さんと共に未来永劫にわたって静かに去られるのが良い(後略)」。

このように考えられるのが当然の天皇の参拝が、なぜ、靖国の神にとっての〝栄光〟なのか。それほどまで死者と死者に連なる遺族は、無価値でお人好しで判断力がないとされるのだろうか。 

 今回も角田三郎論文となった。長文と言えば長文であるが、雑誌からのコピーらしく、主題の脇上部には小挿画(カット)がある。文面から推して、「新自由クラブ」「民社党」の時代1980年(昭和54)のものと思われる。小冊子なので散逸を免れかねず、それを惧れ全文を引用した。次回の〝公式参拝とは〟1章で掲載を終える。