狸便乱亭ノート

抽刀断水水更流 挙杯消愁愁更愁
          (李白)

名酒ものがたり

2006-03-07 22:18:12 | 怒ブログ

 毎週土曜日、我が地方に無料で配達される、くらしの情報専用ローカル紙〝太陽リビング〟は、求人広告や、宅地分譲、マンション入居者募集、車の決算大謝恩セールなど、スポンサーの記事で埋まるのだが、勿論その第一面は地方出身者の、スポーツ、芸能、自費出版等広告収入度外の記事の読み物も載っているので、愛読者も多く、その記事の影響もかなりのものときく。

 あるとき「名酒ものがたり」というタイトルのコラム記事があって、県内の酒蔵紹介と、そこで造られる銘酒をPRするページに出会わせた。

 不動産や、車の広告なども、決して関心がないわけではないのだが、年金収入だけの己の所得額に比して、桁違えの金額が表示されてあるから、検討の余地すらない。
 然るに、お酒の知識が得られる上、銘酒1・8㍑が抽選で戴けるとなると、これほど結構な読み物はない。

 その日の記事を要約すると、県内H酒造会社が丹精込めて醸造した吟醸酒「谷乃誉(匿銘)」を、はがきで申込さえすれば、其の内から抽選の上10名さまにこの吟醸酒を差し上げる。序でに、県内のお酒で、心に残るものが有ったらそれを書き添えて欲しいという内容だった。

 早速、官製はがきを買い求め、投函したことはいうまでもない。

 流石に「『谷乃誉』プレゼントを希望するので申し込む」と明記するには、零細とはいえども、経営者の端くれであってみてば、そのプライドが許さず、その文面は凡そ次のようなものであった。

 氏名 Tani Taroh
職業 運送店経営
 年齢 ××歳
 T市〝K寿司本店〟で、初めて銘酒「谷乃誉」というお酒に出会った。店主O氏も、小生の側に来られ暫時、時事問題を交え酒談義をした。

 店主は、かの『越乃寒梅』を引き合いに出して、盛んにこれをこき下ろし、この「谷乃誉」とは比すべくものではないと断じた。

 成る程、佐々木久子氏の言葉を引用すれば、本当にうまいお酒というものは、
『さわりなく水の如く飲めて、しかも深い味わいを残す』ものでなくてはならぬ。
まさに
『礼を正し労をいとわず、憂をさけ、鬱をひらき、気をめぐらし、病をさけ、毒を解し、人と親しみ、縁をむすび、人寿を延ぶ』に相応しいのがこの「谷乃誉」である。

 わが県内にも銘酒と称せられるものは数多くあると訊くが、まだ味わったことがない。強いて他に心に残るお酒を挙げるとすれば、何かの本で読んだ請売りになるが県西のN酒造「御祝儀」を推したい。

 われながらうまく出来た文だと思った。
「酒」編集長の言葉を引き合えに出したくだりなどは、この道の素人筋には到底真似できまいと自画自賛した。

 そのまま投函するには惜しい気がしたから、近所にお住まいの元ジャーナリストのT翁にお見せしてからポストに入れることにした。
 2人で、宅急便で送られてくるこのマボロシの「谷乃誉」を確信して、祝杯の日取りまで約束してしまった。

 しかし申し込む人があまりにも多勢あった為か、数ヶ月経った今も遂に返信はなかった。
 ローカル紙とはいえ厳正な抽選なんだなあと、2人で大笑いをしてしまった。