経理マン生活約40年。当然いろいろな事があったが、いつまでも心に引っ掛かっている事件が2つある。どちらも不正に絡む問題で、仕事とはいえ私の指摘により、二つの命がこの世から消滅してしまったのだ。
ひとつはある地方の弱小営業所での話である。そこには所長と事務の女性の二人しかいなかった。所長は出張が多いため、女性が銀行印を預かり、現預金は彼女の思うままだったのである。始めのうちは、数千円をチョイ借りして、数日後に返金していたらしい。そのうち数千円が数万円となり、返金時期もズレズレになってしまったらしい。
決算期末を過ぎても、この営業所から銀行の残高証明書が送られてこない。余りに遅いので、私の部下にそのことを促してみた。ところが気の弱い部下は、その弱小営業所の女性事務員が怖くて督促出来ない様子。
仕方がないので、当時課長だった私が、直接電話して注意することにした。するとその女性事務員は、なんだかんだと言い訳ばかりする。腹が立ったので、明日所長が戻ったら電話するように命じて電話を切った。このときは、まさかこの女性事務員が会社の金を横領しているとは、つゆほども思っていなかったのである。
翌日になっても所長から電話がないので、こちらから電話をかけると、すぐに所長が出た。かの女性事務員が無断欠勤しているというのだ。その時点でも、まだ誰もその女性事務員を疑っていなかった。だが翌日も無断欠勤が続き、どうやっても連絡がとれない。この段になって、とうとう銀行預金残高が、約1干万円不足していることが判明する。そして必死の探索が始まったのであった。
しかしアパートにも実家にも友人のところにも、女性事務員の姿はなかったのである。私はすぐにその弱小営業所に飛び、帳簿類のチェックを行い、前後の状況を所長から聞きだした。所長の話しでは、最近になってその女性事務員に、妙な男からの電話が頻繁にあったという。山根という名前で東京からの遠距離電話らしいとのこと。
婚期の遅れた女性事務員は、きっとこの男にそそのかされて、大金を貢いでしまったのだろう。当然警察にも届けたのだが、事件が発覚して2週間後に悲報が届いた。ある湖のほとりに佇むうらぶれたホテルの非常階段から、その女性事務員が飛び降り自殺をしたというのだ。
私は愕然となり、自分のせいで彼女を死なせてしまったと思い、後悔の念が荒波のごとく押し寄せてきた。直接彼女に電話しないで、所長が戻ってから、所長に注意すればよかったのかもしれない。
私と所長が率先して、始末書を提出したため、経理担当役員と人事担当役員も、始末書を書かざるを得なかった。管理不十分で、会社に1千万円の損失を与えてしまったのだから当然だろう。
だが皮肉なことに、彼女の死によってそれらの始末書は、破棄されることになる。彼女自信が掛けていた生命保険金を、両親が損害賠償に当ててくれたからである。
もし彼女が生きたまま逮捕されていたら、とても弁償出来ないし、両親にも返済能力はなかった。山根という男が手引きしたとしても、東京の人間では、なかなか見つからないだろう。
例え見つけても、手元に金など持っているはずがない。多分バクチですっているか借金の返済にあてているのがオチである。
それにしても、つまらない男の欲望のハケ口と、尊い命を引換えにした彼女の人生とは一体何だったのだろうか。あれから20年経った今でも、彼女の悲痛な叫びが耳から離れない。
もうひとつの事件は、前述の横領事件から約10年後に起こった。今度の犯人もやはり従業員だが、50を過ぎた中年男性であった。今度は会社の金というよりは、全従業員からの預かり金といったほうが良いだろう。この不正についても、私が監事として監査を行い発見したのである。原因はやはりバクチの後始末のためだった。
女性の場合と違うのは、自分自身のバクチが原因ということである。この男は社内でも有名になるほど、人の好い男であった。だから弱いくせに麻雀に誘われても断れない。
こんな人間は勝負事には不向きだ。だから絶対勝てっこないのである。それで負け金を払うために、今度は競馬で大穴ばかりを狙う。やはり勝てないので、サラ金から金を借りる。そんな余裕のない状態では、ますます勝てない。それでまたサラ金へと悪循環が続く。
それでつい自分が管理している他人の金に手をつけてしまった。最初はチョイ借りのつもりが、雪ダルマ方式に大きくなる。これもよくある動機である。このときは二度目なので、初めから彼を疑って、直接吐露させたのだが、またしても自殺するとは、全く考えてもいなかった。
横領の事実が発覚した翌日、彼も前例の女性事務員同様、突然姿を消してしまったのである。あとで判ったのだが、親戚や友人を尋ねて歩いて無心して周ったらしい。だが誰も急に大金を貸してくれるはずがない。力つきた彼は、夜遅く自宅に帰って首を吊ったという。
この話しをすること自体が辛いし、思い出すたびに気分が滅入ってしまうのだ。またこの後始末についての会社側の対応も楽しいものではなかった。だからこの話については、これで勘弁してもらいたい。
事実は小説より奇なりとは、よく言ったものである。自殺に至るまでの二人の心情は、一体いかばかりであったろうか。仕事とはいえ、経理マンの辛く悲しい存在をつくづく再認識した出来事であった。もうこんな経験は二度としたくない。
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