それまでは中小・零細企業を渡り歩いたのだが、33歳になって初めて上場会社の面接に呼ばれることになった。私が面接を受けたその会社は、千代田区の外れにあり、戦前から残っているという三階建ての古い建物であった。
あとから人事部長から聞いたのだが、会社訪問に訪れる学生の大半が、この古いオンボロな建物を見た途端にがっかりして帰ってしまうとのこと。だが私の感想は全く逆であった。これだけ年季の入った建物だということは、賃貸ではなくおそらく自前の土地なのであろう。と言うことは、高価な土地という莫大な含み資産を持っている優良会社ということになる。それならなんとしてもこの会社に入社したいものだと考えたのである。
そこらへんが学生と社会人の価値観の違いだったのであろう。また時期的に学生たちの役員面接と私の役員面接日が重なったことが、私に幸運をもたらしてくれた。まず面接室に入室するときのドアのたたき方、そして入室後の挨拶の仕方などが、「学生たちとは全く違って整然としていて凛々しく逞しい、さすが社会人だ」と着席した瞬間に、面接官の会長から褒められてしまったのである。
もう会長のその一言で、私の入社は決まってしまったようなものであった。あとはボロを出さずに、無事数分間の面接時間を消化すればよかった。
ちなみにこの面接に立ち会ったのは、末席に座っている経理担当役員をはじめとして、会長・社長・副社長という、そうそうたるメンバーであった。経理担当役員とは、第二次面接で一度逢ったことがあり、そのときは同席した課長・係長と比べると、ずっとりっぱに見えたものだが、こうして会長・社長・副社長というこの会社の最高レベルのトップたちと比べると貧弱に見えるから不思議なものである。
このお偉い三人組から受けた言葉は、30年以上経った今でもはっきり覚えている。会長は高卒で努力と誠実の塊のような人で、彼が居なければ営業部門は成り立たないと言われるほど、得意先の信頼を得ている人であった。また社長は二代目で若くして社長になったため、まだ世間知らずのボンボンなのだが、人柄がよく頭も良いので、銀行や得意先のトップに可愛がられていたようである。もう一人の副社長は、歴史にその名を刻まれている某政治家の孫であり、その政治力と膨大な人脈を生かして、それを会社経営と従業員管理に生かしている人であった。
まず会長は、私が苦学をしていることや、若くして父親を亡くしていること、そして転職を重ねていることに対して、「若くしていろいろな苦労を重ね努力しているね」と褒めてくれた。また副社長は、私が税理士試験の三科目に合格していることに着目して、「これから残りの二科目にも合格して、是非税理士資格を取って欲しい」と励ましてくれた。
ところが最後に社長が言ったのは「君は何度も会社を変わっているけれど、また辞めるようなことはないだろうね。」という疑心の言葉だけであった。それまで会長・副社長に好感を持たれていただけに、この社長の一言には一瞬ドキッとしたが、なんとか平然を装い凌ぎ切ったものである。油断大敵、面接では絶対に本性を見せてはいけない。それにしても三者三様、それぞれの特徴のある役員面接であった。
数日後に人事部から合格の連絡があり、この会社に入社することが叶った。晴れて本社経理部に配属され、課長と一緒に挨拶回りをするときには、嬉しくて嬉しくて、まるで夢を見ているような気分であった。
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