今から25年前のことである。静岡での三年間の転勤生活が突然終了してしまった。本社で税務を担当していた者が退職してしまったからである。そんなわけで数少ない税務経験者の私が、東京の本社経理部に呼び戻されたというわけである。せっかく慣れ親しんだ田舎生活ではあったが、家族は東京に戻れるということで大喜びだったし、私自身も係長に昇進というオマケ付きで、意気揚々として新社屋に衣替えした本社に出勤した。ところが本社の状況は社屋のリニューアルだけではなく、人の心の中までもが一変しており、なんだか浦島太郎になってしまったような気がしたものである。
旧社屋時代は各部が個別の部屋に収まっていたのだが、新社屋ではワンフロアーに全ての管理部門がオープンに配置され、かつてのゆったりとした家族的な雰囲気は喪失してしまった。またバブルの煽りを受けたのか、新入女子社員の全員が四大卒となっていたのだ。
そして最近社長がタバコを辞めたせいか、役員全員がそれに右へならえをしてしまい、勤務中にタバコを吸う者が誰もいなくなってしまったのである。では社内禁煙になったのかといえば、まだそうではないという。事実下のフロアーにある営業部では、半数以上の人が、自席でプカプカと美味そうにタバコを吸っているではないか。
それに比べると社長室のある管理フロアーには、灰皿の在庫もないのだ。これは一体どうなってしまったのだろうか。あとでわかったのだが、管理部門に配属された四大卒の女子新入社員たちが革命を起こし、灰皿を隠してしまったというのだ。ただしお客さんがどうしても吸いたい時にだけ、応接室に灰皿を持ってくるという仕組みになってしまったらしい。
頭にきた浦島太郎の私は、紙コップに水を入れて灰皿代わりとし、たったひとり自席で思い切りタバコを吸い始めた。するとその瞬間に、あちらこちらの女性たちが、一斉にゴホンゴホンと咳払いをし始めたからたまらない。これにはさすがの私も参ってしまった。それでそれからは、タバコが吸いたくなったら、営業フロアーに降りて行かせざるを得なかったのである。余談だが皮肉なことに、これが普段余り付き合いのない営業部との接点となり、後に仕事の面でも多いに役立つことになったのであった。
さて三年前に旧本社にいた時は、もちろんタバコを吸っても誰も嫌な顔などしなかった。それどころか、朝は女性たちが全員の机の上を雑巾がけしていたし、10時と3時には必ずお茶とお菓子が出たものだ。今考えると天国のような状況であったのだが、それがわずか3年の間に地獄に落ちてしまったのだ。もちろん女性たちから見れば全く逆なのだと思うのだが、浦島太郎になってしまった私には、しばらくはなかなか馴染めない雰囲気が続いたものである。
だが人間の対応能力というものは、恐ろしいというのか悲しいというのか、いつの間にかそんな環境にも慣れ、以前のような女性蔑視の状況こそ問題だったのだと、当たり前に考えるようになってしまうから不思議である。そしていつの間にか、もうそんな環境で仕事をした経験がある者たちは、50代以上の人たちだけになってしまった。もうあと20年も経てば、昭和の歴史の断片として密やかに語り継がれてゆくだけなのだろうか。
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