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家づくり、行ったり来たり

ヘンなコダワリを持った家づくりの記録。詳しくは「はじめに」を参照のほど。ログハウスのことやレザークラフトのことも。

釈然としない「あるある」問題の進捗――これが住宅だったら

2007年02月10日 | その他
「発掘!あるある大事典Ⅱ」のデータ捏造問題の責任追及の進み方が釈然としない。
放送したフジテレビは当事者としてしっかりと釈明・陳謝すべきであるし、それをしないならもっと糾弾されるべきである。

この問題の構図を個人の住宅建築に置き換えて考えてみる。
例えば個人がハウスメーカーに住宅建築を依頼した場合、ほとんどは地元工務店が工事を下請けする。そして工務店が基礎工事、木工事、左官工事、塗装工事、給排水工事等々をそれぞれの業者に依頼する。
このとき、基礎工事でいい加減な仕事が発覚したとして、土建屋のせいだといってハウスメーカーは許されることはない。むしろ矢面に立つはずだ。
今回の「あるある」におけるフジテレビの立場はハウスメーカーに相当する。工務店が関西テレビとなり、その下にテレビ番組制作会社が存在するという構図。
いまのところの「あるある」責任問題は、工務店トップ相当の進退が取りざたされている程度にすぎない。
ハウスメーカーに依頼した施主に対し、欠陥工事についての謝罪・釈明が下請けの工務店によってだけなされるなら許すわけがない。ハウスメーカーの責任者がこなければ到底納得はしない。
まっとうに仕事をしているハウスメーカーはこれほどまでに明確な悪い仕事が発覚すればちゃんと責任をとる。フジテレビは視聴率トップをとる業界最大手のくせに、悪質な4流ハウスメーカーにも劣る対応しかしていない。
「あるある」を視聴していた建築業界関係者はマスコミにもっと怒りをもっていいと思う。
これが許されるのなら、耐震強度偽装問題におけるヒューザー社長も法廷で、フジテレビとどう違うのか、と訴えてみたらどうだろうか。

この問題におけるマスコミの腑抜けぶりは以下のリンクをみればよく分かる。
http://news.livedoor.com/article/detail/3011772/
http://news.livedoor.com/article/detail/3013674/
http://news.livedoor.com/article/detail/3016016/
実のところ、この記事を提供しているニュースメディアに対する私の評価は総じて低いのだが、この記事だけは人に紹介しておきたいと思った。
マスコミ業界の体質をみれば、フジテレビは本件で負うべき責任もとらずに終わりかねない。

こうしたことをちゃんとしておかないと、テレビがネットに追い越される日が近づくばかりだろう。

ps.「あるある」の書籍を買った人は出版社(フジテレビ系列の扶桑社)に「金返せ」とねじ込みにいってもいいのではないだろうか。

納豆と耐震とリテラシー

2007年01月22日 | その他
フジテレビ系列の関西テレビが制作(下請けは「日本テレワーク」)した「発掘!あるある大事典Ⅱ」でデータの捏造が発覚した。納豆にダイエット効果が期待できるとした実験データは大半がウソであった。
なぜこんなことがおきるのか。

東京新聞の解説記事↓から一部引用
http://www.tokyo-np.co.jp/00/hog/20070122/mng_____hog_____000.shtml

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制作会社は一般に、潤沢でない制作費で短期間に仕上げることをテレビ局側から求められる。業界関係者によると、制作費と納期を切り詰める傾向はますます強まっているという。久世部長も「時間と予算の問題がないとは言わないが…」と苦しい胸中を語った。
 数多くの人気番組を手掛ける老舗制作会社「東阪企画」の澤田隆治会長は「テレビ局が下請け任せにして、チェック機能を真剣に構築しないから起きた。このままでは同じことがまた繰り返される」と警鐘を鳴らす。
 民放各局の番組制作は年々、下請け依存の割合が高まっており、関係者は「今は九割ぐらい」と分析する。澤田会長は「(待遇に恵まれず、仕事がきつい)制作会社志望の若者が減っている時代。質が下がっているならば、再教育しないといけない。制作サイドは緊張感を持ち、番組は視聴者の信頼で成り立っていることを忘れてはならない」と語った。

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これを読んで軽い既視感にとらわれた。
耐震強度偽装事件と構造が良く似ている(関連エントリ)。
「制作費と納期を切り詰める傾向」とは「設計・施工費と工期を切り詰める傾向」とそっくりではないか。それが下請けにしわ寄せされている点も、チェックが甘い点も同じだ。
双方とも「誠実なモノづくり」を差し置いて「効率的に稼ぐモノづくり」「世間にうけるモノづくり」を優先した結果でもある。

ただし耐震強度偽装事件と異なり、今回の釈明番組で、「あるある」に無関係のアナウンサーが出てきて説明しただけなのは納得いかない。
耐震強度偽装ではマンション販売業者の社長も釈明の場を持った。日本テレワークの社長はもちろんのこと、関西テレビの社長、フジテレビの社長も出てしかるべきではないのか。総務省に報告が求められたようだが、視聴者への弁明は足らない。国会での説明も必要かもしれない。
また、スポンサー企業は信用を傷つけられたわけだから、スポンサーを降りるだけでなくこれまでに支払ったCMの放映料を返却するよう申し入れるべきだ。
こんな釈明だけでとどまるとすれば、テレビ業界はマンション業界をとやかく論評する資格はない。


情報の受け取り手としての立場から今回の事件を眺めると、あらためてリテラシーが重要であると思う。
現代は情報があふれすぎているゆえに、各個人がそれぞれ情報を吟味する力を持たなければならなくなっている。
その点テレビ番組は安易に信じられすぎている。「あるある」放送後、納豆がバカ売れし店頭から消えたことが信じる人の多さを物語っている。信じるほうがバカと切り捨てている人もいるが、信じる人が多いのも無理はない。放送法には「報道は事実を曲げない」という規定があって、それゆえに信頼性を得ていた側面があるはずだから。
実際のところ、ある事象の正誤・善悪・優劣を判断するのにテレビ番組を根拠とするのはリスキーである。ニュース番組ならまだしもバラエティ番組ならなおさらだ。引用した制作サイドの人の発言からもうかがい知れる。
「あるある」に関して言えば、初期のマイナスイオンを特集した回あたりから、私は「話半分」と解釈すべき番組と位置づけている。「マイナスイオンがもたらす効能」のいかがわしさはちょっと調べればすぐ分かるのだが、まだ信じる人は多い。
プラシーボ効果くらいは期待できるだろうから、私は周囲のマイナスイオン肯定者をしらけさせないよう話をあわせてはいるけれど。

今回の事件を契機にぜひ過去の放映分まで調査すべきである。はたしてマイナスイオンまでさかのぼるだろうかちょっと興味がある。
いずれにしろ、「テレビ番組を簡単に信じるな」という姿勢の正しさをあらためて実感できた事件であった。

一方でネットから情報を得るほうがリテラシーを発動しやすいように思った。最初から玉石混交であると分かったうえで情報に接することができるからだ。情報は自分で探さなければならないということは情報を吟味するという行動につながる。
ネットという巨大なライバルメディアに対峙するテレビ関係者は信用力を維持してそれを武器にビジネスすべきなのに、自らそれを貶めるようなことをして力を弱めているともいえる。
ホリエモンがフジテレビを支配下に置こうというネット陣営の試みは失敗におわったが、このままでは資本の出所がどうなろうと、社会への影響力という点でネットとテレビの力関係が逆転するのは遠くなさそうだ。


石であそぶ

2007年01月04日 | その他
 
初詣に出かけた時に、神社の近くの海岸に寄った。

なにげなく子供が浜辺の石に目をとめた。
崩れてはいたものの、どうやら誰かがちょっと前に顔のようなものを作ったのかもしれない、と推定されるくらいには形が残っていた。
そして我が家でひとまず「いぬの顔」に作りなおした。あしもおまけにつけてみた。

写真をあとから見て、去年だったら年賀状用の写真につかえたなあ、などと思った。

海岸の石で干支を表現した年賀状シリーズというのは面白そうだ。
辰年は難しそうだけれど…。

「結婚できない男」やっぱり面白い

2006年09月12日 | その他
初回を見て立てたエントリでドラマに入れ込むことはない、なんて書いておいてなんだが、いまやこのドラマにすっかりはまってしまったようだ。
相変わらずツッコミどころを探していたりする(さすがに後から「花柄」を要望する施主はいないんじゃないの?)のだが、キャラクターの存在感の面白さに引きずり込まれている。
憎まれ口たたく人間やデリカシーのない人間っていうのは実は結構好きだったりする。
調子のいいこと言ってばかりいる人間よりは信頼できそうだから。

だけど、自分が桑野のような建築家と家づくりをするとシミュレーションしてみると、「結構だ」とか言われて断られそうである。
やはりマッチングというのは難しいのだろう。そういうシーンで苦労している人がなにやら思い浮かんでしまう。



ところで、最終回はいったいどうなるのだろうか。読めない・・・。


成分解析してみた

2006年04月07日 | その他
成分解析
http://seibun.nosv.org/


garaikaの解析結果

garaikaの45%は罠で出来ています
garaikaの40%は波動で出来ています
garaikaの8%はミスリルで出来ています
garaikaの5%は成功の鍵で出来ています
garaikaの2%はお菓子で出来ています


家づくり、行ったり来たりの解析結果

家づくり、行ったり来たりの72%は欲望で出来ています
家づくり、行ったり来たりの11%はスライムで出来ています
家づくり、行ったり来たりの6%は心の壁で出来ています
家づくり、行ったり来たりの6%は理論で出来ています
家づくり、行ったり来たりの5%はお菓子で出来ています


だそうなので、どうやらこのブログは注意して読んだほうがよさそうです。

1兆7500億円を「実感」してみる

2006年03月20日 | その他
ソフトバンクがボーダフォンを1兆7500億円で買収することになった。
弊blogとはなんら関係なく、貧乏人が想像できる額ではないと思っていたら、ひょんなことで1兆7500億円という数字の大きさが妙に実感できたので、記録しておく。

100万円の札束というのは約1cmの厚さである。工事代金を振り込む騒動の時、このことをリアルに認識していた。

さて、1兆7500億円というと、どのような厚さになるだろうか。100万円=1cmとして計算するとなんと17.5km! ヨコに並べるのではなく紙の厚さを積み重ねてこれだ。
この「距離」、最近どこかで見たような・聞いたような気がする、とよく考えたら、例の「深夜の大遠足」で踏破した距離と近かったのである。

のべ4時間以上の行程を思い出し、そのルートに、立てた1万円の札束がずっと連なっていることを想像したら、とてつもない金額であることがまざまざと実感できた。1歩70cmとすると、1歩ごとに7000万円分進んで(これだけでもすごい)、それで4時間以上かかるのだ。
とてつもない大金をここまでリアルにイメージできたのははじめてである。歩いた「たまもの」である。

ひまなつり

2006年03月03日 | その他
「今日は楽しいひまなつり~」
そうか、釣りはヒマを楽しむものなんだなあ、という脳内ボケ&ツッコミをして瞬間ひまつぶしをしてみた。
アナグラムとしては非常に単純なので、きっといろいろな人が書いているだろうと思ってググってみる。

検索件数590件。うん、いるいる。

やっぱり古典的なアナグラムのようである。ちょっと手繰ると嘉門達夫もそのような曲を作っているらしい。ということは本日、これをネタにした相当数のオヤジギャグが日本国中を飛び交っていると推測する。口に出さなくて良かったとほっとする。

しかし検索結果を良く見てみると、ベタな確信犯に負けないくらい打ち間違いがあるではないか。
その中で見つけたちょっと面白かった打ち間違い↓

「ハローキティのひまなつりフェア」

たしかにそういうつりを楽しみそうだ。

本家サンリオのサイトでこういう間違いがあったら、たぶんネット上ではヒマな釣りどころか大漁になるだろう。

とりあえず、私はこのキーワードをタイトルにして「ひまなつり」を試みてみようと思う。少しは釣れるかな?

1月16日は禁酒の日

2006年01月16日 | その他
私は酒が好きである。
お酒が楽しめる仕掛けも家に備えていたりする。そのほかココココで飲むのも気持ちよいし、施主仲間の金平糖さんココで飲むことをコメント欄で推奨(?)してくれた。

「どこで何を飲もうか」
そんなことを考えていると家づくりは俄然、楽しくなったりする。


しかし、今日は飲まないことにした。なぜなら1月16日は「禁酒の日」だからである。
1920年にアメリカで禁酒法が実施された日が由来となっているという。
日本人がなぜアメリカの事柄をもとに決めるのかわからないが、素直な性格の私はコレにしたがってみることにした。

で、ついでに
 4月23日 ビールの日
 5月13日 カクテルの日
 5月28日 ウイスキーの日
 10月1日 日本酒の日
 11月1日 本格焼酎の日、泡盛の日
 毎月20日 ワインの日
も素直にしたがって飲んでみることにする。
「さて、どこで飲もうか」


※ 過去の記念日シリーズ
いい夫婦の日」 
いい石の日
あかりの日

ふらない雪

2005年12月18日 | その他
12月としては記録的な寒波が押し寄せ、日本海側ではすごい降雪のようだ。
それなのに当地方、雪の降る気配はまったくなし。天気図を見ても雲はかすりもしていない。
雪国の人々はうんざりしていることだろうが、こちらの子供達は雪を渇望している。私も雪見障子の活躍する機会が訪れないかと期待している。
人間がコントロールできないからこそ「天気」というのだろう。たまに起こす「気まぐれ」を待つしかないのだろうか。

「魔法の杖」

2005年12月04日 | その他
 
 ここのところ映画最新作への誘導のため、テレビでハリー・ポッターシリーズの映画を連続して放映しているが、我が家も家族で楽しんでいる。
 この週末、特にやることもなく、息子に「魔法の杖を作ろうか」と話を振ったら乗ってきた。
 山小屋の周囲で枝拾いをし、薪ストーブの火であぶって焦げ色をつけた。
 15本くらい作ったが、それっぽくなったのは3本ほど。それを写真に収めた。
 一番左側のものが「スギ」で、残り2本は「茶の木」である。
 これからボロで磨いて、荏油でもつけてみようと思う。

いい石の日

2005年11月14日 | その他
11月14日は「いい石の日」らしい。
この前、紹介した「あかりの日」と違って語呂合わせである。

この機会に我が家の石使いを紹介しようと思ったが、画像がすぐにでてこない。
日がまたいでしまうので、画像は後日出すことにする(この分だと週末)。

建築中に文章のみで紹介した「伊豆石」が実際に敷かれた姿を好ご期待。

blogでやってはいけないこと――200本到達記念

2005年10月24日 | その他
ようやく、エントリ数が200本に到達した。blog開設から362日目である。
しかし、個人のblogのエントリ数が開設1年ほどでなんとか200本に達しても社会的にはまったくどうでもいいことなのである。
だからこういうことはオープンな場でわざわざ報告するようなことではない。
良いblogであるためには「やってはいけないこと」の部類に入るだろう。

とはいえすんなり通過してもつまらないので、あえて、無理やり言い訳してみる。

1.メジャーリーグのイチローが5年連続200本安打を達成し、セ・リーグのヤクルト青木がイチロー以来の年間200本安打を達成した年で、「200本」がキーワード化しているのだから本年は大目に見てもらってもいいのではないか。100本のときは報告しなかったし。

2.blog開設から、362日で200本ということは、200/362という更新頻度であり、毎日更新ではないけれど2日に1回以上は更新しているblogであって、そんな頻度で監視すればいいという心構えを読者にもたらすことが出来る

3.ダイビングにおいては1回の潜水をエントリと表現する。エントリの本数はタンクの消費本数でもあり、そこからダイバーの力量をある程度推し量ることが可能である。1日に潜れるのは大体2エントリであることから考えると200本目のエントリというのはなかなかに感慨深い通過点だったりする。私は以前ダイビングをやっており、エントリ数に対する感度は人より高いのでつい、ということで許してほしい

4.「○○本目のエントリ」に意味が無いことを冒頭に言っているのだから勘弁してもらえないだろうか


説得力なし…。
かつて電信柱を擁護したときのほうがまだましか。


このエントリはblog論で鋭い指摘をする「えっけん」さんのblog「むだづかいにっき」のバックナンバーを掘り起こしてトラックバックしてみた(*)。
「質の高い記事」「更新頻度」のどちらも誇れない弊blogは反省することしきりである。


(*)なお、弊blogもバックナンバーへのコメント、TBはスパムでないかぎり歓迎していることはおそるおそる申し添えておく。

愛知万博で買ったモノ

2005年09月11日 | その他
ということで、愛知万博(愛・地球博)に行ってきた。
博覧会といえば、催事物、展示物を見ることがメインだが、団体で行けば、大抵は買い物という行事も流れに組み込まれてくる。
私は総じて「みやげ物」といったものにあまり興味がわかない(食べ物を除く)ので困ってしまうことが多い。それでもさすがは万国博覧会。普通はなかなか売っていないものも売っていて、まずまず楽しめた。
自分のために買ったものは写真のブツ。
これが何か、わかるだろうか。





正解はヤマアラシの針。
「アフリカ共同館」で購入した。
長さは20cmほどで、最大直径は6mmほどと、けっこう太くて大きい。中空と思われるが硬くて頑丈。こんなに尖っていたら猛獣でも追い払えるだろうと納得するするどさである。

私はよく、素材そのものに興味が惹かれる。これも何かの工作物の素材にならないものかと考えたのだった。アクセサリー系が頭に浮かぶが具体的なイメージはまだない。
普段は手に入りそうにないものなので、とりあえず買っておくことにした。1本200円で2本購入。

他に売っているもので興味が惹かれたのは、ラクダの革製品。モロッコ館で売っていた。売り子のおじさんが大きな旅行バッグのストラップを思い切り引っ張って、その丈夫さを説明してくれた。たしかにすばらしい強さだった。
残念ながら私がほしいのは素材としての「革」。購入にはつながらなかった。



万博そのものは想像通りものすごい人出。それを報告するのは疲れるだけなのでやめておく。
これから行く人は折りたたみイスを持っていくことをお勧めしておきたい。私は2脚持っていって非常に重宝した。

出かける前からげんなり

2005年09月09日 | その他
明日、愛知万博に行くことになっている。
1ヵ月ほど前、子供の友人一家から誘われた。数十年に一度のイベントなので「一回いっとくか」と決めた。

今日になって、少しは情報収集でもしておこう、とネットに潜ったら、数分でゲップが出てきた。
恐ろしい混雑と待ち時間。(6時間というのは「待ち時間」という定義の中に入れることは間違っているんじゃないのか)

いまごろになって対策を練るのは、エベレスト登山の準備を3日前くらいから出来ると考えている人間に等しい。そのくらい甘い判断だった。

自分の甘さは瞬間的に認識できたが、他の家族と行く以上、「撤退する勇気」を出すわけにもいかない。そこで気持ちの持ち方としては、「山頂」ともいえる人気パビリオンは最初からはずし、せめて麓の村に到達してそれなりに楽しめばいい、と早々に覚悟を決めた。

4家族で出かけるので、もしかしたら用意万端なご家族もいるかもしれない。
とりあえず、我が家は炎天下対策のグッズは用意して、あとは流れに任せることにする。


「鉛筆削り道」とオブジェ

2005年09月03日 | その他
中学生のころ、鉛筆削りにハマった。
グルグル回して削るソレではなく、刃物で鉛筆を削る方。

父に「肥後の守(ひごのかみ)」という昔からある簡易ナイフの存在を教えてもらって購入したのがきっかけだ。
当時、鉛筆削り器は当然のように所有していた(電動ではなく手回しのヤツだが)。刃物で鉛筆を削るなどという行為が合理的でないことはあきらかだった。
そこで自分では美しさの追求のようなテーマを後付けして鉛筆を削る意義を見出した。

鉛筆というものは六角柱であり、先端部分を六角錐(すい)の形状にすることができる。そこで、きれいな六角錐状(角を削るので正確には六角錘ではない)にすることに執念を燃やした。電動でも手動でも鉛筆削り器では六角錐にはできず、円錐になってしまう。刃物を手で動かしてこそできる形状にひそかな(自己)満足感を得ていた。

そのうち、削り終わるまでの速さも追求し始めた。
六角錐という形状は、理論上最低6回、刃を動かすことで完成させることができる。それまでは木軸の方を六角錐状に整えたあと、あらためて芯を削っていたが、木軸と芯を一気に削ってしまえば6回のアクションでできあがるはず。極めたら、鉛筆削り器より速く削れるのではないかと考えるに至り、自己満足の追求はディープな世界に突入していったのだった。
現実は木にはクセがあり、そんなに素直に刃は進まない。また、木から芯に刃を進める段階で微妙な力加減の調整も必要になる。6回の切削できれいに仕上げるのはかなり困難。中学時代、千回程度削る機会はあったと思うが、6回でほぼ満足できる仕上がりになったのは10回に満たなかったろう。この道も奥が深いのである(求道者が他にいるかは知らないが・・・)。

自分で削るようになると、おかしなものでなかなか鉛筆を捨てにくくなる。長さが短くなると「鉛筆補助軸」を使って極限まで使った。あまり短くなるときれいに削れないこともあって、極限まで削った鉛筆は捨てていたが、最後のころにはそれをとっておくようになった。それをビンにつめたのが写真のブツである。
自分の鉛筆削りへのコダワリを説明するのが面倒なとき、コレを「貧乏性が作り上げたオブジェ」と説明するようにしている。


ちなみに、ネットをやり始めてから鉛筆芸術とでも呼べるような世界もあることを知った。
http://www.infofreako.com/jad/enpitsu.html
「六重螺旋」「有芯長方形斜方交差透かし彫り」なんて作品名も実物もスゴイ。貧乏性の人間からたまたま発生したブツと違ってまさに芸術で必見。