今日も昨日の記事の続きのようだが・・・
趣味と言えるのだろうか、その中でも大好きだったもの二つをやめて
しまったことに残念な思いが強く残るが、いい意味で諦念に達したと
言えるのかもしれない。(まさに達観・・・)
諦念とは言っても私の場合は『無理だと思って諦めるのではない。』
一般的には年齢等も考えれば「無理」と言えるのかもしれないが
私には何事についても諦めや不可能ということを先に考えるような
習慣はない。
少々大袈裟かもしれないが自分や自分の周囲の事を想ったとき、
ほんの少しだけ悟りの境地(?)のようなものを感じたことが諦念や
達観という言葉となったのかもしれない。
私が育った時代は最初(やる前)から「無理・できない」などと思ったり、
言ったりすることは許されなかった。
それが「習い性となる」のように私の中に沁み込んだのだろう。
今までの人生でもそれは終始一貫・・・・
傲慢、不遜のそしりを免れないことも承知で・・・
『私もできる』や『私にもできる』ではなく、『私ならできる!』や
『私だからこそできる!』、さらには「私でなければできない!」と
心中密かに(?)自己肯定感を持てるように意識し続けてきた。
もちろん、そうして心の中では常に思い続けていることだったが
大見得を切ってそれを言ったのはたった一度・・45歳で転職した時の
面接時だった。
誰もが知っているという有名企業への無謀な挑戦だったがその時の私は
生意気にも『書類や質問されるだけの面接ではなく、私に話す時間を
与えてください』と学歴(高卒)や、ありきたりの質問での面接を
丁重に断り、一か八かで『私自身を見てください!』と訴えたのだ。
それが功を奏したのかどうかはわからないが幸い、採用されたのである。
そして後々まで「大言壮語」などと言われぬよう身も心も引き締めながら
定年まで無事に勤めることが出来た。
長い前置きになったが再び 昨日の記事の野球の話題から抜粋・・・
子供のころから野球に夢中になり、高校生活では残念ながら憧れの
「高校球児」にはなれなかったが、校内の男女混合ソフトボール大会などでは
ここぞとばかり、自慢の強打をほしいままに(というと少し大袈裟だが)
グランドを走り回ったことが昨日のことのようである。
昭和35年ということは62年前 ☟

そして社会人となり2年目(20歳)の社内の野球大会での
若きクリーンナップ (向かって右側の16番が私)
☟

人事異動後も配属先で 試合後シャワーを浴びて
野球に夢中になる スッキリ・・・仲間とグッバイ


人事異動の度にどこでも野球・・チャンスに期待を裏切り敢え無く三振!
こんな筈では?・・と捲土重来を期す

さて、今日の 千恵子選手の『絵手紙コーナー』は・・・
折り帳を利用したものを紹介
折りたたみ式の封筒に和紙に描いた絵手紙を小さく折りたたんで入れる。

広げると・・・



葉書がぴったり入る透明な袋を利用し48枚を張り合わせて作った折り帳
その表紙

裏表紙

片面は絵

反対側は宛名と手紙文 立てるとこのように蛇腹のようになる・・・







