こんにちは。
離婚する前、した後
けっこう長い時間付き合うのが
不安という感情
何が不安かというと
漠然としたものから、
ひとりで生きていけるだろうか
この先、あたらしい出会いがあるだろうか
ふたたび、人を信じれるだろうか
生活していけるだろうか
いろんなものがあるでしょう。
これまでの状態から別の状態へ移るのですから
不安で当然ですよ。
不安になってる場合じゃない!!
がんばらなきゃ!
自分はそんな意気地がないのか!
意地でも!
とにかく進まなければ!!
そんな形で抑圧してしまうと、
そのときはよくても、あとで問題となる可能性があります。
ちなみに、離婚ではなく、死別ですが
同じ喪失体験としての例になりますが、
旦那さんと死に別れたときは子育てもあったりと忙しく
とにかくそれに集中して乗り切ったのだけれど、
20年もしたとき、ふと子供が巣立ったとき
はじめて旦那さんと別れた辛さを感じ
カウンセリングに通われたという方がいます。
(守秘義務の点で多少細部は変えています)
20年です、それくらいたっても
自分の心の底には未消化の感情が残っているもんです。
だから、今、不安な感情を味わいきるほうが良いのです。
もちろん、つらいです。しんどいです。叫びたくなります。
それでもです。
いつも、人生の流れに身を任せる! って言いますけれど、
本当に実践することは難しいのです。
私も日々実践中なんです。
ときには、目先のことに完全に頭をもっていかれ、
ときには、苦悩し
ときには、不安になります。
なんというのでしょうか。
ある思想を軸として生きると決めた時点で
そこに戻れる道があるんですね。
自分の生きる軸の思想、考え方、
先日書いた、Power of Being を呼び覚ます軸。
その軸をよりどころとして、
右往左往するのが、人間であると割り切り、
不安であるのがふつうであると知り、
その上で、自分でできる最大に
崇高というか、悟りに一歩でも半歩でも近づいた生き方を志向してみる。
浄土真宗で有名な親鸞さんも
どこかに人間としてのあきらめを抱えていて、
そして、もう 「他力本願」
とにかく念仏唱えて、自力を捨てて、他力で生きていこう!
そう決断されたんです。
私のいう、人生の流れに身を任せるというのも
オリジナルでもなんでもなく、
昔から多くの人たちが、そして今も多くの人たちが
苦悩の末にたどり着いたひとつの答えです。
それだけだとは言いません。
キリストに救われる方もいるでしょう。
なんでもいいのです。
この、不安 を乗り切るために
ひとつの軸をもつことは大切なことです。
そして、不安でもいいじゃないですか!
不安なことが悪いことではないし、
抑える感情でもないんです。
そう!!抑える必要のない感情なんです!
死ぬ意外はすべてかすり傷です。
人生はゲームのようなものです。
思い通りになるルールはありません。
だから、状況を最高に楽しむ!そんなゆとりを持てると
少しだけ前に進めます。
離婚する前、した後
けっこう長い時間付き合うのが
不安という感情
何が不安かというと
漠然としたものから、
ひとりで生きていけるだろうか
この先、あたらしい出会いがあるだろうか
ふたたび、人を信じれるだろうか
生活していけるだろうか
いろんなものがあるでしょう。
これまでの状態から別の状態へ移るのですから
不安で当然ですよ。
不安になってる場合じゃない!!
がんばらなきゃ!
自分はそんな意気地がないのか!
意地でも!
とにかく進まなければ!!
そんな形で抑圧してしまうと、
そのときはよくても、あとで問題となる可能性があります。
ちなみに、離婚ではなく、死別ですが
同じ喪失体験としての例になりますが、
旦那さんと死に別れたときは子育てもあったりと忙しく
とにかくそれに集中して乗り切ったのだけれど、
20年もしたとき、ふと子供が巣立ったとき
はじめて旦那さんと別れた辛さを感じ
カウンセリングに通われたという方がいます。
(守秘義務の点で多少細部は変えています)
20年です、それくらいたっても
自分の心の底には未消化の感情が残っているもんです。
だから、今、不安な感情を味わいきるほうが良いのです。
もちろん、つらいです。しんどいです。叫びたくなります。
それでもです。
いつも、人生の流れに身を任せる! って言いますけれど、
本当に実践することは難しいのです。
私も日々実践中なんです。
ときには、目先のことに完全に頭をもっていかれ、
ときには、苦悩し
ときには、不安になります。
なんというのでしょうか。
ある思想を軸として生きると決めた時点で
そこに戻れる道があるんですね。
自分の生きる軸の思想、考え方、
先日書いた、Power of Being を呼び覚ます軸。
その軸をよりどころとして、
右往左往するのが、人間であると割り切り、
不安であるのがふつうであると知り、
その上で、自分でできる最大に
崇高というか、悟りに一歩でも半歩でも近づいた生き方を志向してみる。
浄土真宗で有名な親鸞さんも
どこかに人間としてのあきらめを抱えていて、
そして、もう 「他力本願」
とにかく念仏唱えて、自力を捨てて、他力で生きていこう!
そう決断されたんです。
私のいう、人生の流れに身を任せるというのも
オリジナルでもなんでもなく、
昔から多くの人たちが、そして今も多くの人たちが
苦悩の末にたどり着いたひとつの答えです。
それだけだとは言いません。
キリストに救われる方もいるでしょう。
なんでもいいのです。
この、不安 を乗り切るために
ひとつの軸をもつことは大切なことです。
そして、不安でもいいじゃないですか!
不安なことが悪いことではないし、
抑える感情でもないんです。
そう!!抑える必要のない感情なんです!
死ぬ意外はすべてかすり傷です。
人生はゲームのようなものです。
思い通りになるルールはありません。
だから、状況を最高に楽しむ!そんなゆとりを持てると
少しだけ前に進めます。
ほんとに、苦しんでおられますね。
言葉にできない辛さ、憎さ、恨み、自分への嫌悪、
ありとあらゆる感情が伝わってきます。
ゆうさんの状況で、相手を恨まない人などいませんよ。
だから、その感情もふつうだと安心してください。
誰でもその状況ならそうです。
そして、そうやって葛藤されている点だけ見ても、
ゆうさんは、しっかりされていると思いますよ。
1週間や1か月程度では完全には割り切れないのが
ふつうです。
私は半年しても割り切れませんでした。
今はまだ難しいと思いますが、
おそらく、 「ゆるし」がテーマだと思います。
これは離婚を経験した人にとって、
重要な学びのテーマです。
でも気づいている人は少ないのです。
いずれも何回かは読まないと難しいですが、
以下の2冊をアマゾンなどで探してみてください。
気づきが得られると思います。
よく世間で誤解されているのは、
ゆるしは、自分のためにする行為であって、
相手を無罪放免にするのでもなく、相手の間違いを認めることでもありません。自分が解放されるためにすることなのです。
ゆるし アイリーン・R・ボリス イースト・プレス
ゆるしの法則 ジェラルド・G・ジャンポルスキー
サンマーク出版
今は、まだ辛い時期が続くと思いますが、
ゆうさんなら、きっとご自分の道を歩めると思います。