河西回廊[かせいかいろう]は、東は烏鞘嶺から始まり、西は玉門関、南北は南山(祁連山脈と阿爾金山脈)と北山(馬鬃山、合黎山および龍首山)の間の長さ約900km、幅数kmから100kmと不規則な、西北-東南方向に走る狭く長い平地で黄河の西にあるため河西回廊と呼ばれる。6,500m級の祁連山脈を水源とするオアシス都市群「河西四郡:武威、張掖、酒泉、敦煌」を包括する…雪を抱く祁連山脈
武威(ぶい)で大雲寺の鐘楼に登った後、帳掖(ちょうえき)まで約230kmバスで走る。途中、風が強い河西回廊には風力発電の風車群や送電線群があり、万里の長城遺跡も点在していた
帳掖では「東方見聞録」にも記載された涅槃像(体長34.5m、肩幅7.5m)が残る大佛寺を見学(涅槃像は撮影禁止)…大きさに圧倒される
万寿寺木塔、八角9層の塔(1~7層まで内壁はレンガ・外回りは木組み、8と9層は木造で壁もない。木塔は釘を1本も使わず木組みの貴重な建築様式)
丹霞地形の七彩山(東西45km、南北10kmの広大な断層地形群)…熱い太陽光線の中、紅色に霞みがかった幾重にも重なった地層は絶景(2002年に発見)
数百万年前、一帯は全て湖だったが、気候の移り変わり及び水域の酸化還元条件の変動に伴い、堆積物中の鉄は価数の異なる鉄イオンを形成し、堆積物及び後生岩石は赤、黄、紫、グレー、白など異なる色になった。この色とりどりの岩層は地殻変動によって傾斜褶曲が生じ、地表に隆起し、風化浸食を経て、現在の色彩豊かな丘陵となった(解説版)
酒泉の鐘鼓楼の門額には東迎華岳(東に華岳を迎える)、西達伊吾(西はハミに達する)、南望祁連(南は祁連山を望む)、北通砂漠(北は砂漠に続く)の4つの言葉、酒泉の地理的位置を明確に示す
今日は武威~帳掖(約230km)、帳掖~七彩山(約40km)、七彩山~酒泉~嘉峪関(約210km)、合計約480kmのバスの旅、やっと嘉峪関のホテルに着く