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阿蘇山を眺めて暮らす自由人!

四季の移ろいを肌で感じ、阿蘇で暮らす自由人が見たもの・聞いたこと・感じたこと

タイ観光旅行について~羽田⇒阿蘇熊本空港

2025年01月20日 | タイ観光旅行

(注)タイ観光旅行のブログのコメントは、添乗員:安野和美さんの”旅行メモ”、現地ガイド:ラシェットさんの話、地球の歩き方(2014~25)等を参考にまとめた。


 羽田⇒阿蘇熊本空港の飛行機で阿蘇に帰る




 全体の感想


 タイ旅行は初めて、従って遺跡・街並み・人々の暮らしについての予備知識はなかった。今回の旅行で感じたことは次の通り。


 1.お寺が沢山乱立し、どの寺も黄金に輝いて、きらびやかな雰囲気だ。お寺と人々の生活が結びついて穏やかな人々の暮らしが印象的だ。
   2.首都のバンコクや都市部には高層ビルが乱立し、色取りが多彩だ。
   3.. 食事は野菜やスープ、麺類等、東洋の食事は私の口に合い、おいしい。
   4. 映画「戦場に掛ける橋」の泰緬鉄道の工事は、戦争の悲惨さを現在に伝える。非人道的な戦争を知らない若者達は戦争の事実を知り、戦争が無い世界を実現するよう努めて欲しい


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カンチャブリの観光~旧泰緬鉄道とクウェー川鉄橋-1

2025年01月18日 | タイ観光旅行

 カンチャブリ観光(旧泰緬鉄道とクウェー川鉄橋)…途中の景色



メークローン川の下流をバス渡る、セブンイレブンやKFCの店




 Tourist Attraction Map, World War 2 History、連合軍共同墓地




 タイ、ビルマ鉄道センター、日本がアジアを侵略




 なぜ日本が鉄道を建設するのか? 下記に英文訳



 第一次世界大戦中、日本は中国国東部のドイツの要塞である青島を占領し、中国に足場を築きました。その後、日本軍は山東省と満州で勢力を伸ばし、1930年代半ばまでに満州は日本の保護領である満州国となりました。日本は中国全土で同様の運命をたどると予想していました。


 しかし、分裂し弱体化した中国に対する日本のさらなる領土要求は、その後の戦争につながりました。日本にこの戦争を終わらせるよう迫るため、英国、オランダ、米国は日本に禁輸措置を課しました。同時に、蒋介石総総督率いる中国軍に、ビルマの鉄道の終点であるラショーからヒマラヤ山脈の麓を横切る道路(ビルマ鉄道)を経由して、中国の昆明と重慶まで武器と物資を提供しました。


 この供給を断ち切り、ビルマの原材料(石油とタングステン)を手に入れるために、日本軍はビルマに侵入し占領する必要があった。タイとビルマの国境沿いの地形は極めて山がちで、重砲や戦車の移動に適した道路は存在しなかったため、山間を通る「スリーパコダ峠」の浅い峠さえ、歩道しかなかった。従って、ビルマの日本軍に補給できるルートは、日本からシンガポールとマラッカ海峡を経由してラングーンまで海路で行くことだった。セイロンから活動する連合軍がアダマン海で攻撃し始めると、日本軍はタイからビルマに陸路で輸送した。その為、タイの鉄道システムとビルマの鉄道システムを繋ぐこととなった。


 旧泰緬鉄道の原型模型(木造)



 日本軍慰霊塔




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カンチャブリの観光~旧泰緬鉄道とクウェー川鉄橋-2

2025年01月18日 | タイ観光旅行

 クウェー川鉄橋は戦時中造られた木造の泰緬鉄橋より100m上流に造られた…クウェー川鉄橋の入口、クウェー川鉄橋の遠景




 クウェー川鉄橋のタイ側で記念写真、遠くにビルマ側が見える




 プラ・パトムチューディ…半円形のドームの上にとがった塔頂が天空にそびえる、薄いオレンジ色。高さ120.45m、世界で最も高い仏塔。



北側正面入り口にある礼拝堂内の立仏像台座にラーマ6世の遺骨が納められている




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カンチャブリの観光~タイの宮廷料理-3

2025年01月18日 | タイ観光旅行

 美しく、美味しい宮廷料理







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水上マーケット

2025年01月17日 | タイ観光旅行

 「水上マーケット」があるラチャブリへバスで向かう…道路の沿線の様子、道路建設工事や道路端の店の様子(雑に結ばれた電線が気になる)




 「ダムヌーン・サドゥアク水上マーケット」は”ダムヌーン・サドゥアクの運河”に、伝統的な文化の保護と観光客の誘致の為に政府が開発した…船着き場付近の店



 始めに、エンジン付きの「スピード・ボート」に乗って、川岸を眺めながら運河を行く




 次に手漕ぎボートに乗り換え、食事やデザート、小物などの店を巡る





 郷土料理の昼食後、バンコクへ帰り、フリータイムは休憩する


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バンコク市内観光-1

2025年01月16日 | タイ観光旅行

 8時ホテル出発、一日バスでバンコク市内観光…ホテル(コンポリアム・スィート ホテル)からワット・プラケオ、王宮へ行く途中の街道には、王家の肖像が飾られている




 ワット・プラオケの入口付近



 左の黄金の仏塔(ブラ・シー・ラターナー・チェーデー)は内部に仏舎利が納められている。右の建物(ブラ・モンドップ)はタイ様式の尖塔が天を突くように伸びている。仏典の原本が収納されている



 プラサート・ブラ・テープビドーン…クメール様式の塔、先端にシグァ神の象徴が飾られている



ワット・プラケオ…本堂に飾られている本尊が、エメラルドのような色をしているため「エメラルド寺院」とも言う



 仏像は高さ66cm、幅49.3cm。季節ごと王が衣を着せかえる儀式が行われる



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バンコク市内観光-2

2025年01月16日 | タイ観光旅行

 チャクリ・マハー・プラサート宮殿…歴代王の住まいだった



 トウクトウク(3輪のダットサンを改造した乗り物)で渡し船乗り場まで移動する



 渡し船で”暁の寺”へ




 チャプラヤー川岸にそびえる大仏塔、伝統的なタイの衣装で着飾ったタイの女性達




 仏塔に施された精密な装飾…猿



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バンコク市内観光-3

2025年01月16日 | タイ観光旅行

 再び渡し船に乗り「ワット・ポー」へ大寝釈迦仏、長さ46m、高さ15mの仏像は金色に輝き、お堂の空間に横たわている…大寝釈迦仏の顔と背面




 ランチは点心を含む中華料理の食べ放題、健康用品店に寄って”ゴム製のベッド・マットを購入…大変寝心地が良い”




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バンコク市内観光-4

2025年01月16日 | タイ観光旅行

 「チャオプラセー川」沿いの「アイコン・サイアム」にて休憩、妻は土産物の買い物





 「チャオプラヤー川ディナークルーズ」の夜景





 音楽の演奏、歌やダンス等盛りだくさん



 記念写真



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アユタヤ-1

2025年01月15日 | タイ観光旅行

 10時ホテル出発、世界遺産の古都”アユタヤ”へ向かう。バンコクから北へ約76km、バスで1時間半移動…途中の田園風景



 アユタヤ付近を流れる"チャオプラヤー川(延長372km)"を渡る



 ワット・マハタート…仏塔が木の根に覆われた奇跡の仏頭。戦争によって切り落とされ地面に落ちた仏頭を、菩提樹の木が長い年月をかけて持ち上げたと言われる



 黄金に輝いていた仏塔!アユタヤ朝初期の寺院「ワット・マハタート」…「ワット」はタイ語でお寺の意味。「マハタート」は仏教の開祖、ブッダ(お釈迦様)の遺骨や遺灰のこと



 アユタヤ王朝が創建した”アユタヤ”は1351年~1767年の約400年間、33代アユタヤ王朝が続いたが、ビルマ軍(ミャンマー)に破壊され滅びた




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アユタヤ-2

2025年01月15日 | タイ観光旅行

 ビルマ軍によって破壊された仏塔




 ワット・プラシーサンペット…3並ぶ仏塔はラーマーティボーディー2世、ラーマーティボーディー2世の父であるトライローカナート王、兄であるボーロマラーチャーティラート3世の遺骨が納められている場所





 ウィハーン・プラ・モンコン・ポビット…礼拝堂(ウィハーン)に安置される仏坐像のプラモンコンボーピットは台座を含む全高は約17メートル、タイ国内で屈指の大仏像(撮影禁止)に参拝…周辺の仏像




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アユタヤ-3

2025年01月15日 | タイ観光旅行

 象乗り体験



 ワット・ローカヤースッター…全長28mオレンジ色の衣をつけた寝釈迦仏



 アユタヤからバンコクへバスで戻る



 夕食はフカヒレのスープ、アワビのぞうすい風で濃い味の食事




 野菜類も美味しい



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タイ観光旅行

2025年01月14日 | タイ観光旅行

 タイの観光旅行に出発する


 昨日は”横浜ベイホテル東急”に前泊した



 シャトルバスでホテルから成田で向かう



 出発前に”くつろぐ2人”




 出発時間は18時25分 バンコック(スワナンプール)へ向かう


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