2015-16年のメトロポリタン・オペラのシーズンに上演されたヴェルディ中期の傑作オペラ「イル・トロヴァトーレ」を衛星放送の録画で見る。主演は脂ののったアンナ・ネトレプコ。
『トロヴァーレ』という言葉はイタリア語で、見つけるとか探し出すといった意味なので、『トロヴァトーレ』というと探し物をするオッチャンみたいな響きだが、オペラの題名は『吟遊詩人』という意味だと解説されている。ならば、オペラの題名も「吟遊詩人」でよさそうに思うが、なぜか昔から「イル・トロヴァトーレ」という題名になっている。
同じようにイタリア語の原題をそのまま使っている例として「カヴァレリア・ルスティカーナ」というのもあるが、これなども「田舎騎士道」と日本語に翻訳してもよさそうな気がする。この「カヴァレリア」は、戦前にローシー・オペラや浅草オペラでも上演されていて、その時になぜかこの作品だけは原語上演されたというので、日本語題名もカタカナのままとなったのではなかろうか。これなども意味がストレートに伝わったほうがよさそうな気がする。
さて、「イル・トロヴァトーレ」は、幼い時にジプシーにさらわれて育てられた貴族幼子が今や成人してマンリーコとなり、宮廷の美人女官(ネトレプコ)と恋仲となる。このマンリーコには貴族の兄がいて、父の遺言でさらわれた弟を今も探しているのだが、彼も同じネトレプコに恋をしていて、本当は弟だと知らぬままに、争い、殺しあうこととなる。オペラらしいドロドロとした展開だが、ヴェルディが脂の乗り切った時に書いた「リゴレット」や「椿姫」と並び、三大傑作と呼ばれている作品だから、歌はわくわくするほど良く、血湧き肉躍るような力強い音楽だ。
台本からすると貴族の弟マンリーコが吟遊詩人の役で、その兄の貴族も弟を探している設定。トロヴァトーレという言葉には、吟遊詩人だけでなく、(弟を)探す人という二重の意味があるのではないかと気になった。
今回の公演では、女官のネトレプコ、貴族の兄にロシア出身のバリトンのディミトリ・ホヴォロストフスキー、吟遊詩人役には韓国出身のヨンフン・リーと、スター歌手が並ぶ。演出はオーソドックスなもので、デイヴィッド・マクヴィカー。
ネトレプコとディミトリ・ホヴォロストフスキーは、素晴らしい歌声を披露した。ヨンフン・リーは最初はちょっと弱さを感じたが、聞かせどころとなる3幕終わりの有名なカヴァレッタ「見よ、恐ろしい炎を」は見事に歌い切った。もう一人ジプシー老婆役のドローラ・ザジックもヴェテランだけに素晴らしい歌唱だった。
よく考えると変な物語だが、歌に説得力のある名舞台だった。
『トロヴァーレ』という言葉はイタリア語で、見つけるとか探し出すといった意味なので、『トロヴァトーレ』というと探し物をするオッチャンみたいな響きだが、オペラの題名は『吟遊詩人』という意味だと解説されている。ならば、オペラの題名も「吟遊詩人」でよさそうに思うが、なぜか昔から「イル・トロヴァトーレ」という題名になっている。
同じようにイタリア語の原題をそのまま使っている例として「カヴァレリア・ルスティカーナ」というのもあるが、これなども「田舎騎士道」と日本語に翻訳してもよさそうな気がする。この「カヴァレリア」は、戦前にローシー・オペラや浅草オペラでも上演されていて、その時になぜかこの作品だけは原語上演されたというので、日本語題名もカタカナのままとなったのではなかろうか。これなども意味がストレートに伝わったほうがよさそうな気がする。
さて、「イル・トロヴァトーレ」は、幼い時にジプシーにさらわれて育てられた貴族幼子が今や成人してマンリーコとなり、宮廷の美人女官(ネトレプコ)と恋仲となる。このマンリーコには貴族の兄がいて、父の遺言でさらわれた弟を今も探しているのだが、彼も同じネトレプコに恋をしていて、本当は弟だと知らぬままに、争い、殺しあうこととなる。オペラらしいドロドロとした展開だが、ヴェルディが脂の乗り切った時に書いた「リゴレット」や「椿姫」と並び、三大傑作と呼ばれている作品だから、歌はわくわくするほど良く、血湧き肉躍るような力強い音楽だ。
台本からすると貴族の弟マンリーコが吟遊詩人の役で、その兄の貴族も弟を探している設定。トロヴァトーレという言葉には、吟遊詩人だけでなく、(弟を)探す人という二重の意味があるのではないかと気になった。
今回の公演では、女官のネトレプコ、貴族の兄にロシア出身のバリトンのディミトリ・ホヴォロストフスキー、吟遊詩人役には韓国出身のヨンフン・リーと、スター歌手が並ぶ。演出はオーソドックスなもので、デイヴィッド・マクヴィカー。
ネトレプコとディミトリ・ホヴォロストフスキーは、素晴らしい歌声を披露した。ヨンフン・リーは最初はちょっと弱さを感じたが、聞かせどころとなる3幕終わりの有名なカヴァレッタ「見よ、恐ろしい炎を」は見事に歌い切った。もう一人ジプシー老婆役のドローラ・ザジックもヴェテランだけに素晴らしい歌唱だった。
よく考えると変な物語だが、歌に説得力のある名舞台だった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます