劇場と映画、ときどき音楽と本

オペラ、バレエ、歌舞伎、文楽などの鑑賞日記です

秋山公良の「よくわかる音楽理論の教科書」

2020-03-29 10:43:55 | 読書
コロナ騒動でいろいろな公演が中止になってしまったので、この機会に普段は読まないような本を読む。和声理論が良くわからなかったので、何冊か読んでみたが、どれも帯に短したすきに長しという印象で、わかりにくかった。和声の本が沢山出ているの決定的にわかりやすい本がないからだと気が付いた。

もちろん、音楽大学で専門家が学ぶような本はあるのだが、専門家になるわけではないので、一通りの考え方や概念がわかればよいと思ったのだが、どれを読んでもわかりにくい。その中で、一番わかりやすいと思ったのがこの本だった。

もちろん専門家向けの本ではないが、一通りの考え方はよくわかる。しかし、楽典が一通りわかっていない人が読んでも、難しすぎるだろうし、本格的な勉強をしたい人にとっては物足りないだろうし、誰が読むかによって評価は大きく変わると思うが、まあ、少しはわかるという素人にはちょうどよかった。

この本では、音階の話から始まって、和音の表記方法、対位法での協和音の考え方、クラシック系の機能和声の話、ジャズでのコード進行、ブルースの影響を受けたロックの和音進行、そしてジャズでの即興演奏の必要性から生じたモード奏法などについても、なぜそれが発生したががわかりやすく書かれている。

和声学の本を読むと、原則よりも先に禁止事項ばかり出てきてうんざりするのだが、和声の話の前に対位法の説明があるので、その禁止事項の理由が腑に落ちてわかりやすい。僕は自分で作曲や編曲をするわけではないので、この程度分かればいいやという気がした。

和音というのは実際に聞いてみないとイメージが湧かないので、真剣に読もうと思ったら、ピアノの前に座って、譜例を弾きながら読む必要があるので時間がかかるが、この本にはCDがついているので、PCに落として再生しながら読んだら便利だった。簡単に全体像を把握したいという人には良い本だと思う。

黒沢隆朝の「世界楽器大事典」

2020-03-18 13:17:24 | 読書
コロナウィルス騒動で、あまり出かけられないため、普段は読めないような厚い本を読んだ。黒沢隆朝の「世界楽器大事典」で、雄山閣が1972年に出版した本で、読んだのはⅥ版となっていたが、説明書きによるとⅡ版以降は、誤植などを除いては変えていないとのこと。本文450ページの2段組みで、それに50ページ弱の索引がついている。50年前に出た本が今でも現役なのは、これを超えるような類書が出ないからだろう。

世界中で使われている楽器を、原理などで分類して、未開の地から最先端の(と言っても50年前だが)話まで盛り込んでいる。楽器の原理というよりも、楽器の発祥や逸話に詳しい。東南アジアや、中国、西アジア、日本などの話も多いので、西洋の楽器が東洋の楽器とどのようにつながっているかが良くわかる。また、「図解」と銘打っているだけあって、図版が豊富で、初めて知るような楽器も写真を見てなんとなく、イメージできる。

著者は明治28年生まれだから、主に研究は戦前に行った部分も多いが、戦前によくこれだけ沢山の資料を集めたと感心する。これだけの内容を一人でまとめた単著であるが、現時点では研究者はいろいろといるのだろうが、研究内容が細分化してしまい、これだけ俯瞰的に全体像を示せる人はいなくなってしまったのではないかと思わせる。

そうした意味で、これは学問全体の傾向であり、いかなる分野も最近は全体像を俯瞰するような本を書く人がいなくなったのは寂しい限りだ。こういう、一般の人にもわかりやすく、全体を俯瞰するような本を書ける人が、どんどん排出するような教育をやってほしいものだ。

音楽之友社の「ハーモニー探求の歴史」

2020-03-11 11:26:10 | 読書
新型コロナウィルスの蔓延で、コンサートは中止になるし、人ごみの中に出る気にもなれないので、家に引きこもって本を読む。音楽之友社から2019年1月に出た「ハーモニー探求の歴史」を読む。副題には「思想としての和声理論」とある。約190ページで横組みの本。著者は3人で、編者が2人。ほとんどが音楽系の大学教授だ。序章と8章からなる章立てで、ギリシャ時代から現代までの和声に対する理論や考え方の変遷を紹介している。

いったい誰に向けて書いているのかというのが気になるが、「はじめに」の中で「近年、音楽大学だけでなく、一般大学の学生さんや音楽愛好家の方たちの間でも、音楽のしくみを、より根源から理解したいという欲求が高まっています」と書いてあり、そうした一般向けに書かれた本なのだろう。だから、最初のほうは音楽のことをあまり知らない人でも読めるように、音楽で使う用語の説明が簡単に入っている。

僕などは音楽書を結構読むので、門前の小僧のようになんとなくわかるつもりでいたのだが、この本は結構音楽の知識がないと読めない気がした。それも、古い時代の純正律やそのほかの調律方法があったことなどを知らないと、読んでいて挫折するのではないだろうか。また、和声の進行についても概念ぐらいは知らないと辛いかも知れない。

しかし、読むのは大変だが結構面白い。ギリシャ時代には自由7科目というのがあり、現在のリベラル・アーツの語源になっているが、その中での音楽は数学の仲間になっている。そうした状態は18~19世紀ぐらいまで続いたようで、フランスのデカルトなども一生懸命計算したりして音楽の秘密を解き明かそうとしたみたいだ。そのあとに、リーマンの記述が出てきたので幾何分野の大数学者のリーマンかと思ったら、別人の音楽理論家だった。

ところで、我々が普段読んだりする日本語の「和声学」というのは、いわゆる芸大和声学というのがあり、ラモーから始まるフランスの和声学と、ドイツの機能和声学の折衷的な「日本の和声学」とのことだ。和音の表記一つをとっても、それぞれ違うのだ。ちなみに、今の芸大では、いわゆる昔の芸大和声の教科書ではなく「新しい和声学」みたいな本が使われているらしい。これは和音の表記方法がフランス風になったらしいが、内容そのものは昔からのフランス風とドイツ風の折衷だという。

ところで、音楽の和声に関してはピタゴラスが完全5度の考え方をどんどんと拡張して音階を作ったり、振動数が整数比の単純になるほうが良いということや、自然倍音などの考え方を使って理論が作られてきたようだ。

その先は、5度だけでなく、長3度や短3度などの音階も絡めての拡張や、トニック、サブドミナント、ドミナントによる終止形の形の話となるが、結局のところ、感覚的、経験的に和声進行があり、後付けで理論が作られているようだ。

20世紀になると、それが逆転してまず理論が作られて、それが実践されるような作品もあるようだ。そうした作品を評価するのは、感覚的なのかどうか、僕にはよくわからなかった。美しいものを理論化するのではなく、思想を理論化して音楽を作ると、果たして美しいのだろうか、僕には美しく聞こえないことが多い。それでは、美しさではなく、何を求めるのだろうか。そこが問われると感じた。

木谷蓬吟の「文楽史」

2020-01-16 10:38:24 | 読書
少し古い本だが、古本屋で買って木谷蓬吟の「文楽史」を読んだ。全国書房から昭和18年(1943年)に出た本で、奥付によると発行部数は5千部となっている。戦争で物のない時期に出た本なので、紙はあまりよくなく、すっかり茶色く変色しているが、未だ十分に読める。

木谷氏は序文の中で、通史を書きたいがこの分野には資料、記録があまり残っていないと嘆いているが、まあ、あまり類書がないのでなんでも読んでおこうと考えて読んでみる。

全体は3部構成で、最初は文楽の成立の時代の話。近松が亡くなるあたりまでで、優秀な作者が不在となり、竹本座、豊竹座共に消滅するまでだ。

次は淡路島から出てきた文楽座の成立の話で、後継ぎがいなくなり文楽座がなくなるまで。そして最後が明治期の文楽の話で、松竹が文楽を引き受けた後の話。

全体的に、作者、芸人たちの伝記的な話が多く、通読しても全体像は浮かんでこない。それでも、竹本義太夫の活躍するあたりは、面白く書けているのだが、文楽座のあたりからは、当時の文献の引用が多く、それはそれで面白くはあるが、全体像は浮かんでこない。

明治期の話になると、完全に芸人の列伝で、いかに大変な修行をしたのかがよく判るが、そうしたエピソード集にしかなっていない。

というわけで、面白くないわけではないが、体系的な通史を読むという目的からすると不満が残る感じだった。

こうした本は稀少なので高い値がついてもおかしくないような気もするが、最近は本を読む人が減っているのか、結構安く買える。それはそれでよいことだと思うが、きちんとしたデジタル・ライブラリーを作って、PDFで読めるようにしてくれると助かるのだが、日本では著作権法の扱いが厳しすぎて、こうしたことがちっとも進まないのは困ったことだという気がする。

服部幸雄監修「日本の伝統芸能講座 舞踊 演劇」

2020-01-05 11:04:34 | 読書
以前に買っておいたのだが、厚い本なのでなかなか読めなかった「日本の伝統芸能講座 舞踊 演劇」を正月に読んだ。国立劇場の企画・編集で淡交社から出ている2010年の本。扱っているのは、舞踊、能、狂言、講談などの寄席芸、文楽、歌舞伎などで、本文で466ページ、索引や年表を入れると525ページの本だ。

扱っている分野が多岐に当たるので、執筆は20人ぐらいが分担している。1932年生まれの人から1967年生まれの人までで、ほぼ全員が大学教授。ほぼというのは、演劇評論家の渡辺保と、国立劇場おきなわ常務理事の宜保栄次郎が入っているからだ。466ページを20人で書くのだから一人当たりにすると23~4ページしかない。

一項目で済むような分野は一人が書いているが、歌舞伎は4人、文楽は3人、能狂言も4人の分担執筆になっている。基本的には歴史的な記述と、その芸能の特徴が述べられるが、これだけ多くの人が執筆すると、かなりトーンにばらつきがでる。

大学教授が書くと、研究の最前線の論点を明確にして解説したがる傾向が強く、一般人に向けた概説書にならないことが多いが、本書もそうした問題を抱えている。ある執筆者は一般人向けに、丁寧に概説を記述しているが、人によっては原典を引用して最新の研究成果を誇示するような書きっぷりも多い。

どう考えても、多岐にわたる分野の概説書を目指した本だろうから、全体像をバランスよく記述すべきだろうが、そうした編集になっていないところが残念だ。それでも、歌舞伎や文楽については、コンパクトにその歴史を知ることができるので、類書がない現在では貴重も知れない。一方、これらの芸能の現代の部分については、社会情勢の変化に伴う芸能の変化を客観的に記述してほしいのだが、随分と偏って主観的な議論を展開している部分も見受けられた。

また、沖縄の舞踊などは、作品を列挙して説明するだけで、その成立の背景や特徴などの記述があまりない。これも他の章とはずいぶん異質に感じられた。

監修が服部幸雄となっているが、服部幸雄は本の完成前の2007年に亡くなっているので、その後は国立劇場のスタッフがまとめたのだろうという気がするが、執筆のトーンを合わせるだけの指導力は発揮できなかったのだろうと邪推した。

色々と問題点もあるが、他にキチンと書かれた本がない現状を考えると、まあ、読んで損はないかも知れない。研究者は、一般読者にも解りやすい通史をきちんと書いてほしいと改めて感じた。