劇場と映画、ときどき音楽と本

オペラ、バレエ、歌舞伎、文楽などの鑑賞日記です

文楽「ひらかな盛衰記」

2024-05-14 17:04:06 | 文楽
5月13日(月)の夜にシアター1010で、文楽「ひらかな盛衰記」の半通しを見る。国立劇場が閉鎖されたため、文楽は公演場所を失い、東京都内のホールを放浪しているが、どこも上演に向いた印象はない。おまけに場所が悪い。人が集まる公演なのだから、せめて山手線の内側の劇場を使ってほしい。それでも、シアター1010はいろいろな路線が集まる南千住駅のすぐ前だから、良い方か。ただ、年寄りの客は足を運ばなくなったようで、客席はガラガラ。3~4割の入りか。

国立劇場の建て直しは、PFIで高いビルを建てて、民間資金を使う計画のようだが、場所が商業利用に適さないという点で応募者がいないらしい。日本の顔ともいえる国立劇場が、民間ビルの一部に入るなんて言うのは、あまりうれしくない。立派な単独の劇場を立てて欲しい気がする。敷地に余裕があるならば、リンカーンセンターのように図書館や、養成所などの文化関連施設をいろいろと作ればよい気がする。お金がないならば、現在の劇場を改修して使い続けても良いかと思う。

ところで、今回の文楽は昼の部が若太夫の襲名披露公演で口上付き。夜の部が「ひらかな」の半通しだ。口上も気にはなったが、今回は「ひらかな」を見る。久々の「楊枝屋」の段も出るので、こちらをとったわけだ。源平の合戦の外伝みたいな話で、木曾義仲の家臣たちの後日談という形。長い芝居なので、今回の上演は脇筋を全部カットして、1/3~1/2ぐらいの長さになっている。最初は義仲館で、籐太夫がなかなか頑張ってよかったが、時代物なので、字幕を見ないとよくわからない。また、映画を途中から見るような感じで、背景もつかみにくい。字幕は舞台中央上部の電光掲示板に表示されるが、古い機械で、解像度が低くて読みづらい。最近は投射式のもっと解像度が高くて読みやすいものがいくらでもあるので、改善して欲しい。表示位置も高すぎて、いちいち首を動かす必要があるので、位置はもう少し下げるべきだろう。

次は、珍しい「楊枝屋」で靖太夫が語ったが、実力不足で聴くに堪えなかった。せっかくの復活なのだから、ちゃんとした人が望ましいが、太夫が不足している。大津宿は大勢が出てきて賑やかに演じるので、それほど問題はなかった。

後半はきちんとした太夫が並ぶ(べき)ところで、「笹引き」は呂勢太夫と清治。呂勢太夫は声は美しいが、語りの進歩が止まっている感じ。三味線の清治は幾分元気がない印象。おまけに譜面を見ながら弾いていた。文楽の三味線で譜面を見ながら弾くのは初めて見た。体調に問題があるのだろうかと、心配になった。

松右衛門内は、前半が睦太夫で、切が千歳太夫。睦太夫はこれまで良い印象がなかったが、長足の進歩を遂げた感じで、十分に鑑賞に堪えるレベル。この程度語ってくれるならば、及第点だろう。三味線は清志郎。千歳太夫の三味線は富助が弾いた。千歳はいつもながらの熱演で聴きごたえがあった。あまりに力を入れた語るので、脳溢血でも起こさないかと、見ているほうが心配になるほど。

最後は芳穂太夫に三味線の錦糸が合わせた。芳穂太夫はまだ危なっかしさはあるが、一応の及第点。錦糸の三味線は乗りに乗って素晴らしい演奏。逆櫓の場面は人形を遣う玉男の見せ場でもあるので、人形を見たいところだが、あまりにも三味線の演奏が良かったので、三味線ばかり見て聞き惚れた。

4時から始まり、20分と15分の休憩を挟み、終演は20時45分頃。月曜日なのでレストランは休みが多く、家に帰って軽い食事。新玉ねぎのサラダ、豚スペアリブの赤ワイン煮込みなど。飲み物はボルドーの白。

文楽「五条橋」「双蝶々曲輪日記」

2024-02-07 11:18:11 | 文楽
2月5日(火)の夜に、神宮球場脇にある日本青年館ホールで、文楽を見る。18時30分開演、15分の休憩を挟み20時40分の終演。日本青年館ホールは1階席800席、2階席450席ぐらいのホールだが、観客は1階席の半分も入っていなかった。これまで東京の会場になっていた国立小劇場は500席強、大阪の文楽劇場は700席ぐらいだから、1階席だけでもかなり大きい。観客は国立劇場時代よりも高齢者が減った印象。場所が変わって足が遠のいた可能性も高い。

日本青年館ホールは、1階席の傾斜がきちんとついていて見やすいホールだが、2階席もあり天井が高いので、文楽を聴くとかなりの違和感を感じた。三味線や太夫の声が響きにくく迫力が感じられないだけでなく、残響時間が長いので太鼓の音なども響きすぎる感じがある。演劇を上演しても大きすぎるような印象で、この大きさならば、ミュージカルかオペレッタ向きと感じられた。

国立劇場は再開発の業者も決まらず、いつ再開できるかわからないような状況だが、こうしたことならば、現在の国立劇場を修復して使った方がよいのではないかという気がする。

さて、演目の方は最初の「五条橋」は牛若と弁慶の出会いを描く20分弱の短い作品。若手の研修発表みたいな舞台だが、三味線の清志郎が引っ張った印象。

休憩の後、「双蝶々曲輪日記」だが、これは最初に「難波裏喧嘩の段」が付いているが、メインは「引窓」。前半の「喧嘩」は太夫がたくさん出て、役ごとに語る形式で、若手の発表会。注目は碩太夫で、最若手だろうが美声を響かせた。今後とも注目したい。「引き窓」は前半が芳穂太夫と三味線の錦糸。切が千歳太夫と三味線の富助。千歳太夫は相変わらずの熱演。今回は、濡髪の語りに力士らしいムードが漂い、一段と芸がよくなった感じ。現在の太夫の中では最も安心して聴ける。千歳太夫は切場語りとなったので、弟子が茶を出して、語りの間は床の脇に座って待機する習わしだが、今回は碩太夫がお茶を出すとすぐに引っ込んでしまった。舞台の作りの都合もあったのかも知れないが、伝統をなくしてほしくない。

まだ道路の横に雪が残っていて息が白くなる中を帰宅。ごぼうと人参の胡麻和え、けんちんうどんを食べる。飲み物は京都の純米大吟醸。

文楽「菅原伝授手習鑑」

2023-09-13 14:09:13 | 文楽
9月12日(火)の昼に国立小劇場で「菅原伝授手習鑑」を見る。5月と9月の2か月間で初段から五段目までの通しの公演。普段はかからない珍しい場面も上演されるとあって、場内はほぼ満席だった。10時45分から2時20分までの回は「賀の祝」を中心とした三段目があり、最後に四段目の頭の「天拝山」が付く。3時から6時15分の回は最初に「寿式三番叟」があり、「寺子屋」を中心とする四段目と五段目が上演された。

以前に国立大劇場で歌舞伎版の通しを3か月に分けて上演したことがあり、一応通しで見ているが、文楽での完全通しは初めて見た。50年ぶりの上演という段もいくつかあった。

研修生も集まらずに、今後の跡継ぎが心配になるが、太夫の若手がこのところ力を付けてきて、なかなか充実した公演だった。最初の「車曳き」では籐太夫、小住太夫、碩太夫が若手ながら立派に語った。特に一番若い碩太夫が頼もしい。「桜丸切腹」の千歳太夫は落ち着いた語り口でよかったが、その前の咲寿太夫、芳穂太夫は力不足。久々に出た「天拝山」は籐太夫だが、教えてくれる人がいなかったのか、練習不足の印象。

「寿式三番叟」は咲太夫が休演なので、代わりに翁を呂太夫が語り、千歳は錣太夫、三番叟は千歳太夫と穴埋めに入った織大夫。これも珍しい「北嵯峨」は希太夫だが少し弱い。寺入りの亘太夫も軽量級。寺子屋では前半を「切」として呂太夫が語り、後半を「後」として呂勢太夫が語った。どう見ても呂勢が頑張った感じ。呂勢はこのところ調子を崩していたが、三味線の清治の指導を受けたのか、今回はとても良い出来だった。清治の三味線が光る。

最後の五段目「大内天変」は、小住太夫が立派に語った。このところ小住太夫はとてもよくなった。三味線の寛太郎も素晴らしい演奏。昔は幼さが残るような印象だったが、もう立派な大人。

充実した舞台を見て、上機嫌になり、帰りはイタリア・レストランで軽く食事。スプマンテとキャンティを飲み、イチジクとマスカルポーネの生ハム包み、浅利のワイン蒸し、クロスティーニ、サマー・トリュフのリゾットなどを食べた。サマー・トリュフは香りが今一つ。それでも久々の黒トリュフで大満足。

菅原伝授手習鑑

2023-05-17 11:21:50 | 文楽
5月16日(火)の昼に、国立小劇場で文楽「菅原伝授手習鑑」の初段、二段目を続けてみる。朝の10時45分に開演で、終わったのは17時15分頃。国立劇場建て替えのためのさよなら公演ということで、50年ぶりに出た「安井汐待」などがあり、見逃せないという気がするが、平日ということもあり7割程度しか入っておらず、もったいない気がした。客層は、年金生活者が中心か。マスク率は高く9割ぐらい。

「菅原伝授」は歌舞伎でもよく出るが、寺子屋や賀の祝が中心で、ほかの段はあまり出ない。しかし、通しで見ると、複雑な人間関係や芝居の背景などがよく理解できるので、見逃すのはもったいない気がする。今回は、全五段のうち、初段と二段目の上演で、三段目から五段目までは9月に上演ということで、早くも待ちきれない気がする。

初段は、事件の発端が描かれ、天皇が病気のため中国からやって来た僧に似顔絵を描かせることが出来ず、代わりに天皇の弟を描かせたことから、後の問題に繋がっていくことがよくわかる。また、三つ子として生まれた、松王丸、梅王丸、桜丸がどのような経緯で舎人になったかもよくわかる。そして、菅原道真の「筆法伝授」では、武部源蔵夫婦がどのような経緯で勘当されたかも描かれ、道真の子供を預かる経緯が明らかになる。さらに、天皇の弟と道真の養女の恋も描かれて、二人が駆け落ちする。後の二段目、三段目、四段目の芝居の前提がすべて出てくるので、やはりこれは重要だ。

二段目は、道真が追放となり九州へ向かう途中で母と会う経緯が描かれ、道真を暗殺しようとする事件も起きる。道真誘拐のために、鶏を無理やり鳴かせようとするエピソードなどもある。今回久々に出た汐待の段は、杖折檻の背景を知るためにも大事な場面なので、通しで見るとくっきりと物語が浮かんで面白かった。

これだけの大作なので、語れる太夫が揃うかどうかが一番の心配事だったが、危ないながらもなんとか聴ける水準になっていた。初段の大内は御簾の中で若手が何しろ元気よく声を出す。加茂堤のあいびき場面では希太夫が桜丸を語って頑張っていたが、ちょっと心配。筆法伝授は奥を織大夫が語ったので、これは安心して聴けた。

二段目の道行きは気迫の清志郎が三味線で引っ張るが、太夫は若手が元気よくといった印象。桜丸が希太夫で、斎世が小住太夫、刈谷姫が碩太夫で、碩太夫が大抜擢という印象。東天紅の段を語った小住太夫は長足の進歩を遂げた印象。これならば将来の切場語りも見えてくる。住大夫が18年に亡くなり5年を経過して、やっと呪縛から逃れて大きく語れるようになった印象だった。続く詮議の段は呂勢太夫で、三味線が清治。呂勢はしばらく声の出し方が力んでいて心配だったが、清治が付いて少し良くなった印象。最後は千歳太夫で、安定した語りだった。

太夫も以前は心配していたが、少しずつ次世代が見えてきた気がする。

久々に堪能して、家に帰って食事。しし唐のアンチョビ・ソテー、豚ヒレ肉のカツ。飲み物はカヴァ。食後にチーズと赤。

文楽「心中天網島」「国姓爺合戦」

2023-02-07 11:14:46 | 文楽
2月6日(月)の昼に、国立小劇場で文楽を見る。2月は「近松名作集」と銘打ち、1部が「心中天網島」、2部が「国姓爺合戦」、3部が「女殺油地獄」という構成。「女殺油地獄」は人形の見せ場があるので、勘十郎が遣うが、太夫が今一つなのでパスして、1部と2部を見た。

1部は11時開始で20分の休憩を挟み、終演は2時半ごろ。河庄、紙屋、太和屋、道行きが出た。冒頭の河庄の口が睦太夫で、これがいかにもまずい語り口で、ガックリしてしまう。切は千歳太夫なので何とか持ち直した。紙屋の口は希太夫で、これも期待できないと思ったが、今回は上手くはないが破綻せずに語り、一応の合格点。奥は藤太夫で最近は安定している。大和屋は咲太夫の予定だったが、病気休演で織大夫が代わって語った。織大夫なら安心して聴ける。最後の道行きはおまけみたいなものだが、4人並んだ太夫の中では小住太夫がまともだった。心中物は何となく後味が悪く苦手だが、近松だと心中物が良くかかるし、客の入りも良いようだ。それでも平日の午前中だから、8割ぐらいの入り。

「国姓爺合戦」は3時15分に始まり、15分の休憩を挟み、終演は6時。人気がないのか、客席は半分ぐらいしか埋まっていなかった。虎狩、楼門、甘輝館、紅流し/獅子が城が出た。これは太夫が揃っていて、どの場も良かった。若いが成長株の碩太夫は虎狩の口を御簾の中で語り、5分ほどだったがなかなか立派な語り口だった。4月の大阪では、「妹背山」の「鹿殺し」を語るようだから、これからも成長を見守りたい。三輪太夫が虎狩の切。楼門は口が小住太夫で、後が呂勢太夫。呂勢がこのところ良くなかったので心配していたが、三味線に大ベテランの清治が入り、ぐいぐいと引っ張ったので、呂勢太夫も大変良かった。甘輝館の切は錣太夫で、出だしが低い声なので心配したが、だんだんと調子が出てよくなった。紅流しは織大夫が熱演。うまくなったなあと感心した。「国姓爺」は歌舞伎でさんざん見たが、どうも話や人物の関係がわかりにくく、面白くないような気もしていたが、文楽で見るとさすがに内容がくっきりと浮き出て面白い演目だと、よくわかった。

家に帰って食事。サラダ、ハンバーグ、シェーブルチーズ。飲み物はボルドーの赤。