『敬愛なるベートーヴェン』 ~ブラボー×3乗

2006-12-17 03:00:30 | 映画&ドラマ



 『敬愛なるベートーヴェン』は、クラシック・ファンやベートーヴェン好きだけでなく、『純情きらり』や『のだめカンタービレ』を見て、「クラシックもいいかも?」と思った人や、音楽好きの映画ファン、恋愛映画が好きな人(師弟愛を超えた魂の結びつき。といっても、冬吾と桜子のことじゃありません。あっ、私も相当しつこいなあ)、美術・衣装にリアリティを求める人(しかもCGなし)、ダイアン・クルーガーとエイミー・マンのファン(ヒロインがエイミーそっくり!)には絶対オススメ、その他大勢にも是非ご覧頂きたい、つまりはとてもとても気に入ってしまった作品です。男と女を超えた師弟愛に涙するも良し、究極のラブシーンに魅了されるも良し、スタンダードな美女と野獣の物語として楽しむのも良し、ひたすら音楽に耳を傾けるのも良しなのですが、唯一オススメできないのは、主演のベートーヴェンを演じたエド・ハリスの、ゲルマン人ぽい知的でやせぎすな容姿のみが好きな方。この映画のためにつけ鼻つけて(竹中さんだけでなく、ニコール・キッドマンの『めぐりあう時間たち』や、シャーリーズ・セロンの『モンスター』など、つけ鼻&特殊メイクがマイブーム?)、デ・ニーロが『レイジング・ブル』を演じたときみたいに、ぶくぶく太っているため、その瞳以外は本人の面影が全くないからです。そうそう、毎年『第九』を聴きに行く人(トシ子は21日!)は、その前にこの作品を見ておくと、いつもの年と違った『第九』に遇えるかもしれません。『第九』を聴きに行けない人行かない人も、この作品で『第九』を体験できますよ~(約12分間演奏されます)

 物語は到ってシンプル。舞台は西暦1824年のウィーン、『第九』の初演四日前。だが、ベートーヴェン(エド・ハリス)は合唱パートを完成させておらず、ウィーンの音楽学校で一番優秀な生徒をコピスト(作曲家が書いた楽譜を清書する人)に寄越すよう、長年のパートナーでもある音楽出版社のシュレンマーに依頼していた。シュベルトが気難しい人(のだめ談)なら、ベトヴェンは野獣というか、末期ガンで苦しむシュレンマーに、「写譜の間違いが何箇所もある」と殴りかかる「人でなし」野郎で、ほんとにこれが、あの楽聖ベートーヴェン?(『アマデウス』のモーツァルトを許せない方は、ここで席を立った方がいいかも・・・)
 シュレンマーを訪ねた最も優秀な生徒は、作曲家志望の若き女性アンナ・ホルツ(ダイアン・クルーガー)だった。彼女はさきほどの修羅場をこっそり見てしまうのだが(アンナが来てすぐ、ベートーヴェンが獣の咆哮と共に登場、身の危険を感じたシュレンマーが彼女を隠した)、怖気づくとか幻滅するとか、そういうことが全くなく、目の前の動物(って、あんた楽聖ですぞ)と仕事ができる喜びに打ち震えるのだった。
 シュレンマーの代わりに写譜した楽譜を巨匠の「のだめ部屋」に届けるアンナ。耳が不自由なマエストロは、頭の後ろについたてみたいなものをかぶりながらピアノを弾いていた。「ありがとう。帰っていいぞ」と言われ、自分がコピストであることを告げるアンナ。「女のコピストなど頼んだ覚えはない」と、ベトヴェンは鼻にもかけない。彼女にしつこく言われて写譜を見るや、「ここに写し間違いがある。だから女は駄目なんだ」と、地球上で一千万回繰り返された台詞を口にした。そんなベトちゃんに、「あなたなら、ここは長調にしません。だから短調に修正したんです」と、きっぱり言い切るアンナ。彼女はベートーヴェン・オタクだったのだ。しかも、並外れた才能の持ち主の。
「なるほど、そう言われてみれば、修正された音の方が優れているではないか?」 
 腐っても鯛なベートーヴェンは、「私の音楽をそれほど認めてくれるとはな」と、嫌味を飛ばしながらも彼女が優れた能力を持っていることを見抜き、彼女に「写譜」を依頼した・・・

 だらだら書きましたが、巻頭からここまでスピーディに語られ、あとは最後まで一瞬たりとも目を離せません。『第九』の初演の日、アンナは難聴の師匠の指揮を助けるために舞台裏でテンポと入りの合図を送ることになります。二人三脚で演奏される『第九』の場面は、映画史に残る名場面になるかもしれません。トシ子は、『第九』を聴いて居眠りしたことはありますが、泣いたことはありませんでした。でもこの場面で滝のように涙を流してしまいました。
(21日の『第九』、ハンカチ用意しなきゃいかんかな?)


 19世紀のウィーンを再現するため、「ドナウ河の宝石」と謳われたブダベストなど、ハンガリーがロケ地に選ばれました。
(今のウィーンでは再現不可能だった?そのあたりをまめちゃんに教えてもらえたら・・・)
 『第九』の演奏シーンは、ブダペストから車で2時間走ったケチケメート市(作曲家のコダーイの生地)のカトナ・ヨーゼフ劇場で撮影されました。1896年に建てられた由緒ある劇場の壇上に、19世紀の衣装に身を包んだケチケメート交響楽団員55名と、ケチケメートの合唱団60名が並び、600本の蝋燭が、ネオバロック様式の装飾がほどこされた劇場内に明かりを点し、エド・ハリスとダイアン・クルーガーの二人が実際に指揮棒を振りました。
(このとき彼らが手にしていたのは撮影台本でなく、『第九』の指揮者用スコアだった!)
 サウンドトラックに使われたのは、1987年のベルナルド・ハイティング指揮/アムステルダム・ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団演奏の『第九』だそうですが(テンポが速く、気力と活力に満ちた演奏と言われた。どなたか聴いたことあります?)、音楽コンサルトのピョートル・カミンスキーは、そのときの演奏をこう語っています。
「全編を通して、オーケストラをリードするエドの能力に感動した。僕自身が目にしたし、演奏者も同じ意見だった。エドは素晴らしかったし、フロア・ピットの難しい位置から指揮をしなければならなかったダイアンも、完全に人を納得させている」
「カット」の声をかかっても、マエストロ(エド・ハリス)は楽章が終わるまで指揮棒を振り続け、演奏(撮影)終了後にコンマスと握手を交わすと、劇場内は割れるような拍手で満たされました。というわけで、我々は、タイムマシンに乗って1824年の5月7日、つまり『第九』が初演された日に立ち会うことになるでしょう。それだけでも必見!




 エド・ハリスは役作りのため、9ヶ月かけてピアノとバイオリンと指揮を勉強し、ベートーヴェン関連の書籍を読みあさりました。
「すべてはベートーヴェンの音楽の才能がどこから生まれるのかを、精神性と知性から解き明かすためだ」
 『クリープ・ショー』(82)では、若ハゲ?頭にワカメや昆布を垂らした「溺死ゾンビ」を演じていたエドだけど、翌年の『ライト・スタッフ』で頭角を表し、今ではすっかりハリウッドの「いぶし銀」俳優になりました。トシ子は『アビス』(89)とイースウッドと共演した『目撃』(97)が好き!

 そしてアンナを演じたダイアン・クルーガー。ハリウッドのバカ?大作『トロイ』で、トロイ戦争の原因となる絶世の美女ヘレンを演じて有名になり、その後がニコラス・ケイジの『ナショナル・トレジャー』だったから、実は全く眼中になかったんです、彼女のこと。でも、素晴らしい演技派だったんですね~~驚きました。クラシック王国のドイツに生まれたせいか、実生活でも大のクラシック好き。オーディションには一発合格。「あたかも彼女のために書かれた脚本だった」とスタッフも脱帽、アンナ・ホルツという架空の女性に「命」を吹き込み、物語の事実上の主役を見事に務めました。


 アンナ・ホルツは完全に架空の人物ではなく、ベートーヴェンの唯一の相談相手だったと言われるエルデティー伯爵夫人アンナと、晩年の秘書兼写譜係だったカール・ホルツから名前を借りていて、さらにアンナのモデルになった女性として、「アンナと同じ時代に生まれたフランス人女性作曲家のルイーズ・ファランクを発見した」と、監督のアニエスカ・ホランダ監督が語っています。「『第九』が初演された頃、彼女はちょうど20代前半でした。CDも出ているんですよ」
 彼女は本当に『第九』を聴いていたかもしれません。彼女の音楽は、ベートーヴェンの影響を多大に受けているそうです。聴いてみたいですね、彼女のCD。

 現代でも女性が男性と対等に仕事をすることは容易でないのに、19世紀に生きる女性にとってそれがどれほど困難なことだったか・・・。それでも、アンナは毅然とした態度で、粘り強く、作曲家として生きようとする。その姿に共感しない人はいないと思います。ダイアン・クルーガーの凛々とした美しさに魅了されてしまったニワトリは、今年の『第九』を聴いた後で、もう一度彼女に逢いに行こうと考えています。


 サントラには、劇中アンナが作曲した「アンナのエチュードとアンナのバリエーション」も、ちゃんと収録されていました 


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8 コメント

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Unknown (裕美)
2006-12-17 18:45:45
トシ子さん

うーん トシ子さんの文章難しかったです。でも、映画おもしろそうですね。

ベートーベンって なんて言えばいいのでしょうか。文才がないのでうまく話せませんが、彼って、絶対人間を超えた人 もちろん俗っぽいところもたくさんあるけど・・・

とにかく、耳がほとんど聞こえなかったのに、あんなすばらしい曲を何曲も作ったことですね。モーツアルトも天才だったけど、ベートーベンも大変な天才 だけど彼は大変な努力家で苦悩の天才ですね。曲を聴いていても、モーツアルトは天上の流麗な調べ それに比べて、ベートーベンは華麗だけど、骨太な感じがします。そして、私はのど越しのよいモーツアルトより
ごつごつしたベートーベンの方が好きです。と言っても、それほどは知らないのですが・・・

ベートーベンもモーツアルトも惚れっぽかったそうですが、モーツアルトはすぐに行動に移すようですが、ベートーベンはもんもんとしてますね。理想が高いから貴族の令嬢ばかり好きになっちゃうし、見てくれも悪いから、劣等感も持ってるし・・・

でも、経済的にはしっかりしていて、あちこちの貴族からちゃっかり年金ももらっていたそうですね。

ナポレオンに心酔するかと思えば、皇帝になったと聞いて、怒り心頭で彼のために捧げた楽譜をびりびりに裂いてしまうし、直情型の人なんですね。でも、やっぱり音楽家と聞かれて一番に思い浮かべるのは、ベートーベンです。今年はドラマのおかげで、クラシックに以前より興味を持つようになりました。これからもっといろいろ聞いてみようと思います。
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観てきました♪ (kiki)
2006-12-17 21:59:04
Toshiさん、こんばんは。
私もやっと今日観に行ってきました♪
感想をひとことで言うと・・
観終わった瞬間に“もう一度観に来よう”と思いました。
細かい事を言ってしまうと、それはちょっと違うんじゃない?と思うところも
多々あるんだけど、でもそんなことはこの映画の本質とは関係のないこと。
(元々史実に沿った話ではないのだから)私にはすごく魅力的な作品でした

ベートーヴェンの苦悩に真に触れた・・とは言えないけど、
その一端が垣間見える作りになっていたと私は思いました。
第九の演奏前、ベートーヴェンがアンナに不安と苦悩を話すところから
涙が止まらなくなってしまい、演奏中もずっと泣きっぱなしでした・・
ベートーヴェンの有名な言葉“苦悩を突き抜けて歓喜に到れ!”という
この言葉がずっと頭の中をぐるぐると廻ってました。
ベートーヴェンが自分の音楽観をアンナに話すところ(音楽は神の言葉・・等)は
好きなシーンです。冒頭の大フーガが流れるシーンも、この後のストーリーを
知った上でもう一度観たいと思いました(ちょっと漫然と観てしまったので)

ただ甥のカールに対しての葛藤と苦悩は、実際はもっと凄まじいもので
その手紙などを読むと、あまりに痛ましく涙が出る程・・
映画では第九の演奏で涙を流し、改心したようにも見えたけど
実際はベートーヴェンの死の少し前にピストルで自殺を図り(未遂)、
ベートーヴェンに立ち直れない程のショックを与えているのだから、
まったくしょうがない男で本当に気の毒に思ってしまう。

ところで・・Toshiさんがアンナに惚れちゃったのも無理ないよね・・
同性の私も惚れたんだから
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難しかったですか? (Toshi)
2006-12-17 23:17:54
裕美さん、こんばんは。
記事、難しかったですか?
そりゃあ、いけません。全然難しい映画じゃないのに・・・脱線が多すぎるのが、私の文章の欠点ですね。

今、教育テレビでモーツァルトを特集しています。モーツァルトの音楽は(バッハもそうだけど)本当に素晴らしいと思います。ですが、もしもベートーヴェンと比べると、私もベートーヴェンを取ります。どうしてなんだろう、よくわかりません。
もっともっと聴こうと思います。
映画は是非見てね!
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わあ~い! (Toshi)
2006-12-17 23:31:59
kiki さん、こんばんは。
sabatora さんもご覧になったようですが、kiki さんもご覧くださったのですね、『敬愛なるベートーヴェン』。
実は私、音楽観を話すところをわざと書きませんでした。
「音楽は空気の振動だけれど、神の息吹だ。神の魂に触れることだ」
確かそのようなことをアンナに話しかけていたと思います。無神論者の自分には「神の声」(最近流行の「天の声」じゃなくて)というのがよくわからないのですよ。だから書けませんでした。
その代わりに、作曲者の、それこそ魂に触れるような気持ちになることが、たまにあります。自分にとって「音楽」を聴きこむとは、そういうことだと思います。だから、「苦悩を突き抜けて歓喜に到れ!」というベートーヴェンの言葉と、彼の音楽が胸を突き刺すのかもしれません。

そうそう、冒頭の大フーガが流れる場面も、もう一度見たいですね。完全入替制じゃなければ「楽勝」だったのに! 素敵なコメントありがとうございました。
私の「だらだら脱線文章」の代わりに本文記事にしたいくらい~
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はい、観ました♪ (sabatora)
2006-12-18 10:09:51
はい、私も昨日観ました♪
やっぱり・・私はベートーヴェンが好きです。
私とは違った視点でのレビューいつも興味深く拝見しています~

リンク貼らせていただきました♪
事後報告でごめんね。
それと、いつも貼っていただいてスミマセン。
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私も・・ (kiki)
2006-12-18 22:12:10
ベートーヴェンがアンナに音楽について語るあの場面、
すごく心に残って好きなシーンだけど、話していたことの
意味は私もわからなかったです。正直「?」でした。
あれの真の意味がわかる人なんているのかなーと思います。
多分一生わからないのかもしれないけど、それでも私は私なりの
聴き方で、これからもベートーヴェンを聴き続けると思います。
Toshiさんもでしょ♪

ところでこの映画、巷では賛否両論らしい?ですね。
私はそういうことはよく知らないんだけど、
映画好きの知り合いに観に行ったことを話したら
そんなことを言ってました。それを聞いてちらっと思ったのは
ベートーヴェンのことを本当に理解して、心の底からその音楽を
愛している人にはちょっと受け入れられない面もあるかもしれないなーと。
でも人の評価がどうであれ、私は好きな作品です
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私も・・・ (Toshi)
2006-12-19 02:53:59
私もkikiさんと同じように、これからも彼を聴き続けると思います。

『アマデウス』も賛否両論に割れましたよね。確かにベートーヴェンを愛している人には受け入れがたい面もあると思います。でも私には、アンナという架空の女性は、ベートーヴェンが生涯得ることの出来なかった、ベートーヴェンの理想の女性に思えてなりません。
もう一度見にいったら、それも含めて書いてみようかな?
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はい、観ました♪ (Toshi)
2006-12-19 03:01:50
sabatoraさん、こんばんは。
「ねこのため息」でもコメント入れましたが、
目のつけどころが良くて、いつも教えられています。

どうしてベートーヴェンが好きなんだろう?
よくわかりませんが、今週は『第九』もあるし、『のだめ~』の最終回もあるし、ベートーヴェンを聴きながら、考えてみようと思います。答えは出ないでしょうが・・・
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