『ムーンライズ・キングダム』は12歳の少年少女が駆け落ちする物語だというので、(70年代に大ヒットした)『小さな恋のメロディ』や『リトルロマンス』に胸躍らせたニワトリさんは、無条件で喰いつきました。
とはいえ、監督が『ロイヤル・テネンバウムズ』や『ファンタスティック Mr.FOX』のウェス・アンダーソンだから、ストレートに投げてはこないぞと、ワクワクしながらキャッチャーミットを構え、吉祥寺バウスシアターの客席に身体を沈めます。
いつものように、ドールハウスのような魅力的な家(というよりお屋敷かな)を真っ二つに縦割りにして、カメラが部屋から部屋へパンしていくのですが、今までの作品だと、自分の部屋が安全なゆりかごみたいな存在で、傷ついた登場人物が還ってゆく場所だったのに対して、最新作の『ムーンライズ・キングダム』はそこから飛び出して新たな王国を築こうというお話だから、決定的に異なっています。それを象徴している小道具が、ヒロインがいつも首にかけている双眼鏡。何だか急に双眼鏡が欲しくなりました。
三者凡退で始まり、回を追うごとに三振の山を築いていくアンダーソン。終わってみれば、パーフェクト・ピッチングでした!
『小さな恋のメロディ』(71)の主役は、女の子のような美少年マーク・レスターと、どこにでもいそうな可憐な少女でした。『リトル・ロマンス』(77)の少年は小生意気なガキだったけれど、ヒロインは文句なしの美少女ダイアン・レイン。
対する本作の少年サムは、『天才マックスの世界』(97)でジェイソン・シュワルツマンが演じていた生き急ぎ高校生マックスと、天才ファミリー『ロイヤル・テネンバウムズ』(99)でベン・スティラーが演じた天才長男を足して二で割った感じのクールで強い意思を持った小学生です。
そんな彼と気持ちの通じる少女スージーもまた、頭の良さではダイアン・レインが演じた天才少女に近いけれど、『小さな恋のメロディ』の可憐なヒロインとは程遠い、ゴス&大人びた女の子で(彼女のピアスが最高)、グウィネス・パルトロウが演じたテネンバウムズ家の天才次女の小学校時代そのものといった感じ。
もちろんこの映画は、ウェス・アンダーソンの過去の作品や『ちい恋&ロマンス』を見ていなくても楽しめる作品です。ビスタサイズの収まりの良い画面と、90分そこそこという上映時間の短さもGOOD!
映画初出演の主役二人を支えるのが、全てのアンダーソン作品に出演しているビル・マーレイ。奥さんを演じているのがフランシス・マクドーマンド。素晴らしいコンビです。
それから、小さな島のたった一人の警官でトレーラーハウスに暮らす独身男を演じているブルース・ウィルス。同じ警官でも、『ダイ・ハード』のマクレーン警部より、好きになってしまうでしょう。
さらに、変幻自在のエドワード・ノートンが、「隊長の本当の職業は何?」と子供たちから聞かれて、一度は「数学教師」と答えるが「いや、数学教師が仮の姿でボーイスカウト隊長が本職だ」と言い直す、生真面目だけどどこか抜けているボースカウトの隊長を演じてます。
そして、ハーヴェイ・カイテルやティルダ・スウィントンといった大物が、出番は少ないながらも存在感たっぷりに出演してくれるから、キャスティングだけで贅沢な気分になってしまいます。何でも、ハリウッド中の役者がアンダーソン作品に出たがっているとか・・・。すごいですね。
そのしわ寄せなのか、唯一の不満が、96年のデビュー作『アンソニーのハッピーモーテル』から出演してきた盟友オーウェン・ウィルソンの不在。エドワード・ノートンに何の不足もないけれど、ボーイスカウト隊長は彼に宛書きされた役だと思います。そうそう、もう一人の盟友ジェイソン・シュワルツマンは、怪しげなボーイスカウト隊員役で今回も出演してます。
脚本は友人のロマン・コッポラと一緒に書きました。ロマン・コッポラは大好きな映画『CQ』(02)の監督で、この作品はボンクラにしかつくれない愛すべき奇蹟の一本(オンリーワン)で、個人的には、映画史に名を残す偉大な父コッポラや監督しての力量は遥かに上の姉ソフィアより好きな人なのです。
これまでアンダーソンは、父と息子の確執を面白おかしく描いてきたけれど、コッポラが加わったことで今回はそれを封印(主人公のサムには両親はいない!)、また天才故に角が立っている感があるのですが、ボンクラの血が混じったことにより、ふわ~といい感じに抜けてくれました。
好きな映画作家の話になると止まらなくなっていきます。三大アンダーソン(ポール・トーマス・アンダーソンの新作は?)の一人、ウェスの一番の魅力は、ずば抜けた趣味の良さでしょう。色彩も美術も装置も小道具も音楽も、全て魅力的です。最近は「情感」も、以前に増して心地良くなりました。蛇足だけど、エンドロールで決して席を立たないでね(耳を澄ませて)!
彼の映画の題名は邦題にし難く、今では開き直って原題のカタカナ表記になりました・・・。そこで、『ムーンライズ・キングダム』を直訳すると「月が昇る王国」。どういう意味でしょう?
この物語は寓話であり、同時にまた、変えることのできる現実でもあります。ドールハウスの外に出て、子供たちが見い出した王国の素晴らしさ・・・。ふと、ゴダールの『気狂いピエロ』(65)のワンシーンを思い出したのですが、そこまで行くと背伸びしすぎかな? いやいやどうして・・・。
そうなんです、この映画は確かに『小さな恋のメロディ』(前半の60分をアンダーソンはたったの5分に凝縮)+『リトルロマンス』(ローレンス・オリヴィエがたった一人の協力者だったが本作だと・・・)だけれど、私の大好きなフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』(59)+『トリュフォーの思春期』(73)でもあったのです。
あのキスシーンなんか、まるでトリュフォーが撮ったみたいじゃない! ああ、彼がこの作品を見たら、何と言うだろう? それは叶わぬ夢だけれど・・・。
長々書きましたが、百聞は一見にしかず、是非ともご覧くださいませ。
『ムーンライズ・キングダム』の公式HPは、 →ここをクリック
ところで、土曜夜のニュースで、銀座シネパトスと最後の上映映画『インターミッション』が取り上げられてました。嬉しいけど無くなるのは悲しい・・・。
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