Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

津村記久子「とにかくうちに帰ります」

2023年10月01日 | 読書
 津村記久子の「水車小屋のネネ」が今年の谷崎潤一郎賞を受賞した。わたしは津村記久子のファンなので喜んだ。「水車小屋のネネ」も読んでいた。とくに第1話と第2話のみずみずしさに感動した。でも、ファンの心理とはおもしろいもので、自分だけの大事な作品がある。わたしの場合、それは「とにかくうちに帰ります」だ。

 「とにかくうちに帰ります」のどこが好きかと自問すると、ちょっと考えてしまう。しばらく考えた末に、たぶん津村記久子の特徴がバランスよく入っているからだろう、という考えに落ち着く。

 津村記久子の特徴とは何か。まず日常生活で感じる小さなイライラが、あるある感いっぱいに書かれる点だ。だれかのマイペースなふるまいにイライラする。その描写がリアルで、かつユーモラスだ。それは津村記久子のどの作品にも共通する。もちろん「とにかくうちに帰ります」にも。

 「とにかくうちに帰ります」のストーリーを大雑把にいうと、大雨が襲来する午後に職場から、あるいは学習塾から帰る人々の話だ。主人公の女性会社員・ハラは、職場の後輩の男性社員・オニキリのマイペースさに普段からイライラしている。ハラはそんなオニキリに帰路立ち寄ったコンビニで出会ってしまう。仕方ないので、ハラはオニキリと一緒に大雨の中を歩く。小さな出来事がいろいろ起き、ハラはイライラするが、やがてオニキリの意外な良さにも気付く。その描写が鮮やかだ。

 津村記久子のもうひとつの特徴に、多くの作品に親との関係がうまくいかない(あるいはネグレクトされている)子どもが出てくる点がある。本作品の場合は学習塾から帰る小学5年生の少年・ミツグがそれだ。両親は離婚し、いまは母親に育てられている。そのミツグが妙に大人っぽい。子どものヴァリエーションのひとつだ。

 ミツグは家路を急ぐ途中で傘が壊れる。コンビニの軒先で雨宿りをしながら、傘を直そうとするが、直らない。そのときハラとは別の会社の男性社員・サカキが通りかかる。ミツグに声をかける。コンビニで傘を買ってやる。二人は一緒に歩き始める。じつはサカキも離婚している。子どもは別れた妻が育てている。明日は子どもに会う日だ。お土産も買ってある。子どもを思って感傷的になるサカキを少年・ミツグが励ます。

 レインコートをめぐって、ミツグはサカキに助けられ、サカキはオニキリに助けられる。小さな助け合いは津村記久子の特徴だ。最後にもう一点。津村記久子の作品には決め台詞が出てくる場合がある。本作品の場合はミツグがそれをいう。「雨ひどくてほんと寒かったけど、人の暖かみを感じる日ではあった」と。妙に大人びた口調が可笑しい。

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