Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

小川洋子「博士の愛した数式」

2022年05月05日 | 読書
 小川洋子の代表作といえば、「博士の愛した数式」だろう。2003年に刊行され、ベストセラーになった。映画にもなり、コミックにもなり、また舞台上演もされた。それを今頃になって読むのだから、我ながら周回遅れもいいところだ。

 ベストセラーになったので、プロットを紹介するまでもないだろうが、念のために書いておくと、時は1992年、所は瀬戸内海に面した小さな町。「私」は20代後半のシングルマザーだ。家政婦として「博士」の家に派遣される。博士は60代前半の男性。非凡な数学者だったが、1975年に自動車事故にあい、それ以来記憶が80分しかもたなくなった。80分たつと記憶が消える。もっとも、事故以前の記憶は残っている。たとえば博士は阪神タイガースの江夏投手のファンだった。博士はいまでも江夏投手がエースだと思っている。もう引退しているのに。

 博士は「私」の息子を可愛がる。息子の頭が平たいので、「ルート」と名付ける。形が似ているというのだ。息子も博士になつく。博士と「私」とルートは疑似家族のようになる。孤独な人生を送っている博士と、母子家庭で生活に追われる「私」とルートは、家族の温もりを見出す。弱き者(=博士)への「私」とルートの温かいまなざしと、弱き者(=ルート)への博士の温かいまなざしが重なり合う。

 前述したように、本作品は20年近く前の作品だが、弱き者への温かいまなざしは少しも古びていない。それどころか、いまの時代にリアリティを増しているようにも感じられる。

 脇役が3人登場する。博士の義姉の「未亡人」は、ストーリーに絡み、微妙に揺れる心理が描かれる。「私」の亡母と「私」の元カレ(ルートの父親)は、ストーリーの前史を構成する。「私」の回想の中に登場するだけだが、忘れがたい印象を残す。

 本作品を構成する要素に、数学と阪神タイガースがある。数学ときくと引いてしまう人もいるかもしれない。わたしもそうだった。なので、長いあいだ、「博士の愛した数式」という題名は知っていても(インパクトのある題名だ)、縁のない作品だと思っていた。だが、先日「密やかな結晶」を読み、おもしろかったので、勢いで本作品も読んだわけだが、結果、数学には弱くても、数学を愛する人=博士を愛すことができれば、なんの支障もないことがわかった。

 同様に阪神タイガースも、たとえ野球に興味がなくても、またはアンチ・タイガースであっても、江夏投手のファン=博士を愛せれば、支障はないだろう。

 数学と阪神タイガースは、江夏投手の背番号「28」をキーワードにしてアクロバティックにつながる。ウルトラC級だ。

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