Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

高関健/東京シティ・フィル

2020年11月14日 | 音楽
 東京シティ・フィルはコロナ禍以前に組んだプログラムを着実にこなしている。その姿が頼もしい。10月定期は高関健の指揮でウィーン・プログラム。ウィーンといっても観光地のウィーンではなく、そこに住んだ作曲家たちの濃い人生が展開されたウィーンだ。

 オーケストラが登場すると、弦楽器奏者だけなので、奇異に感じた。高関健がマイクを持って登場し、去る10月に急逝した楽団員を偲んでバッハの「アリア」を演奏する旨を告げた。演奏が始まると、第1ヴァイオリンのある奏者が演奏できなくなり、じっとなにかに耐えていた。演奏終了後、一度ステージから離れ、すぐに戻ってきた。体調が悪いわけではなく、悲しみをこらえていたようだ。

 1曲目はマーラーの交響曲第10番の第1楽章アダージョ。ヴィオラの導入の後、第1ヴァイオリンで奏される第1主題が、艶やかな音色で、わたしは一瞬にしてマーラーの世界に引きこまれた。その後の長丁場も筋道だった演奏だった。例の後半のすさまじい不協和音の間隙にトランペットで持続されるA音が、ことさら強調されるわけではなく、なにかの反響のように保持された。そうか、これでいいのだ、と思った。

 2曲目はベルクの演奏会用アリア「ぶどう酒」。ソプラノ独唱は半田美和子。オペラ「ヴォツェック」と「ルル」のあいだに書かれた曲だが、どちらかというと「ルル」の音楽に近いと思う。軽妙なリズムと、そこから漏れだす濃厚な情緒を、半田美和子はすっかり掌中に収めて歌った。オーケストラも健闘したが、欲をいえば、さらなる自在さと透明感がほしかった。

 当初の予定では「ヴォツェックからの3つの断章」が組まれていたが、高関健のプレトークによれば、同曲はあまりにもオーケストラ編成が巨大なので、密を避けるために、半田美和子とも相談して「ぶどう酒」に替えたとのこと。わたしはたぶん「ぶどう酒」を実演で聴くのは初めてだと思うので、これは歓迎すべき変更だったが、その一方で、半田美和子のマリー(マリーはオペラ「ヴォツェック」の登場人物。「ヴォツェックからの3つの断章」はマリーの独唱部分を中心に編まれている)を聴いてみたかった気がする。半田美和子は演技力もあるので、マリーは当たり役になるのではないかと思う。

 3曲目はベートーヴェンの交響曲第2番。一言でいって、モチベーションの高い快演だった。別の言い方をすれば、コロナ禍にあっても、東京シティ・フィルはモチベーションを下げずにいることが感じられた。その功績は高関健にも帰すだろう。スコアを厳密に読み、その忠実な再現を第一とする姿勢が、オーケストラを支えているのだろう。
(2020.11.13.東京オペラシティ)

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