Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

須賀敦子「コルシア書店の仲間たち」

2018年03月15日 | 読書
 須賀敦子の「ミラノ 霧の風景」がとてもよかったので、引き続き「コルシア書店の仲間たち」を読んでみた。友人が次回の読書会のテーマに指定したのは「地図のない道」だが、須賀敦子の著作を読んだことのなかったわたしは、まず第一作の「ミラノ 霧の風景」を読み、さらにその印象を確かめるために、第二作の「コルシア書店の仲間たち」を読んだわけだ。

 「ミラノ 霧の風景」が刊行されたのは1990年、須賀敦子61歳のとき。文筆家としては遅い出発だった。翌年、同書は女流文学賞と講談社エッセイ賞を受賞。その翌年に「コルシア書店の仲間たち」が刊行された。60代に入った著者は堰を切ったように珠玉のエッセイを発表し続けた。

 著者は「ミラノ 霧の風景」ですでに第一級のエッセイストだったが、「コルシア書店の仲間たち」では、さらにもう一歩、うまさが増しているように思う。

 「コルシア書店の仲間たち」は11篇のエッセイと、「あとがきにかえて」という副題を持つ短文からなっていて、本文の11篇には、それぞれ異なる友人や知人の想い出が書かれている。それらは短編小説の連作のようでもあり、また全体として、青春群像のようでもある。

 正確を期すと、登場人物の中には初老の人物もいるので、青春群像という言葉は適切ではないかもしれないが、初老の人物を含めて、イタリア在住時代の須賀敦子の、みずみずしい感性が捉えた人物像となっている点で、たとえばプッチーニの「ラ・ボエーム」に通じるような世界になっている。

 須賀敦子は1929年生まれ。その生涯は前半生と後半生とに分けて考えられるようだ。1951年に聖心女子大を卒業した後、途中経過は省略するが、1958年にイタリアに渡り、1961年にペッピーノと結婚。ミラノに住む。ところが1967年にペッピーノが急逝。1971年に帰国。ここまでが前半生。

 後半生では上智大学などで教鞭をとるかたわら、イタリア文学の翻訳を手掛ける。やがてエッセイの寄稿が始まり、1990年の「ミラノ 霧の風景」につながる。そしてそれを起点とする数多くのエッセイは、後半生から見た前半生の回想となり、そこに書かれた人生の輝き、あるいは今は亡き人々への追憶は、長い年月をかけて濾過された蒸留水のような純度を保った。

 前半生の最後を締めくくる約10年間(ペッピーノとの結婚生活とその喪失)と、後半生の最後の約10年間(文筆活動)とは内的に対応している。
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