Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

バグダッド動物園のベンガルタイガー

2015年12月22日 | 演劇
 新国立劇場の「バグダッド動物園のベンガルタイガー」を観た。イラク戦争が始まった2003年のバグダッドが舞台。作者はラジヴ・ジョセフというアメリカ人。2010年の作品だ。

 バグダッドに攻め込んだアメリカ兵のトムとケヴ。酒に酔ったトムが動物園のベンガルタイガーに餌をやろうとして右手を噛まれる。同僚のケヴがタイガーを射殺――と、ここまでは実話だ。芝居では、タイガーが幽霊となってケヴにつきまとう。ケヴは精神に異常をきたして自殺。ケヴも幽霊になってトムにつきまとう。

 不条理な暴力、イラク人への侮蔑、外傷後ストレス傷害(PTSD)といった戦争の現実が芝居になる。戦争が身近にあるアメリカ人の皮膚感覚が伝わってくる。

 もう一つ特徴的だと思ったことは、神の意識だ。ケヴもトムも、そしてタイガーまでも神に問いかける。この混乱した世の中はなぜなのか。救いはあるのか。神はどこにいるのか。なにをしているのか。そんな問いかけが浮かび出る。

 さらにもう一つ、アメリカ兵の性衝動が描かれる。戦争と性とは切っても切り離せない関係だと、あらためて思う。日本での上演なので、この部分は薄味になっているかもしれない。アメリカでの上演はどうだったのだろうと、思わないでもない。

 以上の3点、戦争の皮膚感覚、神への問いかけ、性衝動、いずれもリアルであるとともに、彼我のちがいも感じた。ちがいを感じたからこそ、今この世の中で起きている現実味があったというべきかもしれない。

 タイガーは杉本哲太。思索的なキャラクター(人間よりも思索的だ)を渋く演じていた。ケヴの風間俊介とトムの谷田歩は、愚かで軽薄なキャラクターを大熱演。互角に渡り合って甲乙つけがたい。イラク人でアメリカ軍の通訳として働くムーサは安井順平。抑圧されたキャラクターに存在感があった。サダム・フセインの息子ウーダイ(米軍に射殺された実在の人物。幽霊となって登場)の粟野史浩はヤクザのような迫力だ。

 演出は中津留章仁。わたしは初めてその演出に接したが、戦争という異常な状況を描いて熱っぽい舞台を作り上げたのは、この人の力量だと思う。

 新国立劇場は2012年に「負傷者16人‐SIXTEEN WOUNDED‐」を取り上げた。テロリストの生活を等身大に描いたその芝居に引き続き、今回の「バグダッド動物園の……」は同時代の問題作の第2弾だ。
(2015.12.21.新国立劇場小劇場)
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