コタツ評論

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神は細部にヤドカリ

2015-11-01 01:26:00 | ノンジャンル

エディー・ジョーンズ日本ラグビー代表ヘッドコーチ

10月27日放送のNHKクローズアップ現代「がん治療が変わる ~日本発の新・免疫療法~」に身を乗り出してしまった。ガンを患った先輩や友人知人が少なくなく、他人事に思えなくなっている上に、がん細胞が人事に思えてきたからだった。

人体には免疫機能が備わり、外から入ってきた病原菌やウイルスなどを攻撃して、健康な身体を守っているのは、誰でも知っていることだ。この免疫機能が低下したり働かなくなれば、たとえばAIDSのようにあらゆる病原菌に侵されてしまう。パンのイースト菌にまで罹患して、全身がパンパンに脹れ上がって亡くなったAIDS患者の例もあるそうだ。

番組で紹介した「免疫チェックポイント阻害剤」は逆転の発想から生まれた治療薬だという。これまでの免疫療法では免疫細胞の攻撃力を高める、いわば「アクセルを踏む」働きが中心だったが、この阻害剤は免疫細胞にかけられた「ブレーキを外す」のだという。

CG画像では、ウニのようにトゲだらけのがん細胞が免疫細胞に攻撃されると、がん細胞はたまらず触手を延ばして免疫細胞のストップスイッチを押していた。すると、免疫細胞の攻撃が止み、がん細胞は一息ついてやがて力を盛り返す。という仕組みから、これまでの免疫療法では決め手に欠け、その評価は低かったそうだ。

「免疫チェックポイント阻害剤」を開発した日本人研究者は、日本の製薬会社に共同研究を持ちかけたが、免疫療法と聞いただけで相手にされず、アメリカでようやく認められて研究が進み新薬研究に至ったという。がん細胞の触手と免疫細胞のストップスイッチの間を蓋をするように塞いで、触手がスイッチを押せなくする「阻害剤」をつくり出すことに成功したわけだ。

「侵襲性が強い」という言葉が使われるが、抗がん剤や放射線治療など患者の身体への負担が重い治療法ではなく、人体に備わった免疫機能によってガンを抑えることができれば、ガン患者にとっては朗報だ。じっさい、ステージ4と診断された若き女性ガン患者が「阻害剤」治療開始から1か月後には、日常生活に復帰するほど劇的な改善を示し、健康そのもののバラ色の頬をみせていた。

まだガン患者ではない私には、免疫細胞に攻撃を封じるストップスイッチというブレーキがついていることが新知識であり、そのブレーキを敵であるガン細胞が踏むことができるということに驚いた。自動車教習所で、隣に座った教官もブレーキを踏むことができる教習車に似ているが、人体はもっと膨大で多種多様な生き物の乗り物のようだ。

CG画像では、「もう、それくらいにしてくれよ」とトゲだらけの黒いウニのようなガン細胞が触手を伸ばし、免疫細胞が、「じゃ、今日のところはこれくらいで勘弁してやるか」とはいわないまでも、そんな風に思わせる玄妙な仕組みに思えた。

「ガンも身のうち」といい、闘病ではなく「ガンとの共生」といい、これまで聞き流してきたガン患者の言葉に、あらためて肯ける思いがした。番組に登場した医学者も、これで「ガン撲滅万歳」ではなく、「阻害剤」によって攻撃力が無制限になる免疫細胞の暴走も懸念していた。免疫細胞もガン細胞も等しく扱っているのだ。

免疫細胞の攻撃力を封じるストップスイッチは、攻撃している当の敵の手に握られている。「神は細部に宿る」とすれば、その神意は何だろうか。

ラグビーワールドカップで、日本代表に歴史的3勝をもたらした、エディー・ジョーンズヘッドコーチが、指示や命令に従順するためだけの「従順文化」では世界に勝てないと苦言を呈している。未確認だが、今年の文化勲章を辞退したという話もあり、日本文化批判しておきながら文化勲章はもらえないと筋を通したなら、なかなかの人物と思ったのだが、その処方箋には肯けなかった。

ようするに、「選抜された少数のエリートを徹底的に強化する」という相変わらず。「ラグビーに学べ」とサッカー日本代表のハリルホジッチ監督も賛意を示し、さらに「リスペクト」も不要としている。敵をリスペクトするあまり力を発揮できない日本人選手に歯がみして、「敵に勝つ」ことだけを考えよ、ということだろう。

エディー・ジョーンズヘッドコーチやハリルホジッチ監督の云うことは、もちろんいちいち肯けるものだ。ほんの少しでも上位者であれば、とりあえずリスペクトして従順に従ってしまう、「長いものには巻かれよ」文化にはいわれなくてもうんざりしている。だからといって、「勝つことがすべて」「リスペクトは不要」といわれても、免疫細胞ですらがん細胞に勝つのではなく抑えることに止めているように、やはり人間性の本来に背く考え方のように思えるのだ。

がん細胞や免疫細胞の間に、リスペクトがあるとはまさか思わないが、殺し殺される関係だけではないことは、攻撃力を封じるストップスイッチを他者に使わせることだけでもわかろうというもの。

「奴は敵だ。敵は殺せ」が政治の始まりといわれるが、エディーヘッドコーチやハリルホジッチ監督の言は、今日、ラグビーやサッカーイベントが疑似戦争であることを示唆しているに過ぎず、人間のゲームであることを忘れているように思える。世界の各地で起き続けている戦争や政治の現実に、自らは従順なだけとは思わないのだろうか。

日本人は、課長や主任に、元請けに、お客さんに、従順なだけだ。どうせ、世界にゃ勝てっこない。一度やって懲り懲りした。

(敬称略してないよな)
コメント
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